1日目昼:羊達の晩餐*3
「人形?んだよこれ……」
ヒバナは自分の人形を不審な目で見ていたが、やがて、『つつくとつつかれたかんじがする!くすぐるとくすぐったい!』ということに気づいたらしい。
「ええと、身代わり人形みたいなかんじ、かな……?」
「ううん、ちょっと怖いですね。何かの拍子にお人形に衝撃が加わったら、ヒバナさんにも……」
陽とミナはヒバナ人形を覗き込みつつ心配そうにして……そして。
「……しまっとくか」
ヒバナはそう結論付けて、また、元あった場所に人形を返した。
「えっ、あっ、それでいい、のでしょうか……?」
「……出さねえと死ぬようなこと、あるか?」
「いや、分からないけれど……うーん、いいのかなあ」
……ミナと陽が心配しているので心配になってきたらしく、ヒバナはそっと、また扉の鍵を開けて、人形を取り出した。出したりしまったり出したり、忙しい。
「あ、あの、ヒバナさん。一応、こういう人形があった、という報告を向こうのチームにした方がいいと思うので、その……後でしまうにしろ、一度、持っていってはいかがでしょうか」
「あー……そうだな。そうするわ」
結局、ミナがそう提案したことによって、ヒバナは素直に自分の人形をポケットに入れた。
……若干雑に入れたせいか、『いてっ』とぼやいていたが。
バカは『ちゃんとお人形をハンカチに包んでポッケにしまってた海斗はやっぱりすごい奴だ……!』と目を輝かせていた!
さて。
人形のあれこれも終わったところで、バカ達一行は無事、解毒装置の部屋へ辿り着いた。
そこで、天城を先頭に、全員が解毒処置を受け……そこで、ただ1人、解毒処置が必要ないバカは全員の解毒の様子を確認しながらガラクタを漁り、全員分の椅子を出しておいた。バカはバカでも気の利くバカであるためには、こういうところで働かなければならないのである!
「わ、このソファ、ふかふかですね」
「そうだね。座り心地がいい。埃っぽくもないし……このガラクタ置き場、結構すごいな。乱雑に物が積まれているけれど、ちゃんとしたものが多いし……」
バカが出したソファは好評であった。バカはちゃんと、ガラクタの中から殊更にふかふかで触り心地の良い椅子を選んできたのである!バカは胸を張った!
だが、そんなバカも、数分後……。
「……なんか、腹いっぱいになって座ったら、眠くなってくるなあ……」
「え、ええっ!?駄目ですよ、樺島さん!寝ちゃ駄目ですよ!」
「うん……むにゃ」
眠くなっていた。バカは、存分に眠くなっていた!バカなので!
おなかいっぱいになってふかふかソファに座ったら、もう眠くなっちゃうのだ!バカなので!
「おい起きろ」
だが、そんなバカの頭がべしっ、と叩かれる。叩いたのはヒバナである。バカにはまるでダメージが入らなかったが、ノーダメージ叩かれはバカに職場で『お前はいい奴だなあ!』と先輩達に頭をポンポン撫でてもらえた時のことを思い出させ、結果として、バカの目が覚めた。
ぱち、と目を覚ましたバカはヒバナに『ありがとー』とにこにこお礼を言い、ヒバナにものすごく複雑そうな顔をさせた。尚、ヒバナはバカの頭を叩いたことによって自身の手に入ったダメージにちょっと嫌な気分を味わわされている!
