1日目夜:大広間*4
「対象は、このドアの前。時刻は、『このドアが開く30秒前から』だ」
海斗がそう宣言すると、いよいよ異能が発動した。
海色の光がぼやりと揺れて、やがて、はっきりと形作られた人影が、動き始める。
「あっ!ヒバナと天城のじいさんだ!」
海色の光で作られた人影は、ヒバナと天城のものだった。バカは『これ、透けてる!』と、天城の影のふくらはぎあたりにチョップを繰り返した。バカの手はスカスカとすり抜けてしまう。どうやら、この影は実体のないものらしい。
「天城さんとヒバナ、か……。ふむ、陽は居ないようだな」
土屋の言う通り、人影は2つだけ。天城とヒバナのものだけだ。天城とヒバナは、何か話すような素振りを見せている。が、音は再生されないらしく、何を話しているのかまでは分からない。
そして、急に事態が変わる。
「んっ!?ヒバナ、どうしたんだ!?」
なんと、急にヒバナが倒れたのだ。完全に意識を失っているのか、全く動かない。
「お、おおお……天城さんにこんな力があったとは」
天城は動かないヒバナを見下ろすと、迷うことなくヒバナを掴み、担ぎ……それから、ちら、と周囲を警戒するように見回して、そして、ドアを開けた。
……そうして、ずりずりと半ばヒバナを引きずるようにしながら、天城はヒバナと共に、ドアの中へと姿を消していったのだった。
「……陽はドアの中に入っていない。これではっきりしたな」
海斗がそう呟くとほぼ同時、ドアの前に人影がもう1人、現れる。陽の影だ。
陽は混乱し、焦ったようにドアを叩き、何かを叫び、少しの間そうしていたが、やがてすぐにまた、走り去っていった。……恐らく、2階のドア前に待機していることにしたのだろう。
「この様子を見ると、陽は嘘を吐いていないようだな。陽から聞いた話と状況が合致する。そして……ヒバナが天城さんを連れて入ったのではなく、天城さんが、ヒバナを連れて入った、と……」
そして、ヒバナと天城の関係についても分かった。『天城が』犯人だ。ヒバナは何らかの要因で倒れ、意識を失い、そして、天城によって部屋の中へと連れ込まれた。あの状況を見たら、ヒバナが被害者であることがなんとなく分かったのである。
「……部屋の中の状況も見たかったところだが、それは最早、意味が無いか」
「そもそも、僕がこの異能を使えるのは1日に1度だけだ。次の夜の鐘が鳴るまでは使えない」
「そうか……ふむ」
海斗と土屋は、ふう、とそれぞれに息を吐いて、大広間の中央へ帰っていく。バカもそれについていって、適当にまた、着席した。
「さて、海斗。1つ、聞かせてもらいたい」
バカと海斗も着席したところで、土屋はそう、海斗に言葉を向けた。
「……何故、この異能を皆には秘密にしたい、と?これを公表すれば、陽の濡れ衣を晴らすことができるんだぞ」
「その義理は無い。それだけだ。あと……僕の異能は、戦うのに使える異能じゃない。ゲームの攻略の役にも立たない。だから……知られていない方が、ハッタリが効く。それに何より、『何かしたい』奴にとっては、邪魔だろう?始末したいと思われるはずだ」
「成程な……。まあ、そういうことなら話は分かる」
海斗が苦い顔で話せば、土屋も少々の哀れみの目で納得を示した。尚、バカはこのやり取りがよく分かっていない!
