2日目昼:山羊の処刑場*2
「な……っんでだよ!おい!」
ヒバナは途端に青ざめて、ドアへと駆け寄る。
バン、とドアを叩くが、ドアはびくともしない。
「話が違うじゃねえかよ!くそ!」
それでもヒバナはドアを殴りつけ、蹴りつける。……それでも、解毒装置の部屋へと続くはずのドアは、ピクリとも動かなかった。
「ああ……やっちゃったわ。これ、『銃声と共にドアが開く』って書いてあったわね……」
やがて、ヒバナが荒い呼吸と共にドアの前に座り込んだところで、ビーナスが深いため息と共にそう言った。
「ほら。これ」
ルールのカードをひらり、と振ったビーナスにつられて、バカもヒバナもその文面を読む。
……するとそこには確かに、『銃声が鳴り響いた時、全ての固定具が解除され、扉が開く』と書いてあった。
「んだと……!?銃声じゃねえ爆発音ばっかになっちまったせいで、開かなかった、ってのか……!?」
「……まさか、本当に成否を銃声で判断するなんてね」
ヒバナが愕然とする中、バカは理解が追い付かずぽかんとし、そしてビーナスは、苦い顔でそっと床を見つめていた。
それからバカは、一生懸命に銃の残骸と格闘していた。
「銃、片結びしちゃった……戻せねえかなあ……」
きゅ、と結んでしまったそれをもう一度戻そうと、頑張ってみる。だが、どうにも上手くいかない。
「……駄目だと思うわ。だってこの銃、一度既に暴発しているわけだもの。触らない方がいいわよ。まだ銃弾が残っていたら危険だから」
ビーナスが深々とため息を吐きながらそう言うのを聞いて、バカはしょんぼりと、銃の残骸を床に置いた。
「……念のため、もう一発撃ってみるか?」
「そうね……やるだけやってみましょうか」
そしてヒバナが立ち上がり、さっきヒバナが引き金を引いた銃……つまり、唯一生き残っている銃の引き金を、もう一度、引いた。
……ぱぁん、と銃声が響く。
「やったか……?」
「いいえ、1発じゃダメみたい」
だが、ドアは開いていない。
くそ、と吐き捨てるようにぼやいて、ヒバナは床に座り込んだ。
それからまたしばらく、時間が過ぎた。
バカは『何かないかなあ』と、頑張って床や壁や天井を這い回って色々と探したのだが、何も見つからない。
……だが、そんな時。
「おっ、そうだバカ!テメェ、ドアは破壊できねえのか!?」
「あっ!そういえばそうだった!やってみる!」
ヒバナに言われて、バカは一気に元気になる。
金庫やゲームの部屋のドアで負けた分、今度こそ!今度こそバカタックルによって道を切り開くのだ!
……と、意気込んだのだが。
ばいん。
バカははね返って来て、ずべ、と床に倒れた。
「……駄目だったぁ!」
「見りゃ分かる」
「うわあああん!俺、俺、パワーだけが取り得なのに!また負けた!ああああああああ!」
「だ、大丈夫よ。他にも取り得、あるわよ……ほら、あなた、如何にも善良ってかんじだし……それは美徳でしょ?ね?元気出しなさいよ」
嘆くバカをビーナスがそっと励ましに来てくれたが、それでもバカは元気が出ない!
ヒバナとビーナスを守るって決めたのに!なのに上手くいかなかった!しかもタックルで負けた!もう3敗目だ!
「あああああああああああああああ!」
「うるせえよせめて黙れ」
バカは打ちひしがれて泣いた。大声で泣いた。あまりに自分が不甲斐なくて、泣いた。
折角、ヒバナとビーナスがバカを信用してくれたっぽいのに!なのにこのザマだなんて!あんまりである!しかもタックルで負けた!
「ほら、何か美味しいもののことでも考えてなさいよ。ほら」
「おいしい……ものっ……!?おいしいものぉおおおお!?」
「うわうるせえ」
「ああもう、なんか食べ物の名前でも叫んですっきりしなさいよ。ほら私達あっち行って耳塞いでるから」
ビーナスに言われて、バカは美味しいもののことを想像する。タックルで負けたがおいしいものはおいしいはずだから……。タックルで負けたが……。
……おいしいもの、と考えて真っ先に頭に出てきたのは……メロンパンだった。
というのも、ついさっき、双子の乙女の部屋で海斗が言ったのが『メロンパン』だったからだ。
そうだ。バカは今回こそ全員で脱出して、海斗にポケモン貸して、海斗に小説を書いてもらって……それから、メロンパンを買い食いするつもりだったのに!
