1日目夜:大広間*1
「木星さぁん……」
バカはショックを受け、打ちひしがれた。
折角誰も死なずに1日目のゲームが終わったと思っていたのに!死んでいる!死んでいるらしい!木星さんが!!
「……まあ、死んでくれたというなら、私は安心だが」
一方で、天城はそんなことを言って、ふん、と鼻を鳴らした。
「どこかに誰かが居て、私達の命を狙っているかもしれない、などと考えるよりは余程良い。違うかね?」
「うう……でも、でもぉ……人が死ぬのは、悲しいよぉ……」
顔も名前も知らない木星さん。会ったことが一度もない木星さん。なのになぜか死んでいる木星さん!
嗚呼、木星さん!バカは嘆いた!
嘆きのバカはさておき、会議は進む。
「うーん……奇妙なこともあるものだ。樺島君と海斗君が見たところ、木星の部屋はもぬけの殻だったというが……」
「そうなんだよぉ。空っぽでぇ……ベッドの下とかにも居なくてぇ……」
バカは頑張って思い出す。思い出すが、木星さんはやっぱり、居なかった。
それどころか、痕跡すら無かったように思われる。思い出してみるが……そもそも、木星さんの首輪も、無かった。だから……最初から木星さんは居ない、という方が、しっくりきたのだが……。
「海斗とバカ島が、木星の誰かを殺したのではないかね?」
天城がそんなことを言い出したので、場がざわめいた。
「えええええええ!?俺達がぁああああ!?」
バカは驚いた。驚きの余り、クソデカボイスを発してしまった。そしてそのせいで『確かにこのバカなら声だけでも人を殺せるのではないだろうか』と皆に疑われた。頭と間の悪さに定評のあるバカである。
「無いって!俺はやってねえし、海斗もやってねえって!俺がうっかりやっちゃうことはあったとしても、海斗は絶対にそういうことしないって!頭いいし!」
「自分で自分の首を絞めるなバカ」
一生懸命に海斗の弁護をしようとするバカだが、海斗を助けようとするあまり墓穴をザクザクと元気に掘っていく。やはり、皆の疑いの目が色濃くなっていく。
「……まあ、僕とこのバカからしてみればそれは無い、と分かる。事故だったとしても、だ。ドアを破壊した時にドアの裏に挟んで殺してしまった、なんていうことも無い。部屋の中は徹底的に調べたからな」
「そうだぞ!クローゼットの中とかベッドの下とかも見たけど、死体は無かったぞ!木星さんは最初から居なかったんじゃなかったのかよぉ!」
「とはいえ、それを証明する手段も無い。天城さんの言う通り、僕達が木星の人を殺した、という意見も、他の人からしてみれば尤もらしく聞こえるだろうな」
海斗は諦めたようにため息を吐いて、ちら、と天城を見た。天城は、疑いの目を海斗に向けている。
天城だけではない。たまと陽も、バカと海斗をじっと見ていた。ミナは心配そうな顔でこちらを見ていて……そして。
「……まあ、私は樺島君がやったわけではないと思っているよ」
土屋は、そう、言ってくれた。
「……つまり、僕が犯人だ、と?」
「いやいや。そういうわけでもないさ」
海斗が警戒しながら土屋の話を引き出すと、土屋は少々気まずげな笑みを海斗に向けた。
「あー……失礼だが、海斗君には人を殺すのは難しいんじゃないかね?異能にもよるだろうが、その……」
「……つまり、僕は軟弱に見える、と。やれやれ……まあ否定はしない。どうせ僕はいかにも弱そうな日陰のもやしだ」
「分かる!もやし美味しいよなあ!」
「国語のテストで0点を取りそうな発言をするなこのバカ」
『如何にも軟弱に見えるらしい』とやさぐれかけた海斗は、バカがバカであったためにちょっと元気を取り戻した。下には下が居る。
「……そうだな。こいつらが人を殺したとは思えねえ」
更に、ヒバナがそう、言ってくれた!
