1日目昼:羊達の晩餐*2
『諦めるために』。
ミナの言葉は、力強く、凛として、そして鋭く全員の心に突き刺さる。
「諦める……?随分と、消極的なのだな」
「……そうかもしれません。でも、『誰かが何かを』諦めなければならない。そうでしょう?」
天城はミナの視線と言葉を受けて、少々たじろいだ様子を見せていた。
「私が諦めないなら、他の誰かが諦めることになります。だから……私や、他の皆さん、『誰か』が諦めるために……そして、諦めさせるために、お互いの願いを、お互いが知っておくべきだと思いました」
バカには、ミナの言っていることがよく分からない。
だが、今、ミナが勇気を出して、ミナの考えを述べていることは分かった。そしてそれが、誠実なものであるのだということも。
「……そんなこと関係あるかよ!」
だがヒバナがそう言って、だん、と机を叩く。ガスコンロの上の土鍋が、カタカタ、と揺れた。
「他人の願いなんざ、知ったこっちゃねえ!自分の願いを叶えるかどうかだけだ。違うか?全員踏み躙って、それでも願いを叶えてやるって、そういうつもりでここに来たんじゃねえのかよ!」
チンピラが凄むと、怖い。ましてや、机を叩いたら、もっと怖い。
だが、ミナはそれに怯えながらも、ちゃんとヒバナを見ていた。
「……ヒバナさんがそう思われるのであれば、それは、私にはどうしようもないことです。でも、私はそうは、思いません」
「私は、私なりにこの願いに決着をつけるためにここに来ました。何が何でも叶えたい願いだけれど……人を殺して叶えるべきではない願いだとも、分かっているから」
ミナが極度の緊張に震えているのが分かる。バカはミナのことが心配になって、ミナの隣にそっと移動して、きゅ、とミナの手を握った。ミナの手は、酷く冷えていた。
ミナはバカに気づくと、『ありがとう』とぎこちなく笑った。
……そして。
「……『恩人の為』だ」
「へ?」
ヒバナが唐突に、話し始めた。それはあまりにも唐突で、ミナもバカも、頭の上に?マークを浮かべてしまう。
「俺の願いだ。俺は、俺の恩人が苦しんでる状況を、なんとかぶち壊してえ。そのためなら悪魔に魂でも何でも売ってやる。人殺しぐらいやってやるし……あー、まあ、その、なんだ。そういうつもりで、ここに来た」
苦い顔で、ヒバナはそう言って、もぞ、と手を動かした。先ほど、机を叩いていたその手は、今、所在無げに机の上でもぞもぞしている。
「恩人……?」
「ああ、そうだ。俺が今よりもっとろくでなしだった頃の俺を拾って、助けてくれた人だ」
ヒバナは、『恩人』について話す時、少し優しい顔になる。
「掃き溜めみてえな世界をずっと見てきた人だ。なのに、そこに染まり切れねえ人だ。そのせいでずっと苦しんで、なのに、俺みてえなのを救ってくれる。……俺にとっては、天使だ」
「天使かぁ!」
「あァ!?ンだよ!悪いかよ!」
バカに食って掛かるヒバナに笑いかけながら、バカはなんだか嬉しくなった。
……ヒバナはやっぱり、優しい奴だ。ビーナスのことをとても大切に思っていて、そのために自分の命を擲ってしまうような……優しくて、ちょっと酷い奴だ。
つまり、いい奴だ。バカはそれを確認して、『やっぱりヒバナにもビーナスにも、生きててほしいなあ』と思う。
「……まあ、なんだ。受けた恩の分、何か1つくらいは返せなきゃあな。それが筋ってモンだろ?」
ヒバナはぶっきらぼうにそう締めくくると、『俺の話は終わった』とばかり、鍋をよそい始め、そして食べ始めた。バカも『あっ!食べなきゃ無くなっちゃう!』と慌てて鍋をよそって食べ始めた。いっぱいよそってもりもり食べるバカを見て、天城が何とも言えない顔をしていた!
