0日目夜:大広間*4
「では……誰か、希望がある者は?」
土屋がそう切り出すと、真っ先にミナが手を挙げた。
「わ、私、その、土屋さんと組みたいです」
「そうか……!嬉しいよ。なら、是非よろしく頼む」
ミナの言葉に、土屋は少しほっとしたような、嬉しそうな顔をした。人が信頼を勝ち得た時の顔だ。よかったなあ、とバカは他人事ながら嬉しくなった。
「あの、でも、できればもう1人は女性がいいです。その、少し不安なので……」
「あら。じゃあ私が入ってもいいわよ。どう?」
更に、もう1人も決まった。これで、土屋・ミナ・ビーナスの3人が1チーム目になるということだろう。流石のバカにも、『9÷3=3』ぐらいは分かる。3つのチームに分けるなら、1チームは3人だ。
「やった。土屋さんとミナなら、嫌じゃないもの。……私、絶対にチンピラとは組みたくないから」
「あぁ!?そりゃ俺のことか!?」
……ビーナスはどうも、ヒバナのことが嫌いらしい。『喧嘩するなよぉ……』とバカはおろおろした。
さて。1チーム目が決まったところで、残り6人のチームを決めなければならない。
「となると、残り6人だね。……ええと、たまさんはどうしても女性1人になってしまうけれど……何か、希望はあるかな」
最初に、陽がたまにそう、声を掛ける。すると、たまは少し考えてから、ぴっ、と陽と……バカを指差した。
「なら、陽。あなたと、樺島君。これで3人でいい?」
これに驚いたのは、陽とバカである。
「あ、ああ。俺は構わない。けれど……一応、理由を聞いてもいいかな」
陽がそう問う横で、バカは『なんで俺?』と首を傾げている。そう。陽にとってもバカにとっても……或いは、他の人達にとっても、たまの選択は中々、不思議に思えた。
「それなら簡単。私、別に誰でもいいから」
つん、とした様子のたまに、陽はけらけら笑った。逆に安心したらしい。
「でも、樺島君には興味がある」
「えっ……?」
が、たまがそんなことを言うので、バカはちょっぴりドキッとした!
「どう考えても色々とおかしいし」
「あっ、うん……」
が、直後に、スンッ……と大人しくなった!ついでにちょっとだけ、しょんぼりした!上げて落とされるのはちょっと辛い!
「……まあ、首輪を引き千切れるぐらいなら、役に立つだろうし」
「おう!任せろ!筋肉で解決できることなら全部解決できるぞ!」
「それはそれで怖いなあ……」
まあ、ひとまずバカはニコニコ満面の笑みだ。陽はいい奴だし、たまもいい奴だ。この3人組なら、仲良くやっていけそうである!
……が、残った3人はというと。
「じゃ、後は海斗とヒバナと天城のじいさんか!……なんか、性格悪そうなのだけ揃っちまったなあ、大丈夫か?お前ら、喧嘩せずに仲良くやれるか?」
「オイコラこのバカ!テメエやっぱここでブッ殺してやるかぁ!?ああん!?」
「なんだよ!俺はお前が一番心配だよ!ヒバナお前、喧嘩ばっかしそうじゃねえかよー!」
バカは心配である。早速心配してみたら、キレられてしまった。こういうところも含めて、心配である!
