2日目昼:羊達の晩餐*3
「毒殺、か……。素直に考えるなら、これが死因、ということだろうね。さて、どうしたものかな……」
「更に言うなら、『服毒死』とかじゃなくて、『毒殺』だから、誰かに殺された、っていう風にとれるね」
「その対象が『悪魔に』なのか、『天城に』なのかは分からないがな……。くそ、情報があまりにも少なすぎる」
ヒバナ人形を見て、頭のいい3人が相談している。バカにはよく分からないのだが、なんとなく、『毒殺』と顔面に書かれてしまっているヒバナ人形を見ていると、『ああ、ヒバナは本当に死んじまったんだなあ』という実感がじわじわと湧き上がってきて、どんどん悲しくなってくるのだ。
「……この人形の目的って、何なんだろうね」
「これを見ると、死因を発表してくれるアイテム、ではあるみたいだけれどね。それ以上に、『呪いの人形』としての効果の方が大きそうだから……見つけた方がいいのか、見つけない方がいいのか、微妙なところだと思う」
陽の言葉に、バカは真剣に頷く。
そうだ。もしかすると、この人形は『見つけない方がいい』のかもしれないのだ。バカは今後、ちょっと気を付けよう!と思った。
「死んでしまった人の人形は積極的に見つけたいところだけれどね。逆に、生きている人の人形は、見つけたとしても触らない方がいいかもしれない。けれど……うーん、それをやるには、どの部屋にどの人形があるのか、分かっている必要があるから……えーと、天秤の部屋からビーナス人形。双子の乙女の部屋から、ミナ人形、か……」
陽が何かを考え始めている。何を考えているのかバカには分からないが、とりあえず『がんばれ!がんばれ!』と応援しておいた。
……が。
「樺島君の出番じゃない?」
「えっ!?俺ぇ!?」
たまが、そんなことを言うのでバカはびっくりした!明らかに頭脳労働っぽいところに、バカの出番があるとは!
「だって、樺島君は『前回』を経験しているんだよね?」
「……あっ!そうだった!」
だが、確かにバカにも頭脳労働の機会がある!何故ならば……バカには、『前回』があるので!
「樺島君。『前回』に見つけた人形のこと、教えて」
「……ちょっと待ってくれ!頑張って思い出すから!ええと、ええと……あれ!?なんだっけ!?」
……が!やはりバカはバカ!絶対に『時を巻き戻す能力』を貰うに値しない程度の記憶力しか持ち合わせていないことも確かなのである!
それからバカ達は出口へ向かい、解毒装置でたまがいつもの如く解毒した。そしてその間、バカは頑張って諸々を思い出していた。
うっかりすると『今回』と混じりそうになる『前回』の話を、なんとかかんとか、思い出した。バカの横では、『がんばれ、がんばれ』と控えめにたまが応援してくれていたし、陽が『なんとか思い出してくれ!』と励ましてくれた。海斗は『前回!?一体何のことだ!?僕だけ知らないのか!?』と混乱していた。なのでたまが海斗に諸々を説明してくれた。
……そうして。
「えーと……ライオンが居る鉄格子の迷路の部屋に、陽の人形があった!」
ようやく、バカはそれを思い出した。
「成程ね。その部屋は『今回』はまだ出ていない部屋か……」
「うん!ライオン居たんだ!」
「それはもう聞いたぞ」
「でも殴ったら死んじゃったんだよぉ!」
「……聞かなくても想像はできたが!」
バカはついでに思い出さなくてもよかったことまで思い出して海斗に頭を抱えさせてしまった。バカは心の中でライオンに『あの時はごめんな!でも、弱肉強食ってやつだ!』と宣言しておくことにした。
「ちなみに、どのドアの先だったかは」
「忘れた!」
「……まあ、それも想像はできたが!」
「ごめんなあ!ごめん!俺、バカなんだよぉ!」
「ああ、知っているとも。やれやれ……」
……そして、肝心なことは分かっていないバカなのだった。
そう!ゲームの部屋へのドアは全部同じデザインで、目印なんて無いのである!順番なんて一々数えておらず、そして何より、そんなものを覚えてはいられないバカには、どのドアがどのゲームだったかなんて覚えておくのは難しいのだ!
