2日目昼:山羊の処刑場*3
「……ヒバナまでそうなるとはね」
「……いや、お嬢ぉ……アレはねえって……アレは……」
ということで結局、ビーナスは土屋人形を手で持っていることにしてくれた。
『実質ポケット』の中に人形が入っているのを見せられると、バカは勿論、ヒバナまで『きゃー!』となってしまって話が進まないのである!ミナ人形のパンツ見ていた奴とは思えない反応であった!
「ま、いいわ。それより、気になることがあるんだけど、いい?ここを出る前に話しておきたいの」
ようやくバカとヒバナが落ち着いてきたところで、ビーナスはそう言って、身を乗り出した。
「『木星さん』のことよ」
「あああ……そうだった。木星さぁん……」
そこでようやく、バカは木星さんのことを思い出した。
そう。木星さん。何故かいつの間にか、死んでしまっているらしい木星さん……。バカは木星さんのことを思い出して、ちょっぴり落ち込む。
「そう。その木星さんだけど……どうして、死んだんだと思う?」
……が、ビーナスの言葉を聞いたら、落ち込んでいるどころではない、ということがバカにも分かってきた。
「バカ君は木星の個室を見たんだったわね?」
「うん……でも、誰も居なかったんだ。俺だけじゃなくて、海斗も見てるから、間違いないぞ」
「でしょ?ならおかしいのよ。……『木星さん』は、どこで死んだのかしら?」
そう。
木星さんは死して尚、未だに、一度も!……その姿をバカ達に見せていないのである!
「どこで、って、なあ……」
「死んだのは確かなわけでしょ?ならどこかで死んでるわけじゃない?でも、木星の個室には鍵がかかってて、でも木星さんは居なくて、そして木星さんは死んだ!おかしいと思わない?」
「思う!」
そう。バカもおかしいと思うのだ。
木星さん、一度くらい顔を見せてくれたっていいのに!部屋に迎えに行っても居なくて!なのにどこかには居たらしい!そして死んじゃったらしい!
「……あー、お嬢。俺はよぉ、あの土屋っつうオッサンの言う通りじゃねえかと思ってんだが」
が、そこでヒバナがそう、口を挟んだ。
「要するに、『悪魔が仕組んだことだ』って奴だ」
土屋は『木星さんは本当に存在していないのではないか』という説を提唱してくれた。
バカが木星さんを見つけられなかったせいで時間切れになって死んでしまったというわけではなく、本当に、ただ本当に、木星さんは最初から居ないのだ、という。
そして魂だけ、悪魔が別途用意するなりなんなりすればいい。確かにそれは、それらしい。
「ああ……まあ、ねえ。それも考えられなくはないけれど……でも、本当に悪魔がそんなこと、するかしら?」
だが、ビーナスは異を唱えた。
「ここまでで一度も、悪魔はゲームのルールを破って来ていないわ。双子の悪魔だってそうだったんでしょ?」
「……確かにそうだ。バカに首絞められて脅されて、それでもゲームは続行してやがった」
「でしょう?ならやっぱり、悪魔ってそうなのよ。自分が決めたルールは破らない。そういう風にできてるんじゃない?」
……ビーナスの言葉を聞いて、バカもヒバナも、『確かになあ……』と頷いてしまう。
双子の乙女には悪いことをした。だが、それでも双子の乙女は腐らずにちゃんと質問に答えてくれたし、ゲームを続行してくれた。『めろんぱん!』で正解としてくれて、ミナ人形をくれた。
本来なら、ゲームの司会者を脅して答えを聞きだすなんて、ルール破りもいいところだ。だというのに悪魔側は、ルールを破らなかった。
だからこそ、『バカ達の知らないところで悪魔がこっそり人を殺しておいた』なんていうことは、起こらないような気がする。悪魔としても、『筋を通す』振る舞いをするような気がするのだ。
「あっ……そうだ」
そんなことを考えていたら、ふと、バカの脳裏に今までのことが思い出される。
……今までにも、犯人や原因がよく分からない死があったなあ、と。
だからバカは、2人に提案する。
「あの、あのな?ヒバナもビーナスも、気を付けてくれ。鐘が鳴ってドアが開いたら、俺が最初に部屋を出るから……2人は、ちょっと向こうの方に居てくれよ」
「……なんかあんのか?」
「向こうの方に……って?どうして?」
ヒバナは怪訝な顔で、ビーナスはただ不思議そうに尋ねてくる。バカはそれに、『何て説明したらいいのかなあ』と思いながら説明を始めることになるのだが……。
「……俺、何回か繰り返してるんだけどさあ……」
「は?繰り返す?何を?」
「これを!」
……バカは、説明がド下手クソである!