「えーと、2人話したんだし、俺も話した方がいいかな」
それから、陽も鍋をよそいつつ、そう切り出す。
「俺は……えーとね、うーん、どう説明したらいいのか……いや、実際のところ、俺自身の願いは、叶わなくてもいいんだよね……」
が、切り出した割に、陽の話には内容が無かった!
こういう時、バカの先輩は『内容が無いよう!』と言うのだが、正にそれである。内容が無いよう!
「おいテメエそりゃどういうことだ?」
「まあ……『願いがかぶってる』んだよ。俺とたまとで。だから俺は、彼女の願いが叶えばそれでいい」
陽は苦笑しつつそう言った。
そう。『たまの』願いが叶えばいい、と、言い切ったのである!
「たま?たまが何だってんだ?あ?まさか、お前ら……?」
「……ああ、うん。恋人同士だよ。伏せておくつもりだったんだけどな……まあ、仕方ないか。明かしてしまった方が、次は一緒のチームになれるだろうし……」
陽はもう開き直ってしまったらしく、たまとの恋人関係もここで明かしてしまった。そしてぶつぶつと少々恨みがましく語る様子は、大人びた陽にしては少々子供っぽく見えて新鮮だ。
「彼女、無鉄砲なところがあってね。多分、今回のチーム編成についても、『別々のチームに居た方が多くの情報が手に入る』ぐらいに思っているんだろうけれど……」
「あー、たまってそういうかんじだよなあ。わかるわかる」
バカが万感の思いを込めて頷くと、陽は『君にたまの何が分かる……?』というような、ちょっとじっとりした目でバカを見てきた。バカはその視線の意味に気付かない!バカには恋心も嫉妬も独占欲も、まるっきり無縁である!
「ええと……その、たまさんのお願いは、一体……?」
「それは彼女にも聞いてから答えたいから、今は伏せさせてほしい。卑怯なようで、申し訳ないけれど」
ミナに問われて、陽は申し訳なさそうにそう答えた。
「だから、俺については、たまの願いを叶えることと、彼女を無事にこのゲームから脱出させることが望み、ということで。うん。本当に、彼女が無事で居てくれれば、それで……」
陽はそこで、ふ、と表情を陰らせた。
「……そのためなら、人殺しだってできちゃうのかもしれないな」
「えっ!?」
陽が!?と、バカはびっくりする。ミナも、ヒバナもびっくりしている!天城だけは、表情が今一つ読めなかったが……。
「案外、やってみたらできてしまうものなのかもしれない。少なくとも……そうだな、たまの身に何かあるくらいなら、とは、思ってるよ」
迷うようにそう言った陽は、どういうつもりでそう言ったのだろうか。
わざわざ『いざとなったら人殺しをするつもりがある』なんて言っても、周囲を怖がらせるだけである。ミナあたりは、うっすら警戒してしまっている。
だが……陽はそうやって周囲に嫌われてでも、『たまに手を出すな』と、そう言いたいのかな、とバカは思った。
「やめとけ。テメエには向いてねえよ」
そしてヒバナが鼻で笑う。……ヒバナだって、人を殺すのに向いているとは思えないバカとしては、ちょっぴり複雑である。
「……そうかな。案外、図太い自覚はあるんだけれど」
「どうだかな」
だがひとまず、ヒバナは優しいからそう言うのだろう、とバカは思った。要は、ヒバナは陽に人殺しなんて、してほしくないのだ。
やっぱり、ヒバナはいい奴である!
「俺の話はこんなところでいいかな。内容が薄くて申し訳ないけれど。……それで、樺島君は?」
続いて、陽はバカに話を振ってきた。特に躊躇う理由のないバカは、元気に話し始める!
