0日目昼:押しかけ先の個室(誘拐を添えて)
「んっ……!」
樺島剛は、目を覚ました。ぱち、と目を開けて、大きく伸びをする。
「……よし!」
そして気合を入れて、のそっ、とベッドから起き上がった。
……ちょっぴり悲しい気持ちは残っていたが、平気だ。ヒバナとビーナスのことを今度こそ助ける。そのためなら、バカは何度でも頑張れるのだ。
どうやらこのデスゲーム、人が死なないように頑張るだけではダメらしい。
願いを叶えるために人が死んでいた方がいい人だっているし、自ら命を絶ってしまう人もいる。
だから……ただ闇雲にゲームをクリアしていっても、駄目なのだ。
だからまずは……土屋とミナと、仲良くならなければ!
そう決めた以上、あとは突き進むのみ。目標が見えているならば、元気に突き進んでいけるというものである。
「あっ、忘れない内に外しとこ」
立ち上がったついでに、首輪を『バキイ!』と引き千切って、後は適当に、鎖も引き千切って、ぐりぐりぐり、と鎖で首輪を巻き付けて、今回も世紀末ファッションバカの出来上がりである。
「で……まずは海斗だ!あと、ミナと土屋のおっさんも!よーし!」
そうしてバカは元気にクローゼットへ向かっていき、『バキイ!』とクローゼットを破壊した。
「これ持って……いくぞー!」
そのまま中の金庫を抱えて、バカは……元気に、ドアに向かってタックルしていき、ドアを『バキイ!』と破壊したのであった!
「海斗ー!」
そのままバカは、海王星の部屋へ突入した。『バキイ!』と音を立てて、今回もまた、ドアは犠牲となった。
「ぎゃあああああああああ!?」
「海斗!助けに来たぞ!えーと、あ、海斗のクローゼット、まだ開けてなかったんだな?開けていいか?」
「な、なんだ!?何なんだお前は!?」
「あっ、俺、樺島剛!よろしくな!ええと……俺、やり直す前、お前と友達になって……ええと、ええと、あっ、金庫の中身!これ見てくれたら分かるはずだから!」
……そうして、前回同様のやり取りを挟みつつ、とりあえず海斗のクローゼットのドアを引き千切って、海斗の金庫も出す。
すると、海斗は恐る恐るバカの様子を窺いながら、部屋の中にあるもので謎を解いて、さくさく、と自分の金庫を開け、中身に目を通し……それから、さくさく、とバカの金庫も開けて、中身を見た。
「……やり直し、か」
「うん!そういうことだ!ええと、それで俺、前回のお前から、『ミナと土屋と3人で会議しろ』って言われたから……このまま行くけど、いいか?」
「は?」
海斗はぽかんとしていたが、バカは『まあいいや!』と、海斗を小脇に抱えた。
ぎょっとする海斗はそのままに、バカはてけてけと元気に走って、とりあえず……ミナの部屋へと、急ぐのだった。
何故、先にミナかといえば、ミナの方が先に出てきちゃうからである!そのくらいは、バカにも覚えていられるのだ!
ということで。
「お邪魔します!」
「ひゃっ……!?いやあぁあああぁああああああ!?」
バキイ!と水星の部屋のドアをタックルで破って、バカはミナの元へ辿り着いた。
ミナは突然のバカに強い恐怖を覚えたらしく、ぶるぶる震えながら必死に逃げ出そうとしている。
「あっ、あっ、俺、怪しいものじゃないんだよお!」
「どう考えてもそれは怪しい口上だぞ!?」
「来ないで!来ないでぇえええ!」
ミナはすっかりパニックになっており、バカが近づくと暴れ出す。
……とはいえ、ミナが暴れても、バカにとってはススキが風に揺れている程度のものである。
ぽこぽこ、とミナのか細い手に殴られつつも、バカは『どうしようかなあ』と微動だにせず考えて……そして。
「うん!駄目だ!土屋のおっさんのところ、行こう!ってことで、ミナ、ごめんな!ちょっと抱えるから!」
ひょい、とミナを小脇に抱えて、バカはまた元気にてけてけと走り出したのであった!
……右に海斗、左にミナを抱えたバカの姿は、さながら誘拐犯のようであった!
そして。
「お邪魔します!」
礼儀よくお辞儀しながら、バカは頭突きで土星の部屋のドアを『バキイ!』と破った。何故頭突きかといえば、右に海斗、左にミナを抱えているからである。空いているのが頭しか無かった!
