0日目昼:大広間*1
とりあえず、バカは海斗をそっと床に下ろした。海斗はすっかり腰が抜けているようだった。バカは『ごめんなあ……びっくりさせたよなあ……』としょんぼりした。
「え、ええと、君達は……?」
「えーと、俺、樺島剛!バカとかバカ島とか、好きに呼んでくれ!あっ、本当にバカだからよろしくな!でも力には自信があるぜ!」
戸惑いつつも聞いてきた陽に元気に答えて、バカは胸を張る。それが余計に7人の困惑を誘うのだが、バカはバカなのでそういうところには気づかない。
「で、こっちは……」
「……海斗、とでも呼んでくれ。どうも僕の首輪には海王星のマークが刻まれているようだからな」
海斗は、『勝手に紹介されては困る!』とばかり、自ら名乗り出た。そして……。
「隣の部屋からこの樺島が、ドアを破って僕の個室に侵入してきた。そのまましばらく話し込んで、それで遅くなってこのざまだ。疑いたければ疑ってくれ。諸々を疑われても仕方がない状況だとは思う」
いっそ潔いまでの、悟りを開いたようなことを言う海斗を見て、大広間の7人はぽかん、とした。同時に、『逆に疑いにくい』というような顔をして、それから、バカの方に視線をやるのだが……。
「そうなんだよぉ。俺がさあ、金庫開けられなくてさあ……海斗の部屋に行って、開けてもらえるようにお願いしたんだよぉ……」
そう言ってしゅんとするバカの首には、じゃらじゃらと鎖がついたままになっている。ついでに、鎖の端には壁だったものがぶら下がっている。
……この異様な見た目から、全員が、思ったことだろう。
『こいつ、なんかおかしいぞ』と……。
「え、ええと……今一つ状況が掴めないんだけれど、2人は元々の知り合いなのかな?」
バカが『そうだ!』と答えようとしたところ、横から海斗が『違う』と答えた。……陽が何とも言えない顔をしている!
「僕らはこのゲームが始まる前、一度も会ったことが無い。話したことも無ければ、存在すら知らなかった。そういう意味で、僕らは『元々の知り合いじゃない』。そうだな?」
「あ、うん、そっか……ここに来てから友達になったのは、勘定に入らねえのかぁ……」
海斗が確認すると、バカはしゅんとしながら頷いた。陽や、他の皆は『ああ、そういうことか……』と納得してくれた。要は、『このバカにとっては90分前に知り合った相手であっても知り合い、ということなんだな……』という方向に。
更に。
「ああ、それから、既に見た目で分かっていることと思うが……こいつの異能は『筋肉』だ」
海斗は、そう言ったのである。
「えっ!?」
バカが困惑していると、海斗は『やれやれ』というような顔で説明を続けた。
「お前、人に開けさせておいて、自分は説明文を読まなかったのか?というかむしろ、ドアだの何だのをあれだけ破っておいて、そのパワーを疑わなかったのか?」
「そ、そんなこと言われても……」
バカは状況が掴めず、おろ、おろ、とするばかりだ。……だが、バカは海斗がバカだけに見えるように、『内緒にしておけ』というような仕草をしてみせたので、ようやく『そっか!巻き戻しの異能はナイショなんだな!』と理解できたのである!
「よ、よく考えたら確かに変だった気がする!うん!なんか変だ!海斗の言うとおりだ!」
……まあ、バカは、役者としては大根もいいところである。だが、ど根性大根なので許してほしいバカなのであった。
「そうか……ええと、樺島君、と言ったか。よかったのかな、『筋肉』の異能を公表してしまって……」
「うん?いいぞ!俺、力自慢だけど、頭悪くってさあ!だから、皆に助けてもらわなきゃいけないこと、いっぱいあるだろうし……逆に、俺のパワーで解決できること、いっぱいあると思うから!知っておいてもらった方がいいよな!」
土屋が心配そうに聞いてきたのに、バカは胸を張って答える。すると土屋は、『おお、なんと真っ直ぐな……』と少々感心したような顔をした。
「えーと?その、バカ君がドアを破って脱出して、金庫を持ち出して、その海斗君に開けてもらって……それでそのまま話し込んで、時間ギリギリになって来た、ってことよね?なら、2人はもう、手を組んでいる、ってことかしら」
ビーナスがそう聞いてきたので、バカは……『そうだぞ!』と答える前に、海斗の方を見て、ちゃんと聞いた。
「俺達、手ぇ組んでるのか!?」
「……そうだな。手を組んだと、とってもらってもいい」
すると、海斗からそんな答えが出たので、バカは嬉しくなる。やっぱり、バカと海斗は手を組んでいたらしい!よかった!
