2日目夜:大広間*1
ということで、バカ達は情報共有を始めた。
「こっちはバカ君が『めろんぱぁん!』って叫んだらドアが開いたわ。以上よ」
「意味が分からない!」
……そうして早速、場を混乱させてしまった。それはそうである。バカのせいで色々と台無しになるのがこのデスゲームの運命なのだ。
「銃声を検知して開くドアだったみたい。それで、まあ、ロシアンルーレットみたいな奴があったんだけれど、それを丸ごと『めろんぱぁん!』で回避しちゃった」
「だから、俺達の部屋は本当に解決が早かったよね。ははは……」
たまがもう少し詳しい説明をしてくれたが、それでも海斗は『意味が分からない!』と慄いていたし、土屋は一周回って楽しくなってきたらしく笑っていた。天城とヒバナは『ありえない』という顔をしていたが。
「で、そっちはどうだったのよ」
「ああ……。こちらは何とも妙な部屋だったぞ」
「大きな水瓶が部屋の中にあった。そこにいくつかの薬を混ぜて入れて、出てきたガスを全員が吸わされる、というものだったんだが……まあ、論理パズルのようなものだったな」
そして、海斗と土屋とヒバナと天城のチームでは、例の水瓶の部屋に入っていたらしい。……バカとしては、あそこではよく天城が死んでしまうので、あまりいい印象が無い。
だが、今回、天城を含めた全員があの部屋から無事に出てきてくれたというのだから、バカは大喜びである!何かよく分からないけれど、乗り越えられた!
「主に海斗君が謎を解いてくれたよ。いやはや、助かった」
「……ま、まあ、その、僕のことを信じてくれるメンバーだったから救われたというだけさ。それに、天城さんも協力してくれた。僕だけの手柄じゃない」
海斗が耳の端を赤くしながら少々早口に喋るのを聞いて、バカは『わあ、海斗が馴染んでる!』とにこにこした。バカは、自分の友達が認められて褒められているととても嬉しいのだ!
「ま、まあ、そういう訳だから、こちらは特に何も無かったが……ああ、あと、天城さんの人形を見つけた。それくらいだな」
海斗がそう言って、それから天城が『これだ』というように、自分の人形を出して見せてくれた。……天城人形は、『むっ!』とした顔をしているところがちょっぴりかわいいよな、とバカは思う。
「あっ、そうでした!あの、土屋さん!土屋さんのお人形が、ヤギさんのぬいぐるみの中から出てきたんです!どうぞ!」
それから、ミナが土屋人形を土屋に渡した。土屋は『人形の中に人形……?』と面白がっていたが、まあ、それはさておき。
「これで人形が手に入ったのは、私と天城さん、それからヒバナとミナさん……ということになるか」
「つまり、各部屋には1つずつ、各人の人形がある、ってことよね?」
現在、手に入っている人形は4つだ。それぞれの部屋で、逃すことなく人形を手に入れている。のだが。
「……だとすると、部屋が9つなのはおかしい気がする」
たまが、そう零した。
……そう!参加者は、木星さんも含めると10人!なのに、ゲームの部屋は9つ!
つまり……誰かの人形が、無いのである!
そうして話は木星さん談義に移った。バカ達のチームでちょっと話していたアレである。
つまり、『木星さんは予め死んでいたか、最初から殺される計画で物事が進んでいたか、いずれにせよ悪魔が関わっていないとは思えない』というあたりについて。
……だが、人形の話を加えると、また話が少し変わってくる。
「10人分の人形があるはずなのに、部屋は9つ、か。……となるとやっぱり、木星さんは最初から死んでいた、っていうことかな」
「人形はそれを示すための推理材料、っていうことなのかもね」
そう。部屋が9つで人数が10人だと、人形が1つ足りないことになりそうだ。まあ、どこかの部屋から人形が2つ出てこないとも限らないのだが……。
そう考えるよりはやはり、『木星さんの分の人形は最初から用意されていない』という考えが妥当であるように思えてくる。バカは海斗に説明してもらって、なんとかそこまで理解が追い付いた。海斗様様である。
「うーむ……悪魔の狙いが分からんな。一体、何のためにこんなことを……」
「奴らは人間が殺し合い、疑い合うのを見るのが好きなんだろうよ」
土屋と天城がそれぞれに苦い顔をしている。それぞれ思っていることは別なのかもしれないが、『なんか嫌!』というところは一致しているようだ。
「木星さん……最初っから、生き残れない人だったのかなあ……」
そしてバカは、しゅんとしてしまう。だって、木星さん。木星さんが、あまりにもかわいそうなのだ。
『いできょうた』というらしいその人は、名前からして男だろう。どんな人なんだろうか。バカぐらいバカだろうか。だとしたら余計に親近感が湧いて、余計にかわいそうに思ってしまう!
「……まあ、死んだ者のことをどうこう考えても仕方あるまい。それとも、『いできょうた』を殺した犯人を捜すつもりか?」
バカはしゅんとしていたが、天城が話を打ち切った。
……さっき、たまと陽とミナとビーナスと一緒に『木星さんを壁越しに殺したとしたら、ヒバナが犯人ではないか』という話をしていたところだったのを思い出したバカは、『そうだな!この話はやめよう!』と同意した。ヒバナが疑われてはかわいそうだ!ヒバナは犯人じゃないのに!
