0日目夜:大広間*2
「じ、自己紹介だと?君はバカなのか?こんな、素性が分からない連中の中で自己紹介なんてしていられるか!」
バカが提案してすぐ、神経質そうなあんちゃんに食って掛かられてしまった。まあ正しい。バカはバカである。
「でも名前が分からなかったら不便だろ!?誰か呼びたい時に『おーい』しか言えなかったら不便だろ!?そういうとこから労災が起きるんだぞ!?」
だがバカも食い下がる。これは俺、間違ってねえよなあ!?とちょっと心配になりつつ、ちゃんと主張するのだ。
……すると。
「そうだね。まあ、『ゲーム』の時に不便が生じると命にかかわりそうだし……全員、偽名を名乗るっていうのはどうだろう」
人当たりのいいあんちゃんがそう言って、それから彼は、自分の首輪を指差して、言った。
「例えば……俺なら、『陽』とか」
「陽?」
「ああ。僕の首輪はどうやら、『太陽』みたいだからね」
「え?首輪が太陽?」
バカは、『どういうことだろう』と首を傾げる。すると、人当たりのいいあんちゃん……『陽』は、首輪の中央に嵌めこまれた円い宝石に刻まれた、『☉』というマークを見せてくれた。
二重丸、とも少し違う。円の中心に1つ、点を打ったようなマークである。バカには見覚えが無い。
「これは惑星記号、という奴だと思う。僕の首輪には、『太陽』のマークが刻んであるんだ」
「ほえー」
惑星記号、なんて聞いたことも無い。バカは、『皆頭いいんだなー』と感心した。
「そういうわけで、僕は『陽』と名乗らせてもらう。ええと、こんなこと言うのもおかしいかもしれないけれど……まあ、よろしく」
そうして、『陽』は苦笑する。
……『陽』は、整った顔立ちの男だ。背も、バカ程ではないが高い部類に入るだろう。そして誠実そうな雰囲気には好感が持てた。こいついい奴そうだし、さぞかし女子にモテるんだろうなー、と、バカはなんとなく思った。
「なら、私は『たま』っていうことで」
続いて、猫っぽい少女がそう名乗る。
「たま!?確かにお前、ちょっと猫っぽいもんな!」
「……猫っぽいかはさておき、『地球』の『球』で『たま』」
ほら、とたまが見せてくれた首輪の宝石には、またマークが入っている。円の中に十字が入っているマークだ。バカは『そういや警察署のマークこういうかんじだったよな……』と思った。アレは斜めの十字で、これは縦の十字だが。
……たまは、猫っぽい雰囲気の少女だ。肩のあたりで切り揃えられた黒髪と猫っぽいはっきりした目がなんとも黒猫っぽい。こいつ冷たいかんじあるけど実際親切だし、さぞかしモテるんだろうなー、と、バカはまたなんとなく思った。
「じゃ、俺は『ヒバナ』ってことにすっか」
次に名乗り出たのは、チンピラっぽいあんちゃんである。逆立ててセットしてある金髪といい、いかにもガラの悪いかんじの恰好といい、多分、入れ墨とか入ってるんだろうなー、と思わされるかんじである。
「俺は火星なんだろ?」
そして首輪の宝石には、『♂』のマーク。バカは『あっ!これ知ってる!オスのマーク!』と笑顔になった。知っているものと行き会うと安心するのがバカの性である。
……そして、そんなヒバナの自己紹介に嘲笑が差し込まれた。
「ヒバナ、ねえ。確かに儚く消えそうだわ」
くすくす、と笑うのは、セクシーなおねーさんである。ミニのタイトスカートに胸元が開いているトップス。ウェーブした長い黒髪。それら全てに見劣りしないナイスバディ!紛れもない美女である。
「んだと!?おいクソアマ!てめえなんつった!?」
「あーあ、導火線も短いのね?本当に名は体を表す、ていうか……」
やれやれ、と両手を広げてセクシーなおねーさんは鼻で笑った。バカは『あんま喧嘩すんなよお、心配になるよお……』とおろおろするしかない。
「ま、私は『ビーナス』って名乗らせてもらうわ。金星の象徴、愛と美の女神の名前よ。丁度ぴったりでしょ?」