「が、勘違いしないでもらおうか。僕はまだ、お前のことを信用していないからな」
「ええええええ!?」
だが、海斗からそんな言葉も出てきたので、バカはびっくりした!
「そんなあ!俺は海斗のこと、信じてるのにぃ!」
「ああ、うん、そうだな。それはありがとう。だがそれはそれ、だ」
海斗は非常にやりづらそうだし、周りの皆も、『なんだかなあ』という顔をしている。バカの真っ直ぐな心は、周りの人を時々、困らせてしまうものなのである。
「まあ……それでも一応は、手を組んでおいてやってもいい。放っておくとお前は知略に負けて死にそうだからな……」
「ありがとう、海斗!お世話になります!」
「ああうん……」
まあ、内情はともかく、バカは海斗と手を組むことができた。これでバカは安心である!よかった!
「……だが、それで、その、今、こっちでは何が起こっていた?聞きたいんだが……」
「えーと……ルールの説明とか、そういうかんじだったけれど」
海斗の問いに、陽がそう答える。すると、陽の横からたまが出てきた。
「私達は悪魔の誘いに乗った人間達。それぞれ叶えたい望みがあって……それを叶えるために、お互いを殺すことになる。どうやらそういうことらしいよ」
そして、たまからルールの説明が始まったのである。
「……成程な。概ね、理解できた、と思う」
海斗は『うーん』と唸りつつも、一応は理解できたらしい。尚、1回目にバカが同じく遅刻して大広間にやってきた時もたまが説明してくれたが、あの時よりも時間がかからなかった。海斗の頭がいいからである。否、どちらかというと、バカがバカだからである。
「つまり、僕らはこれから分かれて、ゲームの部屋に入る必要がある、と……そういうことか」
海斗がそう言えば、他の7人も頷いてくれた。バカは『なんか、1回目もこんなかんじだったなあ』と思い出す。……2回目は、こう、首輪をとことん破壊してしまったので、色々と違った。そういうことらしい。バカはようやく理解した。あんまり物を壊しちゃいけないんだなあ、と。
「そういうことなら、その、僕はこいつと組みたい。いいだろうか」
「俺ぇ!?うん!いい!すごくいい!ありがとう、海斗ぉ!」
が、バカは物損への反省を深めるより先に、海斗が自分を指名してくれたことへの喜びでいっぱいになってしまった!バカはバカなので、一度に2つ3つのことを考えるなど、不可能なのである!
「えーと、じゃあそこ2人は一緒、っていうことにしようか。なら、そこにもう1人加わって、3人3人3人の3チームになるのがいいかな。なら、えーと……」
「……メンバーを分けるより先に、自己紹介くらいしておかない?ほら、海斗君みたいに、適当に偽名でも使って。ね?」
そして、陽が困っている横から、ビーナスがそう、口を挟んだ。
こうして残り7人も、名乗ることになったのである。
……と、いうことで。
全員が前回同様の名乗りを上げてくれたことによって、バカは安心した。これで毎回名前が違ったりしたら、もう、バカには覚えきれないところであった……。
だが。
「そういえば……樺島君のマークは何かな」
陽がそう言ったことによって、既に名乗ったバカにもう一度注目が集まる。
バカが『うん?』と首を傾げると、首輪についた鎖も、ジャラリ、と重い音を立てた。海斗が横で『そういえばこいつ、鎖を引っこ抜いてきたのか……』と今更慄いている。
「ええと……樺島さんのマークは、冥王星、ですね」
そして、バカの首輪を覗き込んだミナが、そう言った。
「めいおうせい……?」
あれ?とバカは、思った。
確か、前回と前々回、バカのマークは、『多分木星だろう』と言われていたのだ。
だというのに……何故か、バカの首輪のマークが、変わってしまっている!
いや、変わったのではなく、元々、冥王星だったのだろうか。どうなんだろうか。誰か教えてほしい!
「うーむ……ということは、『木星』のマークだけ、空いてしまっている、が……」
バカが混乱している中、土屋が険しい表情で唸る。
「……つまり、既に1人、死んでいる、と。そういうことか」
……そして、随分とショッキングなことを言うのだ!バカ、びっくり!




