1日目夜:大広間*1
「へ?望んで?って……」
「悪魔に叶えてもらいたい願いがあるんだろう?と聞いているんだ。そうでもなければ、悪魔に接触しようなんてしないだろう?」
バカが困惑している一方、海斗は『まさかそれも分からないのか!?』というような顔をしている。なのでバカは一生懸命、考える。
……のだが。
「ええー……願い?ええー」
バカは、考える。考える。考えて、考えて……『願い』が、思い当たらないのである!
「なんだろ……ええー?うーん?」
「……言いたくないなら無理に言わなくてもいい」
「いや、言いたくないわけじゃねえんだよぉ。ただ、願いって言われても、色々あって……うーん?」
「単に、みみっちい願いが大量にあったせいで悪魔を呼び寄せたか……?いや、お前のことだから『ただ何となく迷子になってここに来てしまった』ぐらいのことはあり得そうだという気がしてきたな……」
海斗が何やら呆れ返っているのだが、バカは真剣である。真剣に、只々、バカなだけなのだ!
「いや!ちゃんと俺は仕事に行くところだったんだぞ!ちゃんと出張届書いてぇ……先輩にお土産頼まれてぇ……そしたらいつの間にか、閉じ込められててぇ……うう……」
そして、思い出してきたバカは、しゅん、としょげてきてしまった!
「先輩、大丈夫かなあ、俺がお土産買って帰れなくても怒らねえかなあ……」
「……お前が働けている会社なら、怒られないんじゃないか?」
「うん、だよな……。先輩達皆、優しいんだ……へへへ」
が、海斗に励まされてまた元気を取り戻す。一方の海斗は、『もう何が何だか』というような顔で呆れ返っているのだが。
「うん……やっぱ俺、先輩達の役に立ちたいんだよなあ」
励まされて元気が出たバカは、前向きな希望を思い出す。それは、バカが働く時、いつも胸に灯している明かりのようなものだ。
「早く仕事覚えて、先輩達と親方と社長と奥方と……皆に、恩返しするんだ!」
「け、健全な奴だ……」
海斗はやっぱり『もう何が何だか』というような顔をしている。若干、眩しそうでもある。
「うん!俺、皆の役に立ちたい!皆、幸せになれるといい!」
バカはそう言って、にこにこと満面の笑みになる。
「……野心の欠片も無いんだな」
「野心?……あっ!あと、キューティーラブリーエンジェル建設がもっと有名なでっかい会社になったら嬉しい!」
「ま、待て!何だ!?何と言った!?何!?キューティーラブリー……!?」
「キューティーラブリーエンジェル建設!俺の会社だ!」
「もう何も分からん!」
バカは自分の中で結論が出てすっきりしたのだが、海斗は余計に混乱し始めてしまった。何故だろうか。キューティーラブリーエンジェル建設に何かあるのだろうか。バカは不思議に思った。ああ、キューティーラブリーエンジェル建設。おお、キューティーラブリーエンジェル建設……。
……そうして、その後も他愛もない話をしていたところ。
「あっ、時間か!」
「そのようだな」
開いたドアを見て、バカと海斗は立ち上がる。
「なーなー、皆に、俺、海斗と仲良くなったぞ、って言うんだ!」
「はあ!?な、何を……!?」
そして、バカが満面の笑みで宣言すれば、海斗は面食らった顔をする。
「……やめておいた方がいいぞ。僕は初手から間違えたからな。わざわざお前まで敵対視される側に回る必要は無いだろう」
海斗は苦い表情でそう、俯きがちに言って、それから皮肉気な笑みを浮かべてバカを見つめ……。
だが!
「あっ!たまー!俺、海斗と仲良くなったぁ!」
海斗がバカを見つめた頃にはもう、バカはドアを出て、丁度開いたドアから出てきたたま達に向かって大きく叫びつつ、手を振っていたのであった!
ここぞというところで人の話を聞かないのが樺島剛というバカの持ち味なのである!
