1日目夜:大広間*2
全員の視線を集めた陽もまた、俯いていた。だが、説明し始めてくれる。
「……俺は見ていないんだ。急に出現した階段を見て、2階へ上がって……その間に、天城さんとヒバナと、2人がドアの中に入ったらしい」
「な、なんで……?どうしてそんなことになったのよ!」
「分からないんだ。事前に言い争いがあったとか、そういうことも、特には……」
ビーナスだけでなく、全員が『何故?』と思っているのだが、陽からの説明は然程多くない。
だが、本当に分からないなら仕方がない。バカは、『そっかぁ、わかんないならしょうがないよなあ』と納得した。
「この部屋……どういう部屋だったんだろうね」
たまが、部屋の中を見渡す。
この部屋は、バカには見覚えがある。前回、天城が最初に死んでいた部屋だ。液体が入った瓶と、それから、大きな水瓶がある部屋。そして、ヒバナと天城はそれぞれ、椅子に拘束された状態で死んでいる。前回の天城と、同じ状況だ。
「状況から推察できるものがあまりにも少ないな……。毒ガスを吸わされた、のだろうか……?」
「……ねえ、陽。あんた、他に何か、動機になりそうなものは知らないの?本当に何も、心当たり、無いの?」
ビーナスは1人、まだ陽に食い下がっていた。だが、陽は力なく首を横に振るばかりだ。
「ああ……本当に何も、分からない。どうして2人で部屋に入ったのかも、この部屋で何があったのかも分からない。強いて言うなら、然程大きな声でのやり取りは無かったよ。あったとしても、俺が気づかないぐらいの喋り声でのやり取りがあっただけだ」
「ということは、ヒバナが天城さんをドアの中へ連れ込んだにせよ、逆にせよ、合意の上だったと考えられるか……ううむ」
「そうだな。争っていたら、物音くらいはするだろう。不本意な行動を取らされそうになっていたなら、2階に居た陽に聞こえるように叫ぶくらいのことはできるだろう」
「或いは、2人で相談の上こっそりと、っていうことかな。その場合、いよいよ動機が分からないけれど」
土屋と海斗とたまは、それぞれに推理を進めてそれぞれの納得を深めているようだった。ミナはまだ、天城とヒバナの死にショックを受けているのか動揺している様子だったし、ビーナスも静かながら取り乱している。
そしてバカは……やっぱり、しょんぼりするのだ。
ヒバナも天城も、前回、死んでしまった2人だ。
今回もまた、助けられなかった。首輪を破壊してもダメだった。
「俺、どうしたらよかったんだろう……」
バカがそう、ぽそり、と零すと、いくらかの視線が集まった。だが、それぞれにバカにかける言葉が見つからないらしい。皆が黙っていて……。
「……人は、不本意な何かがあった時、『ああしていれば防げたのではないか』という思考に陥りやすいらしい。自分で解決できない事柄でも、どうしようもなかった事柄でも、同様に、だ」
そんな中、海斗はそう、言葉を発していた。
「善人ほど、そう思うのだろうな。だが、仕方が無かったものは仕方が無かったと理性で割り切るべきだ。そうでもしなければ、すぐ疲弊するぞ」
海斗は、努めてそっけなく、しかし、バカを励ますようにそう言った。
……それを聞いて、バカは。
「……難しくって分かんねえ!何!?どういう意味だ!?」
バカはバカなので、海斗の励ましが分からないのだった!
