0日目昼:大広間
声が、響く。
バカは勿論、他8名も一斉に声の方を向けば……ラッパのような形をした古風な放送器具から、若干のノイズ混じりに声が出ていることが分かった。前回同様だ。
『もうじき、君達が居た地下フロアは全て水に沈む。この時点で未だに1つも謎が解けていない部屋もあるようだが……その者は決して間に合うまい。先に説明をしてしまっても問題は無いだろう』
……皆の視線が、バカに注がれる。
が、バカは『俺だけじゃないぞ!木星の部屋も謎解けてなかったぞ!っていうか誰も居なかったぞ!』と胸を張る。
『さて。分かっているとは思うが、君達は悪魔の誘いに乗ってここまでやってきてしまった愚かな者達。自分の願いを叶えるために、これから他者を蹴落とし、殺すことになる罪深き者達だ!』
悪魔のアナウンスは続く。バカは『そうなんだよなあ……』と神妙な顔で頷く。
皆、ヒバナみたいに、悪魔に願いを叶えてもらう以外のやり方がもう無くて、それでここへ来ているのだろうか。
『これから、君達が行うことになるデスゲームの説明をさせてもらおう。一度しか言わないからよく聞きたまえ』
「うん!分かった!」
バカは『二度目だけど!』と心の中で思いながらアナウンスへ元気に返事をして身構えた。周りはそんなバカを何とも言えない顔で見ていた!
『まず……諸君らは既にお気づきのことと思うが、諸君らにはそれぞれ、首輪が付いている』
悪魔のアナウンスに、そっと、全員の視線がバカへ向けられた。バカの首には首輪が無い。でもしょうがない。バカの肉体は注射針に勝ってしまうので……。
「……このアナウンス、録音なのかな」
「或いは、樺島君がよく見えていないとか……?」
たまと陽が、ちら、とバカの方をまた見た。バカは悪魔からもよく見えるように、ちょっと背伸びしてみた。でかいバカがますますデカくなったが、悪魔のアナウンスは特に変わらず続く。
『そして、その首輪は諸君らに毒物を注射した。まあ、正確には毒ではなく、我々の魔法によるものだが……君達には、毒薬と言えばわかりやすいだろう。まあ、いずれにせよ結論は同じだ。……このままでは、諸君らは……次の『夜』が来た瞬間に、死んでしまう!』
うんうん、とバカは頷いた。そう。これのせいでバカは一回余計にやり直す羽目になっている!
『死にたくないなら、やるべきことは簡単だ。……君達の時計が『昼』を示した時、周囲のドアが開くようになる。その先にあるのは、楽しい『ゲーム』だ。そして、そのゲームをクリアした先にあるのは、解毒装置。君達に注射された毒物を中和してくれるものだ。素晴らしいだろう?』
バカは『その解毒装置、ちゃんと機能してくれねえんだよなあ……』とちょっぴり不満に思った!
『同時に、『更に次の夜』に死ぬよう、新たな毒薬が注射されるが、それは次のゲームでなんとかすればいい。……まあ、とにかく、君達が生き残るには、ゲームをクリアして解毒装置を使うしかないということだ。ただし、注意点が4つ!』
悪魔のアナウンスは、前回同様に続く。あまりにも同じ調子なものだから、やっぱりこれ録音なのかなあ、とバカは思う。
『……1つ目は、ゲームへと続くドアはそれぞれ1回きりしか開かない、ということだ。一度も開いていないドアなら昼の間ならいつでも開く。だが、一度でも開けてしまったなら、閉じたが最後、もう二度と開くことは無い!』
そして続いた説明に、バカはしょんぼりした。
本当にあのドアは開かないのだ。いや、工具があればバカにもバラせるかもしれないが、少なくとも、素手では駄目だった。バカの敗北である!