「おお。ヒバナもそう思うのか」
「けっ。勘違いすんなよ?このバカとこのもやしに殺しは無理だっつってんだ。特にこのバカが人を殺しておいて、あっけらかんとした顔してられっかよ」
「成程。やはり、樺島君はそういう人なんだな……?」
土屋は何やら嬉しそうに頷く。バカはヒバナを見て、『ヒバナ!ありがとう!』とにこにこした。海斗は『もやし……』と複雑そうだったが。
「私はこれこそ、悪魔によるものだと思っている」
そうして、土屋が堂々と話し始めた。
「これは、他の殺しが出るように仕向けるための、悪魔の策略だろう。願いを1つ叶えられる、となれば、その権利を奪い合って争いが起きる。既に1件殺しがあったなら、次の殺しのハードルは下がる。如何にも悪魔が好みそうなことだろう?……どうかな?皆は、どう思う」
土屋がそう言って皆を見回すと、天城は少々苦い顔をしていたが……。
「……私も、そう思います」
ミナが、小さく手を挙げて、そう発言してくれた。
「その、土屋さんは大広間に来る途中で、壊れているドアを見てらっしゃるとのことでした。当然、中で誰かが死んでいたら、分かる状態にあったということです。樺島さんと海斗さんが本当に木星さんを殺してしまったとしたら、他の人に目撃されても仕方がない状況で人を殺すでしょうか?」
バカにはミナの言葉の意味がよく分からなかったが、とりあえず、ミナはバカと海斗のことを庇ってくれているらしい、ということは分かった。海斗が隣で『ミナさん……』と、少しほっとした顔をしていたので。
「そうねー……確かにそうだわ。ましてや、ドアがぶち破られてる状況じゃ、『バカ君が犯人です』って言っているようなものだしね」
バカはよく分からないながらも、ビーナスの言葉に頷いておいた。まあ、ドアを破るのはバカの十八番なので!
「海斗が居れば偽装工作くらいは思いつきそうなものだがな」
「失礼な。僕が人殺しを目論むなら、ドアを破るような真似はしない」
天城はまだ食い下がるが、海斗も堂々と立ち向かう。
「それに、もし僕らが殺人を試みたなら……その時は、あなたが犠牲になっていただろうな、天城さん」
「……なんだと?」
更に、海斗がそう言えば、天城は少々、たじろぐ。
「このバカは僕の部屋へ、壁を破ってやって来た。そして、『他の誰にも』知られないように他の部屋の誰かを殺害したいなら、丁度良かったのは……僕の隣室だったあなただ」
海斗の言葉を聞いて、天城はじっと黙った。黙って、海斗を睨んでいる。
「壁を破って天王星の部屋へ侵入し、あなたを殺して……そして、僕の部屋の謎を正しく解いて脱出する。そうすれば、廊下から見てもそうそう不審に思われない。僕ならそうする。が……」
が、海斗は溜息を吐くと、天城から視線を外した。『もう戦いは終わった』と言うかのように。
「……まあ、僕も、あなたを殺す気はない。だから殺さなかった。当然のことだ」
海斗がそう締めくくってしまえば、天城ももう、何も言えないらしい。黙って、ただ、バカを見ている。
……なのでバカは、天城に笑いかけておいた。が、バカが満面の笑みを浮かべて見せたら、天城は舌打ちして目を逸らしてしまった!バカは『俺の笑顔、変かなあ……』とおろおろした。
「まあ、これ以上は考えても仕方がないだろう。証拠があったとしても、全てはもう、水の底だ」
「ん?俺、潜って取ってこよっか?なんかあるなら言ってくれれば俺、潜水するぞ?」
「このバカ。話をややこしくするんじゃない」
バカの後頭部が、すぱしん、と叩かれたが、いつもの如くバカにはノーダメージである。一方、海斗の手には多少のダメージが入った。これが理不尽というものである。そしてバカは『潜水するなら準備運動!』と、こっそり準備運動を始めた。
「……まあ、少なくとも樺島君以外の人は、水没した廊下に潜るのはやめておいた方がいいだろうなあ。となると、樺島君1人で行くことになり、その場合、樺島君の証言は信用できるのか、という話になって、まあ、結局は堂々巡りだ」
「そういうわけで、潜水するんじゃない。いいな?」
「あ、うん」
バカは、『とりあえず沈んだ通路に潜っちゃ駄目らしい!』と学んだ。なので、こっそり行っていた準備運動をそっと止めた。
「木星さんとカンテラの火については色々と思うところがあるけれど、とりあえず今は情報共有しない?」
そして、たまがそう切り出す。
「それぞれ、どんな部屋だったか教えて。それを元に、次回以降、チーム編成をし直した方がいいこともあるかもしれないから」
たまがそう言うと、陽と天城が少し驚いたような顔をした。……が、たまは『そうでしょ?』と堂々としている。陽も天城もたまに反論する気はないらしく、『まあいいか』とばかり、2人揃って頷いていた。……陽と天城は仲がいいのかもしれない。或いは、2人揃ってたまの尻に敷かれているのかもしれない……。
「まず、俺達の部屋だね。えーと……牛が居たよ」
「牛!」
最初に情報共有を始めたのは、陽だ。陽とたまと天城のチームは、どうやら、牛がいる部屋に入ったらしい!
