2日目昼:山羊の処刑場*1
さて。
バカの代わりにルールを読んでくれる海斗は居ない。バカは頑張って、文字を読んでいくことにした。
『諸君らには、ロシアンルーレットに挑んでもらう。ただし、ランダムなのは銃弾が出るか出ないかではなく、どこに銃が向くかだ。』
カードに書かれた説明文には、そんなことが書いてあった。バカは首を傾げつつも先を読む。
『ゲームを開始する場合、好きな席を選び、その席に座るヤギの代わりに椅子に座りたまえ。誰かが最初に着席してから90秒後にまだ着席していない者が居れば、その者は壁に設置された銃によって射殺される。』
「こわぁ!」
バカは慄いた。つまり、この部屋に入った人は全員で椅子に座らないと大変だということだ!
『着席して90秒後に固定具が作動し、着席している者は椅子に拘束される。この拘束はゲーム終了時まで解けることがない。』
これを読んでバカは『いや!多分、俺なら解ける!いける!』とガッツポーズをした。安心と信頼と実績のバカである。椅子の拘束具は多分、やれる。
『拘束が終了してから90秒後にゲーム開始だ。銃の引き金のロックが外れる。誰かが引き金を引いた時、全ての銃が同時に発砲する。ただし、10丁の銃の内の2丁については、発砲の瞬間に目標が勝手に変わるようになっている。どの銃がそれかは、実際に操作しないと分からない。』
バカは『それ危ないんじゃねえかなあ』と心配になる。撃つ方向が勝手に決まる銃って、勝手に動き出すクレーン車ぐらい怖いものではないだろうか。労災待ったなしである。労災はよくない。
『銃は固定具で固定されており、銃を打つ方向は、自分以外の椅子9つの内のいずれかのみに決められる。そして、銃声が鳴り響いた時、全ての固定具が解除され、扉が開く。ルールは以上だ。』
……ということで、バカは一通り、ルール説明を読み終えた、らしい。
のだが、バカは今一つ、ゲームがどんなものか分からなかった。銃を撃たなければならないらしいし、銃は撃つ方向が勝手に決まってしまうかもしれないらしいし……なんだか、とても危ないゲームのような気がしてならない!
それから少しして、ヒバナとビーナスが戻って来た。なのでバカは2人にもルールのカードを見せて判断を仰ぐ。
「ふーん……成程ね。銃はここからしか撃てない。それぞれの椅子のどれかにしか撃てない。そして……撃たないと、扉が開かない。要はロシアンルーレット、ってわけね?」
ビーナスはバカより賢いので、ルールの紙と銃とを見比べつつ、納得したように頷いた。
「まあ、『ご自由に殺してください』ってかんじみたいだけど」
「へ!?」
更に、物騒な言葉が聞こえた気がして、バカはびっくりする!『ご自由に殺してください』とは、一体!
「……これ、どうして10丁のうちの2丁だけ、勝手に方向が決まるようになっていると思う?」
「え!?わかんねえ!」
「多分ね……自分で撃つ先を決められる銃を引き当てておきながら、『勝手に動いて撃ってしまった』と言い訳するためよ」
「つまり、このゲームは私達がヤギ人形じゃなくて人間を撃つのを唆すゲーム、っていうことよね」
「……自分のせいじゃなくて、運が悪かったせいで、他の誰かを撃っちゃった。そういう言い訳ができるように、こういう仕組みになってるんでしょ。はあ、嫌になるわね」
ビーナスがため息を吐くのを横目に、バカは只々、おろおろする。おろおろしながら、ヒバナとビーナスを見て……。
「……あの、ヒバナも、ビーナスも、そういうこと、しねえ、よな……?」
そう、聞いてみた。が、その途端、ヒバナとビーナスに何とも言えない顔をされてしまう!
「いや、テメエ、それ俺達に聞いてどうすんだ」
「ここで私が『そんなことしません』って言ったらあなたそれ、信じるの?」
「え?うん」
そりゃあ勿論!とバカが頷くと、ヒバナとビーナスは頭を抱えた。
「な?お嬢……こいつバカなんだって」
「これで裏が無いっていうんだから心底怖いけどね……。はあ」
どうやらバカの返答のせいで2人とも困ってしまっているらしい。バカは『ごめんな!』と謝っておいた。
「……まあ、私もさっき、ヒバナから聞いたわ。バカ君あなた、私を守ってくれるんですって?」
「え?うん!そうだぞ!俺、ヒバナのこともビーナスのことも、頑張って守るからな!」
一方で、こっちの話はバカにも分かる。バカは元気に護衛宣言をした。バカは全員がちゃんと無事にお家に帰れるように頑張るのだ!