「だが、陽が濡れ衣を着せられたままではかわいそうだ。我々が陽を疑うことは無い、という旨は伝えてやってもいいな?」
「ああ。好きにしてくれ。だが、僕からは何も言わない。僕の異能が何かが知れれば知れるほど、僕は不利になるからな」
「分かった。それでいい」
土屋と海斗との間で、バカには分からない何かの約束が成される。バカは『とりあえずなんか決まったらしい!』とだけ理解した。
「それにしても……気になることがいくつもあるな」
「天城の異能だな?」
「ああ、ヒバナを昏倒させていたように見えた。まるで、スタンガンでも当てたような……いや、それよりももっと静かで、かつ強力な攻撃、ということかな」
ふむ、と唸りつつ、土屋はさっきの『リプレイ』を思い出しているらしい。なにか身振りしながら、『こう、いや、こう、だったか……』とやっている。
「ヒバナがあの時点で死んでいた、とは考えられないか?」
「いや……うーん、どうだろうなあ。『人を瞬時に殺せる異能』だったとしたら……その、あんまりにも、強力すぎじゃ、ないかね……?」
「……それはそうだな。僕の異能の弱さがより一層際立つ……」
海斗は少し落ち込んだようだ。なのでバカは、『元気出せよぉ』と海斗の背をぽふぽふ叩いてやった。
「まあ、今回一番の収穫は、陽が嘘を吐いていないと分かったことにある。これで、警戒しなければならない相手が1人減って、協力できる仲間が1人増えた」
土屋が少し笑ってそう言うと、海斗は『僕にはほとんど利点が無いがな!』とげんなりした。が、海斗も少しほっとしている様子なので、多分、これでよかったのだろう。
……バカだってそうだ。
陽はいい奴だと思っている。陽が天城とヒバナを殺したのか、なんて、疑いたくない。疑わなくていいものを疑わずに済むようになったのだから、俄然、元気になるというものだ!
「お待たせしました。ビーナスさんの了解も得られましたので、お人形はしまっておきましょう」
それから、ミナが戻ってきた。どうやら、ビーナスと話ができたらしい。
「そうか。それで、ビーナスは……?」
「その……もう少し、1人にしてほしい、ということでした。なので、その、土屋さんも一緒に確認してくれるなら、やっていてくれて構わない、とのことで……」
そして、こちらはこちらで、やはり気になる。
……ビーナスは、元気が出ないらしい。ビーナスのことは、どうにも心配だった。
「……ふむ、そうか。うーん……彼女はヒバナと何か、関係があったのかな」
「かもしれないな。その、陽とたまさんは恋人同士なんだろう?なら、ヒバナとビーナスがそうであっても、おかしくはない。そうだ。元々、僕らが見ず知らずの他人同士かどうかなんて、分かりはしないんだからな」
まあ、ビーナスのことは心配だが、時間も押している。バカ達は揃って、天秤の部屋へと向かうのだった。
「じゃあ、これでよし、と」
そうして人形2体は、女神像の裏の鍵付き扉の中へと収められた。かちり、と鍵をかけて、これで完了である。
「鍵は……ミナさんに預けておこう」
「はい。確かに、お預かりします」
鍵はミナが持っていることになった。ミナは緊張気味に鍵を両手で受け取ると、それをブラウスの胸ポケットの中にしっかりしまった。鍵なら人形と違って、多少転んでぶつけても大丈夫なので安心だ。
「じゃあ、そろそろ次の部屋のことを考えなければな……」
そうしてビーナス人形とミナ人形の処置が終わったら、いよいよ次の部屋の話を考えなければならない。
何せ、ミナとビーナスとたまは、首輪が残ったままだ。毒を打たれてしまっている以上、次もまた、解毒しなければならないのである。
……そうして。
「そろそろ時間が来るからな。昼に向けて、人員の割り振りを考えておきたい」
陽とたま、そしてビーナスに声を掛けて、改めて全員で話すことになった。
……ビーナスは未だ、元気が無い。だが、その一方で陽とたまは、少し元気が出たらしい。バカは、『2人が元気になってよかった!』と喜んだ。
「さて、次のゲームだが……提案なんだが、いっそのこと、全員で部屋に入る、というのはどうだろうか」
が、流石に土屋がそんな提案をすると、しょんぼりしていたビーナスも、ちょっと元気になっていた陽とたまも、等しく全員、驚いた。
「へっ!?ぜ、全員で!?」
「……いや、ほら、女性陣3人と、私と、海斗と樺島君と、陽。この全員が同室でも、ゲームは進行できるはずだな。何せ、男達には首輪が無い。だから、ゲームの部屋に入ろうが入るまいが、まあ、関係ない、ということだな」
土屋が説明すると、陽とたま、そしてビーナスが特に、ぽかん、とした。
「……まあ、慎重に考えるなら、このゲームは基本的に4人まででクリアすることを前提に作られている可能性があるから、4人までにしておいた方がいいのだろうが……その、樺島君のパワーを見ていたら、それも吹き飛びそうな気がしてね……」
「だろうな……僕もそんな気がしているよ。はあ、やれやれ……」
土屋と海斗が、ちら、ちら、とバカを見て、何とも言えない顔をしている。なのでバカはとりあえず、自慢げな顔をしておいた!