それから、更にバカは頑張って思い出す。
「それから、ピラフ?っていう魚が入ってる水槽の部屋に、海斗の人形があった!」
「ピラフ……ああ、ピラニアか」
最早、海斗はバカ語に慣れてきているようで、早速、バカの記憶と言葉に訂正を入れてくれた。
「いや、ピラニア、っていうのの仲間、って言ってたけど、本当はもっと違う名前なんだよぉ。ミナが教えてくれたんだけど、なんか、こう、強そうな……狼か虎か、あと、ゴリラ……?」
「ああ、ゴリアテタイガーフィッシュね」
「そう!多分それ!たまも詳しいんだなあ!」
そして、たまもその博識でバカの記憶を探り当ててくれた。
「……ごりらたいがーふぃっしゅ、って、最近女子の間で流行ってんのか?なあ、たまー、どうなんだ?」
「そんなものが流行する女子は僕は嫌だがな!」
「そう?案外、『そんな女子』もかわいいけれど……」
陽が、『ね』と言うようにたまの方を見ると、たまは、ぷい、と顔を背けた。が、陽がたまの手をつつくと、ちょこ、と指を絡めて、手の先っぽだけ繋いだ。その様子を見ていた海斗は、なんとも言えない顔をした。バカは『きゃー!』と照れた。
「……まあ、これで分かった人形は全部で4体分、かな?」
陽はそう言うと、ポケットからペンを取り出して、それから、解毒装置の奥のガラクタの中から適当な紙を見つけてくると、そこに文字を書き出していく。
・ライオンの鉄格子の部屋=陽
・魚の水槽の部屋=海斗
・天秤の部屋=ビーナス
・双子の乙女の部屋=ミナ
・チキチキ!羊の闇鍋チキンレース!の部屋=ヒバナ
バカは、文字を見て『ヒバナのやつだけなんか間抜けだなあ』と思った。まあ、全文を書く必要は無かったはずなので、若干、陽の恣意的なところが出ている気がしないでもない。
「……こうして見ると、部屋のゲームに共通点が見えてくるよね」
たまはそう言うと、とん、とん、と文字のある個所を指差していく。それを追っていくと……。
「ああ……成程な。そうか、確かに、獅子座、魚座、天秤座、双子座と乙女座、そして牡羊座か!」
「そう。多分、12星座に関係するゲームなんだと思う」
海斗が合点し、陽が頷く。……そしてバカは、『12星座!?』とびっくりしていた。一番情報を持っているはずのバカが、一番理解が遅いのであった!
「12星座って、惑星と関連があったよね。俺はあんまり詳しくないけれど……」
「……まあ、天秤が金星、双子座と乙女座が水星、牡羊座が火星、魚座が海王星で、獅子座が太陽、っていうことは確かだよね」
「残るのは、射手座、水瓶座、蠍座、蟹座、牡牛座、山羊座、か。……これに関係するのは西洋占星術の知識か?なら、僕はその手のことはサッパリだ。いや、だが、確か、牡牛座のモチーフはギリシア神話の主神ゼウスが化けた姿であったはずだ。となると、ゼウスと同一視されるユピテルの星である木星か……?」
「いや、あんまり星座の神話と惑星とは関係ないんじゃないかな。天秤座は女神アストライアの正義の天秤を表すものだと言われているけれど、アストライアと金星……ヴィーナスが同一視されている話は聞いたことが無いし……」
頭のいい3人は何やら話し合っているのだが、バカにはよく分からない。分からないながらも、頭の中で『もー』と牛が鳴いている程度には頑張って理解しようとしている。まあつまり、ほとんど何も考えられていない!
「多分、樺島君は木星だと思う」
「へ?あ、うん。なんか前回もそんなこと言われたなあ」
それから、バカは自分に話が向いたのでぼんやりと前回のことを思い出す。
確かあの時は、『バカだけ首輪が無くて、木星の人が居ないから、多分、バカが木星!』という推理を誰かがしてくれたんだったか。
「……まあ、前回とやらは知らないが、今回についても、誰もお前の首輪を確認していないからな」
「あ、うん。部屋で引き千切ってそのまんま捨ててきちゃったからなあ……」
バカは、しゅん、とした。バカがバカ力なばっかりに、こういう時に上手くいかないのである!
