2日目夜:大広間*1
バカはしっかりと安全確認を行った。大広間の隅から隅まで確認して、すんすんすんすんと匂いを嗅いではよくないガスの類が無いことを確認して、それからようやく、ヒバナとビーナスを迎えに行った。
「おお……大事にされているようだな、ヒバナもビーナスも……」
「おう!俺、絶対にヒバナとビーナスのこと、守るんだ!そういう風にヒバナと約束したから!」
バカがにこにこと胸を張ると、土屋は『そうかあ』と温かな笑顔になって、よしよし、とバカの頭を撫でた。バカは撫でられて、ちょっと職場の先輩達のことを思い出して、ほんの少しだけ寂しくなった。ホームシックである!
「さて。では情報共有といこうか」
そうして、9人が揃った初めての2日目夜。全員、大広間の椅子に腰掛けて、互いのチームの情報を共有することになる。1日目の夜と同様だ。
「私達のチームは、えーと、その、なんだ……人を食う魚が居る水槽の中から鍵を取る、というもので……」
「解決方法は……ええと、ゴリアテタイガーフィッシュの水槽の水位を下げて、そこに土屋さんが入って……ゴリアテタイガーフィッシュに噛まれながら鍵を取ってくださいました……」
「それをミナさんが治してくれて、全員無事だがな……土屋さんには頭が上がらない。本当に……」
……最初に報告してくれた土屋チームは、なんと、土屋によるゴリ押しをミナの治癒でリカバリーする、という方法だったらしい。ミナも海斗も何とも言えない顔である!
「海斗さんも命を懸ける役をしてくださったんです」
「ま、まあ……土屋さんとミナさんなら、僕を殺す選択はしないだろう、と思っただけのことさ」
そしてどうやら、水槽の水位調整のための人質役になったのが海斗だったらしい。見たら、土屋も海斗も服が濡れている。土屋はズボンの太腿あたりまでがびしょびしょで、海斗に至っては全身びしょびしょであった!
「おかげで水に浸かる羽目になってしまってね……。私はまだ、それほどでもないんだが、海斗君はほぼ全身が水に浸かったものだから、体が冷えないか心配だな」
……紳士的な海斗のことだ。ミナが居るから、全裸で潜水する、という訳にもいかず、精々、靴と上着を脱いだぐらいで潜水してしまったのだろう。バカなら遠慮なくパン一にまでなっていたところであるので、海斗は流石である。
が、そのせいで今、海斗は寒そうにしているのだ!大変である!乾かしてやらないと風邪をひいてしまう!
「よし!海斗!土屋のおっさん!ちょっと服貸してくれ!乾かすから!あと、ヒバナも手伝ってくれ!」
「は?」
……ということで。
「……乾いた、なあ。うーむ……」
「だろ?へへへ……」
「ありえん」
「そうかぁ?うちの職場だと皆やってるけど……」
バカは、海斗の服を乾かした。
やり方は簡単である。洗濯機の脱水と大体一緒だ。『勢いよくぶん回すことによって水気を切る』。そういうことなのだ。
筋肉によってぶん回された服は見事に水気を失い、そして仕上げはヒバナの異能だ。
「ふむ……ヒバナは火を扱う異能なんだな」
「おう。ま、服を乾かす目的の異能じゃねえんだけどよ……」
ヒバナの異能は、幸いにして火の異能だ。なので……。
「アイロンだ!ヒバナ、アイロンだー!」
「ったく、なんでこんなことする羽目になってんだかなァ……」
……ヒバナは、見事に、アイロンにされていた。
炎の小手を纏ったヒバナが服を撫でて、半乾きから9割乾きにまで乾かしてくれるのだ!しかも、バカ脱水機によってシワシワになった服の皺が綺麗になるのである!
「……デスゲームとは、一体何なんだろうか」
海斗はほかほかになったシャツのボタンを留めながら、遠い目をしていた!
「ただいま!」
「おかえりなさ……わあ、乾いたんですね!よかった!」
「ええと……どうやって乾かしたのかな」
「このバカが服を振り回したら水が抜けた。以上だ」
「樺島君は本当に規格外だね」
さて。ということで海斗と土屋が風邪をひかなくてよくなったところで、皆再び着席して……。
「えーと、じゃあ、私達の情報共有もする?結構大変だったんだから」
ビーナスがそこでようやく喋り出す。バカチームの情報共有だ!
「こっち3人は、ロシアンルーレットやらされてたわ」
「ロシアンルーレット……!?」
「ええ。まあ、詳しいルールは省くけれど、円状に並んだ椅子に座って、一斉に銃を撃つのよ。銃は10丁。その内の2丁は勝手に打つ方向が決まる、ってかんじ」
ビーナスのざっくりした説明を聞いただけで、たまと陽と天城は大体のルールを察したらしい。流石は頭脳派チームである!
が。
「……で、バカ君が銃の銃身を片結びにして」
「えっ」
続いたビーナスの説明は、陽やたまをもってしても予測できなかったらしい!
