0日目昼:押しかけ先の個室
「ん……」
樺島剛は、目を覚ました。ぱち、と目を開けて、ころ、と寝返りを打つ。
「……なんか、悲しい夢見てた気がする」
ふにゃ、とあくびもしたところで、さて。
「……いや!気じゃねえ!夢じゃなかった!」
樺島は、思い出してすぐ、ガバリ、と起き上がった。
そう。夢じゃなかった。また、戻ってきたのである。
悲しいし、訳が分からないが……だが、戻って来た。だから、やり直せる。悲しいことは、『まだ』起きていないのだ!
「海斗に!絶対に!ポケモン貸す!」
バカは元気に立ち上がり、天に拳を突き上げ、元気に宣言した。
今度こそ!バカは上手くやりたい!よく分からないが!よく分からないが……ひとまず、バカが最初にやるべきことは!
「首輪ぁ!」
バカはまた、元気に首輪を引き千切りかけ……。
「あっ!えーと……首輪、なくしちゃいけねえんだよな。ええと……」
そこでなんとか、海斗の言いつけを思い出した!
そう!海斗は言っていた!『首輪を失くさずに持ってこい』と!
「えーと、じゃあ……外しちゃったらなくしそうだしぃ……こっち千切るかぁ」
なのでバカは、首輪を壁に繋いでいる鋼鉄の鎖を掴むと。
「ふんっ!」
バキイ!と、壁から引き抜いた!
「これでよし!」
バカは、自分の首に首輪をつけたまま、首輪の鎖も90㎝ぐらいつけたまま、その鎖の先端にくっついたままの壁の一部だったものもぶらぶらさせつつ、満面の笑みで頷いた。なんだかパンクなファッションのようになっているが、その実、バカの浅知恵である。
「で、次は……えーと、金庫、だったよなあ」
さて。
樺島は立ち上がり、周囲を見回す。
床と壁と天井は、それぞれコンクリート材に見える。天井からは電球が1つぶら下がっており、ぷらぷら、と揺れながら光を部屋の中に落としていた。
部屋は然程大きくない。四畳半程度だろうか。その中に目立ったものと言ったら、クローゼットが1つと、机が1つ。先程まで樺島が寝ていたベッド。
更に見る限り、机の上にはドライバーのようなものと卓上カレンダーのようなものがある。それから、よく分からない形をしたブロックのようなものも。
……それだけであるが、バカには既に、次の道が見えているのだ。
「えーと、クローゼットを開けるんだったな」
バカはクローゼットに手を掛けると……バキイ!と、その扉をもぎ取った。
もぎ取った扉を、ぺいっ、と投げ捨てて、バカはクローゼットの中を覗く。……すると確かに、中には小さな金庫があった。
「じゃあ、これも開けるかぁ……うん?」
そしてバカは、金庫にも手を掛け……。
「……あれ、これ、かってぇなあ」
ぐい、ぐい、と頑張ってみるのだが、金庫は中々に固い。
よいしょ、よいしょ、と一生懸命こじ開けようとするのだが、開かない。
終いには、がじがじと齧ってもみたのだが……開かない!
「……えっ、これ、開けられねえ……!?」
そう!バカはここに来て初めて、『バカの素手では破壊不可能なオブジェクト』に行き会ってしまったのである!
どうしよう。どうしよう。
バカはおろおろした。この金庫を開けて、中に入っているという説明書きを持っていかなきゃいけないのだ。そう、海斗と約束したのだ。
なのに、まさかの、開けられない!
「なんでぇ……なんで開かないんだよぉ……」
バカは涙目になって一生懸命金庫を齧るが、金庫はちょっと削れただけだった。削れる方がおかしいのだが、バカとしては不満な結果である。
「開け方わかんねえよお……」
そしてバカはバカなので、金庫の表についているパスワード入力用のダイアルの意味も、その横についている鍵穴の意味も、全く分からないのだ!
そう!このバカ、パワーで解決できることには強いが、パワーで解決できないことだと途端に何もできなくなってしまうのである!