「それで、どうかな。全員一緒なら、少なくとも、自分が見ていない間に何かが起きる可能性については考慮しなくていいことになるが……」
そして、土屋がそう、提案すると。
「私は反対よ」
ビーナスが真っ先に、反対の声を上げた。
「ふむ……理由を聞いても?」
「当然のことじゃない?海斗は私達3人を殺そうとしたのよ?忘れたの?それに、陽は信用できない」
ビーナスはそう言うと、海斗と陽を睨みつけた。海斗は気まずげに視線を逸らし、陽は『まあ、そうだよな……』としょんぼりしている。
「……それとも、何?土屋さん。あなた、陽と海斗を信用するっていうの?」
「うーむ、そうだなあ……」
続いて、ビーナスが土屋までもを睨むと、土屋は少し困った顔をして……。
「……まあ、そういうことになる。陽については、本当にゲームの部屋に入っていない、と信じることにした。そして、海斗については……毒気が抜けている。そう判断した」
そう、答えた。
「ど、毒気が抜けているだと!?」
「ああ、うん、抜けているぞ……」
当然のように、海斗が反発した。が、土屋は特に、言葉を翻す気は無い、らしい。
「……樺島君が海斗君の毒、抜いちゃったみたいだね」
「えっ!?俺、なんかやっちまったか!?ごめん、海斗!ごめん!」
「いや、お前が謝ることじゃ、違、いや、ああ……ああもう……」
たまがちょっとくすくす笑い、バカは慌て、そして、海斗は最早これまでとばかりに項垂れてしまった!バカは余計に慌ててわたわたするばかりである!
「……うん。私は、陽も海斗君も、信用できる。同室でも構わないけれど」
それから、たまがそう言った。それに、陽はほっとしたように笑い、そして、海斗は気まずげに、ふん、と鼻を鳴らす。
「けれど、ビーナスさんがそれだと嫌だって言うんだったら、考えないとね。……私とミナさんとビーナスさんの3人で入るには、ゲームの部屋はちょっと、危険だと思うから」
たまの言葉を聞いて、バカは思い出す。
たまは、他人の異能をコピーする異能。
ミナは、怪我を治す異能。
そしてビーナスは……本人は、占いだ、と言っていたが、それは怪しい、とたまは言っていた。つまり、分からない。
……ビーナスの異能が何かは分からないが、まあ、ライオンに勝てるかというと、ちょっと、あまりにも、不安である。
「ミナさんの希望はある?」
「え?私ですか?」
たまがミナに話を振ると、ミナはあわあわ、と慌てつつ答えた。
「え、ええと……私、できれば女性の誰かと一緒がいいです」
「そっか。じゃあ、ビーナスさんは?」
「私?私はさっきの組み合わせでいいと思ってるのよ?私と、たまちゃんと、ミナ。あと、土屋さんについてきてもらって……」
ビーナスが、ちら、と土屋を見れば、土屋は『まあ、私は構わないが……』と頷いた。
「……俺の希望も、いいかな」
そこへ、陽が手を挙げる。
「俺は、たまと組みたい。ミナさんが女性と一緒がいいというのであれば、ビーナスさんに付いてもらえればそれでいいんじゃないかな」
「……まあ、私もその方が嬉しいけれど」
たまは、少し驚いたような顔をしている。さっき、2人で話していた時にはこの相談はしなかったのだろうか。
「ちょ、ちょっと!私は嫌!たまにはこっちに居てもらいたいんだけれど!ねえ、ミナ!」
「へ?あっ、そ、そうですよね……。たまさんが居ると、その、とても心強いので……」
そしてビーナスとミナはこれに反対、と。……となると、いよいよ、意見がぶつかり合って上手くいかない。バカは『どうすりゃいいんだ!?』と頭を抱えた。
「……うーむ、ビーナス。悪いが、そうなると君には1人で部屋に入ってもらうことになる」
が、土屋がそう、言い切ってしまった。
「な、なんで!?」
「陽、たま、ミナさん、そして私。この4人なら、君以外の誰からも異論が出ないからだ。ビーナスの意見通り、『ビーナス、ミナ、たま、土屋』の4人で組もうとすると、陽とたまから異論が出る。異論は2人分だ。まあ、単純に倍だな……。なら、優先すべきは陽とたま、と考えるぞ」