「……くれたんだけど、どうも、銃が片結びになっちゃってると、ドアが開く判定にならないらしいのよね。ちゃんと銃声が無いとダメだったみたい」
「で、1丁残ってた銃を撃ってみたんだが、それじゃあ足りねえみたいでよ」
ビーナスとヒバナの説明に、今や全員が固唾を飲んでいた。
「それ……どうしたんだ?」
「……聞きたい?」
そして尋ねてきた海斗にちょっと勿体を付けてから……ビーナスは、はああ、と深い溜息と共に吐き出した。
「バカ君が『めろんぱぁん!』って叫んだら、その『ぱぁん!』の部分が銃声だと検知されてドアが開いたわ。以上よ!」
それからしばらくの間、大広間は笑いに包まれていた。
海斗はまるで遠慮することなく笑っていたし、たまも何やらツボに入ったらしく、くすくす笑っていた。ミナは『わあ、すごい……』と唖然としていたが、土屋は肩を震わせて時折笑い声を漏らしていた。
陽と天城は、何やら遠い目をしていた。まあ、まさか『めろんぱぁん!』が銃声として検知されるなどとは誰も思わないだろう。当然の遠い目である。
「……樺島。お前もメロンパン、好きなのか」
「ん?うん!あっ、でも、海斗が好きだって言ってたから咄嗟に思い浮かんだのがメロンパンだったんだ!だからありがとな、海斗!お前のおかげでヒバナとビーナスを死なせずに済んだ!」
「そ、そうか……それは何よりだ」
「あっ!ここ出たら一緒にメロンパン買い食いしような!な!」
海斗は少し照れたような様子だったが、こく、と頷いてくれた。これでまた1つ、海斗との約束が増えた!バカは大喜びである!
さて。
「じゃあ、最後に俺達のチームだけれど……まあ、論理パズルだったよ」
「ろんりぱずる……?」
そうして最後に、陽達のチームが報告を始めてくれた。
「うん。俺達の部屋は、大きな水瓶の部屋だったんだ」
水瓶の部屋。つまり……今までの周回では、天城が最初に入って死んでいたあの部屋、ということだろう。
「部屋の中央に水瓶があって、そこから延びるホースを通じて、参加者の口と鼻を覆うガスマスクに水瓶から発生した気体が届くんだ。そして大抵、それは毒薬になる」
陽の説明を聞いて、『やっぱりそうだ』とバカは頷く。大きな水瓶があって、椅子があって、その椅子に拘束されながらガスマスクを装着して……という部屋だったはずだ。
「部屋には水瓶と水瓶から伸びているガスマスクと椅子の外に、薬の瓶が10個くらいあってね。それぞれの薬にはちゃんとラベルが付いていて……説明書きもある。例えば、『Aと組み合わせると毒になる。ただしBも一緒に組み合わせると無毒となる。』みたいな具合に……」
「わかんねえ!」
「あ、うん……まあ、とりあえずそういうパズルがあった、っていう風にだけ考えてくれればいいよ。細かいルールが今後必要になるとも思えないし……」
バカには難しすぎる!陽もたまも天城もこういうものが得意なのだろうが、バカは苦手である!論理もパズルも苦手なのだから、当然である!
「まあ、薬を混ぜて誰も死なないようにすればいい部屋だったっていうこと。それから、天城さんの人形が見つかったよ」
「えっ!?人形!?見たい!見たい!」
それから、天城の胸ポケットから天城人形が取り出された。
……『むっ!』とした表情の人形である。特徴を捉えていて、ちょっとかわいい。
「わー、なんかかわいいなあ!」
「これでお人形は、私の分と、天城さんの分……ですかね?」
ミナとバカが天城人形をのんびり眺めていたところ、『あっ』とビーナスから声が上がる。
「ああ、そういえば、土屋さん。これ」
「うん?……ああ、人形か!」
そう。バカ達もバカ達で、土屋の人形を見つけていたのだ!バカは今、思い出したが!
「ふむ、確かに。……おお、人形をくすぐるとくすぐったいなあ」
それから少しの間、土屋は自分の人形を観察して、興味深げにしていた。時には自分の人形をこしょこしょやって楽しんでいたりもした。平和である。
「私の人形に危害を加えずにいてくれてありがとう」
「いーえ。そっちも無事で何よりよ」
土屋とビーナスは笑い合う。
そうだ。他の人の人形を傷つけずに本人に返す、という行いは、何よりの信用の根拠となる。殺そうと思えばいくらでもコッソリ殺せたものを、そうしなかったということなのだから。
……そう考えてから、バカは『うっかり土屋人形に銃弾当たんなくてホントよかった!あっぶね!あっぶね!』と改めて思うのであった!
「ところで……その、あー……」
が、そこで土屋が更に、言葉を発する。
「……この人形で、何か、したかな?その、具体的には、ふわっとしたもので挟んだ、とか……」
……気まずげに発されたその言葉を聞いて、バカとヒバナに衝撃が走った!
つまり……つまり、アレである!
「ああ、それなら私の」
「何も無かった!何も無かった!あわわわわわわ!」
「……そ、そうか。何かあったんだな?」
「何も無かったっつってんだろこのオッサン!文句あんのかよ!あァ!?シバくぞ!?」
「わ、分かった。分かった。何も無かったんだな?ああ、それならそういうことでいい!いいからそんなに迫ってくるんじゃない!こらこらこら!」
……ヒバナはキレ散らかし、バカは『あわわわわわわわ!』と慌てていた。当然、不審な目で見られた。だが、バカが真っ赤になってあわあわやっているのを見た面々は、『ああ、あれは別に害は無いやつか……』と判断した。
嘘を吐けないバカは、ある種の信用を生み出すのだ。そう!安心と信頼の、バカ!
「……さて。無駄話はここまでだ」
が、そんな中で天城が発言する。
全員に冷や水を浴びせるような声と言葉に、場がしんと静まり返った。バカはまだ多少、あわあわしていたが。
「いよいよ最後の日が来るからな。1つ、聞いておかなければならないことがある」
そして天城は……最後の扉の傍、カンテラを、指差した。
「今、魂は1つ。……誰が願いを叶える?」
そう。今、生き残っている者は9人。
そして、叶えられる願いはただ1つなのだ。