……そうしてバカは10秒ぐらい考えた。バカにとっては永遠とも思えるくらいの10秒だった。
そして、バカは……。
「うわあああああん!海斗ぉおお!海斗ぉおおおお!」
バキイ!と、ドアを破り捨てた。
メシャア!とひしゃげたドアを見て、『金庫もこうだったらよかったのに!』と益々泣けてくる。
だが、バカはそのままきょろきょろ、と見回して……すぐ隣のドアに、見覚えのあるマーク……海王星のマークを見つけたのである!
なので!
「だずげでぇええぇぇえええぇぇぇええええ!」
「ぎゃああぁああぁぁぁぁあああああああ!?」
バキイ!と海斗の部屋のドアをぶち破って、海斗に助けを求めることにしたのだった!
「あ……あ……」
「だずげでえー!俺、バカだからこれの開け方わかんねえんだよー!」
……そうして、バカは、目の前でガタガタと震える海斗に助けを求め……そこで、気づいた。
「あっ!?そ、そっか!海斗、俺のこと忘れてるんだよな……!?」
そう!バカの目の前で、海斗は只々、怯えていた!
少しでもバカから距離を取ろうとして部屋の隅に縮こまり、そして、それでもバカを見上げて、必死に警戒している。……バカはちょっと、悲しくなった!
「ご、ごめんな、ごめんな、俺、バカだからぁ……びっくりさせたよなあ……」
だが、悲しんでいる場合ではない。バカは頑張って、海斗を安心させてやらなければならない。
だって、海斗は友達なのだ。忘れられたって、バカに取って海斗は大事な友達なのだ。ポケモン貸すのだ。あと、バカの為に簡単な小説を書いてもらうのだ!
なので、バカは説明を試みる!
「あの、俺、時間を巻き戻して、ここに来てて、俺とお前は友達でぇ……あああ、どう説明したらいいんだよおー」
が!バカはバカなので、説明がド下手糞である!怯える海斗の前でわたわたしながら、『なんて説明すればいいんだっけ!なんて説明すればいいんだっけ!』と大慌てである。
……そして。
「……これ、開けてください!」
バカは、頭を下げて、金庫を差し出した。
「そうしたら、多分、分かると思うから……お前、俺と違って、頭いいから……これの中見てくれたら、多分、分かるから……」
ぐすぐすと泣きながらそんなことを言うバカと、バカが差し出す金庫とを見て……海斗は、最早、考えることを止めたような顔をしていた!
……そうして、5分後。
「開いたぞ」
「マジかぁ!?はっや!はっやぁ!じゃあ早速中身見ようぜ!」
「……いや、もう見た」
「マジかぁ!?はっや!はっやぁ!お前文字読むのも速いんだなあ!すげえ!やっぱ頭いい!すげえ!」
バカは海斗を見て、開いた金庫を見て、『すげえ!』と目を輝かせる。海斗は溜息を吐いていた。
「まあ……それを読んで、なんとなく、事情は察した。要は、お前は未来から戻って来た、ということになるわけか?」
「うん!そう!大体そう!うわああー!やっぱり海斗は頭いいんだなあ!」
金庫が開いたら、途端に色々と上手くいった!
少し警戒が解けた海斗から、開いた金庫と中に入っていた紙とを渡されて、早速、バカも説明書きを読み始める。
『樺島剛へ。お前の異能は、『世界の巻き戻し』だ。やり直したいと強く思った時から90秒後に世界が巻き戻り、お前が個室で目覚めた時に戻る。その時、お前の記憶はお前の記憶力の限り保持されているが、他の者はその限りではない。』
「俺、記憶力悪いんだよなぁ……」
折角なら、全部覚えていられるようにしてほしかった!バカは嘆いた!
『逆に言えば、異能の使用者の記憶以外の全てが巻き戻るということになる。よって、肉体への傷も、施設内の変化も、持ち物も、全てがスタート時点に戻る。よって、メモを取っても無駄である。』
バカは、『せめて書いといたものは残るとかさあ!なんか無かったのかよぉ!』と嘆いた!