「今はそれよりも話すべきことがあるだろう」
天城は頷くバカを無視して、更に話を進めていった。
「1つの願いを、誰が叶えるか、だ」
……バカは、『あっ!これもダメな奴だ!』と気づいた。
そう。前回同様、天城はこの話を始めてしまったが……このままいったら前回と同じ結末になって、ヒバナとビーナスが死んでしまう!
「そういうことなら、私と海斗と樺島君は願いを放棄しよう」
バカが『あわわわわわわ』と慌てていたところ、土屋がそう、話し始めた。話が!話が進んでしまう!
「それでいいかな?」
「ああ。僕は……まあ、それでいい。他の人の話を聞く限り、僕の願いは取り下げた方がよさそうだからな」
海斗は溜息を吐いて、『やれやれ』と言いたげに願いを取り下げた。
「樺島君は、どうかな?」
「うん……俺も、海斗と一緒にここ出て、叶えればいい願い事だから……」
バカは『これでいいのかなあ』と思いながらそう言って、ちら、とミナの様子を窺う。
……ミナは、迷っている様子だった。迷って、何かを必死に考えているような、探しているような、そんな顔で俯いていた。
「そして私も、悪魔に頼って願いを叶える気はない。……私は、こういう者でね」
そんな中、土屋は時間を稼ぐようにゆっくりとジャケットの内ポケットに手を入れて、そこから例の……警察手帳を取り出して見せた。
「警察……!」
「ああ。そういう訳だ。だからというわけでもないが、まあ、安心してくれ。私の目的は悪魔のデスゲームの調査だ。ついでに悪魔のデスゲームを利用して殺人を行った者を逮捕したいところだが……それは高望みかな」
土屋の警察手帳に、ヒバナとビーナスが少々、緊張を過ぎらせる。だが、2人の事情を知っている土屋は2人を安心させるように笑いかけて、そしてそっと、警察手帳を懐にしまった。
「そういう訳だ。我々3人は願いを放棄していい。となると、残りは6人だが……」
「いや、5人だよ」
土屋が皆を見回した時、陽が前に進み出てそう言った。
「俺の願いは、たまと同じだ。俺達、どっちかの願いが叶えばそれでいい。だから、俺は降りる」
……前回、陽は最後まで降りなかった。だというのに、今回はあっさりと、降りることにしたらしい。
「……いいの?」
「ああ。俺はそれでいい」
たまが確認するように問えば、陽は何やらすっきりした顔で頷いた。
「なら、私も降りよう」
続いて、天城もそう言って小さく手を挙げた。
「私の願いは大したものではない。それに……たまさんの願いが叶えば、概ね私の願いも叶うことになるのでな」
「……天城さん。失礼だが、あなたの願いというのは……」
「復讐と救済、とだけ言わせてもらおう。まあ……たまさんの願いが叶えばそれでいい。どうかね?」
……天城はそう言っているが、つまり、天城の願いは、『悪魔のデスゲームの存在を消すこと』か、或いは、それによって叶えられる何か、ということになる。
バカは理解が追い付かないので、頭の上に?マークをいっぱい浮かべて首を傾げていたが!
「……そうか。なら、残るは……ヒバナとビーナス、たまさんに、ミナさん、だが……」
土屋はそう、歯切れ悪く言いながら、ミナの方をちらりと見た。
土屋は頑張って時間は稼いでくれた。ミナが考える時間を、ここまで稼いでくれたのだ。ミナが結論を出せるように、と。
……だが。
「そういうことなら、俺も降りる。だが条件がある」
ヒバナがそう言って前に進み出ていた。
バカは、『あっ、これ、駄目だ』と思うが、どうしていいのか分からない。
「条件?」
「ああ。……俺が降りる代わりに、ビーナスの願いを叶えろ」
「えっ?な、どうしてビーナスの……?」
ヒバナの発言に、ビーナスも、陽もたまも天城も、驚く。……バカと、バカから話を聞いていた海斗と土屋とミナは驚かないが……『いよいよか』というような顔には、なってしまう。
「……その提案に乗ることはできないよ。俺だって、俺が降りる代わりにたまの願いを叶えてもらいたい」
陽が、前回同様に反論する。するとヒバナは……前回よりも幾分寂しげな様子で笑った。
「俺はただ降りようってんじゃねえんだ。『願いの1つの枠』には手ェ出さねえ。そっちは適当にたまとミナとで仲良く喧嘩してろ」
「駄目だ!」
バカは叫んだ。ヒバナへ駆け寄ろうとした。だが、目の前にいきなり炎の大盾が現れてびっくりしてしまって、躊躇った。
「……んだよ、テメェに介錯は、無理だな」
ヒバナはそう言って炎の盾越しに笑うと……炎の短刀をその手に出現させて、そして。
「……駄目ですよ、ヒバナさん」
炎の短刀を腹部に突き刺したヒバナは、死ななかった。
「誰かが死ぬと、遺された人達は、本当に、本当に……悲しいんですから」
ミナの手には、水色の光が灯る。治癒の異能の光だ。光はたちまちの内に、ヒバナの傷を癒していく。
……その水色の光に照らされて、ミナの目元が、きら、と光っていた。
ミナは、諦めたのだ。
バカは、なんとなくそれを悟った。




