2日目夜:大広間*1
バカは困り果てつつ、でも、海斗も困っているので一生懸命に考える。バカはバカだが、努力を惜しまないバカだ。
……そして。
「うーん……俺、たまとミナとビーナスと土屋のおっさんが入った部屋のこと、知らねえから……それ、見てみてえなあ」
「……悪魔が和文モールスを調べさせられた時のか」
「うん!たまがかっこよかったんだろ!?なら、それ見たい!」
「僕の異能は決して、娯楽目的のものじゃないんだぞ!?」
そしてバカの結論は、またも海斗を『もうダメだ!』という顔にさせてしまった。とはいえ、バカは『たまのかっこいいところ見たかったんだ!』と目を輝かせるばかりである。
「だが……そうだな。確かに、それは一考の余地がある」
「えっ、本当か!?俺、バカだけど考えてみるもんだなあ!」
「ああ、勘違いするなよ?『さっきの』もう片方のチームの話、じゃない。『今、同時に攻略されているはずの』もう片方のチームの話だ」
そして、海斗も何か、思うことがあったらしい。
「……向こうでは、今、何が起きているんだろうな」
もうじき開くであろう、しかしまだ開いていないドアを見て、海斗は少し、表情を陰らせた。
……土屋とミナとビーナスは、今、どうしているだろう。
「まあ、僕の異能は向こうのチームの出方が分かってから使用先を決める。特に何も無かったのなら、陽が本当に天城とヒバナの部屋の出口に待機していたのかどうかを確認するか、もしくは、天城とヒバナが死ぬ瞬間を確認することになる、だろうか。……人が死ぬ瞬間など、見たくはないが」
海斗は結局、そう結論づけてため息を吐いた。それを聞いて、バカは、こて、と首を傾げる。
「やっぱ海斗ってなんかいい奴だよなあー」
「な、何を言っている!?」
「え?海斗はいい奴だよなあー、って……」
『いい奴ってのはいいことだろ?なんで嫌がるんだ?』とバカは首を傾げているのだが、海斗は只々、ため息を吐いている。多分、『毒気を抜かれてしまった!』ということなのだろう。
そんな時、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。夜が来たのだ。
「そっちの話はもう大丈夫かな」
「おう!多分大丈夫だ!」
陽が近づいてきたので、バカは元気に返事をする。海斗が『お前が決めるな!』と怒っているが、最早バカも陽も耳は貸していない。
「ドアが開いた。早く行こう。向こうのチームの様子も気になることだし……」
「おう!分かった!」
陽とたまに促されて、バカと海斗もドアの前へと向かう。
「ミナとビーナスと土屋のおっさんは何やってきたのかなあ」
向こうもおいしいもの食べられてたらいいなあ、とバカは暢気に思いながら、のんびりとドアを出るのだった。
……すると。
「誰か来て!」
すぐに、ビーナスの叫び声が聞こえた。
バカ達は顔を見合わせ、すぐに走り出す。
……が、脚力には差があるので、バカが先行することになる。世界記録も真っ青な走りぶりであった。
バカが急いで声の声の方へ走っていくと、こちらへ向かって来ていたビーナスと丁度、落ち合えた。
「ああ……助けて!」
そしてビーナスは、バカの胸に飛び込んでくるようにして、そのままバカに縋りつく。バカは『どした!?』とビックリしながら、ビーナスの様子を見た。
……ビーナスの衣服には、血が付着している。
なにかあったんだ、と、バカにもすぐに分かった。
どく、どく、とうるさい心臓の音を感じながら、バカは、ビーナスの言葉を待って……。
「ミナが、土屋さんを……殺したの!」
……そう聞いて、バカは、頭をぶん殴られたような衝撃を、心に受けたのだった。
土屋が、殺された。しかも、ミナに。
……言葉の意味を咄嗟に理解できず、バカはただ、ぽかん、とする。
「土屋のおっさんが……!?」
「ええ……ああ、もう、どうしたらいいの?何が起こったのか、もう、何も分からない……」
ビーナスは明らかに混乱している様子で、ガタガタと震えていた。
バカに縋りついたまま力を失って崩れ落ちそうになるビーナスを、バカは『あわわ、危ない』と、ちゃんとその場に座らせてやった。
青ざめて、緊張の糸が今にもふつりと切れそうなほどに張り詰めた様子のビーナスは、見ているバカの心もざわめかせる。
「信じて……助けて……ミナに裏切られて、もう、何も分からないのよ……」
「え、えっ、えっ、ええと……」
バカは、おろおろ、としながらビーナスを前にまごまごする。……そうしている間に、バカの健脚に追いついた陽とたまと海斗もやって来た。
「どういう状況だ?これは……」
「え、あの、土屋のおっさんが……死んじゃった、って……その、ミナが、殺した、って……」
言葉を出せない程に震えているビーナスの代わりにバカがそう言えば、他3人も表情に緊張を走らせる。