「それで、私達に人を殺すな、って言ってるのよね?」
「うん!やっぱり、悲しいのはよくねえって……。大体、ヒバナもビーナスも、人殺すの嫌で、蛇さん会を退職しようとしてんだろ?なら、ここで人殺しちゃ駄目だろ?」
バカが『そうだよな?そういうことだよな?』と心配になりつつ聞けば、ビーナスは『蛇さん会……!?』と絶句していたが、ヒバナは深く頷いた。
「……まあ、人を踏み躙って外道の生き方すんのが嫌だっつうんなら、筋通しておくべきだ。俺はそう思ったぜ、お嬢」
「そう……。ま、今更といえば今更だけどね。でも、そうね。筋は通すべき、か」
「おう。そういうわけだ、お嬢。俺はもう腹括った」
ヒバナがそう言うのを聞いて、バカは『なんかヒバナはカッコいい奴だなあ』と思う。
『筋を通す』というのがどういうことなのか、バカにはよく分からないが……要するに、『自分自身との約束を守る』ということなんだろうな、とバカは理解した。
バカも自分との約束はちゃんと守るようにしているから、ヒバナの気持ちはなんとなく分かる。
さて。
そうして一通り、ヒバナとビーナスとの確認が終わったら……。
「ま、いいわ。バカ君は私達に協力する。でも考えるのは苦手だから任せる。そういうことでいいのね?」
「うん!あ、でも、筋肉で解決できそうなことがあったら提案はする!それは海斗との約束だから!」
「そう。ま、それは話半分に聞いておくけど……じゃあ、早速だけれどこのゲーム、どうやって攻略するか考えましょうか」
早速、ゲームの攻略が始まるのであった。
「まず……これ、全員座らないと死ぬのよね」
「みてえだな。誰か1人が着席したら、全員着席する必要がある。じゃねえと銃でハチの巣、ってことだろうな」
ビーナスとヒバナはルールのカードを見ながらそう言って、ちら、と壁へ視線をやった。
……よく見てみると、壁に埋め込まれるようにして、銃口のようなものが覗いている。バカは『ひぇっ』と縮み上がった。銃、こわい!
バカが縮み上がっていると、ヒバナはそんなバカをちらり、と見て……それから、なんだか気まずげにもぞもぞとしながら、聞いてきた。
「……最初っからこういうの、よくねえ気がするんだけどよォ……おい、バカ」
「うん」
「……てめぇ、壁の銃、破壊できたりすんのか?」
……バカは、考える。そして、1秒ぐらいで結論を出した。
「ええー……やってみねえと分かんねえよぉ……」
そう。分からない。分からないのである。
何せ、バカは破壊については自信を失いかけている。金庫も駄目だったし、ゲームの部屋のドアも駄目だったし……。
「そーかよ。ま、銃の破壊なんざやろうとしたら、暴発だってこええしな……」
「銃怖いよぉ……」
「え?バカ君、銃、効くの?」
「効くよぉ……多分……」
まあ、銃に撃たれたことが無いので分からないが、バカとしても、『銃で撃たれたら流石に痛そう』というイメージである!
「ま、いいわ。じゃあ、着席するところまでは考えなきゃいけないのよね。ええと……着席したら椅子に拘束される、ってことよね」
「あ、俺、多分、そっちなら破壊できるぞ」
「早速ゲームが崩壊しちまったじゃねえかよオイ」
続きを考え始めたら、早速答えが導き出されてしまった。そう!着席し終えたらさっさと拘束を解いて、銃弾が当たらない場所に避難すればいいのである!
「ああ……じゃあ、バカ君が拘束を解いてくれれば、後は……」
だが、更に続きを考えたらしいビーナスが、表情を曇らせた。
「……でも、そうなると誰が引き金を引くの?」
……そう。
椅子から逃れることはできるが……その後、発砲しないと、ドアが開かないらしいのだ。
「そもそも……ヤギ人形の分は、発砲しない、のよね……?」
更に、ビーナスは怖いことに気付いてしまった!
