2日目夜:大広間*3
「うおおおおおおおお!」
次に動いたのは、バカだった。
こういう時にどうしなければならないのかは、誰に何を言われずとも、分かった。
バカは彫像に向かって床を蹴って進み、そして……。
「でぇやああぁああああ!」
勢いよく、彫像にタックルをかました!
彫像が吹き飛ぶ。そのまま壁に叩きつけられた彫像は、めしゃ、と音を立てて砕けた。大理石は、そう固くない。少なくとも、バカよりは固くない。壊れた彫像は、それでも動こうとしていたが、やがて、ピクリとも動かなくなった。
……そうして、部屋の中はすっかり静かになる。
ビーナスの死体。ミナの死体。そして、大理石の彫像の残骸。
そんなものが転がっているばかりで、誰も、何も、言わない。
「……どうして、こんなことになったんだ」
ただ1つ、海斗の呟きだけが、空しく部屋の中に響いた。
……バカのみならず、もう、誰も何も、考えられなかった。
土屋とミナとビーナスの遺体をどこかに寝かせてやろう、と動く余裕も無かった。4人で大広間に戻って、そのまましばらく、ずっと何も喋らずにいた。
なんだか重い空気がずしりと部屋の中に圧し掛かっているようで、バカには息をするのも苦しいように感じられた。
……だが。
「樺島」
名前を呼ばれて、バカは顔を上げる。
すると、海斗がじっと、バカを見つめていた。
「いくつか、確認しておきたい。少し、2人で話せるか」
それからバカと海斗は2人で連れ立って、羊の闇鍋会場へ戻って来た。ここなら芝生があって、羊がめえめえしていて、少しだけ、気分が明るくなる。
それでも海斗はしばらく黙っていたが、やがて、話し始めた。
「話しておきたいのは、他でもない。お前の異能のことだ」
「え?……あっ」
そこでバカはようやく、思い出す。
そうだった!バカは、やり直せる!やり直せるのだ!
ヒバナも天城も、土屋もミナもビーナスも死んでしまったこの状況を全部無かったことにして、やり直すことができる!
「そ、そっか!やり直せる!やり直して……」
「だが、やり直した結果が今のお前なんだったな?」
……が、海斗に水を差されて、バカは、しゅん、とした。
そうであった。やり直しても、これなのだ!
前回も、多くの人が死んだ。
天城が死に、海斗とヒバナが死に、ビーナスも死に、そして、陽も死んでしまった。
そして今回も、多くの人が死んだ。
ヒバナと天城が死に、土屋が死に、ミナとビーナスが死んで……結局、事態は好転していない!
「どうしよう……やっぱり、無理なのか?5人くらい、絶対に死んじゃうのか?」
「まあ待て。その話をするために、お前をここに連れてきたんだ」
バカが泣きそうになっていると、海斗が『落ち着け』とばかり、バカの背中をぽふぽふやって落ち着かせてくれた。
そして。
「いいか?まず……次回は、誰の首輪も外さない方がいい。少なくとも、ヒバナの首輪は、外しちゃダメだ」
最初に、海斗はそう言ったのだった。
「え?」
「……前回は、ミナさんが人を殺すことは無かったんだったな?」
「え、あ、うん。多分」
「そして今回のミナさんは、言っていた。『首に蛇の刺青があるのが見えた』と。……これはつまり、ヒバナに首輪が無かったからこそ見えたもので、それによって、殺人が起きていると考えられる」
海斗の言葉を聞いて、順番に考えて……バカは、ようやく理解した。
今回の犯行の一部……ミナがビーナスの首を引き千切った件については……バカがヒバナの首輪を引き千切ったことから、巡り巡って起きたことなのだ、と。
「お、俺のせいで……ミナが……?」
「別に、お前のせいじゃない。巡り巡ってそういう状況になっただけで、誰のせいと言えばミナさんか、或いはヒバナとビーナスのせい、と言えるだろうな。……だから、その、あまり気に病むな」
バカは非常にショックを受けたのだが、そんなバカを宥めるように、海斗はそう言って、バカの背をぽふぽふと叩いた。
「だが、もしかすると、ヒバナに首輪が付いたままなら、ミナさんはヒバナやビーナスを殺そうと考えないかもしれない。そうなれば儲けものだ。そうだろう?まあ……ミナさんよりは、ビーナスの方が問題だろうな。彼女は……あの彫像が彼女の異能だと仮定するならば、だが……土屋とミナさん、2人を殺している」
バカは混乱しながらも頷いた。
そうだ。まだまだ、考えなければならないことが山のようにあるのだ。どうしていいのか、バカには皆目見当もつかないほどのことが、山ほど。
「そもそも、ヒバナを殺したのは本当に天城なのか?天城がヒバナを殺したとしたら、その狙いは一体何だったんだ?同士討ちになったのは事故、なのか……?ミナさんと同じ動機、だったのか……?」
「前回も天城のじいさん、死んじゃったんだよ……」
「そうか……うーん、ダメだ。余計に分からん」
海斗が天井を仰いだのを見て、バカも天井を見上げる。海斗に分からないことはバカにも分からないのである!
