0日目夜:大広間*3
「えええええええええ!?なんでぇ!?」
バカは困惑した!困惑している!
何せ、まさかの殺害予告だ!バカはバカだが、自分が殺されそうになっている時には流石に分かるのである!
「それは……ううむ、穏便ではないな、ご老人。何故、そのようなことを?」
土屋が割って入れば、天城は、フン、と鼻を鳴らした。
「決まっているだろう。……そいつには首輪が無い。何故だ?本当に引き千切ったとでも?馬鹿げたことを。……答えは簡単だ」
そして、老いて痩せた指が、揺らぐことなくバカへと突き付けられる。
「そいつは敵だ。元々、首輪など付けられていない。このゲームの主催者側、ということだ。違うか?」
「ええええええ……そんなこと言われても俺、分かんねえよお……」
バカは只々困惑している。
『ゲームの主催者側』だなんて言われても、困る。バカには身に覚えのない話なのだ。困る。困る!
「お前は悪魔の手先だろう!?違うか!?」
「いや、違うってぇ……なんなんだよお、首輪引き千切っちゃいけなかったのかよお」
「まあダメよねえ、普通に考えて……」
「ま、まあ、毒を打たれる前に首輪を破壊できたなら、それが最適解ではあったわけだが……ううむ」
ビーナスと土屋にも何とも言えない顔をされてしまった。『やっぱダメだったのかなあ、でも、鍵なんて見つからなかったしなあ』とバカはしょんぼりした。
「……そもそも、この事態を悪魔達はどう見ているんだ?僕にもこのバカ島はイレギュラーな存在に思えるぞ?これが放置されているのだから、こいつが主催者側、という説は否定できないな」
「ゲームの趣旨、変わっちゃうものねえ。バカ君には首輪が無い。だからゲームに参加しなくても死なない。……私達に殺し合いをさせたい主催者側の意図とはズレる気がするわ」
更に、海斗とビーナスまでもがそんなことを言い出した。『そんなこと言われてもぉ』とバカはまごまごしている。
「……逆に、ここまで含めて、主催者側の意図なんじゃない?」
そこへ、たまがそう言った。
「樺島君の異能は、多分、『怪力』とかそういうものでしょ?なら、それを与えた悪魔が、首輪を壊されることを見越していないわけがない。……だからこのデスゲームは、元々首輪を壊せるようにできてる。樺島君の手を、借りることによって。……そう考えられない?」
たまの言葉に、天城は渋い顔をして、半歩下がる。
「……だとしたら、バカ島とやらの立場が随分と大きくなるな。『ゲームバランス』を考えるなら、ありえんことだが……」
ぶつぶつ、と何か言いながら、天城は、ちら、とバカの方を見る。バカは、『ぜんぜんわかんねえ』という顔なので、天城が得られる情報は無いに等しい。
「ま……俺は天城のジーサンに賛成だけどよぉ」
が、そこでチンピラヒバナがそう出てきてしまった!
「そいつが首輪を引き千切れるっつうんなら、そいつは素手でも人間くらい殺せるんじゃねえか?そんな奴と一緒に居るなんざ、気が気じゃねえんだよ」
ヒバナはチンピラの割に理性的であった。だがその理性はバカにとっては酷な理性である。
「今なら、1対8でこいつをヤれるんだろ?なら今の内にヤっといてもいいんじゃねえのか?あ?」
「えええー……困るよお、俺、人殺しにはなりたくねえんだって……」
「あ!?俺を返り討ちにして殺すっつってんのかテメエ!?舐めんじゃねえぞ!?ああ!?」
「そうじゃないってえ!俺は殺す気なんてねえんだから殺さないでくれ、ってことだよー!」
ヒバナはバカを見ていると気が気でないらしいが、バカはバカで殺されたくないので気が気でない。
「……まあ、そうだな。殺すか殺さないかについてはノーコメントにさせてもらうが、僕としても、このバカ島がゲームをやる上で足を引っ張るだろうとは思う」
更に、海斗までもがそんなことを言い出してしまった!