「ま、まあ、樺島君は置いておくとして……どうだろう。そちらの3人は問題ないかな」
だが、陽が割って入ると、流石にここでキレ散らかすのも賢くない、とヒバナは理解したらしい。けっ、と吐き捨てるようにそっぽを向いて、頷いた。
「おう。俺はそこのクソアマと一緒じゃなきゃそれでいいぜ?」
「あーら、よかったわ。こういうところは気が合うみたいね、私達」
「へっ、言ってろ」
どうも、ヒバナとビーナスは仲が悪い。バカは心配である。
……が、『あれっ?ということは、もしかしてヒバナは俺とは一緒でもいいのかな!?』とちょっと嬉しくなった。もしかしたらヒバナもキレやすいだけでいい奴なのかもしれない。
「海斗は?」
「……正直なところ、不安しか無い」
続いて、陽は海斗にも確認して、そして、ご尤もな意見を頂いてしまった。
「だが……まあ、いい。そっちのバカに足を引っ張られるよりは、こっちの方がマシだ」
「えええ……そんなに俺のこと、嫌かぁ……?」
「言っておくが、僕はお前のことをまだ信じていない。お前と同じ扉に入ったが最後、そこで殺される可能性だって十分にあると思っている」
「殺さねえよ!そんなに俺、信用無いか!?まあ、無いかぁ!」
海斗に嫌われているのは少しショックだが、まあ、仕方ない。『いいかぁ!?信頼ってのはな!少しずつ積み上げていくモンなんだぞ!急に信頼されると思うな!』と親方も言っていた。
「天城さんはどうかな」
そして、陽は最後に天城に声を掛ける。すると天城はちらり、と陽を見た。
「……ああ、構わん。それから、陽といったな。少し、話がある」
「え?」
「ついてこい」
陽も、周り全員もポカンとする中、天城は背を向けて歩いていく。バカが駆け上がってきた階段の方だ。階段の下はすっかり水没してしまっているが、その手前で話すつもりなのだろう。というか、その辺りしか2人で話せそうな場所は無い。
陽は、少し困ったようにたまの方を見た。たまは肩を竦めてみせた。それを見た陽は、意を決したように、そっと、天城の後を追って階段前へ歩いていく。
「じゃ、俺も」
「いやあんたはやめときなさいよ。どう見てもあれ、ワケアリなかんじじゃないの」
ついでにバカも行こうとしたのだが、ビーナスに止められた。なんだか仲間外れにされたような気がしてちょっぴり寂しいバカであったが、まあ、天城の爺さんにも何かあったっていいよな、と諦めた。
少しして、陽と天城が戻ってきた。陽はなんともいえない顔をしていたが、バカが『大丈夫か?いじめられてないか?』と聞いてみたら、『ああ、大丈夫』という言葉が笑顔と共に返ってきた。ちょっと気を遣われてるなあ、と、バカは感じた。バカもこういうところには然程鈍感ではないのだ。
「次。ヒバナ。話がある」
「……ああ?ジジイが俺に何の用だ」
「いいから来い。時間が無い」
そして更に、天城はヒバナにも用事があるらしい。また背を向けて歩いていく天城に、ヒバナはなんとも困惑していたが、やがて、ずかずか、と階段の方へ歩いて行った。
「……なんだろうなあ」
「さあ……」
なんだか不穏なものを若干感じ取りつつ、バカは他の6人と共にまた待つのだった。
……そうこうしている間に、時計の針は進んでいき……ぱっ、と、部屋が明るくなった。
『昼』が来たのだ。それと同時に、大広間の壁に面した9つのドアが光る。どうやら、これで中に入れるようになったようだ。
「時間だね。天城さんとヒバナを呼んでこよう」
陽はまだ戻ってきていない天城とヒバナの方を見て、そちらへ歩き始めた。……ドアの先で、『ゲーム』とやらをやらねばならないようなのだ。当然、できるだけ早く入って、夜までの時間を長くとるべきなのだろう。
そしてバカも、なんとなく『早くしようぜ!』という気分である。そわそわしながら、陽が向かっていった先、天城とヒバナの方を見る。
すると、天城が戻ってきた。陽が近づいていったと思ったら、陽の言葉を聞くでもなく、さっさと大広間の方へ戻ってきて……そして。
「では、さらばだ。悪いが、私は先に行かせてもらう」
……そこにあった昼のドアを開けると、1人で中に入り、ドアを閉めてしまったのだった。
皆が唖然としている中、ヒバナもすぐ追いかけてきて、バン、とドアを叩く。だが、天城が閉めたばかりの扉はびくともしない。