『2つ目は、人数制限だ。どのドアも、人数の制限は無い。何人で入って頂いても結構。だが……ゲームの先にある解毒装置は、4人分のみ。そして、夜になるまで出口は開かない。……お分かりかな?つまり、5人以上が同じ部屋に入ってしまったら、その時点で1人以上が死ぬことが確定するということだ!』
一方、こっちは大丈夫だ。バカには首輪が無い。よって、バカは5人目になることができる。バカはそう思い出しつつ頷いた。
『続いて、3つ目!解毒装置にある解毒剤は、ドアを開けたその昼の間にしか使えないから注意したまえ』
これはもうお馴染みなので大丈夫だ。バカはまた頷いた。
『そして最後、4つ目だが……ドアの先のゲームでは、何が起こっても、一切の責任を負いかねる。そして、『何を起こしても』お咎めナシとしようじゃないか』
そしてこの文言にバカはにっこりした!
破壊しても、ヨシ!
『まあ、そういう訳だ、諸君。ゲームを楽しんでくれたまえ。ああ、あと、最後に1つ……君達にはそれぞれ1人1つ、異なる異能が与えられている。金庫にあった説明は読んできたかな?その通りに行動すれば、問題なく異能を使えるはずだ。そして君達の望みを叶えるといい』
バカは、『やり直すぞー!って思ってから90秒後にやり直せるやつ!』としっかり思い出しつつ、うんうん、と頷いた。
そして同時に、『俺の望みは皆でここを出ること!あと海斗にポケモン貸して、海斗に小説書いてもらう!』としっかり心に刻んだ。
『君達の望みが叶えられるのは、今を『0日目の夜』とした時の『4日目の昼』にあたる。その時、我々は責任をもって……そこのカンテラに入っていた人間の魂の数だけ、望みを叶えてあげようじゃないか。だが、無論、魂の数が生き残った人数より少なかったからといって、叶える願いの数を増やしはしない。誰が願いを叶えるのかは、君達で決めてくれ』
バカは心に決めた。『あのカンテラに火は灯させねえぞ!』と。
『そこのカンテラに人間の魂を入れる方法は簡単だ。人間が死んだら、その魂がそのカンテラに入る。まずは、次に夜の鐘が鳴った時までに死んでいた魂を鐘と同時にカンテラに入れておくとしよう。更にその次は、次の夜の鐘だ。覚えておきたまえ』
バカは心の中で言った。『お前が魂を入れることはねえぞ!』と。
『では、ゲームスタートだ。参加者諸君、うまくやりたまえ』
バカは心から声を漏らした。
「上手くやるぞ!」
と。
……さて。
そうして、全員の自己紹介が終わった。
今回はバカが遅刻してくることは無かったので、説明の分の時間が短縮できている。
「では部屋割りだが……えーと、まずは樺島君に聞こうか」
時間のゆとりは心のゆとり。バカは比較的のんびりした気分で、土屋に『おう!なんだ?』と向き直る。
「ええと……君は毒を注射される前に首輪を引き千切ってきてしまったようだが、ゲームの部屋に入らず、留守番するか?」
「うん?いや、いいよぉ。俺、海斗と一緒に行くから!」
そしてバカは満面の笑みで海斗の肩に腕を回した。海斗は何とも嫌そうな顔をしていた。
「それに、俺が行くと3人が3つで、丁度いいだろ?」
「バカの割に考えていたんだな……」
更に、バカがちゃんと掛け算を披露すると、海斗はちょっと感心したような顔をした。まあ、受け売りなのだが。でもバカはちょっぴり賢くなった気分である!
「あと、多分、1人だけ留守番してると心配になる奴、居ると思うから……だよな?」
更に、賢くなったバカはそう言って、皆の顔を見回した。
……すると、ほっ、と小さく息を吐いて、たまが進み出た。
「そうだね。樺島君は今、留守番したら全員を殺せる立場にある。昼の間に全てのドアを開けてしまえば、私達の解毒剤は失われて、2日目以降の生存が不可能になるから」
たまの言葉を聞いて、バカは『あっ!そうそう!それそれ!』と頷いた。理屈まで覚えていなかったとしても、答えだけ覚えていれば、案外、皆がフォローしてくれるものである。バカはまた1つ学んだ。
「それを君の口から聞けたのは大きいな。要は、彼は人を殺すつもりは無い、ということだろう?」
更に、土屋が口元を綻ばせた。バカは頷きかけて……『あれ!?今回、俺、人を殺すフリしなきゃいけないんだっけ!?』と思い出した。
なので海斗の方を見ると、海斗はバカを小突きながら『お前に演技は無理だな。もう素のままでいけ』と指示をくれた。なのでバカはにこにこ満面の笑みで土屋に頷いたのだった!
