2日目昼:羊達の晩餐
「羊……なのにチキンレース、なんだね」
「うん……まあ、そこはちょっと気になるね……」
羊達がめえめえと鳴きながら芝生の上をもそもそ動いている様子は、ここがデスゲーム会場だということを忘れてしまいそうなほどに牧歌的である。
「悪魔はふざけているのか!?これは一体なんだ!?何故、羊なんだ!?」
「うわーい!羊!羊ふわふわだぁー!」
「お前はもうちょっと躊躇しながら行動しろ!」
海斗は早速、『もうダメだ!』とばかりに叫び、バカは元気に羊の群れへ突撃していって、羊のふわふわの毛に埋もれ始めた。おひさまの匂いがして、バカは幸せな気分になった。尚、羊は迷惑そうな顔をしていた。
「おい!陽!たまさん!お前達があのバカを選んだんだぞ!?つまりお前達にもあのバカを監督する責務がある!何とか言ってくれ!」
「ああ、うん、まあ、樺島君はこういうかんじか。うん……あはは……」
「……羊、かわいいよね。ふわふわしてて」
「こいつらもダメか!もうお終いだ!」
陽とたまもそれぞれ、羊の群れと『チキチキ!羊の闇鍋チキンレース!』の文字とを見て遠い目をしている。海斗はまだ意識を遠くへやれていないようで、騒いでいた。
だが。
「……ん?この羊、なんか首についてる。なんだろ。名前かなあ」
バカが、羊の首についていた首輪と、その首輪についていた札とを見つけた。
「……んんんー?この羊、変な名前だ!」
「そうかそうか。なんだ?フィリップ・K・ディックとでも書いてあったか?」
海斗の言葉はさておき、バカは羊の首輪の札を見て……それを、元気に読み上げた。
「『牛肉100g』!だって!」
「……そっか。つまり、あの羊は『牛肉100g』ちゃん」
「え……ええ……いや、羊に名付けるには、色々と、その、納得がいかないな……」
「あっ!こっちの羊は『バター500g』って名前らしいぞ!あ、こいつは『海のミルク30g』!こいつは……ん?あこにつむ5g……?英語かぁ?読めねえ!あとこいつは『鉄釘10本』!」
「いや何か絶対に違うだろう、それは!それは本当に名前か!?」
バカが片っ端から羊を捕まえては札を読み上げるのを聞いて、海斗はいよいよ頭が痛そうな顔になってきた。
「……まあ、大方、ゲームに使うものなんだろうね」
「とりあえず、中央へ行ってみようか。えーと……」
「羊を掻き分けていくしかない、のか……!?」
……そうして結局、全員でふわふわの羊の群れを掻き分けて、なんとか中央のキッチンスタジオらしいものへと向かうことにした。
キッチンスタジオは、やぐらのようになっている。要は、羊が上ってこないように、ということなのだろう。
4人は中央のキッチンスタジオへ、梯子を上って辿り着く。すると、上部のモニターに『ルール説明!』と表示され、続いて文章が表示され始めた。
……そして。
『君達には、これから鍋を食してもらう!』
真っ先に、そう表示されたのであった。
「やったー!腹減ったー!」
文字を読んだバカは喜んだ。何せ、バカはちょっとお腹が空いてきたところだったのである。
確か前回も、似たようなタイミングでお腹が空いて、ピラニアっぽいかんじの魚を食べることになった。バカの腹時計は正確なのだ。
「これは本当にデスゲームなんだよね……?」
「鍋大会かもしれないよ」
陽は頭を抱え始めているが、たまは泰然自若としている。たまは今のところ、ずるっこクイズ大会を通ってこの鍋大会に来ているので、本当にデスゲームの実感が無いことだろう。
『今、鍋には2リットルの出汁が入っている。カツオと昆布の合わせ出汁だ。そこに、これから羊達によって運ばれた食材を投入していく!』
「ひ、羊が……?」
海斗は絶句していたが、バカは『羊が鍋作ってくれんのかあ!かわいいなあ!』とにこにこした。
『君達は、順番に、鍋を自分の椀によそうことができる。好きな量を宣言したまえ。よそうチャンスは全部で5回。5周したらそれにてお食事は終了だ。』
バカは、『5回しかよそえない!ならいっぱいよそっていっぱい食べなきゃな!』と心に決めた。
『しかし、食べ物を粗末にしてはいけない!食材を捨てたり、残したりしたらペナルティだ!捨てた分や、自分の椀に取り分けたのに食べなかった分は、全て、強制的に食べてもらうことになる!』
バカは、『そりゃそうだな!食べ物は粗末にしちゃいけないって親方も言ってた!』と納得した。
『更に!そもそも、鍋の中身が残り200g以下になっていなかった場合!』
『……そこまでで最も食べた量が少なかった者に、強制的に残り全てを食べてもらうことになる!』
バカは、『……つまり、逆に、食べない方がいっぱい食べられるのか!?』と混乱した!
