2日目昼:山羊の処刑場*2
「俺は皆でここを出たい!」
さて。そうして一番槍を務めるのはバカである。バカはバカ故に、躊躇うことなくそう宣言した。
「……で!ここ出たら、海斗にポケモン貸して、海斗の小説読ませてもらって、それから一緒にミニストップでメロンパンとソフトクリーム買い食いする!」
バカは『メロンパン……あと、出張で食べるはずだったソフトクリーム……』とにこにこしている!まるきりデスゲームに似つかわしくない顔である!
「なんか急に平和な話になっちゃったわね……え?あなた達、元々知り合いなの?」
「ううん!このゲームが始まってからの知り合い!」
「……まあ、樺島君だし」
「そうだね。樺島君だし」
バカは色々と不審なことを言っているのだが、それに気づいていない!
そして周囲の皆は、『まあ、このバカだし、唐突に参加者の1人と仲良くなっちゃったんだな……』と理解してくれたので、この不審加減に気づいていない!
皆が生暖かくバカを見守る中、ふと、たまが表情を緩めた。
「そっか。……つまり樺島君は、このゲームを壊すためにこのゲームに参加した、っていうこと?」
たまは、珍しい表情をしていた。少し期待するような、そんな具合の。
だが、バカはそれを見ても特に何も思わず、元気よく答える!
「ううん!気づいたら参加してただけだ!」
「あの……やっぱり樺島君は迷子なのかな?」
たまは少し気落ちしたような顔でじっとりとバカを見つめ、そして、陽はバカをなんとも言えない目で見つめた。まあ、バカは概ね迷子である。最早、人生の迷子と言っても過言ではない。
「なあ、たまー。俺さぁ、このゲームで誰にも死んでほしくねえからぁ……それってゲームを壊すことになっちまうのか?」
迷子なバカは、目標もちょっぴり迷子である。バカの目標はあくまでも、『皆で脱出!』なのだが、それがどういう結果を引き起こすのかは、今一つ分かっていない。
「まあ……悪魔の狙いを外させることになるよね」
「そっかー……なんか悪魔に申し訳ねえなあ……」
「……悪魔相手に、申し訳なさなんて感じなくていいと思うけれど」
たまが少々目を眇めると、バカは全くそれに気づくことなく、きょとん、とした。
「うん?そういうもんか?」
「うん」
「そっか!ならいいか!」
バカが元気に納得すると、たまは、ふ、と息を吐いた。少し安堵するようでもあったし、呆れたようでもあったが、バカは『なら悪魔の皆!ごめん!』と決意を新たにした!
「じゃあ、俺は悪魔には悪いけど、悪魔のゲームを解体して、皆でここを出る!それで……」
そうしてバカは、輝く笑顔で、皆に宣言したのである。
「皆が幸せになれるように頑張る!」
「……なんだか、バカ君の話聞いてたら、不思議な気分になってくるわねえ……気が抜ける、っていうか、なんていうかさ」
ビーナスがそう言ってゆるゆるとため息を吐く。バカは、『そうか?』と頭の上に?マークを浮かべていたが。
「えーと……じゃあ、次は……」
「では、私が。……ええと、樺島さんと陽さんには、既にお鍋のお部屋でお話した通りなのですが……」
次に話し始めるのはミナだ。ミナの話は鍋パで陽とバカが聞いているが、たまとビーナスは聞いていないので、話すことになる。
「私の先輩が巻き込まれて亡くなった事件を、無かったことにしたいんです。沢山の建物が焼けて、多くの人が怪我をして……そして、先輩は死んでしまった。あっ、でも、人を殺してまで叶える願いじゃないっていうことは、分かっています。誰かを助けるために誰かを死なせていいわけじゃ、ないと、思うから……」
ミナがそう話し始めれば、たまもビーナスも、痛ましげな顔をする。
……そう。ビーナスだって、こういう事件の話を聞いたら、痛ましいと思う心があるのだ。あるのに、彼女は蛇原会に所属しているわけで……だからこそ彼女自身も苦しんでいる、のだろうが。
「だから、このデスゲームには、諦めるために参加しました。すごく消極的な理由で、でも、どうしても、気持ちの整理がつかなくて……それで、悪魔に縋って、気持ちの整理を手伝ってもらおうとしたんです」
それからミナが苦笑しつつそう言えば、全員が驚くことになる。何せ、悪魔のデスゲームを利用して願いを叶えるのではなく、気持ちの整理をしに来たというのだから!