「ひとまず……その、なんだ。お前が次にやるべきことは4つだな」
バカが途方に暮れていたら、海斗はそう言って、指折り数え始めた。
「1つ目は、首輪を持って大広間へ向かうこと。2つ目は、金庫を開けて、ちゃんと自分の異能の説明書きを持っていくこと。3つ目は、ヒバナの首輪は外さないこと。そして4つ目は……」
4つ目は?とバカが海斗を見れば、海斗は、非常に気まずげに視線を彷徨わせつつ……ぼそ、と言った。
「……次の周でも、僕を味方にすることだ」
「……そっか!そうだよな!俺、海斗と仲良くなったんだから、次はもっと上手くいくよな!」
バカは途端に元気になった!
そう!バカは一人ではない!そして、事態は良い方へ向かっている!だって、バカは海斗と仲良くなれたのだから!
……だが。
「いや、待て!だがやり直したら間違いなく、僕はお前のことを知らない状態になるんだぞ!?」
海斗がそう言ったことにより、バカは、『あっ……』と気づき、そして、一気にしょげ返ったのだった!
「……海斗、俺のこと、忘れちゃうのか?」
「忘れるんじゃない。知らなかった状態に戻るんだろう」
「同じじゃねえかよぉ……俺、バカなんだよぉ、違いなんてわかんねえよぉ……」
バカは、すっかりしなびた草のようになってしまった。
「……さびしいよぉ」
そう。何せバカは、寂しいのだ。
やっと、海斗と仲良くなれた。一緒にゲームをクリアして、一緒に鍋をつついて……前回はほとんど喋れなかったが、今回は沢山喋れた。仲良くなれた。ポケモンを貸す約束もできた。それが嬉しい。
なのに……なのに、この悲しい現実をやり直すために、海斗との楽しい現実も、やり直しになってしまうなんて!
「……そうか。それは光栄だな。全く……」
海斗は『やれやれ』とポーズを取りつつ、それでもどこか満更でもなさそうに、口元を緩めていた。
「まあ、それでもお前はやり直したいだろう?」
「うん……」
「なら、そうくよくよしているんじゃない。考えるべきことも覚えるべきことも、多いぞ。よく聞け」
「……うん」
海斗にまた背をぽふぽふやられて、バカは少しだけ、元気を取り戻した。
そして、『次』へ向かう気力をもまた、取り戻したのである。
「なら、次にお前が調べるべきことは、概ね3つだ。1つは、ミナさんの言葉の真偽。本当に、ヒバナとビーナスが……その、暴力団関係者で、ミナさんの知人の死に関わっていたのかどうか。そして、ビーナスが叶えたい願いは何か、だな」
バカが気力を取り戻したところで、海斗がそう、言った。
「とにかく、願いを叶えるために人を殺したいと思う者がいる限り、このデスゲームはお前の思う通りの『平和なゲーム』にはならないぞ」
「えええー……そんなあ」
「だから、そいつらを全員縛り上げて置いておくか、はたまた、願い事の詳細を聞いて、悪魔に頼らずとも解決する方法を探すか……そんなところだろう。前者は、お前にならできてしまいそうな気もするが……何せ、異能があるデスゲームだからな。正直、確かなことは何も言えない。ならやはり、願いの方を調べるべきだ」
海斗の言うことが、バカにはよく分からない。だが、確かに、悪魔に頼らなくても叶えられる願い事があるのは、分かる。
ある種、キューティーラブリーエンジェル建設もそうだ。キューティーラブリーエンジェル建設も、人の願い事を叶えるために存在している会社だ。『大きなお家が欲しい!』とか、『階段をスロープにしたい!』とか、『美味い納豆を食べたい!』とか、『迷いネコを探してほしい!』とか、色々な願いを叶えているのだ。
だから……もしかしたら、ビーナスの願いも、そうかもしれない。悪魔ではなく、バカが、叶えることができる願いもあるかもしれないのだ。
「分かった!俺、ビーナスとヒバナとも話してみる!」
「ああ。そうしろ。とにかく、お前はそれぞれの人の願いを調べろ。願いや互いの素性が分かれば、もしかしたら、回避できる殺人もあるかもしれない。回避できなかったら……その時は、諦めて『どちら』を優先すべきか、考えなければならないだろうが……それを考えるのは、僕が手伝ってやろう」
バカは早速、元気になった。
目標が決まって、しかも、目標を手伝ってくれる友達がいる!こんなに心強いことは無い!
「あっ」
「な、何だ」
だが、バカはそこで、ふと気づいた。気づいて、海斗のことを、じっと見つめる。
「……海斗の願いは?」
「へ?」
「海斗も、叶えたい願いが、あるんだよな?」
確かそういうことだったはず!とバカが身を乗り出すと、バカが身を乗り出した分、海斗はそっと、身を引いた。
「……その、実に、馬鹿々々しいと、思われるかもしれないが……」
海斗は、そろり、と目を逸らして……それから、目を輝かせるバカに対して申し訳なさそうに、言った。
「……賞を、取りたいんだ。小説の」