「ったく……こんなところで寝るとか、どういう神経してんだこのバカが」
「うん、ごめんよぉー、食った後って眠くなるもんだからさあ……」
バカは『運動するといいんだっけ!』と思い立ち、その場で元気に屈伸運動を始めた。メコメコメコ、と床が凹んだ。
「やっぱりヒバナはいい奴だなあ」
「あぁ?」
「俺のこと起こしてくれるし!心配してくれるし!な!」
「どうでもいいけどよ、屈伸やめろやこのバカ。床消えんぞ」
屈伸しながらにこにことヒバナに話しかけたら、ヒバナからものすごく心配そうに床を見つめられてしまったので、バカの屈伸運動はここまでとする。尚、凹んだ床の深さは約20㎝である。もっと時間があればもっといけた。
「……その、ヒバナさん」
そんなヒバナに、ミナが話しかける。ヒバナは『あァ?』とガラの悪い反応をしていたが……ミナは怯むことなく、ヒバナを見ている。
「先程のお話、なのですが……」
ミナがそう切り出すと、ヒバナは明らかに気まずげな顔をした。『天使だ!』の後悔が若干残っているらしい。
「……その、人を殺してでも願いを叶えようと思うのは、何故ですか?あなたの恩人という方は、その、それを望んでいるのですか?」
ミナの問いかけに、ヒバナは如何にも気分を害したような顔をする。
「だから人は殺すな、って言いてえのか?随分と勝手なこと言ってくれるじゃねえか」
「あの、違うんです。どうしてそのように思われるのかが、知りたくて……その、私はどうしても、先輩が人殺しを望むようには、思えなくて……それで」
「はァ?別の人間が別のこと考えてんのは当たり前だろ」
「そう、なんですよね。うーん……ええと」
ミナは思っていることがあって、それをヒバナに問いかけたくて、しかし、上手く言葉が出てこないらしい。バカにもそういうのはちょっと覚えがあるので、バカははらはらしながらミナを見守った。
「……殺さねえなら死ぬしかねえ、って状況になったら、誰だって殺すだろ」
そうしてミナが言葉を探していると、ヒバナの方から話し始めた。
「ついでに、『2回目』なら余計にな」
だが、その内容はあまりにも簡素で、それでいて、暴力的だ。
「……2回、目?」
「ああ。俺はもう、殺したことがある」
ヒバナはそう言って、にやり、と如何にも悪辣に笑った。
「それは……」
「ビビったか?精々ビビってろ。あんたみたいなお嬢さんにはそれがお似合いだ」
ミナは青ざめながらヒバナを見上げた。半歩引きそうになる足は、しかし、動かさずそのままだ。
陽も、天城も、ヒバナを見て黙っている。掛けるべき言葉も問いかけるべき問いも咄嗟に思いつかないのかもしれない。
「……誰、殺しちゃったんだ?」
そこで、バカが皆の代わりに聞いた。特に気負うことなく、ただ、ヒバナのことは心配しつつ。
「親」
そうしてヒバナは答えた。バカの顔を見て気が抜けたのか、悪ぶってやる気が萎んでしまったらしい。ソファにどっかりと腰を下ろしたまま、背凭れに体重を預けて、少しげんなりした調子で答えてくれた。
「そっかぁ……」
バカはそんなヒバナを見て、しゅんとする。
……親殺しの気分は、バカには分からないが。だが、ヒバナの話を聞く限り、『殺さねえなら死ぬしかねえ』という状況だったようだ。
だとしたら……ヒバナはしょうがなく、殺してしまったのだろう。
そして、『しょうがなく』にでも殺してしまったから、多分……蛇原会に拾われることになった、のだろう。
バカはバカだが、そのあたりのことをまるきり知らないわけではない。一度悪いことをしてしまうと悪い奴らの仲間にされてしまうのだ、というくらいは、なんとなく、想像がついた。
……そして、『悪い奴ら』だったとしても、行き場を失くしたヒバナを救ってくれたビーナスのことを、ヒバナはきっと、好きになるだろうなあ、とも、想像がついた。
だって、『天使』だ。ヒバナにとってビーナスは、『天使』なのだ。
多分、樺島剛にとっての親方や先輩達……職場の皆と同じように、ヒバナは蛇原会に迎え入れられて、そこでやっていく覚悟を決めたのだろう。
そう思うと……どうしても、バカはヒバナのことを、責められない。
「……で?これで満足か?」
「うん……俺、ヒバナのことちょっと分かってよかったよ」
バカがしんなりしながらヒバナに頷いてみせたら、ヒバナはまた気が抜けてしまったらしい。バカのバカ面は、悪ぶろうとしている人に非常によく効くようだ。
「ミナも、ちょっと分かってよかったよな?」
「はい。ありがとうございます、ヒバナさん。それに、樺島さんも」
ミナも、幾分すっきりした顔をしていた。『腑に落ちた』という顔、なのかもしれない。
「……いいのか?俺は人殺しだ。ついでに言っちまうとな、ヤクザもんだぞ。分かってんのか?」
ぺこ、と頭を下げてお礼を言うミナに、ヒバナは『おいおいこいつ大丈夫か?』というような顔をした。まあつまり、やっぱりヒバナはいい奴なのである!
「はい。それでも。……共感できなかったとしても、納得することはできたから」
ミナはすっきりした顔で笑って答えた。
……共感できなくても、納得できた、と。ミナはそう言った。
多分、ミナはずっと、この納得が欲しかったんだろうなあ、とバカは思った。だから……『よかったな!ミナ、よかったな!』と、バカは心の底から喜んだ!
そうしていると、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。ドアが開き、大広間の上階が見えた。
『俺が先に行く!』とバカは誰よりも先にドアの向こうへ駆け出して、そして、念のため、悪いガスが無いかどうか、すんすんすんすんやって確かめてから、皆を呼び寄せた。
……そして。
「あ、そっちも出てきたところ?」
……そこには無事に出てきたらしい、もう片方のチームの4人が居たのであった!
よかった!無事だ!無事である!
今回も9人欠けることなく、1日目を終えることができた!これにバカは、大いに勇気づけられる!
……このまま、ヒバナとビーナスも死なせずに、最後までゲームをやり通すことができるかもしれない!