ビーナス、と名乗ったセクシー姉ちゃんの首輪の宝石には、『♀』のマークがある。これが金星のマークらしい。
「あっ!このマーク、さっき廊下で見たぞ!」
「へ?」
「もう水没しちまってるけど、部屋があって!で、表札にこれ、描いてあった!『メス』ってあるから、女が閉じ込められてんのかと思ってよぉ、俺、ドアぶち破って中確認したら、誰も居なかったんだよなあ!」
ということは、あの部屋に居たのがこのビーナスなのだろう。そして、ビーナスはバカより賢いので、バカより先に脱出していたに違いない!バカは『よかったー、無事で』とにっこりした。
「……一応聞くけど、あんた、首輪以外に何を壊したの?」
「え……ドア2枚……。俺が居た部屋のと、『♀』って描いてあった部屋のドア、ぶち破っちまった……これやっぱ損害賠償かなあ、給料から天引きかなあ。でも壁ぶち破るよりはマシだったよなあ……?」
……が、思い出して、またバカはしょんぼりするのだった。ドア2枚の損害賠償はいくらだろうか……。あと首輪……。
「あー、えーと、私もいいかね」
「あ、うん。ごめんなおっさん……」
しょんぼりしたバカにそっと割り込んできたのは、渋いオッサンである。こちらも中々のロマンスグレーだ。知的な印象だが、体格は割とがっしりしている。陽よりも背が高い。バカよりは低いが。
「では、私は……そうだな、『土屋』と名乗ろう」
「ん?おっさん、それ、おっさんの苗字か?」
「いや、偽名だよ。私のマークは『土星』らしいからね」
渋いオッサン改め土屋の首輪の宝石には、『♄』のマークがあった。バカは『なんかうにょうにょしてるなあ』とだけ思った。
「……それで、残りは3人か。えーと、そちらのご老人は?」
土屋が話を振った相手は、最初にバカに話しかけてきた例の老人である。なんか気難しそうで、バカは『ちょっと苦手だなあ』と思う。
老人は如何にも気難しそうな顔で何か考え込んでいたが、やがて、口を開いた。
「では、私は『天城』と名乗ろう。惑星記号は天王星だ。以上」
それだけ言って、また口を噤んでしまう。なのでバカは、ひょこひょこ、と天城に近づいていって、首輪のマークを覗き込んできた。
首輪の宝石には『⛢』とあった。丁度、火星の『♂』のマークの矢印を上に向けて、ついでに陽の首輪の太陽のマークのように、円の中心に点を打ったような具合だ。
「では、そちらのお嬢さんはいかがかな?」
土屋が更に話を振った相手は、大人しそうなお姉さんである。栗色の髪を横で三つ編みにしていて、ブラウスにロングスカート、という恰好だ。
「あ、ええと、その……私は、じゃあ、『ミナ』でお願いします。水星のマークなので、『水』で、『ミナ』。どう、でしょうか……?」
ミナ、と名乗ったお姉さんの首輪の宝石は、『☿』と刻まれている。丁度、金星の『♀』のマークの円の部分に2本のツノをにょっきり生やしたような具合だ。
「いいと思う!よろしく、ミナ!」
「あ、は、はい。よろしくお願いします、樺島さん……」
握手すると、ミナもおずおずと握手してくれた。なのでバカの中では、『こいつ、いい奴!』と認識された。まあ、バカは単純なのだ。
「……さて。じゃあ僕で最後か?」
そうして最後に残ったのは、神経質そうなあんちゃんである。着ている服はなんかちょっと高そうなので、育ちがいいのかもしれない。
「さて、何と名乗るかな。僕のマークは海王星だ。海、というと、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』がすぐ思い浮かぶが……」
「え?姉、うぇーい……?」
何やら、この神経質そうなあんちゃんは頭がいいらしい。よって、バカには何も分からない。バカは困って首を傾げた。あんまり長い名前になられても俺、覚えられねえぞ、と。