「そうか……なら、樺島君。私と組まないか?」
「へ?」
だが、こっちは流石に海斗も予想外だったらしい。土屋はそわそわ、としながら、期待をにじませた顔でバカを見つめてくる。
「海斗君と私と君と、3人で1チーム。どうだろうか」
「え?ええと、ええと……」
バカは困った。今回も、バカは海斗とヒバナと一緒に組むつもりだったのだ。なのに、まさか土屋から誘われるとは思っていなかった!
「えーと、俺はいいんだけど……その……」
おろおろ、としながらバカは困って……だが、結局のところ、バカは嘘が吐けない。
「ごめん!土屋のおっさん!」
しっかり90度、謝罪の角度で頭を下げて、それからバカは、そろり、と頭を上げつつ、ヒバナを見た。
「俺、ヒバナと一緒の部屋になるって、さっき、約束しちゃったんだ……誘ってくれたの、嬉しいんだけどさ……約束だからぁ……」
……そうして皆の視線が、今度はヒバナへ向く。するとヒバナは舌打ちしてわざとらしくため息を吐いた。
「……あの野郎が俺の個室のドアぶち破って入ってきやがったんだよ」
「うん!そこで話した!」
バカとヒバナの言葉を聞いて、土屋は『成程なあ』と頷いた。
「……おい、樺島、と言ったか」
が、その一方で、天城がじろり、とバカを睨んでいる!
「何故、ヒバナの個室のドアを破った?」
「え?」
「元々、ヒバナや海斗を知っていたのか?そして……『木星』の部屋の主のことも?」
……そう聞かれて、バカは困ってしまう!
確かにバカは、ヒバナや海斗のことを元々知っていた。何せ、バカはやり直しているので。だが、それを言ってしまうと何かと面倒なことになりそうだ、ということはバカにも分かる。
「ええー……そんなこと言われてもぉ……俺、木星の人、知らねえし……部屋に居なかったし……」
そして何より、一気に色々聞かれると、バカは混乱してしまうのだ!まずは木星の人について返事をするしかない!
……すると。
「ああ、天城さん。このバカは生憎、ただのバカだと思うぞ」
海斗が、そう言ってくれた。
「……ただのバカ、だと?」
「ああ。とりあえず僕の部屋へは……壁をぶち破って来た」
「壁……?」
「隣の部屋だったらしくてな。僕は突如として破壊された壁と、そこからやってくるこのバカを目撃した、という訳だ。そしてその後、僕の部屋のドアを内側からタックルで破って廊下に出た」
海斗が遠い目をすると、天城も唖然としていた。そういえばあっちの部屋の壁とドアはバカタックルで開いた。こっちのゲームの部屋のドアはアレより頑丈、ということなのだろう。バカは『いつかゲームの部屋のドアにも勝ちてえなあ……』と闘争心を高めた。
「その後、僕の提案で『木星と火星』の部屋を開けることにした」
「ほう?……それは何故だ?」
そうして海斗の説明は続き、天城が疑いの目を、今度は海斗に向けたところで……。
「強そうだからだ」
……海斗の言葉に、一同、唖然とした!
「つ、強そう……!?」
「ああ。木星は主神ゼウスの星だ。それに火星は戦神マルスの星。冥王星のバカが筋肉バカであることはまあ、さて置くとして……もし味方に付けるなら、強い異能を持っている可能性が少しでも高い人を選びたい。そう思うのは当然だろう?」
海斗の説明は、バカにはサッパリである。だが、たまと陽、そしてミナは、『ああ、なるほど』と納得したらしかった!