「『疲れちゃうから考えるな』だって。あと、『お前のせいじゃないから気にするな』って言ってるみたいだよ」
「そっか!分かった!ありがとう、たま!」
「おかしい。同じ言語を扱っているはずなのに通訳が必要とはどういうことだ……?」
結局、たまが間に入ってくれたのでバカは海斗の言葉の意味を理解し、笑顔でお礼を言うことになった。海斗は非常に不本意そうな顔をしていたのだが、バカはそんな海斗を見て『やっぱりお前、いい奴だ!』とにこにこするのだった。
……天城とヒバナのことは悲しいが、ちょっぴり元気が出たバカなのであった。
それから全員で、大広間へ戻った。死体がある部屋にずっといると、ずっと元気が出てこない。
……そうして、バカが少し、元気を取り戻した頃。
「たま」
陽が、ふと、たまに声を掛ける。
「その……少し、話せるかな」
陽の言葉に、全員が驚く。そう。たま本人も、驚いていた。
「……2人で?」
「ああ。2人で」
陽は少しばかり緊張した様子でそう言う。……たまは、陽を見て、それから、ちらり、と他の皆の様子を見た。
「ふむ……それは、我々には聞かせたくないことを話したい、ということかな?」
そして土屋が難しい顔でそう問えば、陽は俯きがちに、しかし、確かに頷いた。
「……そうとられても仕方がないことは、分かっている。でも、どうしても2人で話したい。時間を貰えないかな。10分でいい」
……たまと陽が離れていったのを見送って、バカは、『何の話するんだろうなあ……』と、そわそわした。
何せ、陽とたまは恋人同士だ。つまり、恋人同士での内緒話だ。何か、ちょっぴり恥ずかしい話とかするのだろうか。バカはそんな想像の欠片を頭に過ぎらせて、きゃーきゃーと騒ぐ。勝手に騒ぎ出したバカを見て、海斗が『不審だ……』と眉を顰めていた。
さて、そうして一頻り騒いだバカだったが、ふと、ビーナスに目を留めた。
ビーナスは沈鬱な表情で、じっと、俯いている。
「なあ、ビーナス。大丈夫か?元気ないぞ……?」
心配になって声を掛けると、ビーナスはのろのろと顔を上げて、ため息を吐いた。
「……当たり前でしょ。人が死んでるんだから」
「うん、それはそうだよな……」
ビーナスの言葉を聞いて、バカはまた、しょんぼりした。
「少し、1人にして」
ふらり、と立ち上がって、ビーナスは離れていってしまう。バカは追いかけずに、そのままビーナスを見送った。
「ううむ……どうしたものかな」
そうして大広間に残ったのは、バカと海斗、そしてミナと土屋の4人だけだ。そんな中で、土屋は顎を特に意味もなく触りながら、唸る。
「カンテラの火は、2つ……つまり、天城さんとヒバナは、夜が来る前に死んでいた、ということになるか」
「あっ、ほんとだ……」
バカも土屋と同じように、カンテラを見上げる。
火が灯ったカンテラは、9つ中、2つ。そして、カンテラの火が更新されるのは、毎日、夜の鐘が鳴るタイミングだったはず。つまり……。
「陽が大広間に取り残されていたというのだから、陽が後から2人を殺した、という線は薄いな」
一度閉まってしまったゲームの部屋のドアは開かない。そして、2階のドアが開くのは、そのドアに対応した1階のドアが開いた後の夜の鐘のタイミングだ。だから、陽が『昼の間に』2人を殺すことは不可能、ということになる。
だが。
「……あの状況を見ると、陽が本当に、1人で大広間へ取り残されていたかどうかを判断することは、難しいがね」
土屋はそう言って、なんとも苦い顔をする。
……そう。
陽は恐らく、ヒバナと天城が居なくなったのを知って、対応する2階のドアの前で待っていたのだろう。そして、ドアが開くや否やすぐに突入して、2人の安否を確かめに行って……そこで、2人の死体を見つけた。
だが、そんな陽の行動が本当だったかは分からない。もしかしたら、陽が大広間に取り残されてたということが嘘で、陽も他2人と一緒にゲームの部屋に入り、そして、ゲーム中でヒバナと天城を殺したのかもしれないのだ。バカにはよく分かっていないが……。
「……2人の安否確認より、陽君自身の身の潔白を証明する方を優先してほしかった、というのは、流石にあんまりか」
「……まあ、疑わしい行動を取っているのは陽だ。僕らが遠慮してやる義理は無いと思うが」
土屋は唸り、海斗はため息を吐く。バカはおろおろしつつ、しかし、陽を疑うことなんてできない。バカと同じく、おろおろしていたミナと顔を見合わせて、2人でおろおろするばかりだ。おろおろ、おろおろ……。
「……あ、あの、樺島さん。海斗さん。これを……」
そんな折、おろおろしていたミナが、思い出したように懐から何かを取り出した。
「へ?……あっ!かわいいなあ!」
そして、それを見たバカは、途端にぱっ、と笑顔になった。
「ミナの人形だあ!」
そう。ミナの手の上にあったのは、ミナ人形。バカと海斗が天秤の部屋で拾ってきたビーナス人形や前回見つけた海斗人形や陽人形のような、可愛らしい人形がそこにあったのだ!
