1日目昼:双子の乙女*4
「ってえ……」
やがて、ヒバナはもそもそと起き上がった。生きている。当然である。バカはちゃんと手加減ができるバカなのだ!
「……だ、大丈夫か、ヒバナ……」
だが、一周回って海斗はヒバナが心配になったらしい。遠巻きにヒバナとバカとを眺めながら、そっと、両者を心配そうに見ている。
「くそ……ヘルメット作ってなかったら即死だったぜ……」
「えぇえ!?そんなことねえよぉ!俺、ちゃんと手加減したもん!」
バカはちゃんと、自分のパワーをコントロールできるバカである。自信たっぷりにそう言えば、ヒバナは『マジありえねえ』と愚痴りつつ頭を抱えた。
「ダメだからな!殺すとかそういうのは!喧嘩せず仲良くしろ!仲良く!な!」
「状況分かってんのかよ、テメェはよぉ……」
「甘いな、ヒバナ。これが分かっている奴の顔に見えるか?」
「見えねえ」
バカは首を傾げていたが、とりあえず、ヒバナと海斗はなんだか意気投合している。まだ距離はあるが、ひとまず喧嘩は収まったらしい。バカは『ヨシ!』と笑顔になった。
「えーと……その、ヒバナぁ。俺、よく分かんねえんだけどさあ、ヒバナって、叶えたいことがあるから、人を殺そうとしちゃうわけだろ?」
それからバカは、ヒバナの前にしゃがみ込む。しゃがんで尚デカいバカであったが、ヒバナは床に座り込んだまま、そんなバカを緊張気味に見上げた。
「なら、何を叶えたいのか教えてくれよぉ。知ってたら案外、なんとかなるかもしれねえからさあ」
バカはにこにこ笑って、ヒバナにそう、迫ってみる。
否、勿論、バカには迫っている自覚など無い。だが、バカににこにこ笑顔を向けられたヒバナは、先程、自分の異能を以てしてもあっさりとバカに負けているので、いよいよ緊張感が高まっているのだ!
「観念しろ、ヒバナ。そのバカに勝てると思うか?」
……そしてそこに、海斗からの説得および降伏勧告がやってくる。
「見たところ、お前の異能は『炎でできた武具を生み出す異能』のようだが……それだけで、このバカに勝てるわけがない。このバカは素手でもお前を悠々と止めるだろうな」
海斗の言葉を聞いて、ヒバナはぎろりと海斗を睨み上げた。が、海斗は緊張しながらも……言ってのけたのである!
「つまり、お前が妙な真似をしたら……即座に、樺島がお前を殺す!」
「ええええええ!?俺、ヒバナ殺すのぉおおお!?」
そしてバカは困惑した!いつの間にか仲間というよりは武器扱いされていて、大変に困惑した!
「ついでに……その時は、ビーナスも、樺島が殺す!」
「ええええええええ!?俺、ビーナスまで殺すのぉおおおお!?」
バカは、『やだああ!殺したくねえよおー!』と喚いているが、海斗は目が据わっているし、ヒバナは青ざめている!
『意味わからねえよぉおおお!』とバタバタするバカを放っておいて、バカを担保とした交渉はバカ抜きで続く。
「……というところで、取引をしないか」
「……取引?」
「大方、お前達2人組も願いを叶えるためにこのゲームに参加しているんだろう?」
ヒバナが訝しむ前で、海斗はやはり緊張しながら、それでも朗々と言葉を紡いでいく。バカは『やっぱ海斗って小説書いてるだけのことはあるなあ!』とちょっと嬉しくなった。意味は分かっていない。
「なら、その願いを教えてくれ。協力できる内容なら、『協力』できる。どうだ?どうやら僕はお前よりは頭が回りそうだ。そして樺島はバカだがパワーはある。ここで殺すより、仲間に引き入れた方が得だと思わないか?」
……そして、海斗がそう、詰めよれば。
「……俺が望んでんのは、お嬢の身の安全。それに、お嬢の自由だ」
ヒバナはそう言って、ちら、とその表情に苦いものを過ぎらせた。
「悪魔に願わず叶えるってんなら……俺とお嬢が所属してる組織を解体するしかねえんだよ。だから、お前らの協力は要らねえ。交渉は決裂だな!」
「えっ!?解体!?それなら俺、得意だぞ!?」
が、ヒバナの言葉の端っこで大喜びするバカが居る。
そう。解体はバカが得意とするところである。尤も、綺麗に素早く解体するのは、まだまだ先輩方に及ばないが。
「物理的な意味じゃないと思うぞ……いや、物理的な解体でもいいのか……?」
「はっ。爆破でもすりゃ済む話なら、それでよかったんだがなあ」
だが、どうやらバカの喜びはぬか喜びであったらしい。『そんなあ』とバカはしょんぼりした。
「……俺とお嬢が足抜けするなんてことになったら、連中、地の果てまでも追っかけてくる。そんで、拷問でもして殺されるってわけだ。俺達以外を皆殺し、ってのも、無理な話だろ。……それに、お嬢にとっちゃ、家族だ。情が無いってこともねえ。かといって、逃げ続けられるとも思えねえ」
「ふ、複雑な話だな……」
海斗は表情を引き攣らせているし、バカはまるで話を理解していない。精々、『よく分かんねえけどヒバナも大変なんだなあ』という程度である。
「……じゃあ、うちで働かないか?」
「は?」
そして、バカは『大変そうだ』と思った相手には、手を差し伸べるバカなのだ。
「社員寮、あるし!そこに居りゃ、誰かが追いかけてきても、俺が一緒に居て、その、守ってやれるし!あっ!あと、俺の先輩達、俺より強いし!」
バカの言葉に、海斗とヒバナは『こいつより強いのがいるのか……?』と青ざめた。
「ふくりこーせい?もしっかりしてるし!な!?どうだ!?悪魔にお願いなんてしなくたって、多分、叶うぞ!」
バカは、『いい考えだ!』と思った。
ビーナスとヒバナは、解体しようにもできない何かに追いかけられて殺されてしまうらしい。なら、バカが守ってやればいい!完璧である!