「……状況を見てみよう。案内して」
そして、陽とたまがビーナスを連れて、ビーナス達が入ったらしい部屋へと進んでいく。海斗も後を追って中へ入った。バカは、ビーナスの体を支えながら、一緒に部屋へと向かった。
……すると、そこは。
「これは……」
そこは、ただの白い部屋。だが、拘束具付きの椅子が円状に並んでおり、その椅子にはヤギの人形が座っていた。それぞれの椅子の横には……銃が設置されている。
そして。
「……土屋のおっさん……」
椅子の傍に、側頭部を撃ち抜かれたらしい土屋が倒れていた。
「……駄目だ、もう、死んでる」
土屋の傍に膝をついて土屋の様子を見ていた陽が、沈鬱な表情で首を横に振った。
「ミナが……撃ったのよ……」
そして、ビーナスが小さな声で、そう、零す。
「ゲーム中じゃ、ないわ。ゲームが、終わった後に……解毒も終わって、完全に、土屋さんが油断している時に……『ここにあるのはきっと、土屋さんの人形だから』なんて言って、土屋さんを連れて、この部屋へ来て……それで……」
……ビーナスの言葉を聞いて、陽とたまは顔を見合わせる。だが、何か、結論が出るわけでもない。
人が死んでしまったのだ。もう、ここから何かが生まれることは無いのだ。
「……状況を見ていないからな。何とも、言えないが」
そんな中、海斗は蒼白な顔で、それでも努めて冷静で居ようとしていた。
……そう。海斗の異能を使えば、ビーナスの話の真偽は分かるだろう。だが、分かったからといって……ミナと土屋は、帰ってこない。そして、海斗の異能でビーナスの話の証明をするならば、海斗は異能を皆に晒すことになる。そうなれば、海斗の身も、危ないのかもしれない。
バカは、こういう時にどうしたらいいのか、分からない。
ヒバナと天城が死んでしまって、更に、土屋まで。その上、土屋を殺したのはミナだという。
犯人が分からない時よりも、犯人候補が居る時の方が、どうしていいのか分からない。だって……バカは、ミナもいい奴だと、思っているのだ。
ミナはいい奴だ。バカの代わりに、魚を捌いてお刺身にしてくれた。少し怖がりなんだろうな、というかんじがしたが、それでも頑張っているように見えた。
だから……バカは、どうにも、ミナが土屋を殺したとは、思えないのだ。
だが、ビーナスが土屋を殺したようにも思えない。だって、ビーナスは今、こんなに震えていて、バカに助けを求めていて……。
「……ミナさんが土屋さんを殺した、という保証は無い。ビーナス。君も、同じように土屋さんを殺せる立場だったはずだ」
陽は、そんな言葉を投げかけた。途端、ビーナスは顔を上げて、『私を疑うの!?』と悲鳴にも似た声を上げる。
「俺たちには、この部屋のゲームの実態も、この部屋の様子も分からない。君が先に助けを求めに来たからといって、本当に、ミナさんが加害者かどうかなんて、決めようがない」
陽はあくまでも、冷静だった。緊張感を表情に走らせながら、それでも。
「まあ……そうだな。証明、することもできなくはないんだが……」
そして、海斗は『自分の異能をどこで開示すべきか』とおろおろしている。冷静であろうとはしているようなのだが、思い切りは足りないようである。
……そして。
「……ん」
そんな中、たまが小さく声を上げた。そして、そのまま土屋の傍ら、陽の横へ屈み……土屋の体に隠れる位置の床を、見る。
すると。
「……これは、どう考えるべきかな」
そこにあったのは、血で描かれた、掠れた模様。
水星のマークである。
「……そういうことよ。土屋さんの、ダイイングメッセージ、ってやつ、でしょ……」
ビーナスはそう言うと、深く、細く、震えるため息を吐いた。
バカは、ショックを受けている。間にも、時は流れていく。そして、バカよりも、陽やたまの方が、立ち直るのが早い。
「……ミナさんは?」
「さあ……私が出て行った時には、まだ、部屋に残っていたと思うけれど……私のすぐ後に出たのかしら」
不安そうに視線を動かしたビーナスは、部屋の中をぐるり、と、見回して……。
「……あら?」
ふと、声を上げた。
「銃が……1つ、無い……もしかして、ミナが……!」
「……くそ、なんですぐに気づかなかったんだ!」
その時、海斗が声を上げた。
「バカ!こっちだ!」
「へっ!?」
海斗に呼ばれて、バカは半ば反射的に動く。
「ミナさんがこの状況で、他に居そうなところなんて……1つしかないだろう!」
「えっ!?えっ!?」
まるで事情が分からないままに、バカは走り……。
……そうして、バカ達は、天秤の部屋へとやってきていた。
「こ、来ないでください」
そしてそこで……震えながらこちらを睨むミナの姿を見つけた。
「近づいたら……ビーナスさんの人形を、引き千切ります」
……ミナの後ろには、開けられたドア。
そして、ミナの手にはビーナスの人形があった。