「ん?俺?俺はなー、ここを皆で出て、海斗にポケモン貸すんだ!あと、海斗が書いた小説読ませてもらって、一緒にメロンパン買い食いする!あと、俺の会社にヒバナを勧誘する!」
「は?」
そして、元気に喋ったバカは、全員をぽかんとさせてしまった。当然である。
「……ええと、樺島さんは、ここに来てから願いを決めた、んですか?」
「ん?うん!いや、だってさあ……俺、なんか出張届書いてぇ……準備してぇ……それで、久しぶりの出張だから、久しぶりにミニストップのソフトクリーム食べるんだ、って気合入れてたはずなのに、気づいたら変な部屋に居て、首輪ついててぇ……こんなことになってるしぃ……金庫開かねえしぃ……」
「……あの、迷子?迷子か何かなのかな?」
バカがすっかりしょんぼりしてしまったのを見て、陽とミナは『もしや迷子……?』と心配そうな顔を向けてきた。ヒバナと天城は若干の警戒を滲ませつつ、呆れ返っていた。
「あの、でもさ、海斗と仲良くやるのは、悪魔じゃなくて海斗に叶えてもらうお願い事だから、俺、別に悪魔に頼らなくてもいいんだ」
「まあ……そういうことなら、樺島君は特に誰とも争う必要が無い、ということになる、のか……成程ね。海斗と土屋さんもそうなのかな」
「んー……海斗はお願い事、あるんだけど、でも、諦めるって言ってた。土屋のおっさんは、えーと、ナイショ。でも悪魔に願いは叶えてもらわなくていいって言ってた」
バカは『勝手に他の人のお願いを喋っちゃダメだよな』とお口にチャックしつつ、それだけ伝えた。要は、『海斗も土屋のおっさんもいい奴だぞ』と。
「あの、海斗さんについては私はよく知らないんです。でも、土屋さんについては、確かに願いを叶えようと思ってらっしゃらないようなので……」
「……よく分かんねえけどよォ、ま、つまりそっち4人はミナの願いを叶えるために組んでる、ってかんじか?」
「いや!全員生きて帰るために組んでる!」
「このバカが喋ると途端に話が訳分かんなくなるのはなんなんだよオイ」
そんなことを言われても、バカは困る!バカは只々、皆が大好きで、皆で生きて帰るために頑張っているのである!そして土屋は大体同じだし、海斗もできれば人が死なない方がいいと思ってくれているし、ミナは考え中だ!それだけなのである!
「で、天城のじいさんは?天城のじいさんは、何かお願いごと、あるのか?」
さて。
そうしてバカの話が『こいつやっぱりバカなんじゃねえか?』というヒバナの大正解によって終わったところで、バカはいよいよ、天城に水を向ける。
だが!
「何故そんなものをお前に言う必要がある」
相変わらず、天城は偏屈ジジイなのであった!バカ、しょんぼり!折角天城と仲良くなれると思ったのに、今のところ全く仲良くなれる気配が無い!
「あの、天城さん。差し支えなければ、教えていただけませんか?ここに、どういう人が、どういう願いを背負って来ているのか、私、知りたいです」
だが、ミナが丁寧にそう申し出れば、天城は流石に、ミナまで無碍に扱うのは気が引けたらしい。もご、と口籠って、視線を彷徨わせて……そして。
「……復讐と救済のためだ。まあ、大した願いでは無いとも」
そう、ぼそぼそ、と喋ったのだった!
「ふくしゅうと、九歳……?」
バカはバカなので首を傾げつつ、頭の上に?マークをいっぱい浮かべることになった。バカにはちょっと難しかったのである!
「この話は終わりだ。そろそろ時間が迫ってきている。喋る暇があったら、鍋を食べた方がいいだろうな」
が、こっちはバカにもよく分かる。……そう!そろそろ、鍋パーティーの制限時間が迫っているのである!
「やべえやべえやべえ!急いで食え!おいバカ!もっとよそえ!」
「えっ!?いいのか!?やったー!いただきます!」
「樺島君、本当によく食べるね……。見ていていっそ気分がいいな、これ」
「あっ、天城さんももう少しいかがですか?」
「……そうだな」
……そうして一行は、急いで鍋を片付けることになった。まあ、7割近くバカが食べた。おいしかったのでバカは幸せになった!
……ということで、無事、鍋は完食された。
ほとんど空になった鍋の底には、前回同様に火星の鍵が入っており、それで鍋の台にあるドアを開ければ、案の定、そこにはヒバナ人形が入っている。
さて、問題は、これをどうするか、だ。
バカはちょっぴり緊張しながら、ヒバナ人形を見つめるのだった!




