1日目昼:
「……これ、大丈夫なのか?」
「……お、おい。お前、何やったんだ?」
「え?座った……けど?」
海斗とヒバナは状況を掴んで『こりゃやべえ』という顔をしているのだが、バカだけは状況を理解していないので、きょとんとしている。当事者なのに!
「い、いいか、樺島。よく聞け」
「うん!よく聞く!」
見かねた海斗が、冷や汗を流しながらバカの両肩に手を置いて、ゆっくり話す。
「この首輪から出てくる毒は、『次の昼が終わった時に死ぬ毒』だ。そして僕達は、その毒を一時的に解毒するために、この解毒装置を使う必要がある」
「うん!すげーな海斗、もうルール理解してるのか!俺、まだ!」
バカが元気に相槌を打つと、海斗は『僕はともかくお前は3回目では!?』という顔をしたのだが、それでも説明は続けてくれた。
「それで……この装置を使うと、解毒と同時に、毒薬も、打たれるんだ」
「うん……うん?うん」
「つまり、僕とヒバナはそうだったが……この解毒装置に座ると、『2回の』注射を打つことになる」
バカは『2回も刺されるのか!嫌だなあ!』と思い……それから、『あれ?でも俺、2回注射されたっけぇ?』と首を傾げた。
「そして今、ここには折れた注射針がある」
「うん!」
「……注射針は1本だ。さて、ということは……」
海斗は、いよいよ冷や汗を流しながら、気まずげに言った。
「お前には今、毒薬が2回注射されて解毒剤が打たれていないか、解毒剤だけが注射されて毒が完全に無くなったか、その2つの可能性がある、ということだ」
「わ、わかんねえ!」
「つまり生きるか死ぬかの2択ということだ!」
「えっ!?怖ぁああ!」
そうしてバカは、噛み砕いてもらってようやく理解した。
どうやらバカ、死ぬかもしれないらしい!怖い!
バカが『こっわ!こっわ!』と一頻り騒いだ後。
「……問題は、どうやってそれを確かめればいいのか、ということだな。正直なところ……僕にはもう、分からない」
「そっかー、海斗にも分かんねえことなら誰にも分かんねえよ。気にすんな!」
「いや、お前はもうちょっと気にしろよこのバカ」
海斗は落ち込み、バカは海斗を慰め、ヒバナがバカを小突いている。
そう。海斗の言う通り、バカに打たれたのが毒薬なのか解毒剤なのか、それを確かめる方法が無いのだ。
「解毒剤だけが注射されているなら、この後お前は一切解毒装置に座らなければ、首輪の毒で死ぬことは無いわけだが……逆に毒だった場合は、どうすればいいんだろうな……」
「なーなー、海斗ぉ。これ、よく分かんねえからもう一回座った方がいいかぁ?」
「やめろ。この毒が『2度打ったら効果が掻き消される』なんていうものでない限り、もう一度解毒装置を作動させるメリットは無いぞ」
「そっかー」
バカは『そういうことなら』と、解毒装置から立ち上がった。……理屈はよく分かっていないが!
「……まあ、こいつは5割の確率で死ぬ、ってことだな」
「そう、だな……おい樺島。ちょっと」
それからヒバナと海斗が何とも言えない顔をしている中、海斗がちょいちょい、とバカを手招きした。なのでバカはほいほい、とそっちへ行く。……すると。
「どうする?『巻き戻す』なら今の内だぞ」
「え?」
唐突にそう言われて、バカはびっくりする。
「今やり直せば、お前は死なずに済む。だから……」
「え、あ、そっかぁ……うーん」
説明されて、バカは悩む。悩んで、悩んで……。
「……逆に、今のお前にやり直さない選択があるのか?」
「え?無いのか?無いならいっかぁ……」
バカは、しゅん、として、それから、ぽり、と頬を掻いた。
「……うん、俺、次はもうちょっと上手くやるよ。海斗のこと、怖がらせないようにするし、ヒバナも不安にならずに済むようにする」
「……お前、そんなことを考えていたのか」
「うん……」
海斗がぽかん、とする中、バカは一生懸命考える。
「なあ。どうやったらいいかなあ。俺、どうやったら、海斗とヒバナをちゃんと守れるかなあ」
だが、バカは知っている。多分、自分で考えるより、賢い海斗の意見を聞いた方が早いのだ。ついでに、海斗は本人なので……。
「そう、だな……ならまず、首輪を破壊してこい。ただし、お前の首輪が『冥王星』だという証明はできた方がいいから……壊した上で、首輪は持ってこい」
「俺、ぜってー失くすと思う!」
「……首輪を引き千切った後、鎖で適当に巻いてもってこい。そうすれば失くさないだろう」
「うん!そうする!」
バカは海斗のアドバイスをしっかりと心に刻んだ。バカの頭の中で、ますますパンクファッションなバカが生まれていたが、その実、真摯なアドバイスを誠実に受け止めた知恵の浅いバカの姿である。