「……こちらはビーナスの人形を見つけたぞ」
「えっ?ビーナスさんのお人形が、そちらに……?」
「ああ。……おい、樺島。ケースごと持ってきたらどうだ」
「おっ、そうだな!よし、ちょっと待っててくれ!」
バカは早速、てけてけと走っていき、置きっぱなしにしてあった巨大金貨とアクリルのコインを持って帰ってきた。
どし、とそれを床の上に置いて、アクリルケースの透明な蓋越しに、ビーナス人形を見せる。
「な?ビーナスの人形!かわいいよなあ」
「かわいいか……?」
海斗が何とも言えない顔をしている横で、バカは早速、ビーナス人形を取り出そうとする。折角だから、ミナ人形と並べて置いてみたい。
が。
「あっ、樺島さん、待って!」
ミナが途端に止めに入ってきた。
「ん?」
「あの、そのままにしておいてください。その、この人形、危険なんです」
首を傾げるバカの横で、ミナは……そっと、眉根を寄せて、伝えてきた。
「……私、先程、試しにこの人形を、くすぐってみたんです。こちょこちょ、って」
「うん」
バカは『人形をくすぐるの、流行ってるのかなあ』とぼんやり思った。たまも陽人形をくすぐっていたが。
「そうしたら……くすぐったかったんです!」
「そっかあ、そりゃ、くすぐったらくすぐったいよなあ」
「おいバカ待て!当然だと思うな!よく考えろ!」
ミナの報告を受けてバカが『当然そうだよなあ』と頷いていたら、海斗がすかさずバカの両肩を掴んでゆさゆさやり始めた。まあ、バカはびくともしなかったが。
「いいか?人形をくすぐっただけだ、という話だったぞ?」
「うん」
「なのに、くすぐったさを感じたんだぞ!?」
「そりゃ、くすぐられたら人形だってくすぐったいだろ?」
「あっ、あの、樺島さん。くすぐったかったのは、人形じゃなくて、私なんです」
ミナも『これは伝わっていないのでは!?』とばかり、慌てて説明を足してきた。
「つまり、人形の感覚が、私にそのまま伝わってきている、というか……その、人形と私が繋がっているというか……その……」
バカが『ほええ』とよく分からない反応を示しているため、ミナは『どう言えば伝わるかしら』とおろおろする。バカは一生懸命に理解しようとしている!