「強制的に、か……うーん」
「甘い期待はしない方が良さそうだな。やれやれ……僕は、そう健啖家じゃあないんだが……」
陽と海斗は、早速、嫌そうな顔をしている。バカは『鍋いっぱい食えるのに、なんかまずいのか?』と首を傾げた。
すると。
『ところで、現在、投入予定の食材の総重量は約10㎏となっている。』
そう、モニターに表示された。
途端、陽と海斗は絶句した。
「えっ……10、㎏……」
「おいおい、10㎏を完食しろ、だと……!?」
2人の顔は、いっそ青ざめてきてさえいる。一方、たまは少し渋い顔をしつつも冷静だ。
「……実質、誰か1人を殺す、っていう宣言なんだろうね。流石に、10㎏を4人で完食は、無理だよ」
「10キロかー。うーん、いけるかなあ」
……まあ、『食材の総重量10㎏』は、人によってとらえ方がちょっと違う。否、バカだけ大分違う。
「ええ……ああ、うん、まあ、樺島君ならいける気がするから不思議だよね」
「俺と先輩と先輩と先輩だったら10㎏、余裕なんだけどなー……」
「お前の先輩とやらの顔を拝んでみたいものだな!」
バカは『先輩がいてくれたらなあ』と思うのだが、それはそれ、である。今ここに居るのはバカと海斗と陽とたま。この4人だけなのだ。
4人で鍋を完食するためには、やっぱりルールをちゃんと見なければならない。バカは真剣に、ルールを見つめる。
『投入される食材とその重量は、全て食材カードに記載されている。そして、食材カードは羊の首に付いている。』
「樺島君。やっぱりあれは名札じゃなかったみたいだよ」
「ええーっ!?『鉄釘10本』ってめっちゃカッコいい名前なのに!」
「お前のセンスはどうなっているんだ?」
どうやら、鍋に入る食材は全て事前に分かるらしい。まあ、ここに居る全ての羊を確認できれば、ということなのだろうが……。
『羊の首にある食材カードを取り外すことで、その食材を鍋に投入させないことが可能だ。投入させたくない食材があったら、該当の羊を捕まえて首の食材カードを取り外すことだ。』
「……ん!?よく考えたら鉄釘10本はまずくないか!?そんなものを完食できるわけがない!」
「あー……更によく考えると、さっき樺島君が言っていた『あこにつむ』ってもしかして、『Aconitum』……トリカブトのことかな。だとしたら、色々とまずいかもね。煮込まれちゃうわけだし……」
「まずいのか!?俺、美味しい鍋じゃなきゃ嫌だぞ!?」
「最早味の話なんて誰もしていないが!?生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ!?」
更に、バカ以外に緊張が走っている。
……そう。バカは今一つ理解していないが、このゲームの本質は、チキンレース。
端から、完食なんてできようはずもない。だから、『最も食べた量が少ない者』になってはならない。が、『鍋は毒である可能性が高い』。
これは、毒を食らうチキンレース。1人は確実に死に、そして、下手をすれば全滅だってしかねない、正に悪魔のゲーム。
……なのだが。
『では、30分後にお食事スタートといこう。よい食卓を!』
「樺島ぁ!」
モニターに『残り時間』が表示されたその瞬間に、海斗が叫んでいた。
「死にたくなければ……いや!美味い鍋を食べたければ!ありったけの羊を!捕まえろーッ!」
「美味い鍋!?美味い鍋食えるのか!?やったー!なら俺、頑張って羊、集める!」
そして、海斗の指示を受けたバカは……。
「わおぉおおおおん!」
盛大に遠吠えすると、一気に、羊達に向かって走り出したのだった!
……四足走行で!
つまり、牧羊犬・樺島剛の誕生であった。