『以上で説明は終わりだ。頑張るんだぞ。』
最後の一文については、バカは『うん!わかった!』と素直に頷いた!
「……読み終わったか」
「うん!やっぱり俺の異能、巻き戻しだろ?」
「どうやらそのようだ。偽造は考えなくてもいい、だろうな。金庫ごと持ってきたんだから……」
海斗はそう言って、やれやれ、とため息を吐いた。……まだ、警戒は抜けきっていないようだが、ひとまずバカがバカで、海斗と仲良しで……けれど、世界が元に戻ってしまったせいで、仲良しになる前に戻ってしまった。そういうところが、大凡伝わった、のだと思う。
「じゃあ、分かってくれたか?その、俺、『前回』にお前と約束したんだ。ヒバナとビーナスの願いを調べることと、天城のじいさんが死んじゃった経緯を調べるのと、あと……陽とたまが、何かしてないか、って、調べるんだ」
バカは指折り数えて、『よし、忘れてない!』と頷いた。
ちゃんと、海斗と約束したことは覚えている。バカが今回、やらなければならないことはたくさんあるが……海斗が居るのだから、何とかなるような気がする!
「あと、俺が海斗にポケモン貸す約束もした!」
「ポケモン!?何故……!?」
「それでな!それでな!俺がポケモン貸す代わりに、お前は俺に、簡単な短い小説、書いてくれる約束もしたんだぞ!俺にも分かるようなやつ!」
「しょ、小説!?そんな話までしたのか!?」
「うん!」
海斗はなんだか戸惑った様子だったが、バカは元気に頷いた。
「えーとさ、海斗。俺、海斗の言うことは何でも聞く。俺、バカだから考えてもよく分かんねえことばっかだしさあ。でも、俺、パワーだけは自信あるから!だから、パワー担当は俺な!それで、頭脳担当はお前な!よろしく!……あっ、俺、樺島剛!バカって呼んでくれてもいいし、バカ島とか、剛とかでもいいぞ!」
「ああ……よろしく、ええと、樺島……」
そうして、バカが手を差し出すと……海斗は、戸惑いながらも、一応、バカの手を、握り返すのだった。
「……その、それで、どうして『海斗』と……?」
「え?それ……あっ、えーと、話せば長いんだけどぉ……」
海斗に問われて、バカは『あっ、そこからかぁ!』と気づき、そして説明を試みて……。
「えーと、首輪のマークを見てぇ……それが、海王星のマークだったから……海斗はなんか長い難しいこと言ってたんだけど、俺が覚えらんねえから、ってことで、『海斗』って偽名にしてくれたんだよ」
「……その時の僕は、具体的には何と言っていた?」
「え?えーと……えーと……」
バカはなんとか思い出しながら、拙く喋る。が、今一つよく覚えていない!だが、それでもなんとか思い出す。記憶をねじって絞るような、そんな気分で。
「……妹?いや、おねえちゃん?と、なんか、ごきげんなかんじの名前の……えーと、『海のお爺ちゃん』……?」
そうしてようやく出てきたバカ語を聞いて、海斗は、少し悩み……。
「……アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』か!?」
「たぶんそれぇ!」
見事!海斗はバカ語の翻訳に成功したのだった!
「成程な……確かに、僕ならば『海』と聞いて真っ先にそれを言うだろうな……信憑性は高い」
「しんぴょー……?うん、たぶんそれ!」
「本当に意味が分かって言っているか……?」
バカは海斗の言葉も耳に入らないくらいに浮かれていた。
何せ、どうやら海斗はバカへの警戒を、徐々に解いてくれているようなので!
「それじゃあ海斗ぉ!早速、行くか?」
「は?いや、まだ謎が解けていな……あ」
浮かれたバカは、早速、海斗に笑いかけつつ、外を指差す。
そう……『外』だ!
「いや、だって、ドア、もう開けちゃったし……」
海斗が謎を解く前に!海斗の個室のドアは、もう開いているのである!