「……このバカには難しい名前が理解できそうにないからな。実に安直で遺憾なことこの上ないが、『海斗』と名乗らせてもらおう」
バカを見たあんちゃんは、結局『海斗』と名乗ることにしてくれたらしい。これならバカにも覚えられる。『こいつ、いい奴!』とバカは笑顔になった。まあ、繰り返すがバカは単純なのだ。
「で、俺は……」
さて。そして最後にバカが名乗ろうとして……。
「いや、お前の名前は既に分かっているから名乗らなくていい。バカ島、だったか?」
せせら笑う海斗に止められてしまった。まあ確かに、『俺、樺島剛!』と何度か名乗った気がする。
「バカ島じゃなくて樺島だよ。まあ、学校とか職場とかじゃしょっちゅうバカ島って言われてたし、最近は略して『バカ』って呼ばれてるから、別に『バカ島』でも『バカ』でもいいぜ!覚えやすい方で呼べよな!」
「……お前、いじめられていたのか?」
バカをバカにするような顔をしていた海斗だが、バカがあまりに前向きだからか、心配そうな顔になってきてしまった。こいつ、やっぱりいい奴な気がする。
「……ま、そういうことならそう呼ばせてもらうわ。ヨロシクね、バカ君」
「おう!よろしくな、ビーナス!」
心配そうな海斗とは逆に、ビーナスはにっこり笑いながら『バカ君』と呼んできた。愛称で呼んでもらえると、仲良くなれた気がするのでバカとしても嬉しい。
「え、ええと……まあ、樺島君自身がいいなら、いい、のかな……?」
陽は、あはは、と苦笑していた。たまと土屋はそっと、海斗は大きくため息を吐いていた。ミナはおろおろしていたし、ヒバナと天城は沈黙していた!
さて。
「よし!じゃ、もっかい確認すっぞ!」
一通り自己紹介を終えたところで……バカは、改めて名前と顔を一致させることにする。
「えーと、まずは太陽の陽!」
「ああ。よろしく」
人当たりのいいイケメンが、陽。覚えた。
「それから地球のたま!」
「うん」
黒猫っぽい女子が、たま。覚えた。
「そこのチンピラが火星のヒバナで……」
「チンピラだと!?てめえ喧嘩売ってんのか!?ああん!?」
チンピラがヒバナ。これも覚えた。
「金星のビーナス!だよな?」
「ええ。愛と美の女神、ビーナス様よ」
セクシー美女がビーナス。しっかり覚えた。
「で、土屋のおっさんは土星!」
「ああ。よろしく頼むよ」
渋いおっさんが土屋。ヨシ。
「えーと、天王星?の天城のじいさん!」
老人が天城。天城から返事は無いが、周りからのツッコミは無いので合ってるはず。ヨシ。
「それから、水星のミナ!」
「はい。よろしくお願いします、樺島さん」
大人しそうなお姉ちゃんがミナ。大丈夫だ。
「で、えーと、海王星の、海斗!」
「ああ、そうだ。やれやれ、こんなバカが居るとなると先が思いやられる」
そして神経質そうなお兄ちゃんが、海斗。完璧である!
「……で、えーと、これから何するんだっけ?休憩?」
「そうだね。それで、昼の時間になったら『ゲーム』を始めないといけない……というかんじかな」
陽から教えてもらって、バカはひとまず今後の予定を確かめた。
昼になるまでは休憩。昼になったらゲームとやらをやって、クリアして、夜になったらまたここに戻ってきて、休憩……。そんなかんじのはずだ。
だが。
「提案だ」
そこで、天城が声を上げた。
「……このバカ島とやらを、ここで殺しておくのはどうだ?」
一部、文字化けして読めない文字があるかもしれませんが、それらは全て惑星記号です。また、地球の惑星記号は小説家になろうの性質上、使用できなかったので文中にありません。
文字化けしていても然程困らないような構成を心がけて書くつもりですが、これらの記号は『惑星記号』で検索すると出てきますので、一通りお目通し頂いておくと今後の話がより分かりやすく、また、推理が捗るかと思われます。よしなに。