「それから……そう、だな。ヒバナについては……どうしたら、いいだろうな」
続いて、海斗はバカの為にまた考えてくれる。
「奴は、何が何でも人を殺したいようだ。なら、ヒバナではなくビーナスの方に働きかけた方がいいのかもしれない」
「そっかー……じゃあ、次はビーナスと組めるように頑張ってみる!」
「だが難しいだろうな。お前の話じゃ、陽とたまは組んでいるらしい。そしてミナさんは女性と組みたがっている。……ヒバナとビーナスを単純に取り換える、というわけにはいかない」
バカは頭の中で一生懸命、『ええと、ビーナスとヒバナは交換できなくて、じゃあ、ミナと天城のじいさんを交換した後で土屋のおっさんと天城のじいさんとヒバナの組み合わせができて……あれ?俺、何のために色々入れ替えてるんだっけ……?』とぐるぐる繰り返していた。まあ、バカなので仕方がない。
「ならやはり、ヒバナと組むべきか。天城さんの出方がどうも、分からないからな……。確実にビーナスと組む方法は見つかりそうにないし……ヒバナの方が、まだ組みやすいだろう」
そうして結局、海斗の意見も一周回って戻ってきてしまったらしい。おかえり、海斗!尚、バカはおかえりも何も、元々出発していない。
「ヒバナについては……いっそ、『手を組んで一緒に人を殺さないか』と持ち掛けてみた方がいいかもしれない」
「えっ!?」
そしてバカは、頭の中にあった諸々が一気に吹っ飛ぶ衝撃を受けた。
まさか……まさか、人を殺す提案をしなければならないとは!
「えっ、えっ……俺、誰も殺したくねえよお」
「だろうな。それは分かる。だからヒバナとはうまくいかないだろうな、ということも分かる」
海斗のにべもない言葉に、バカは『そんなあ』としょんぼりした。ああ、ヒバナも人を殺すのが嫌な人であってくれたらよかったのに!
「だから、嘘を吐け。お前にできるかは不安だが……ヒバナの情報を聞き出して妥協点を探すなら、それしかないだろう。ヒバナと手を組めば、ヒバナの方から、ビーナスと組んでいることを話してくるだろう。そこから、2人の詳しい関係や願いを聞け」
「う、うん……」
バカは混乱した。
混乱しつつも頑張って覚えようとする。
『首輪は千切るけれど失くさずに持っていく』。『ヒバナに人を殺す協力を持ちかける』。……バカにはどちらも難しい!
「ううう、俺、できるかなあ……ううー」
「……まあ、頑張るしかないだろうな。そのためにも最初に僕を説得しろ」
「うん……」
「それから……可能なら、木星の部屋の人を助けておいた方がいいんだろうな」
「う、うん……」
……バカはどうにも、やることがいっぱいで大変になってきた!頭がパンパンである!
「まあ……上手くやってくれ。くれぐれも、首輪は壊して出るんだぞ。お前が注射しそこなって死ぬところは見たくないから」
だが、海斗がぼそぼそ、とそんなことを言うのを聞いて、バカはなんだか、元気が出てきた。
「……うん。上手くやる。頑張るよ。だから次も、協力してくれよな!」
バカは海斗と握手すると……さて。
「次は上手くやるぞー!」
バカは、ぽや、と光り輝き始めた。
それを見たヒバナが『な、なんだ!?テメェ蛍かなんかか!?』とびっくりしていたが、きっかり90秒後、バカの意識はぱたりと途切れたのだった。
……そうして。
「ん……?」
樺島剛は、目を覚ました。ぱち、と目を開けて、大きく伸びをする。
「なんか夢見て……ない!」
ガバッ、と立ち上がったバカは、すぐさまさっきまでのことを思い出す。思い出して……。
「えーと、まずはこれだよなぁああああ!」
ぽきっ!と、首輪を引き千切った。ただし、比較的丁寧に引き千切った。なので、首輪はCの字2つではなく、あくまでもCの字1つの形をしている。
ぷら、と鎖にぶら下がったそれを見て、今度は鎖を壁から引っこ抜く。
そして。
「ぐるぐる……これでよし!」
海斗のアドバイスを忠実に守ったバカは、パンクを通り越して世紀末ファッションバカとなった。だが、、バカは満足気な笑顔である。
「で、これだ!」
続いて、バキイ!と、クローゼットのドアをもぎ取った。そして投げ捨てた。
そして、中から金庫を取り出すと……。
「これはどーせ壊れねえから、このまま海斗んとこ行こ!」
バカは、壁に向かってタックルした!
「海斗ぉおおおお!」
「ぎゃああああああああ!」
……そうして壁をぶち破ったバカは、海斗にまた会えたのだった!
まあ、海斗は非常に怯えていたが!