「バカはバカだからな。どう動くかまるで分からない。そんな相手と一緒に、生死を掛けたゲームなんかやっていられるか」
そんなあ、とバカは嘆く。だが確かに、何かあった時に自分のバカさ加減が他者の足を引っ張りそうな気は、する。実際、今までもこのバカはバカによって他者の足を引っ張ってきたことがあるので……。
「……私は逆に、生かしておいた方がいいと思うけど」
だが、たまはまだ引き下がらない。
「本当に金属を素手で引き千切れるぐらいの怪力なんだったら利用価値がある。そうじゃなくても、相手の思惑が分かるまでは生かしておいてもいい。そう思う。……バカとハサミは使いよう、って言うでしょ」
「おう!言う!」
「お前、バカ呼ばわりされることに本当に何の抵抗も無いんだな……?」
海斗が何とも言えない顔をしているが、バカは胸を張って『その通り!』と主張しているので痛くも痒くもなかった。
「それに、樺島君が首輪を引き千切ったかはさておき、もう1つどこかに『首輪』があったと考えた方がいいと俺は思うんだ。俺達は9人だからね」
更に、陽がそう言ったことによって、『……ああ、確かに』と、土屋とビーナスとミナ、そして海斗が頷いた。ヒバナは首を傾げていたので、バカはちょっぴり親近感を覚えた。
「今、俺達の首輪にある惑星記号はそれぞれ、太陽、水星、金星、地球、火星、土星、天王星、海王星……。『木星』が抜けてるだろう?となると、樺島君の首輪は、木星の首輪だったんじゃないかと思う。どうかな」
「陽!お前、頭いいなあ!」
バカは陽の推理に感銘を受けて、満面の笑みで陽の背中を叩く。自分が本気でバシバシやったら彼らの背骨を折りかねないことは知っているので、あくまで、そっと。ぺちぺち、と。
「となると……その、樺島さんは、本当に首輪を引き千切った、ということでしょうか……?」
「おう!そうだ!」
「バカは黙ってろ!……まあ、その、僕としても、こいつに割り当てられた首輪があっただろう、という意見には賛成せざるを得ないな。まあ、それでもこいつとは組みたくはないが……」
海斗がぶつぶつ言っているので、バカはちょっとしょんぼりしてきた。そんなに組みたくないのかあ、と……。
「けどよ。どうせ皆、誰かは殺さなきゃならねえと思ってんだろ?なら、それがコイツでもいいってことになるんじゃねえか?おい」
しかしヒバナが退いてくれない。ヒバナは8人をそれぞれにじろじろと見る。
「或いはよォ……このバカ以外でも、そうだ。誰を殺すか、今ここで決めときゃあ、後々のゴタゴタもねえんじゃねえのか?」
……そう。バカにはよく分からないが、どうやらここでバカ達は、殺し合いをしなければならないらしい。
その問題を後回しにはできないだろう。それは、バカにもなんとなく分かった。
「ああ、もう埒が明かんな!」
だがそこで、土屋が声を上げた。少々苛立ったような様子だが、その苛立ちは周囲へというよりは、自分に対してのようにも見える。
「先に言っておこう。私、土屋は自分の願いを叶えるために人を殺すつもりは無い」
そして、そう宣言した土屋は、苦いながらもすっきりした表情をしていた。
「へえ……望みがあるんじゃねえのかよ、オッサン」
「……叶えたい望みはあるがね。人を殺せば、むしろ遠ざかる望みだ」
「んだよ、ムショ入ってたとか?」
「いやあ、そういうわけではないんだが……」
言葉を濁しつつ後頭部を掻く土屋を見て、バカは『このオッサン、かっこいいなあ』と漠然と思う。
自分の意見をちゃんと言える奴はかっこいい。バカはそう思うのだ。
「あ、あの!でしたら、私も土屋さんと同じです!私も、自分の望みを叶えるために誰かを殺すなんて、したくありません!」
続いて、ミナもそう、声を上げた。大人しそうなミナが声を上げたことに少なからず驚く者も居たが、バカはなんとなく、『このお姉さんならそうだろうなあ』と思った。ミナもかっこいい。バカはそう思った。
「ならば、ミナさん。私と組まないか?私達には異能がある。ならば、1人で居るよりも2人以上で居た方が、対処できる物事が増えるはずだ」
「えっ?……あ、なるほど、そうですよね……」
土屋の申し出に、ミナは困惑しながらも難しい顔で頷いている。すぐに答えを出すことはできないようだが……。
「……まあ、得体のしれないオッサンと組む、というのも勇気がいるだろう。だが、どのみち決断はしなければならないよ。昼になったら我々は、誰かと組まざるを得なくなるのだからね」
「ん?昼になったら?なんでだ?」
バカが首を傾げている間にも、土屋は左腕の時計を見て、ううむ、と苦い顔をした。
「……もう、夜の3分の2近くが経過してしまったようだ。つまり、残り30分程度だ。急いで誰と組むかを決めるべきだろうな」
「え?なんでだよ。なんで昼になったら誰かと組まなきゃならねえんだよ。なーなー」
「知らないの?……あ、知らないんだったわね。あーあ……」
バカが困惑していると、ビーナスは肩を竦めてため息を吐く。やれやれ、と言わんばかりの顔で、それでも一応、説明してくれた。いい奴である。
「昼になると開く『ゲーム』の為の部屋。あれ、人数制限があるらしいのよ」
「にんずうせいげん……?」
「そう。まず、部屋の奥にある装置は、部屋の扉を開けてから次の夜の鐘が鳴るまでの間しか作動しないらしいの。しかも、どの部屋にも4人分しか無いって悪魔が言ってたわね。それでいて、その装置は使い捨てなんですって」
バカは頭の上に?マークをいっぱい浮かべつつ聞いている。横で海斗と陽が『大丈夫だろうか』という顔をしているのだが、バカはそれには気づかない!
「更に言うと、一度ゲームの部屋に入ったら夜になるまで出られないの。……つまり、うっかり5人以上入ったら、最低でも1人以上は解毒できずに死ぬことになる、ってわけ」
「な、なるほど……?」
バカにもなんとか分かる説明になったので、バカは安心した。『1つの部屋に5人以上入っちゃいけない』。覚えた。
「部屋の数は……全部で9つだね。つまり、1日につき3部屋までしか開けられない、ということだ」
「『誰も死んでねえなら』な?生き残ってる奴が4人以下になるなら、1日目で7部屋開けちまってもいいんだよなァ?」
ついでに陽とヒバナからそんな補足もあったので、バカは、ふんふん、と頷いた。こっちはまだよく分かっていないが、まあ、『1日に3つまでしか部屋は使っちゃ駄目』ということは覚えた。
「さて。そういうわけで、誰と組むか、という事になる」
土屋がそう切り出したところで、バカも真剣に頷く。
とりあえず、状況は分かった。今ここに居る皆は、3チームに分かれなければならないのだ。