「……悪魔のデスゲームの使い方がちょっと変わってるね」
「そ、そうですよね、ごめんなさい」
「いや、いいと思う。……うん。ミナさんは、すごいと思う」
たまはふるふる、と首を横に振ってミナを励まして、それから、少し眩しいものを見るようにミナを見つめていた。
「ええと、では、次は……」
ミナが少し躊躇いがちに他3人を見回す。すると、陽がちらりとたまを見て、何やらアイコンタクトをした。すると。
「私が話すよ。私もなんだか、樺島君の話を聞いていて気が抜けちゃったから」
たまは、ふ、と息を吐いて小さく手を挙げた。バカは、『やっとたまのお願いが聞ける!』と喜びつつ、わくわくとたまの言葉を待って……。
「私が叶えたい『願い』は、『悪魔のデスゲーム』の存在を消すこと」
……なんだか大規模なお願いが来てしまったので、びっくりした!
「存在を……?」
「そう。完全に、悪魔のデスゲームを潰すの」
どういうことだろう、とバカは首を傾げたし、ミナも、ビーナスも首を傾げている。
「……それは、どうして?あなた自身がその悪魔のデスゲームに参加してるのに」
「復讐」
そして、ビーナスの問いに、たまはまた真っ直ぐに答える。答える声が随分と鋭いものだから、バカはどうにも、ちょっぴり怖くなる。
「……と、これからの被害者を減らすため」
だが、たまはゆるゆると息を吐きながら、少しゆったりとしてそう続けた。
「被害者?というと……?」
「あっ、ほら、ミナ。アレだ。アレ。土屋のおっさんが言ってた奴じゃねーかなあ。なんか最近、ふしんし?が多いんだって。それの原因が、悪魔のデスゲーム、なんだって……」
被害者を減らす、ということなら、きっと土屋が言っていたこととリンクする。
悪魔のデスゲームが原因で不審な死を遂げる人が多い、ということは……それだけ、悪魔のデスゲームの犠牲者が多い、ということなのだろう。そしてたまは、それを、減らしたがっている、と。
「その、そのように願う理由を、お伺いしても?」
ミナがそっと、様子を窺うようにたまに問いかけると、たまは、表情を陰らせた。
「……あんまり話したくない。関係のないことだし……うん」
「あ、そ、そうですよね……ごめんなさい」
少し辛そうな顔のたまを見ていたら、バカもなんだか辛くなってくる。
……悪魔のデスゲームを消し去ろうと思うくらいの大きな出来事が、きっと、たまにはあったのだ。
たまは賢くて、強くて、飄々としたかんじのある、猫のように身軽な印象の人だが……だからといって、辛いことがあっても大丈夫なわけはないのだ。
「たまぁ……」
バカはこういう時、どういう風に声を掛けていいのか分からなくなる。おろおろ、としながら手を中途半端に宙で揺らすことしかできない。
……いつか。
何回先になるか、分からないが。
たまのことも……もうちょっとちゃんと、励ましてやれたらいいのになあ、と、バカは思うのだ。
「まあ、たまはそういうことで……実は俺も、同じ願いを叶えるためにこのデスゲームに参加してる。俺とたまの願いは共通のものだから、どちらか片方の願いが叶えられれば、それでいいんだ」
「成程、そういうことだったんですね」
さて。
そうしてたまの話、そしてついでに陽の話が終わったところで、陽が苦笑しつつ『俺の願いは、たまの願いが叶うこと。俺とたまは恋人同士で……願いも共有している、って思ってほしい』と簡単に説明した。
まあ、そのあたりの事情を全く知らないのは、前回の鍋パに参加していないビーナスだけだったので……。
そうして陽の説明も終わってしまえば、いよいよ、ビーナスの番である。
「それで、ビーナスは?どういう願いを叶えたくて、ここへ?」
「……そうねえ」
ビーナスは、先程のたまの話やその前のミナの話に何か思うところがあったのか、長い睫毛を伏せつつ、ソファの上で長い脚を組み替えて、それからそっと、ため息を吐いた。