「……次があったら、その時は首輪を持って大広間に来い」
「分かった!」
「それから、能力の説明書きもだ!必ず持ってこい!」
「分かっ……いや、ちょっと待ってくれよぉ。それ、どこにあるんだよぉ……俺、まだ一回もそれ、見たことねえんだよぉ……」
バカがまたしょんぼりすると、海斗は『あああああああ!もう!』と地団太を踏んだ。バカは『俺がバカ力なばっかりに……』と更にしょんぼりする。
「金庫の中だ!金庫はクローゼットの中!クローゼットはドライバーでネジを外した机の引き出しの中の鍵で開く!金庫は……ええと、ブロックを組み合わせて導き出されるパスワードの……」
「えー……とりあえずクローゼットぶち破って、金庫ぶち破ればいいんだよなあ……?」
「……もうそれでいい」
海斗はげんなりとした顔をしていたが、バカはしっかりと心に刻んだ。
『俺、次は絶対に首輪持ってくるぞ!あと、クローゼット破って、金庫破って、その中身も持っていって、海斗とたまと陽に見てもらうぞ!』と!
そして、そう思うと元気が出てきた!やっぱり、目標があった方が元気が出るというものなのである!
「まあ、これ以上は私達の知識では解けないと思う。生憎、西洋占星術にはそんなに詳しくないから」
「誰か、こういうのに詳しい人が居ればいいんだけれどね。或いは、樺島君に頑張って何回か時間を巻き戻してもらって、覚えてきてもらうか……」
「俺の記憶力はアテにしちゃダメだって親方が言ってたぞ!」
「親方の言葉は覚えているんだからもう少し頑張って覚えろ!」
バカの後頭部が、すぱしん、と海斗によって叩かれたが、叩いて直る頭ではない。無駄である。そしてバカの鋼の後頭部には微塵たりともダメージが入っていないので、本当に無駄である。
「……で、えーと、俺、いつやり直せばいいかなあ」
だが、こちらの話は、無駄ではないはずだ。バカは、『これも聞いておかなきゃ!』とちゃんと考えて、聞いた。
「今すぐ、やり直しちゃった方がいいか?」
「……うーん」
「まあ……お前がそうしたいなら、そうすればいい、が……」
バカの問いかけに対して、賢い人達の返答はなんとも歯切れが悪い。
「えー……ほら、ヒバナも、天城のじいさんも、死んじまったから……やっぱ、やり直すなら早めの方がいいのかな、って……」
バカはすっかり忘れていたが、『巻き戻す』ことができる。だから、誰かが死んでしまった時点で、さっさとやり直してしまうことだってできるのだ。
そして、今回は既に2人、死んでしまっている。だから、バカとしてはやり直してしまいたい、のだが……。
「……その」
海斗が、俯きながら、歯切れ悪く、言った。
「……悪いが、僕には叶えたい望みがある。人が死んでいる状況は……善良なお前には、悪いが……僕にとっては、好都合だ」
「……陽とたまも、か?」
「俺達は……」
「……そうだね。好都合、なのかも」
バカは、3人の返答を聞いて大いにショックを受けた。『そんなあ』というような思いでいっぱいになる。
みんな、自分と同じ気持ちでいてくれるなんてこと、ないのに。だが、バカは無条件に、『こいつらはいい奴だから、きっと皆で助かろうって考えてくれる!』と思っていたのだ。
けれど……いい奴だって、いろんな面があるのだ。
それを、バカは知っている。知っているのに、忘れていたのだ。そう、バカは思い出した。
「……そっかあ」
バカは、しゅん、とした。すると、たまと陽はそっと顔を背けて……そして、海斗は。
「だが……僕らの都合はさておき、樺島自身がどうしたいか、考えろ。僕から言えるのはそれだけだ」
そう言って、ちら、とバカを見つめた。
「ええ……」
バカは、不安になってしまった。
バカは考えるのが苦手だ。バカなので仕方がない。