海斗は天井を仰ぎ見た。そして、深々と、ため息を吐いた。
「……そういえばそうだったな」
そして海斗は、何か悟ったような顔をした。
だが、バカはそんなことは全く気にせず、『早く行こうよぉ』とにこにこ急かすばかりなのであった!
「まあ待て。『前回』を体験してきたのなら、その『前回』の話をしてもらおうか」
「うん!分かった!」
……それから、バカは海斗に一通り、『前回』の話をした。
バカが覚えている限り、ということになる上、バカのフィルターを通した話なので、『美味い鍋が食べられる部屋があってさあ……』だの、『よく分からないけど、でっけえ天秤があった!』だの、そういう説明になる。
海斗はそれらを頭の痛そうな顔で聞きつつ、何かを考えているらしかった。バカは、『海斗はえらいなあ、ちゃんと考えるんだもんなあ』と、自分にできないことをやってのける海斗を尊敬の眼差しで見つめた。
「そうか……では、『前回』は、その、陽という奴とたまという奴が、僕を殺したところで終わった、ということか」
そうして海斗は、『成程な』と頷きつつ、そう結論を出した。
「……え?陽とたまが!?」
なのでバカは、驚く!
だって、陽もたまも、いい奴なのに!信じているのに!そんなことを言われても、バカは咄嗟に、気持ちが追い付かないのである!
「そうだろう?……いや、お前の話を聞く限り、そうとしか思えないんだが……?」
「ええー……そんなあ!何かの間違いだよぉ!」
バカは『そんなの信じたくない!』とじたばたするのだが、海斗は『いや、お前、普通に考えればそうなるだろう……?バカなのか……?』と呆れ返っていた。まあ、正解である。バカはバカ!
「まあ……その、とにかく、今回については、陽とたまの二人組とはあまり関わらずにことを進めた方がいいんじゃないか?何かを企んでいる可能性が高い上、僕とお前を殺そうとするような奴らなんだからな」
「えええー……」
バカはちょっとしょんぼりしつつ、でも、海斗の言うことだしなあ、と、思い直す。
……陽とたまは、何か事情があったのかもしれない。或いは、事故か……そもそも、陽とたまも、あの時、無事だったのか分からない。全員まとめて悪魔が始末しようとしていたのかもしれないし、何も分からない。
「警戒しておくに越したことは無いだろうな……。少なくとも、今の話を聞いて、僕はその、陽とたまとやらを信用する気はなくなった」
「ええええ……」
どうやら、バカは海斗の警戒を煽ってしまったらしい。もしかしたら、失敗だっただろうか。
「それから、天城という老人と、ビーナスという女、だったか?……警戒すべき相手だらけだな。まあ、悪魔のデスゲームだからな……」
海斗は何やら考え込んで、ぶつぶつ言っている。バカは、『頭がいい奴は考えることがいっぱいあって大変だなあ』と思った。
……だが。
「……ん?なんかミシミシ聞こえるよな?」
「ん?」
何やら、ミシミシ聞こえる。
……そこで、バカは、時計を見て……。
「……あ」
気づいた。
もう、夜直前である!
「海斗ぉおおお!運ぶぞ!掴まってろ!」
「へっ!?えっ、あっ!?ああああああああ!?」
バカは、ひょい、と海斗を抱き上げると、そのまま走った。100mを8秒ぐらいで走った。何せ、バカだけじゃなくて海斗の命まで掛かっている!バカは走った!全力で走った!
「うわぁあああああ!?水が!水がぁああああ!」
「口閉じてろ!舌かんじゃうぞ!」
海斗は後方を見て叫んでいたが、とにかくバカは走った。走って、走って、水に追いつかれる前に、走って……。
……そして。
『では、ゲームスタートだ。参加者諸君、うまくやりたまえ』
そんなアナウンスが流れ、ぷつり、と切れる。
そして、リンゴン、リンゴン、と重々しい鐘の音が鳴り響く中、唖然とした表情の7人が、バカと海斗の方を見ていた。
「……間に合ったぁ!」
……なのでバカは安堵し、満面の笑みを浮かべたのだった!