「……生まれを、変えたくて」
「生まれ、を……」
ビーナスの事情を知っているミナは、神妙な顔でビーナスの話に聞き入っていた。バカはそんなミナを見て、『知りたいことが分かるといいな』と祈るような気持ちになる。
「そう。生まれを。まあ……ほら、さっき、私の父がちょっと色々やってる、って言ったじゃない?そのおかげで私、随分といい暮らしをさせてもらって、育ってきたのよ。……でも、父がやってる商売って、あんまり良くないものも、あってね」
ビーナスはそう言ってため息を吐いて言葉を一旦途切れさせて、それから、言葉を選びながらまた話し始める。
「ある程度の齢になったら、そういうの、分かるじゃない。……でも、分かったからって、逃げられるわけでも、ないし。だから……生まれを変えられたら、いいな、って。そう、思ったの」
『ある程度の齢になって分かった』時、ビーナスはどんなことを思ったのだろう。或いは、その後、自分も『入社』したのは、どんな気持ちによるものだったんだろうか。
バカがぼんやりと寂しいような悲しいような、そんな気分でいると、ビーナスは全員の顔を見回した。
「……勝手だ、って思う?」
「いえ、それは……」
ミナは戸惑いながらも真っ先にそう否定して……しかし、言葉を続けることなく考え始め……そして。
「……ごめんなさい。少しだけ」
ミナは、正直にそう言った。するとビーナスは、ふ、と表情を緩めて笑う。
「そうよね。私はずっと、父が汚いことをしているって知った上で、父が稼いだお金でいい暮らしをさせてもらってきたわけだし。しかも、そこに……ええと、入社、してるわけだし。その上で更に、人を殺して願いを叶えようとしているわけだし?」
少しおどけて笑ってみせて、しかし、ビーナスは元気が無い。
「そう、ね……うん、やっぱり、諦めるとしたら、私なのよね、きっと」
そうして元気のないビーナスは、そんなことを言い出した。
「諦める……んですか?」
「誰かを救うためでもなく、自分の我儘、自分が何もしなかったツケを他の誰かの命で何とかしようとしてるだけ。……うん、そうね。やっぱり諦めた方がよさそう」
ビーナスはそう言って、力を失ったような様子である。
……その姿を見て、バカはまた、危機感を覚えた。
ビーナスは元気が無くて、なんだかこのまま……死んでしまいそうだ。まるで、前回と同じように。
「あの、でも、ビーナスさんも、その願いが叶わないと、お辛いのでは……?」
「うん……まあね、いいのよ。悪魔の手を借りるっていうのも私らしくていいかなー、なんて思ったけど、やっぱり、ねえ?」
ミナも少し心配そうにしているが、ビーナスは笑ってみせるばかりである。
……このままじゃ、いけない。このままじゃ、前回の繰り返しだ。
バカは静かに焦燥を募らせるが……何も、打開策を思いつかない。
こういう時、海斗ならどうするだろうか。海斗に今すぐにでも相談しに行きたいが……海斗は向こうのチームだ!
この状況をなんとか、壊してやりたい。解体はバカの得意技だ。得意技のはずなのだから、なんとかこの状況、このゲーム、悪魔の思惑とやらもまとめて全部、壊したいが……。
「あっ」
そう考えていたバカは、1つ、思い出した。
「どうしたの?」
「あっ、あの、俺、思い出した!この状況とか、このゲームとか、そういうの以外にももう1個、壊したいものあってさあ……」
「うん」
バカが一生懸命に話すと、全員が注目してくる。
そして。
「扉!」
「……うん?」
「ゲームの部屋の扉さあ、タックルでも開かねえんだよぉ……。俺のタックルで勝てねえ相手だからさあ、いつか、ぜってえに勝ちたいんだよぉ……!」
バカがそう宣言すると、全員、何とも気の抜けた顔をするのだった!