「牛……というか、ミノタウロス、といった様子だったけれどね。まあ、部屋の仕掛けを利用して、なんとか勝ったよ」
「へえ。そんな部屋もあるのね」
「それは……大丈夫だったのか?」
ビーナスが感心したような声を漏らす一方で、土屋は心配そうな声を上げた。
が、バカは『まあ、陽とたまなら大丈夫だろ!』と満面の笑みである。陽もたまも、頭脳派だ。あと多分、天城もそんなにバカじゃない。となれば、部屋の仕掛けを利用するのだってお手の物だろう。
……と、思ったのだが。
「ああ。大丈夫だったよ。天城さんが幸い、そういう異能を持っていたから」
なんと!陽達のチームは、牛を倒す方針で行っちゃったらしい!
「ええええええ!?天城の爺さん、強いのかぁ!」
「……ふん、たまたま異能が噛み合っただけだ」
バカは、一気に天城のことが気になり始めた。この爺さん、強いらしい!あと、たまと陽のために頑張ってくれたらしい!ありがとう!ありがとう!
「ということで、こっちはそんなところだな」
陽はそう言って笑っているが、バカはよく分かっていないので、『牛肉……ステーキ……』とお腹を空かせながらぱちぱち拍手するしかないのだった。
「そ、そうか……成程な。ええと、では私とミナさんとビーナスの方も伝えておこうか」
続いて、土屋のチームも報告してくれた。
「こちらの部屋は、巨大な天秤にコインを積んでいく部屋だった」
バカは即座に思い出す。つまり、アレだ。海斗と初めて一緒に入った部屋だ!
「天秤の皿にそれぞれ人が乗って、重量の違うコインをどちらかの天秤皿に積み上げていくんだが……」
「……それは、どうやって攻略した?」
「特にどうとも……ただ宣言していれば反対側の皿にコインが積まれて、私達の皿が持ち上がって、無事、脱出成功したからな」
「ま、やろうと思えば両方の皿に別の人が乗って、殺し合いもできたんだと思うわ。天秤の下は熱湯なの。沈んだ方の皿に乗ってた人は間違いなく死ぬわね」
土屋やビーナスの説明を聞いて、バカは『そっかー、海斗はほんとにあの時、俺のこと殺そうとしてたんだなあ。でも、できなかったんだもんなあ。やっぱり海斗、いい奴じゃん!』とにこにこした。
……さて。
そうして最後に、バカ達のチームの報告も行った。
説明は海斗が行ったので、非常にスムーズだった。が、『樺島が悪魔の首を絞めて脅して解決した』という説明を行ったところ、どうやらたまのツボに入ったらしく、たまはずっとくすくす笑っていた。ちょっと可愛かった!
が、バカチームの報告は、続くこっちがメインである。
「ところで、ミナさん。これを」
海斗は、ハンカチに包んで胸ポケットに入れていたミナ人形を、そっと、丁寧にミナへ渡す。
「え?これは……?」
「その、さっきの部屋で見つけたものだ。あなたの人形だから、あなたが持っているべきだろう」
ミナは不思議そうな顔で人形を受け取ると……こしょ、と、自分の人形を自分の指先でくすぐった。
「ひゃん!?」
そして、悲鳴を上げてびくり、と体を竦ませる。
……それを目前でやられた海斗は、何とも言えない顔で、そろり、と一歩ミナから離れた。
ミナは恥ずかしそうに顔を赤らめて『ご、ごめんなさい』と謝って、こそこそ、と土屋とビーナスの方へ戻っていった。
「……ええと、その人形、もしかして、感覚があるの?」
「は、はい……そうみたいです」
ミナはそう言いつつ、『この人形、どうしましょう』と首を傾げ始めた。……まあ、貰っても困ることは確かだろう。
「……そして提案なんだが」
そうして、ミナがミナ人形をむにむに、とやりつつ考えているところで、海斗が当初の予定通り、提案し始めた。
「ビーナスの代わりに僕を、そちらのチームに入れてもらえないだろうか。どうも、ヒバナがビーナスと組みたいらしいから」