「なっ……何だ!?」
そしてバカが突っ込んでいった先では、土屋が光り輝く盾を構えて、バカを警戒していた!
だが、土屋は盾を構えておきながら、その盾自体にも困惑しているらしい!
「こ、これは……!?」
「あっ、それ、土屋のおっさんの異能だぞ!なんか、体力を消費して盾を作れるって前のどっかで聞いた!なんか、階段3階分上った時ぐらい疲れるけどいけるって!」
バカは朗らかに説明する。どうやら、土屋はまだ自分の異能の説明書きを読んでいないらしい。バカの説明を聞いて、ぽかん、としていた!
それから、海斗が手伝って土屋の部屋の金庫を開けた。
「中身は僕は見ない。これはあなたのものだ。確認してくれ」
「あ、ああ……」
海斗が戸惑いながらも金庫を差し出せば、やはり土屋が戸惑いながらそれを受け取って、中身を読む。
「……ふむ。成程な。つまり、今の盾は、私の異能だった、と……」
そうして土屋は少し戸惑いつつも何かに納得したらしい。少なくとも、バカのせいで咄嗟に出てしまったらしい異能の盾については。
「うん!前、そう聞いた!」
「えーと、聞いたというのはどういう……?」
「……それについてはこっちを見てくれ。こいつの金庫だ」
「見ていいのか?あ、いいのか。なら遠慮なく……」
続いて、バカの金庫の方も土屋に見せる。すると土屋は驚いたような顔をして、バカを見つめて……それからまた、『やり直し』の説明文を読んだ。
「そういうことなら筋は通る、が……ううむ」
土屋も、バカがどういう奴なのかは概ね分かってくれたようだったが、それでも疑いは残るようだ。まあ出会いは不審だったし、今も鎖ぐるぐる巻きの世紀末ファッションバカなので、信用できる見た目ではない。
「あ、あの、私も読んでいいですか?」
「あっ、うん!ごめんな、ここまで説明もせずに来ちまって……どうぞ」
それからバカは『できるだけ怖くないように!』と縮こまって小さくなりつつ、ミナにも自分の異能の説明を読んでもらった。
ミナは真剣な顔でそれを読んで……それから、ちら、と不安そうにバカを見て、土屋と海斗を見て……こく、と頷いた。
「あの……分かり、ました。つまり、あなたは未来から戻って来た、ということ、ですよね?」
「え?そうなのか?……うん、多分そうだと思う!」
バカはちょっと心配になったが、ひとまずミナの言うことに頷いておく。多分そう。多分そうである!
「それで、俺、ミナと土屋のおっさんと仲良くなるために戻って来たんだ!土屋のおっさんが、ミナと土屋のおっさんなら、ヒバナとビーナスを助けられる、って言ってたから……俺、あの2人も死んでほしくねえからぁ……」
更にバカが喋れば喋るほど、海斗とミナと土屋はぽかんとしてしまう。
……つまるところ、バカは説明が下手なのである!
「……成程な。大体分かったぞ」
そうしてバカは、海斗の導きによって上手に説明し直して、概ねのところを3人に理解してもらえた。
バカは『やっぱり海斗が居てくれてよかった!海斗はすごい!海斗は賢い!』と大いに喜び、海斗はこれにちょっぴりもじもじしていた。
「まあ、つまり……ヒバナとビーナス、という2人組が自死するのを止めろ、ということだね?」
「うん……。俺、人が死ぬの、もうやだよお……」
バカは思い出ししょんぼりする。
……あの、覚悟を決めてしまって、全てを諦めたようなヒバナも。そのヒバナの首を斬り落として、その後すぐ拳銃自殺してしまったビーナスも。もう、あんな彼らは二度と見たくない。
だが。
「それは……その、ミナさんにとっては、どうなんだ?お前の身勝手な意見じゃないか?」
海斗が眉を顰めて、そう言った。
「自分を苦しめた相手を許せ、というのは……あまりにも、酷だ」
「へ……」
バカはぽかん、としながら海斗を見て……それから、ミナのことを見た。
……海斗はバカを非難するような目でバカを見ていて、そしてミナは……悩むように、じっと俯いていた。
「お前の話だと、そのヒバナという男とビーナスという女は、ミナさんの大切な人を死なせる直接の、もしくは間接的な原因となっているようだな。……ならば、その2人を許せ、というのは、ミナさんの心を踏みにじることに他ならない。違うか?」
海斗はバカを睨むように見ている。バカはその視線が自分に突き刺さるように感じながら、一生懸命、海斗の言葉の意味を考える。