「めろんっ……ぱん……!めろん!ぱぁん!」
……そんな思いを込めて、バカは叫んだ。
腹の底から叫んだ。
……そして。
ふぃーん、とドアが開いた。
「……マジかよ」
マジである。ドアは開いちゃったのである。
そう。バカの『めろん!ぱぁん!』が、奇跡的に、銃声だと誤認されてしまったのであった!
「耳が痛いわ」
「うるせえんだよこのバカがよぉ……テメェ銃声1発分よりは確実にうるせえってことじゃねえかよぉ……」
「ごめぇん……でもよがっだぁ……よがっだよぉ……」
ということで、無事、ヒバナとビーナスとバカは、3人揃って解毒装置の部屋へ入ることができた。
バカはしょぼしょぼしていたが、ぐすぐすやっているのは安堵の嬉し泣きである。
「次からは俺、ちゃんと最初っから銃の物真似するよぉ……」
「……銃の物真似ってなんなんだろうなァ……」
「もう深く考えたら負けな気がしてきたわ……はああ……」
ヒバナとビーナスも、呆れつつ半笑いで解毒装置に座り、そして無事、解毒処理が済んだ。これにて、ヒバナとの約束通り、ビーナスの護衛は成功、というところである!
「さぁて……ちょっくら向こうの部屋、戻って調べてくるわ」
解毒が終わって一息ついたタイミングで、ヒバナがよっこいしょ、と立ち上がった。
「ん?なんか探すのか?」
「おー……ほら、さっきはミナの人形があっただろうが」
「あっそっか」
そう。各部屋に1つずつ人形があるのだとしたら、この部屋にもきっと、誰かの人形があるのだ。
だが、そんなもの、あっただろうか。バカは壁も床も天井も這い回ったが、それらしいものは見つからなかったのである。
「人形?ああ……心当たりなら、あるわね」
「えっ!?ビーナス、心当たりあんのか!?すげーな!」
が、ビーナスには心当たりがある、とのことなので、ヒバナとビーナスについて、バカはひょこひょこと銃と椅子の部屋へ戻るのだった。
……そうして。
「あー。やっぱりここよね。あったわ」
ビーナスはそう言って……ヤギの人形の腹部から、それを取り出した。
「はい」
……そこにあったのは、土屋の人形である!
「うわああああああ!土屋人形こんなとこにぃいいいいい!あっぶね!あっぶね!」
そう!土屋人形は……椅子に座っていたヤギ人形の中に、あったのである!
もし、バカが銃を片結びにしていなかったら土屋人形は銃で撃ち抜かれていたかもしれない!危なかった!とても危なかった!
「そうねぇ……これ、中々悪趣味な場所に置いてあったわよね」
「うっかりで死にそうだよなァ……それを期待して悪魔はここに設置してンだろうが……」
その『うっかり』を想像して、バカは『ひええ』と声を上げる。うっかりで土屋が死ななくて、本当に良かった!
……それから。
『もしかして、ビーナスが土屋を殺しちゃった時ってのはもしかしたら、人形にたまたま当たっちゃって事故ったのかも……』と。そんな風にも、思った。
「で、この人形どうしましょうか」
「ヒバナには渡しちゃ駄目だぞ!お人形のパンツ見ようとするから!」
「……お嬢。誤解だ。誤解だって。んな目で見ないでくれよ、なあ……」
……人形の処遇についてバカがしっかり口を滑らせたために、ビーナスがヒバナを見る目が大分冷たいものになっていたが……それはそれとして、ビーナスはそっと、土屋人形を見つめた。
が。
「ま……殺しはしない、んだものね」
ビーナスはそう言って、ふ、と笑う。
「筋は通さなきゃ、ねぇ……今更、とも思うけど……『蜘蛛の糸』でも期待しようかしら」
そしてビーナスは、土屋の人形に何をするでもなく、そっとしまった。
……胸の谷間に!
「ひゃあああああああ!」
「お嬢ぉおおおおおお!」
「下手なところにしまったら危ないでしょ。何慌ててんのよ。ここは実質ポケットよ」
今、土屋は!土屋はどういう気分なのだろうか!バカは『あわわわわわわわ』と頭が沸騰しそうな状態になっていたが、土屋は今、どうなっているのだろうか!
嗚呼、土屋!土屋!あとおっぱい!