扉に灯っていた光は、いつの間にか消えていた。どうやら、『一回開いて閉じました』という扉はこのようにして開かなくなるらしい。
「あっ……のジジイ、何考えてやがる!おい!天城ィ!てめえ!」
ヒバナの叫びには返事がない。それを確認したヒバナは、くそ、と吐き捨てるように言うと、ガン、とドアを蹴って、それから苛立ったようにあたりをうろうろと歩き始めた。
「な……天城は1人で行ったのか!?僕と、ヒバナと組むと決まったというのに!?全く、自分勝手にもほどがあるな!僕もああはなりたくないものだ……!」
海斗も当然、ヒバナ同様、天城と同じチームのはずだった。置いていかれて苛立っている。当然だろうなあ、とバカは思う。
「なあ、陽。天城のじーさん、ルール分かってなかったのかなあ……」
「い、いや……あれは、分かった上でやっていたと思うよ。彼の意図は、分からないけれど……」
心配するバカの横で、陽は少し暗い面持ちである。……つい先程、天城と話していただけに、何かあるのだろうが……。
「ヒバナ。あんた、天城と何話してたの!?言いなさい!」
そして一方、ビーナスがヒバナに詰め寄っていた。ヒバナもヒバナで天城に呼ばれて、しかも直前まで話していたので、何かあるのでは、と思われたのだろう。
「は、はああ!?べっつに大したこと話してねえよ!ただ、『私はお前を信用していない』とかふざけたことぬかしやがったぐらいで……!むしろ何のために俺を呼んだんだって意味わかんねーぐらいだっつうの!」
だがヒバナはそう言って怒り狂いつつ、困惑してもいるようだった。
バカには、状況がよく分からない。
チームを決めたのに、それを無視して天城は1人で行ってしまった。これが意味するところもよく分からないし、理由もよく分からない。
……だが、誰かに聞こうにも、どうも、誰もこの状況を説明できそうにない。
賢くても分からないことはあるのだ。バカは納得して、天城が消えていったドアをぼんやりと眺めるのだった。
「……まあ、我々も進むしかないな」
さて。天城ショックはさておき、土屋がそう、ため息交じりに切り出した。
「幸い、まだそれぞれの部屋に1つずつ人数の空きがある。ビーナスさんはヒバナと一緒になりたくないみたいだから、僕とたまさんと樺島君のチームにヒバナが入って、土屋さん、ミナさん、ビーナスさんのチームに海斗が入る。それでいいかな?」
「ああ。僕はそれでいい。よろしく頼む」
「俺も別に文句ねえよ」
あぶれてしまった海斗とヒバナは、それぞれ別のチームに吸収されることとなった。人数制限が4人までで助かった。バカはさっきまで気づいていなかったが、9人を3部屋に分ける時、人数制限が4人までなら、3-3-3に分ける以外にも、1-4-4でもいけるのだ。
「むしろ、このチームの方が不安は少ないな。ありがたい」
「けっ、言ってろ」
海斗はヒバナと天城と自分の3人で組むより、土屋、ミナ、ビーナスとの4人で組む方が安心できるらしい。明らかにほっとした顔なので、バカは『よかったなあ』とにこにこする。
「……んじゃ、よろしく頼むわ」
そしてこっちはこっちで、陽、たま、バカのチームにヒバナが入ることになる。バカは、一応ちゃんと挨拶してきたヒバナの手を握ってぶんぶん振って、『よろしく!』と挨拶を返した。挨拶は大事だって親方も言ってたので。
「さて……では、また、夜に会おう。全員でね」
「ああ。そっちも、気を付けて」
やがて、土屋達のチームはドアの1つに入っていった。一応、天城が消えていったドアの隣のドアを選んだらしい。
「……じゃあ、俺達も行こうか」
そしてバカ達のチームも、ドアの中に入ることになる。
……さあ、いよいよ、『ゲーム』とやらが始まる。
ドアを開けた先は、コンクリート造りの部屋。
そして、部屋の中には鉄格子でできた壁が迷路を形作っている。
だが、部屋の形状よりもまず先に、見るべきものがあった。
「……流石は悪魔のやることだね」
「成程なあ、こういうことか……くそ」
「こ、これ、どうすんだよ、おい!」
たまと陽が苦い表情を浮かべ、ヒバナが表情を引き攣らせ、そして……バカは、目を輝かせた。
「うわー!ライオン!ライオンだぁー!」
……鉄格子越しに見えるそこには、ライオンが居た。