「まあ、早い話が、さっき僕が話したのと同じことだ。これは『呪いの人形』なのではないか、ということだよ。この人形をくすぐればくすぐったく感じる。そして、針でも刺そうものなら……死ぬかもしれない、と。そういうことだろう?」
「えっ!?ミナ、死ぬのか!?」
海斗の解説もあり、ようやくバカは事態を把握した。そうだった。この人形は危ないものだったのだ!大変だ、大変だ、とバカはその場を駆け回る。ついでに壁と天井も駆け回ったので、土屋とミナに『わあ……』と驚かれた。海斗は『ああ、こいつはこういうこともするのか……』と遠い目をしていた。
「……そもそも、この人形は何のためにあるのだろうか」
そうしてバカが少し落ち着いて床に戻ってきたところで、土屋がそんなことを言う。
「何のため?そんなもの、決まっているだろう?遠隔操作で人を殺すためだ。それ以外に何がある?」
が、海斗があっさりと、そう言ってのけた。
海斗はミナと土屋のとバカ、3人分の視線を集めながら、悪ぶって皮肉気に笑う。
「このゲームは、悪魔が用意したデスゲーム。僕らの目的は願いを叶えることだ。そして、その手段は、人を殺すこと。……忘れたのか?」
海斗の言葉に、土屋はため息を吐き、ミナは俯いた。バカは、『俺の願い、なんなんだろ……やっぱ、ミニストップのソフトクリーム……』と悩んでいた。
「まあ……さっきも言った通り、私は人を殺すつもりは無いのでね。ただ、悪趣味な人形だ、と思うだけだが」
「悪趣味!?いや!俺は可愛い人形だって思うぞ!ミナの人形、かわいいな!ちゃんと三つ編みだな!」
「え、ええ。……ふふ、ビーナスさんのお人形は、ちょっぴり強気なかんじがかわいいですね」
土屋は困った顔だったが、バカの言葉にミナは少し元気になったらしい。ミナもさっきまで元気が無かったので、元気になって良かった!とバカは喜んだ。他の人が元気になると、バカも元気になるのである。
「さて……この人形をどうしたものかな」
そうして人形を眺めたら、処置を考えなければならない。バカは真剣に土屋の話を聞く。これでミナとビーナスの安全が左右されてしまうのだから、安全第一のバカは真剣に聞くしかないのだ。
「本人が持っている、というのも1つの手なわけだが、何か事故があっては大変だからな。安全に保管できれば、それがいいのだが……」
土屋は悩みつつ、2つの人形を見つめている。ミナも、『人形を胸のポケットに入れた状態でうっかり転んだら、私、潰れちゃうのかしら……』と恐ろしいことを呟いている!
「なら、誰も触れない、動かせないような状況が望ましいな。となると、元の位置に戻しておくのはどうだろう。丁度、僕と樺島がビーナス人形を手に入れたところなら、部屋から入ってそう遠くない位置だ。面倒は無いと思うが?」
そして、海斗がそんなことを提案してきたのだった!
海斗の提案に、土屋も、ミナも、ぽかん、とした。
……そして。
「……海斗。君は、その……人殺しを推奨するようなことを言う割には、そういう提案を、するんだな?」
土屋がなんとも生温かい顔をする。
海斗は、はっと気づいたようになり、そして、気まずげに、ぷい、とそっぽを向いてしまった。
「そうだぞ。海斗はいい奴だからな!」
なので、代わりにバカが胸を張っておく。何しろこのバカは、他人の自慢が得意なバカなのだ。
「まあ、現状はそれが一番だな。うーん……そうか、そちらの部屋では、鍵付きの扉の中に人形が入っていた、のか……」
土屋はそう言って、ふむ、と頷く。ミナも、『それがいいと思います』と頷いている。が……気になる言葉も、聞こえてきた。
「……こちらは鍵付き扉の中に人形があったが。そちらは違ったのかな?」
「ああ。直接、手渡された」
そして、海斗の疑問に、土屋は中々衝撃的なことを言ってきたのである!
「……て、手渡された!?だ、誰にだ!?他にも誰か、居るのか!?」
「誰だ!?イーブイ!?」
「い、いーぶい?ええと、その……私達の部屋は、『双子の乙女』のクイズに答える部屋だったんです」
びっくりした海斗とバカに、ミナがそう、伝えてくる。
バカと海斗は顔を見合わせた。『双子の乙女』とは、一体。
「……こっちでバカが跳ね回っていた間に、そちらではクイズ、だと……?」
海斗は、言葉には出さなかったが、顔にはありありと『逆がよかった』と書いてある。バカは、『俺、クイズとか苦手だから天秤の部屋でよかったぁ!』とにこにこ顔である。
「……お互いの部屋の状況報告をしようじゃないか。どうやら、こちらとそちらと、随分と趣旨の異なるゲームをしていたようだな……?」
そして土屋は、そんな海斗とバカを見て、ため息混じりにそう、提案したのだった。




