1日目昼:羊達の晩餐*1
「わ、わあ……羊さんがいっぱい」
ミナはこの羊たっぷり空間に、ちょっぴり癒しを感じているらしい。バカが羊を『もふもふもふもふもふ!』とやっている横で、そっと羊を撫でて、『わあ』と嬉しそうな声を上げている。
「……えーと、ここ、悪魔のデスゲームの会場、だよね……?」
「……今ンとこ、動物園だな」
陽とヒバナは明らかに戸惑った様子であったが、まあ、それでも一応、羊に近づいて、『もふ』くらいはしていた。羊の真っ白ふわふわの毛には思わず触りたくなる魅力が詰まっているのだ!
「おい!いい加減に下ろせ!」
「あっ、そうだった!ごめんな天城のじいさん!」
そしてバカは、ずっと担いでいた天城をそっと羊の群れの中に下ろした。……当然、天城は羊の群れに囲まれることになって、強制ふわふわ執行となる。最早怒る気力もないのか、遠い目をして羊のさざ波にふわふわ揉まれていた。
「ん?この羊、首に札が付いているね。名札かな……いや、違うか」
「名前が『トマト400g』なのはおかしいですよねえ……うーん、トマト400gちゃん……?」
「こっちは『枝豆100g』だ。どう見ても名前じゃねえだろこれ」
さて。そうこうしている内に、羊と戯れていた陽とミナとヒバナが、羊の食材札に気付き始めた。天城も、ちら、と食材札を見て、ふん、と鼻を鳴らしている。バカは羊をふわふわするのに夢中である!
「これを使ったゲーム、なのかな?……ええと、とりあえずあそこに行ってみようか」
「だな」
「なんとなく、お出汁の香りが濃くなってきましたね……本当にお出汁なのかも」
そうして陽を先頭に、全員で中央のキッチンスタジオに向かって進んでいくことになった。
……全員で『チキチキ!羊の闇鍋チキンレース!』の表示を見て何とも言えない顔になりつつ、恙なくルールを読み終えて……そうして陽と天城は険しい表情になり、ミナは不安そうな顔になり、そしてヒバナは『どうすんだこれ』と羊の群れを見下ろした。
「……とりあえず、急ごうか。異能を使ってでもなんでも、まずは全ての羊を確認して、食材札を……」
「あっ!じゃあ俺、羊集めとくから、皆、食材カード選んでくれよ!任せるからさあ!あっ、俺、いっぱい食べたいからいっぱいにしてくれ!あと、肉食いたい!肉!」
……そしてバカはただ1人、きゃいきゃいとはしゃぎつつ……前回同様、『わおーん!』と遠吠えして、元気に羊の群れを駆り立て始めた!
「……本当に羊が集まったね」
「樺島さんって、羊飼いさんなんでしょうか?」
「いや犬だろ」
……そうしてバカサークルの内に囚われた哀れな羊達が陽とミナとヒバナと天城の手によって確認されていき、そして、どんどん食材カードが取捨選択されていく。
「豚レバー300g……やめておこうか」
「なんでぇ!?レバーうめえじゃん!」
「あの、樺島さん。レバーをお鍋に入れて美味しくするのは難しいです」
「そっかぁ!じゃあしょうがねえや!」
バカは非常に楽しみにしながら、羊達の周りをぐるぐると回り続けた。
だって今回は、ミナが居る!ミナは確か、お料理が得意なのだ!お魚も捌いてくれたし、今回の鍋も期待が持てる!
なのでバカはそれはそれは楽しみにしつつ、羊達を集めて元気に駆け回るのだ!
……そして、『一緒に鍋食ったら、天城のじいさんとも仲良くなれるかなあ』と、ちょっとだけ、期待した。
食べ物を一緒に食べると、仲良くなれる。その経験があるバカは、ミナとヒバナが仲良くなってくれたらいいなあ、と思うと同時に、自分と天城も仲良くなれたらいいなあ、と思うのだ。
まあとにかく、鍋パワーに期待するバカであった!
それから然程時間を掛けずに、食材カードの取捨選択が終わった。
……今回は非常にスムーズだった。というのも、ミナが『私、小料理屋で働いていたことがありまして』と言ったことから、『じゃあ危険物は俺とヒバナで確認して弾いて、残った羊をミナさんの方に流すよ。食材の選択はミナさんと天城さんに任せていいかな』と陽が人員の割り振りを行ったのだ。
そうして、陽とヒバナが『青酸カリ……駄目だろ!』『鉄釘10本はちょっとね……』とやる横で、バカに誘導された羊達がミナと天城の方へ流れていき、そこで『まいたけ40g!わあ、是非入れましょう!』『……カレールーは入れたらカレーになるな』とやって、無事、鍋の食材が決定していった。
今回も無事に鍋が完成したところで、バカ達は中央のキッチンスタジオへと向かい、そしてそこで椅子に拘束された。
が、今回もバカは『ふんっ!』と勢いよく拘束を破壊したので、バカだけは自由の身である。拘束程度ではこのバカは止められない。
「おいバカ。俺のも外せ」
「ん!分かった!ふんっ!」
そして今回は、ヒバナも希望したのでヒバナの分も拘束を外しておいた。……陽とミナと天城は『このままでいい』とのことだったのでそのままにしたが。
「じゃ、鍋よそっていいか!?うまそー!」
「はい。たくさん食べてくださいね。その、ちょっと作りすぎてしまったので……」
鍋は、前回よりもたっぷりと量がある。ミナが気合を入れて食材を選んだ結果、こうなってしまったらしい。多分、ミナはご飯を作ると作りすぎちゃうタイプである。それで多分、お隣さんにお裾分けしたりするのだろう。もしキューティーラブリーエンジェル建設社員寮のお隣にミナが住んでいたら皆大喜び間違いなしである。
「……1人はジジイにしろ、男4人いりゃあなんとかなんだろ」
「嬉しい!いっぱい食える!やったー!いただきまーす!」
「樺島君1人でもなんとかなるかもしれないね。ははは……」
そうしてバカが元気よく鍋をよそい始め、他のメンバーも順番に、他の者の様子を見つつ、鍋を取り分けていくのだった。
「うまい!うわああ!うまい!なんかめっちゃうまい!わああああ!」
「よかったね、樺島君」
「うん!皆ありがとお!やっぱ食べ物選ぶの、皆に任せてよかった!」
そうしてバカは鍋を食べては、美味い美味いと満面の笑みを浮かべた。前回も美味かったが、今回はものすごく美味い!遠慮ない量の5人前になったことでより多くの食材が入り、様々な食材から出汁が出て、相乗効果で益々美味くなっているのだ!