「……成程なァ。どう足掻いても死ぬ可能性はある、ってことかよ」
「ヤギ人形が担当する銃について言及が無いもの。まあ、悪魔のことだから?どうせヤギ人形の分まで全部、発砲するんじゃない?」
そう。参加者は、バカとビーナスとヒバナの3人だが……椅子と銃は、10個あるのだ。
残りの銃が沈黙していてくれればいいが……きっと、そんなことはないのである。
「ヤギ人形の分の銃は全て天井にでも向けておけばいいのだろうけれど、それでも、10分の2の確率で、折角天井に向けた銃が別の方を向くんでしょう?どうしようもないわ」
「くっそ……どうしたもんか……」
ビーナスもヒバナも、頭を抱え始めてしまった。
そこでバカも一生懸命考える。
……そして。
「あっ!じゃあ、やっぱり銃、片結びしとけばいいんじゃねえかなあ!」
……そう、思いついてしまったのであった!
そうして。
「できた!」
「本当にこうなっちゃうとはね……はあ」
……1つを除いた全ての銃が、銃身を『きゅっ!』と片結びにされた。
「もうちょい長さあったらプードルにできたのになあ……」
「ハジキでプードル作ろうとすんなバカ」
バカは『プードル……』とちょっぴり不満に思いつつも、まあ、ひとまずこれでヨシ、と納得することにした。
「……じゃ、やるか」
「……ちょっと、緊張するわね」
そうしてヒバナとビーナスは緊張の面持ちで、適当な席に着席する。バカも着席すると、90秒後、うぃん、と音がして固定装置がバカ達を椅子に拘束した。
「じゃ、やるかぁ。よっこいしょ」
そしてバカは『バキィ!』と固定装置を破壊して元気に脱出した。
「待ってろ!すぐそっちもやるからな!」
「お、おう。お嬢の方から頼むぜ!」
続いて、バカは『どどどどど』と足音を立てつつビーナスの拘束も引き千切った。
更に続いて、ヒバナの拘束も引き千切った。
……そうして3人は無事に椅子と銃のサークルから脱出することができた、のだが……。
「……引き金を、引かなきゃならねえんだったな」
ヒバナはそう言うと、唯一銃口が片結びになっていない銃にむかって、そろり、と近づいていく。
「ひ、ヒバナぁ、俺がやろうか?」
「いや、いい……これは俺がやってやるよ」
ヒバナはそう言うと、ぼわり、と炎を生み出し、身に纏う。炎はたちまち、鎧兜となってヒバナを守り始めた。
「へへ……バカの拳にゃ負けたが、跳弾ぐらいなら防げるだろ」
「その理屈でいくとバカ君の方が跳弾より強いことにならない……?」
ビーナスは心配そうにしていたが、ヒバナが『お嬢は下がってろ!バカ島!テメェはお嬢を守れ!』と指示を出したことにより、バカの腕の中にすぽんと収められることになった。
……ビーナスは女性陣の中で一番身長が高いが、バカと比べたら当然小さい。バカは銃からしっかりビーナスを守れるようにして、ヒバナに『準備いいぞー!』と声を掛けた。
「……じゃ、いくぞ!」
そしてヒバナが、椅子の背に隠れながら、引き金を引いた。
ぱぁん、と一発分の銃声が響く。
それと同時にぼん、と鈍く爆発音が合わさって、更に、何かが飛んでいくような音や、ぶつかる音……そんな音が続く。
……そして、それらが収まった頃。
「お嬢!バカ島!無事かァ!?」
「おおわあ……銃が吹っ飛んでるぅ……」
なんと!バカが銃身を片結びにした銃は全て、吹っ飛んでいた!
どうやら、銃身を片結びにされてしまうと、銃は銃弾を放つ代わりに適当なところで爆発してしまうらしい。はじけ飛んだ銃のなれの果ては、床に転がったり、椅子に突き刺さったりしていた。
「ヒバナ、ヒバナ!無事か!?」
「お、おお……何ともねえ。はは、やったな……」
そしてヒバナも無事だった!バカは大喜びしながらヒバナに抱き着いた!ヒバナは緊張から解放された反動からか、バカの抱擁を受け入れかけたが……一秒後には、『やめろやめろやめろ折れる折れる折れる』とバカを突き放すことになった。バカは反省した。うっかりヒバナの肋骨その他諸々を折るところであった!
「あー、くそ。緊張したぜ……ったく、ビビらせやがってよォ……」
ヒバナはそんなことを言いつつ、床に落ちた銃のなれの果てを蹴り飛ばし……そこで、ふと、固まった。
「……あ?」
カラカラ、と銃の残骸が転がっていった方を見て、バカも、気づいた。
ドアが、開いていない!