そうしてバカはようやく、ビーナスに自分の異能のことを説明した。
ビーナスからは『信じらんない……あなたの異能、絶対に筋肉とかそういう奴じゃない……』という反応を貰った。バカは自慢の筋肉を褒められたので、ちょっと照れた。
「まあ、そういうことなら色々と納得がいくけど。あなた、バカなのに妙に思い切りのいい行動をしてるように見えたから」
「そっかー、ビーナスって頭いいんだなあ」
「人を見る癖がついてるだけよ」
バカは、はあ、とため息を吐くビーナスに拍手を送った。ビーナスはすごい奴だ!
「……で、ええと、俺、何話してたんだっけ……?」
「『俺が最初に部屋を出るから2人は向こうの方で待ってて』ってとこまで話してたわよ。で、私とヒバナが、どうしてそんな指示を出すのか、って聞いたら『繰り返してるんだ』って話になったんでしょ」
「あ、そうだった!えーと、それで、俺、何回かやり直してるんだけど……その、なんかさあ」
バカは脱線した話の続きを思い出して……思い出したことによって、へにょ、と元気を失った。
「……今まで、2日目の夜が明けるまで、やってたこと、ねえんだよぉ……」
1回目。
天城は初日で死んでしまい、その後、ビーナスが死に、海斗とヒバナも死んで……バカの目の前で陽が殺された。あれが、2日目の夜のことだった。
2回目。
天城はヒバナと一緒に死んでしまって、土屋がビーナスに殺されて、ビーナスはミナに、ミナは大理石の彫像に殺されて……それから、海斗は、バカを逃がして1人で死んだ。あれも、2日目の夜のことだった。
3回目。バカが注射しそこなってやり直した。ドンマイ!
そして今回が、4回目だ。
……3回目はまあ、注射針が悪いのでアレだが、1回目と2回目はそれぞれ、2日目の夜に何かが起きて、それで多くの人が死んでしまっている。
だから、バカは不安だ。
今回もそうなってしまうのではないか、と、とても不安なのだ。
が、バカが不安を抱えながら今までのことを説明したら、ヒバナもビーナスも、『ああそういうこと』とばかりに頷いてしまった。
バカが、『あれ?こんなに簡単に受け入れてもらえちゃうのか?』と不思議に思っていたところ……。
「……成程なあ。ま、つまり、アレだろ?2日目の昼の間に動けた奴が犯人、ってことだろ?んじゃあ答えは分かったようなモンじゃねえか」
「聞いた話じゃ、バカ君の1回目と2回目では、天城さんが亡くなってて、代わりに木星さんのことは存在すら知らなかったんでしょ?なら、木星さんが実は後からやってきて、それで色々やってたんじゃない?」
2人は、あっさりとそう結論を出していた。バカが、『え?え?』と首を傾げていると……。
「つまり……今までの2日目の夜に人が死んでいたのは、木星さんによる犯行。そして、木星さんが死んじゃってる今は、危険はそうそう無いんじゃない?ってコト。どお?」
ビーナスが、そう推理を披露してくれたのであった!
「ええー……よく分かんねえけど名推理ってかんじだぁ……」
「よく分かってないのね……?」
ビーナスは呆れていたが、バカは感心している。『ほわあ』と感嘆のため息を漏らしつつ、ビーナスに輝く瞳を向けている。ヒバナが『テメエあんまお嬢に近づくんじゃねえぞ』とちょっと警戒していた。が、大丈夫である。このバカは人に対してすぐ尊敬の念を抱くタイプの善良なだけのバカなのである。
「まあ、ドアが開いて最初の一歩は樺島君に任せるわ。よろしくね」
「うん!分かった!俺が先に出て、様子見てから2人のこと呼ぶから!呼んでから来てくれよな!」
まあ、木星さんが居ない以上大丈夫、なんて言われても、バカにはよく分からない。だからしっかり警戒して、今度こそ、ヒバナとビーナスを守ってやらなくてはならない!念には念を、というやつだ。『念には念を!念じれば花開く!破ーッ!』と先輩もやっていたことだし……。
そうしている内に、昼が終わる。
リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴って、ドアが開く。
……なので、バカはヒバナとビーナスに奥の方へ行っていてもらった。そうしてバカは大いに警戒しつつ、大広間の吹き抜けに出て……。
「ああ、樺島!そっちも無事だったか!?」
「海斗ぉー!」
「あっ!樺島君!海斗!よかった、どっちのチームも無事みたいだね!」
「陽ー!」
そこで、海斗チームと陽チームがどちらも無事に居るのを発見した!
……そう!
バカが繰り返す中で初めて!初めての……9人が生存している、2日目の夜なのであった!