そうして。
「そっか。よかったね、樺島君」
「うん!よかった!」
「ところで担いでいるそれは何?」
「ん!?さっきの部屋にあったでっかいコイン!お土産にするんだ!」
バカは、たまに天秤の部屋の話をして聞かせていた。度々挟まる『海斗は頭がいいんだぞ!』という言葉を聞く度に、海斗が耳の端を赤くして『やれやれ』とため息を吐いていたが、バカは全く気にせず海斗を褒め称え続けた。
「そうか……そのコイン、一体何㎏あるんだろうなあ」
「人間が持ち上げる重さじゃないことだけは確かでしょ、あんなの……」
バカが海斗を褒め称えつつ、天秤の部屋の話をしていると、やがて土屋とビーナス、そしてその後ろからミナもやってきた。それを見て、バカと海斗は首を傾げる。
「あれ?土屋のおっさんも女子と一緒だったのか?」
確か、土屋は大広間に残る予定だったはずだ。バカが『俺、覚え間違えてねえよなあ……』と首を傾げていると。
「ああ、そうだな」
土屋は苦笑しつつ、はあどっこいしょ、と、大広間の椅子に座った。
「君が海斗君を抱えて部屋に入っていった後で、少し協議をしてね。女性3人から『ゲーム攻略の類に不向きな異能だ』と申告を受けたものだから、私が付いていくことにしたんだ。大広間のドアの見張りは、陽とヒバナと天城さんに任せたよ」
「そっかー。なんかよく分かんねーけど、上手くいってよかった!」
ひとまず、その場にいる皆の顔を見る限り、色々と上手くいった、ということらしい。バカはにこにこと笑顔になった。
……のだが。
「……あれ?ミナ、大丈夫か?」
「え?」
バカは、ミナに目を留めた。ミナは、なんとなく暗い面持ちだったのだ。
「あ、いえ、大丈夫です。気にしないでください」
「そうか?うん、なら、気にしない!」
ミナが気にしてほしくないなら、気にしない。バカはそういうことにしたのだが、それでも少し、ミナの様子は気になった。
……女子3人と土屋1人で、何かあったのだろうか。
だが、それ以上に気になることもある。
「ところで、他3人はどうした?」
土屋がきょろきょろと辺りを見回す。それにつられてバカも辺りを見回してみるのだが、天城と陽とヒバナの姿が見当たらない。土屋の話では、その3人は大広間に残ったはずだが。
「……まさか、どこかの部屋に入ったのかな」
そうして、たまが首を傾げていると……。
「誰か!誰か来てくれ!」
吹き抜けの上から、陽の焦った声が聞こえてきたのだった。
陽の声を聞いて、真っ先にたまが走っていく。その後に続いて、土屋とビーナスとミナも動いた。
「俺達も行ってみようぜ!」
バカは海斗を誘って、階段を上ろうとした。陽が呼んでいるのだから、何かあったに違いない。すぐに行かなければ!
「そ、そうだな……」
……だが、海斗は妙に、元気が無い。
「ん?どうかしたか?」
バカは不思議に思って首を傾げたのだが、海斗は青ざめた顔で、俯く。
「……何とも思わないのか?この先で僕達が見ることになるのは、恐らく……」
……その時だった。
ビーナスとミナのものと思しき悲鳴が聞こえてくる。
バカがぎょっとしていると、とびきり渋い顔をした海斗が、言った。
「……こういうことだ」
バカは、『どういうことだ!?』という思いを胸に、一気に階段を駆け上がっていった。
「……死んでる」
そうしてバカが見たのは、椅子に座ったまま動かない、天城とヒバナの死体だった。
バカが驚いている間に、ミナが動いた。
ミナはすぐさま天城に駆け寄ると、天城の傍らに膝をつき、異能を使う。
ぱっ、と水色の光がミナの手から溢れて、天城へと注がれた。……だが、天城が目覚めることは無い。
「う、嘘……」
「み、ミナさん?今のは、一体……?」
ミナが絶句していると、陽がそっと、ミナに尋ねる。そう。ミナの異能を見るのは、皆、これが初めてだ。
「私の異能です。傷を治すことが、できるのですが……」
だが、ミナの表情は只々、暗い。
「……間に合わなかった、みたいです」
ミナが茫然とそう言うのを聞いて、全員、しんと静まり返る。
「だ……だったらヒバナの方も試してみた方がいいんじゃない!?」
「……ごめんなさい。この異能が使えるのは、鐘と鐘の間に1度きり、なんです……」
「えっ……」
天城に異能を使ってしまった以上、ヒバナには異能を使えない。
つまり……もう、この2人を助ける方法は、無いのだ。
ヒバナと天城は、ガラクタの中から見つけたベッドに寝かせた。
全員が暗い面持ちで居る。バカも、暗い気持ちになってしまって、すっかりしょげていた。
……今度は、全員生きてここを出たい、と。そう思っていたのだ。だというのに……天城とヒバナが、死んでしまった。バカはそう確かめ直して、またしょんぼりする。
どうしてこうなってしまったのだろうか。天城とヒバナは、大広間に居るはずだったんじゃなかったのか。
バカは頭の中でぐるぐる回る思考がどんどん溶けていくような、そんな感覚になりながらも、只々しょんぼりと俯き……。
「……おい、陽。君は大広間に残っていたのだろう?」
そこで、海斗の声が大広間に響いた。
「聞かせてくれ。一体、何があったんだ?」