そして天城は……。
「……つまり、誰かと戦うつもりである、と?」
「そうかもしれないな。少なくとも、やられてやられっぱなしで居るつもりは無い、ということだ」
天城は、疑わし気に海斗を見ていた。海斗は緊張している様子ながらも、堂々としていた。
……そうして。
「……ふん。なら、そういうことにしておいてやろう」
天城は、どうやら折れてくれたらしい!
バカにはよく分からないが、海斗がほっとした様子であるので、バカも喜んだ!やったね!
そうして、天城からの追及が終わったところで……。
「ところで、木星の部屋の扉を開けたんだよね?」
「うん?そうだぞ!あ、でも、中、誰も居なかった……」
陽が問いかけてきたので、バカはしょんぼりしながらそう答えた。
そう。よくよく考えてみたら、木星の人がいるはずなのに居ないのだ。もし、木星の人がどこか隙間に隠れていて、それで溺れてしまっていたらどうしよう!
「ということは、元々木星は空席、ということかな……」
「主神ゼウスの座が空席、というのは意味深ですよね……」
たまとミナは、何やら首を傾げている。バカはそれを見て、よく分からないながらも『もしかしたら本当に、木星の人は元々いなかったのかも』と思い始めた。
まあ、誰にも気づかれず溺れてしまった人がいるよりは、元々誰も居なかったという方がいい。バカはひとまず、そう考えることにした。
「さて。では部屋割りはどうする?」
続いて話題に上るのは部屋割りだ。
……だが、今回は、バカが誰よりも早く、天を突くように手を挙げた!
「はい!俺、海斗とヒバナと一緒がいい!」
……そうして。
「では、私とミナさんとビーナス。陽君とたまさんと天城さん。そして、樺島君、海斗君、ヒバナ、と。そういうことでいこう」
前回同様の部屋割りとなったのだった。バカはほっとした。
「ならば、我々はこの部屋に入ろう。いいかな?」
そして天城は前回と同じ部屋を選び……それから、バカ達と土屋達も、それぞれに前回と同じ部屋を選ぶ。つまり、バカ達は双子の乙女の部屋のはずである。
「……まだ、時間が少しあるな。たまさん、少し、よいかな?話がしたい」
……更に、天城は前回同様、たまを呼び出した。
結局、たまと天城に陽も加わって、3人で何か話し始める。それを遠巻きに見つめながら……ふと、バカの頭に閃いたものがあった。
「なあ!海斗!ヒバナ!俺も相談!相談したい!」
そう!天城がやっているように、バカもひそひそ話をしてみたくなったのである!
……そうして。
「なあ!俺、筋肉で解決できそうなら筋肉で解決すっけど、いいか!?」
バカは、海斗とヒバナの許可を得ておくことにしたのだった。
尚、別にひそひそ話になっていない。丸聞こえである。それはそうだ。バカは声がでかいのだ!
「構わないが声がでかい!」
「ちっとは小さい声で喋れよこのバカが!」
「えっ、ごめぇん……」
2人に注意されて、ようやくバカはひそひそ喋る。バカなりに一生懸命考えた作戦だ。そして……。
「……成程な。そういうものだと事前に分かっていれば、対策を練ることもできる」
海斗がニヤリと笑い、ヒバナは『ほー?』と不思議そうな顔をして、そしてバカは、よく分からないがにこにこした!
やがて、天城のチームの話も終わると、やがて、たまが前回同様、首輪のチェックを始めた。バカは首輪が無かったが、一応、チェックされた。たまは『本当に引き千切ったんだ……』と呆れた顔をしていた。バカは誇らしげに胸を張っていた。
そうしてたまチェックも終わると……いよいよ、ゲームの部屋へ進むことになる。
「よし!いくぞー!」
バカは元気に部屋へ突入していく。他のチームの皆が『あの部屋は筋肉で解決されるらしい……』と何とも言えない顔をする中、バカ達3人はドアの先へ進み……。
「私達は、双子の乙女……え?」
「……なんでそんなに笑顔なの?」
……そして、双子の乙女の運命が、決まったのであった。