だから、『自分で考えろ』と言われてしまうと、急に放り出されてしまったような気分になって不安になってきてしまうのである。
だが……これが、海斗の誠実さなのだろうな、ということは、分かった。
海斗はいい奴だが、分かり合えない部分もきっと、あるのだ。けれど……それでもやっぱり、海斗はいい奴なのだ。『自分で考えろ』と言わずに、『僕の言う通りにしろ』と言うことだってできるのに、それでも海斗は、『自分で考えろ』と言ってくれた。
「……うん。分かった」
だからバカは、こくんと頷いた。
「その……じゃあ、俺、願い事1個、もらっても、いいかなあ」
そして、海斗と、たまと、陽。3人をちゃんと見つめて、伝えるのだ。
「俺、皆、生き返らせてもらう。悪魔に、そうお願いしてみるよ。それで……それがダメだったら、その時にやり直す」
「それだと、ダメ、かなあ……」
不安になりながらバカがそう尋ねると、ふ、と海斗が笑った。
「……まあ、土屋は人を殺してまで願いを叶えたくはない、と言っていたから除くとしても、お前以外に望みを叶えたい人間があと5人居る。5人で1つの願いを分け合う、というのは、難しい話だろう。奪い合いになるだろうな」
海斗の答えを聞いて、バカは『ああ、やっぱ駄目か』とがっかりする。……だが。
「だが……それでも、いいんじゃないか」
「えっ」
バカが『えっ!?』と顔を上げると、海斗は、なんとも気まずげに、取り繕うように言う。
「いや……お前にとってはそれでいいだろう、というだけの話だ。僕はまるで良くない。まるで良くないが……その、あくまでも、お前の立場で、考える、ということなら……」
歯切れ悪く言った海斗は……ちら、と陽とたまを見て、それから、ちら、とバカを見て……言った。
「……2つの魂を6人で奪い合ったとして、お前、負けるか……?」
「……がんばる!」
「そうか。そうなんだな。ならそれでいい。お前はそれで、お前の願いを叶えろ。やれやれ……となると、僕は陽とたまさんと、あとミナさんとビーナスと戦うわけだが……そうなるといよいよ、見込みが無いな」
バカが意気込むと、海斗は深々とため息を吐いた。ため息を吐きつつもどこか清々しい顔をしているのだから、バカは『やっぱり海斗はいい奴なんだなあ』と思うのだ。
「ああ、うん……あの、海斗。提案なんだけれど、ひとまず、願いを叶えることについてはちょっと保留ってことにしておかないか?」
「そうだね。何か、もっといい解決策があるかもしれないし」
そして、陽とたまも、そう言って幾分、表情を緩めている。
「……まあ、ひとまずそれに乗ろうじゃないか。少なくとも、今この場で戦っても2対1で勝てる自信は無いからな。それに……悪魔の思惑に乗ってやる、というのも、少し癪ではある」
海斗もそう言って、ひとまず『先のことは後で考えよう』という結論に落ち着いた。
……落ち着いたところで、バカも『とりあえず、4日目の昼になって、願い事を言うところで、そこでやり直すか考えよう』と気分を落ち着けたのだった。
さて。そうして、いよいよ夜まであと5分程度、となった頃。
「おい、樺島。少し相談だ」
海斗がそう、バカの耳元で囁いた。
「……僕の異能についてだ。次に『リプレイ』をどこに使うべきか、考えている」
「へ?」
「お前なら、どの場面を見たい?」
……海斗は、他に相談できる相手が居なかったので、バカに相談したのだろう。
だが。
「俺、バカだからそういうの分かんないんだってぇ!もうやだぁ!考えるのやだぁ!」
「……そうだったな。そうだった。ああ、全く……!」
バカはバカなのだ!だから、大体の頭脳労働は海斗の担当なのだ!今日のバカの頭脳は閉店しました!
バカは『よろしく、海斗!』と元気に笑いかけるのだった!