土屋がそう言うと、ビーナスは表情を引き攣らせた。だが、土屋はどっしりとした岩のように、動じる気配がない。
「……それが嫌なら、『ビーナス、ミナ、土屋』の3人組を受け入れるか、『ビーナス、ミナ、土屋、たま、陽』の5人組を受け入れるかしてくれ」
「……それだったら、3人がいいわ。私と、ミナと、土屋さん。それならいいんでしょ?」
「ああ、そうだな。まあ、私としてもたまさんが居ないのは不安だが……かといって海斗を入れるのもなあ」
「それは嫌よ!私達を殺そうとした奴よ!?」
「ああ、うん、そう言われると思っていたさ……」
……ということで、1チーム目が決定したらしい。バカは、『とりあえず決まって良かった!』と頷いた。
そして。
「じゃあ……樺島君。海斗。相談なんだけれど、俺とたまと組んでくれないか?」
もう1チームの交渉が始まるのだ。
「……勘違いしないでもらおうか。僕は、陽が天城・ヒバナ殺しの犯人ではないだろうと踏んではいるが、これから先、たまと共犯になって誰かを殺すことだって考えているんだ」
海斗は随分と冷たい。それでいて、その表情には緊張と迷いが存分に満ち満ちていた。
「だが……ビーナスとミナさん、2人きりにするわけにはいかないだろう。そして、ビーナスは僕と組むのが嫌だと言う。なら、そちらには土屋についてもらうしかないわけだ。向こうのチームは変えようがない。だから……ああ、くそ」
海斗は頭を振ると、じっ、とバカを見つめた。
「……おい、樺島。どうする?僕らは嵌められるのかもしれないが、付いていかないことを選べば、2人を見殺しにすることになるのかもしれない」
「ええー……?」
バカは、聞かれたもののよく分からない。よく分からないので首を傾げている!
すると、海斗も『そういえばこいつはバカなのだった』と思い出したらしい。深々とため息を吐いて、改めて、問いかけてくるのだ。
「お前は、人の善性を信じるか?」
「えっ、なにそれ分かんねえ!」
が、バカにはこっちも分からない!『ぜんせーって何!?』と混乱するばかりだ!
「ああもう!お前は何なら通じるんだ!?」
「ごめん!大体通じねえらしい!親方が言ってた!」
「職場でも通じていないのか!?だというのにクビにならないのか!?ああ……お前の親方を心底尊敬するよ!」
「うん!そうなんだ!親方、すっげえいい人で、かっこよくて……」
「本当に話が通じない!」
海斗はいよいよ頭を抱えた。バカは『親方が褒められた!』とにこにこした。
……そして。
「あっ、そうだ。俺、たまと陽と一緒だったら嬉しいぞ!えーと、そういう話だったよな?」
バカは思い出して、そう言った。……途端、海斗は『そこは分かっていたのか……』という顔でげんなりとして……深々とため息を吐いた。
そして。
「分かった。なら、組み分けはこうだ。『ビーナス、ミナ、土屋』の3人と、『陽、たま、樺島、海斗』の4人。これで文句は無いな?」
そう海斗が宣言すれば、全員が頷いたのだった!
昼の鐘が鳴る。
「じゃあ……皆、無事にここへ戻ってきてくれ」
そうして、土屋とミナとビーナスがドアを開けて、中に入っていった。
それを見送って、バカ達4人もまた、ドアを開けて、中に入る。
……ドアが閉まり、2日目のゲームが始まる。
「えっ」
「なっ」
「……ちょっと、これは想像していなかったなあ。ははは……」
バカ達が目撃したもの。それは……。
「……羊がいっぱいだーっ!」
羊である。
とにかく、羊である。
ふわっふわの、羊である。
そして、そんな羊がわらわらしている芝生の真ん中に聳えるのは……キッチンスタジオのやぐらである!
「意味が分からん!」
海斗の絶叫が響く中、キッチンスタジオの上部のモニターには、『チキチキ!羊の闇鍋チキンレース!』と表示されるのだった。