そして同時に、ミナの取捨選択が上手だったということなのだろう。非常に美味しい鍋を食べて、バカは大満足である。
「うん……美味しいね。よかったよ。ゲームのタイトルを見た時には一体何をさせられるのかと思ったけれど……」
「実際は鍋食うだけだもんな」
「あの、もしかしてこの悪魔のデスゲームって、お鍋を食べるとか、こういうゲームばかりなんでしょうか?」
「いや、人が死ぬことを期待しているゲームばかりだろうよ。このゲームにしても、中々に悪辣だと思うがな……ふん」
これがデスゲームなのだとうっかり忘れそうになるが、これはデスゲームである。今回も、牧羊犬バカが居なければ間違いなく人を死に至らしめる闇鍋が出来上がっていたはずなので、このゲームがデスゲームであることは間違いない。
「……向こうは大丈夫かなあ」
……だからこそ、陽は心配そうにしている。
そう。陽は、大事な大事な片割れ……恋人のたまと、離れ離れになってしまっているのだから。
「ああ、大丈夫だ!海斗は頭いいし!土屋のおっさんはすげえ頼りになるから!めっちゃ頼りになるから!」
だからバカは、陽を安心させてやるべく元気に宣言する。
海斗は頭がいい。バカを何度も助けてくれている。そして土屋は……頼りになる人なのだ!
「もうな、土屋のおっさんはな、すっげえカッコいいんだぞ!」
「そ、そうなんだ……ええと、もしかして、元々の知り合い?」
「うん!?ゲーム始まってからの知り合い!」
「まだ出会って3時間経ってねえだろそれ」
そんなこと言われても、土屋はとてもカッコいいのだ。何と言っても、警察官なのだ!
バカは『でも土屋のおっさんが警察官なのはナイショだもんな!』と、1人むふむふ笑うにとどめた。ミナだけは、『ああ、樺島さんたら言わないように我慢してるんですね』と優しい笑みを浮かべていたが。
「だから、その、大丈夫だぞ。向こうも皆、無事に決まってる!」
結局のところ、バカの話はそこに着地する。
そう。バカは信じている。
たまは賢いし、争いを好むわけではない。そして土屋と海斗は、人が死なないようにしてくれているはず。ビーナスは心配だが……彼女がもし何かしようとしても、土屋と海斗が居れば大丈夫だろう、とバカは思うのだ。
だから、大丈夫。向こうのチームも、全員、生き残っているはずだ。バカは何ら疑うことなく陽に笑いかけた。
「……そうだね。ありがとう」
陽もそんなバカに少し励まされたようで、幾分安心した顔をしていた。バカやミナは、それにまた笑顔になる。
だが。
「……そうは言っても、これは悪魔のデスゲームだ。向こうの無事が確実でないのと同様に……こちらの無事も、確実ではない」
天城が、そんなことを言い出した。
「全員、誰かを殺して自分の願いを叶えるためにここに集まっているはずだ。そんな連中の集まりで、本当に死人が出ないとでも?」
天城は疑うように、他4人の顔を見渡す。ミナもヒバナも陽も、緊張した面持ちでそれを見つめ返した。唯一、バカだけは真剣な目を天城に向けてはいたものの、その口はもぐもぐもぐもぐ一生懸命に鍋を食べているので、緊張感が無い。
「……あの」
そんな中、口を開いたのはミナだった。
「皆さん、どうしてこのゲームに参加されたのか、伺ってもいいですか?」
ミナは緊張した面持ちで、しかし、強い意思を感じさせる目で、皆を見回す。
……特に、ヒバナのことを。
「私は、私がお世話になった人……私の先輩が亡くなった原因となる事件を、無かったことにしたい。そのために、このゲームに参加しています」
ミナはヒバナに向けて、そう言った。
「……そんなことを聞いて、何になる」
ミナの言葉の後、最初に口を開いたのは天城だった。
「ミナさんの願いがどうであれ、それは我々には関係の無いことだ。あなたが喋ったからといって、他の皆も喋らねばならない、などというつもりかね?」
「いいえ、そんなことは」
「ならどういうつもりだ?」
天城の言葉は鋭く、冷たい。バカは思わず、おろおろしてしまう。
……だが、やっぱり、ミナは強い人なのだ。
「……知っておかなきゃいけないと、思いました」
ミナはそう言って、真っ直ぐに天城を、そして、ヒバナを見つめている。
「ほう……それは、殺すために、ということかね?」
「いいえ」
ミナの表情には、緊張よりも強い意思の色が強かった。
「諦めるために」