「……いや、お前の会社、どこだよ」
そう。完璧だ。
……社名を除いては!
「ん?キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部!」
「絶対に!絶対に御免だわクソが!」
「ええええええ!?なんで!?なんでぇえええ!?先輩達皆いい人なのにぃい!ふくりこーせい?もちゃんとしてるのにぃいい!」
バカはショックを受けた。
まさか、自分の愛する会社が拒絶されることがあるなんて、夢にも思わなかったのである!
『社歌もかっこいいんだぞ!?』とバカは食い下がったが、ヒバナは『るっせーこのバカ!』と取り付く島もないのであった!
……そうして、バカがしょんぼりと座り込み、ヒバナが『そもそもフローラルムキムキ支部ってなんだよ……プリティキレキレ支部とかもあんのかよ……』と混沌の思考に陥りかけてきたところで。
「まあ……何にせよ、ここで殺し合いをするよりは、僕達に協力した方がいい。お前がここで死んだら、ビーナスは孤立することになる。違うか?」
海斗がそう言えば、ヒバナは、ぐぬ、と黙った。
「更に言えば、お前が協力的であれば、このバカも協力するぞ。……大抵のゲームの部屋を筋肉だけで突破できそうなこいつが、協力するんだぞ。どうだ?」
更に、バカを見つめて、ヒバナはじっと考え込み……。
「そして……何も、僕とこのバカを殺す必要は無いはずだ。いや、『僕や樺島でなくてもいい』と言うべきか」
海斗がそう言った途端、ヒバナはぎょっとして顔を上げた。
「……本気か?」
「ああ」
「お前……やったことあんのかよ」
「無い。だが、僕は……死ぬぐらいなら殺してやる」
海斗が青ざめつつもそう宣言するのを横で見ていて、バカは何も言えない。
殺さない方がいいよ、と言うことは簡単だ。だが……海斗の表情に、色濃い怯えの色を見つけてしまった。
海斗は……海斗は、もう、追い詰められかけている。
『殺し』をヒバナと共謀しようとしてしまうくらいに。
海斗は怖いのだろう。だって、バカは今回、海斗を怖がらせてばかりだ。最初から怖がらせてしまったし、今も、そうだ。
それに、ヒバナも怖がらせてしまった。バカが下手なことをしなければ、ヒバナはバカと海斗を裏切ろうなんてしなかっただろう。よって、バカが上手くやれていれば、ヒバナも海斗も安心して、協力できていたはずなのだ。
そうだ。
バカが、もっと上手くやれていれば……。
そうしてバカは、決意する。
「分かった!俺、絶対に!ヒバナと海斗のこと、怪我させねえから!」
「……は?」
「はァ?何言ってんだお前……」
唐突なバカの言葉に、海斗もヒバナも、『何のことだ』と言わんばかりの顔をしている。だがバカは止まらない。
「俺、殺しの手伝いはしたくねえ!けど、お前らにも死んでほしくねえ!だから、安心してくれよ!な!」
バカは一生懸命そう伝えると……まずは、海斗をひょい、と抱えあげて、解毒装置の椅子に座らせた。
「まずはこれだよな!これ、すっかり忘れてた!」
「なっ、なんだこれは」
「解毒装置だろ」
「知らないが!?あっそうだった僕はこのバカのせいで最初のルール説明を聞いていな痛っ!?」
……そうして、海斗の解毒が終わった。
「じゃ、ヒバナも!これやらないと死んじゃうらしいから!」
「……くそ、とりあえず停戦ってことにしといてやるよ!」
「うん!よく分かんないけどそれでいいぞ!じゃあ座れ座れ!」
……そうして、ヒバナの解毒も終わった。
「よし!これで守った!」
「よしじゃない。お前自身の解毒がまだだろう」
「あっ!?そっか!そうだ!俺も首輪、ついてんだった!」
が、バカは自分のことをすっかり忘れていた!
何と言っても、バカにとって今回は首輪初体験のゲームである。今までは全て、自分の首輪を破壊してきているので、この解毒装置のお世話になることも無かったのである。
バカは、『いっけね』と慌てて、解毒装置の椅子に座る。
『どんなかんじかなあ、痛いのかなあ、俺、痛いのやだなあ』とそわそわしながら、その時を待って……いよいよ、ちく、と何かが刺さったような感覚があり。
そして。
……バキン。
「……ん?」
なんだか、妙な音が首のあたりからした気がして、バカは首を傾げる。
すると、ぱらり、と軽い音を立てて、バカの首のあたりから何かが落ちた。
バカは驚異的な視力でその小さな物体を見つけ、拾い上げて、『なんだろなあ』と首を傾げる。
……が。
「お、おま、それ……」
「……注射針、じゃないのか?」
……そう。
それは……注射針、であった。
多分……多分、バカの首輪に、装填されていたはずの!その注射針が、折れてしまったようなのだ!
バカの防御力が、ここに来て仇となってしまったのである!