「うむ……ヒバナとやらが自殺してしまったというのなら、彼には彼なりに思うところがあるのだろう。だが、まあ……うん。だからといって、全てを許せるわけではない。犯罪被害者は、永遠に癒えない深い傷を抱えているのだから」
土屋も、渋い顔でそう言って、ちら、とミナを見やった。
……ミナはまだ、俯いている。
だが、その顔がどうにも……ヒバナを斬り殺した後の、ビーナスの横顔に重なって見えた。
「うん……そうだよな」
バカはバカなので、難しいことは分からない。
ただ、ヒバナが清々しく諦めたような顔をしていたことも、ビーナスが涙を流していたことも、ミナが俯いていることも……全部、全部、とても辛い。
バカはヒバナでもビーナスでもミナでもないから、そんなに辛くないはずなのに。ヒバナやビーナスやミナの方が、ずっとずっと、辛いはずなのに。
他者を思いやるということは、かくも難しい。難しくて、難しくて、投げ出してしまいそうだ。
「ごめんな、ミナ……俺、あんまり考えるの得意じゃなくてさあ……酷いこと、言った……」
だがそれでもバカはバカなりに、投げ出さない。
苦手でも考えたい。どうすればいいのか、ずっとずっと、考えたい。少しでもいい答えを見つけたいし、少しでもいい未来を選び取りたい。
そして、人に優しくありたい。
だから、賢くなりたい。
賢くなければ、優しくできない。バカだと気づかずに人を傷つける。
だからバカは……こういう時にちょっぴり、自分がバカであることを悔やむ。
「あ、その、ええと……」
バカがしゅんとしていると、ミナは顔を上げて、わた、わた、と両手を宙に彷徨わせて……それから、また俯いて、ぽそぽそ、と喋る。
「……その、私はまだ、実際に、そのヒバナさん、とビーナスさん、にお会いしたわけでも、ないので……なんとも、言えません。お話も唐突でしたし。まだ、気持ちの整理が、付かない、というか」
喋りながら考えをまとめているらしいミナは、言い淀んで、視線を彷徨わせて、それでも喋る。
「でも、私、人が死ぬことが善いことだとは思いません。だから……その」
ミナもまた、考えているのだ。ミナはバカより賢いから、その分バカよりも沢山沢山、考えているに違いない。
「……もう少し、考えて、みます」
「……うん」
バカは、『ミナはやっぱりすげえなあ』と思う。
辛いはずなのに、それでも考える余地を自分の中に保っている。
だからミナは、賢くて、優しくて、強い人だ。
「……まあ、そうだな。実際のところは何とも言えん。そもそも、ヒバナとビーナスとやらが、実際にその事件にかかわったかも分からない訳だしな。憶測の上に考えを積み重ねるよりは、実際の物事を見てから判断した方がいいだろう」
結局、土屋がそう締め括って、この話は一旦終わりとなった。
バカは『俺、海斗や土屋のおっさんにもフォローしてもらってるよなあ』と感謝の念でいっぱいになる。……バカはちょっぴり、職場の先輩達を思い出した!
「ところで、土屋さん……とお呼びしていいかな?」
「ああ、うん。樺島君はもう私のことを『土屋』として認識しているようだからね……君も『海斗』君なわけだし」
それから、海斗が土屋に話しかける。……バカがあまりにも自然に彼らの偽名を呼ぶものだから、もうそれで定着してしまったらしい。バカとしては非常に助かる!
「ああそうだな。仕方ない。全く、折角海から名前を取るなら、アーネスト・ヘミングウェイの……」
「お爺ちゃんと海、だろ?俺、覚えたぞ!」
「勝手にフワッとしたかんじにするなこのバカ」
海斗はバカを小突いて、それから改めて土屋に向き直った。
「……土屋さんは、就職支援をしている、のか?その、さっきのこのバカの話だと、どうも、あなたがそうした人であるように聞こえたんだが……」
そう。
土屋はヒバナとビーナスについて、『私に相談してくれればなんとかなったかもしれない』と言っていた。
それはバカも気になっていた。バカは『どうなんだ?』という気持ちを込めて、土屋を見つめ……すると、土屋は3人分の視線を受けて、気まずげに頬を掻いた。
「あー……いや、うん、私はな……うーん」
それから迷うように唸り、考え、また唸り……。
「……まあ、こういうものなんだよ」
ジャケットの内ポケットから、『それ』を取り出した。
……それは、警察手帳であった!




