0日目夜:大広間*5
「えっ、えっ……なんで海斗……?」
バカが只々困惑していると、天城は、ふん、と鼻を鳴らした。
「分かり切ったことだろう。こんな危険な奴と共に居るのは得策ではない。それに尽きる。お前はそう思わないのか」
「ええー……」
そんなことを言われても困る。バカは困って周りを見てみた。
だが……海斗の提案に反対した男性陣は皆、海斗を警戒しているようであったし、女性陣についても、警戒や不安の色が濃い。
……そう!どうやら今回は、海斗が仲間外れになりつつあるようである!
海斗に向けられる視線が次第に厳しいものへとなっていく。それを横で見ているバカは、非常にハラハラする。このまま、海斗がいじめられるようなことになったらどうしよう!
「ねえ、提案があるのだけれど……」
と、そんな中でビーナスが突如、発言した。
「全員、ドアの中に入ってくれない?まあ、少なくとも……その海斗、って奴には、ドアに入ってもらった方がいいと思うわ」
「ば、バカな!僕は君達と違って首輪が無いんだぞ!?ゲームとやらをやる必要は無い!よってドアに入る必要も無いんだ!」
「そうね。でも、私達にはドアに入ってもらいたい事情ができちゃったわ」
海斗は慌てるが、ビーナスは冷静に、かつ冷酷に言ってのける。
「だってあんた、昼の間に大広間に残しておいたら、絶対に残りのドアを全部開けて解毒剤を全部だめにするでしょう?」
ビーナスの指摘の横で、ミナは不安そうに海斗を見ていて、たまは冷静にじっと海斗を見ている。女性陣の3対の視線に曝されて、海斗は苦い表情を浮かべた。
「……そんなことはしない。ここまで賛同者が得られない中でやるほどバカじゃないさ」
「呼んだか!?」
「お前はバカだがお前のことじゃない!」
バカは、そっかー、としょんぼり引き下がった。折角海斗に呼んでもらえたと思ったのに。残念である。
「……まあ、信用できっこないのよね。できれば、首輪をつけてない全員にドアに入ってもらいたいところだけれど……」
「それは流石に、その、申し訳ないので……」
女性陣は複雑そうに男性陣を見ている。バカは事情がよく分かっていないが、とりあえず『ミナは優しいなあ』ということだけ理解した。
「申し訳ない、だと?なら、僕は?」
一方、海斗はミナの発言に少しばかり精神を逆撫でされたようである。緊張に僅かな怒りを滲ませて、ミナに問いかける。するとミナは怯えたように半歩下がって、ビーナスにそっとくっつくようになった。
「……海斗さんも、できれば、命の危険に曝したくはありません。でも……」
そして、そんな状態でも、ミナは真っ直ぐに、悲しみと不安と疑いを込めた目を向けるのだ。
「……ごめんなさい。私も、あなたは信用できません」
……海斗も、これは堪えたらしい。
優しい雰囲気のミナが海斗のことを見捨てた、ということだろうから、確かにその気持ちはバカにも分かる。
「……まあ、こうなると予想できなかった時点で考えが甘すぎるな」
天城が軽蔑の目と言葉を海斗に向けている。バカは海斗の居心地の悪さを思って、なんとなくそわそわする。バカには理解力こそ無いが、共感力はあるのである。
「まあ、そういうわけで……私達は女子3人でゲームとやらをやってくるわ。3人一緒なら、なんとかなるでしょうし、首輪付きの3人同士なら、裏切るメリットも薄いから、安心できるし。それで……」
そしてビーナスが、びし、と海斗を指差して宣告するのだ。
「海斗。あんたは別の部屋でゲームとやら、やってきなさいよ」
バカはいよいよ、そわそわする。海斗は間違いなく、居心地が悪いに違いない!そわそわする!そわそわする!
「……1人で、か?他のメンバーは?」
追い詰められたような表情の海斗は、そう言って周りを見る。だが、誰かが助け舟を出してくれることは無かった。
「ついていきたい人がいたらついていけばいいと思うけど。でも、そんな人、居るのかしら?」
ビーナスの言葉に同調するように、男性陣は皆、黙りこくったままだ。
それはそうだ。わざわざ命の危険を冒したい者などそうは居ない。首輪が無い以上、彼らはゲームに参加する必要が無いのだ。
「おいおい……大広間に5人、残していくのか?僕だけじゃない、彼らにだって、ドアは開けられるんだぞ?」
「それなら、俺が抑止力になれるよ。さっきも言ったけれど、その、たまは恋人なんだ。恋人の命を人質にされている訳だから、少なくとも俺は、ドアを開けないし、開けさせない」
海斗の反論は、陽によってそっと棄却されてしまった。それと同時に、ビーナスとミナは、『ああ、ならあの人は安心……』というように、陽への信頼が増したようである。
「まあ、俺1人だとどうしても不安だけれどね。俺以外に4人を相手にしてドアを2つ以上守り切れるか、っていうと、ちょっと……」
だが、陽はそう言って、特に、バカを見ながら、『あははは……』と乾いた笑いを零している。
「ふむ。そういうことなら、まあ、私が手伝えるぞ」
そんな陽に、土屋が笑顔を向けた。
「もう、明かしてしまっていいだろうな。私の異能は、『盾を生み出す異能』だ」
全員がぽかん、としている中、土屋は少々恥ずかしそうにしながらも大広間の中央に進み出た。
「まあ、信じてもらうには実演した方が速いだろうな。……ふんっ!」
そして、土屋が力むと……途端に、土屋の前に大きな盾が出現した。まるで水晶のように透き通っていて、そして僅かに光を纏ったような、そんな不思議な盾である。
「うおぉおぉおぉおおお!かっこいいぃいいい!」
これにはバカ、大興奮である。
それはそうだ。でっかい盾だ。機動隊とかが持っていそうなかんじの、でっかい盾だ。かっこいい。でかいものはかっこいい!しかも気合を入れるとかっこいい盾が生まれてくるのだから、本当にかっこいい!
バカはすっかり興奮して、土屋と盾の周りをくるくる回った。全方向から見てもやっぱりかっこいい。バカはますます興奮した。
「……と、まあ、私の異能はこんな具合だ。使用には気力と体力を消費するが、まあ、言ってしまえばその程度だな。今も、上り階段を3階分上がった程度の疲労しか無い」
成程。つまり、無限に生み出せる盾である。バカにとっては。
「階段3階分……人によっては致命的なダメージですね……」
「……ミナさんは、運動は苦手かい?」
「はい。とても……」
一方、ミナにとっては『一回出したら動けなくなる盾』であるらしい。まあ、この辺りは個人差がある。バカは納得した。ついでに『俺なら一気に100枚ぐらい盾を出しながら反復横跳びできるぞ!』と心の中でこっそり自慢した。
「まあ、自慢じゃあないが、半分肉体労働のような職に就いているものでね。体力にはそこそこ自信がある。そしてこの『盾』の異能は、まあ、あくまでも盾でしかないからな。何かから守ることには優れていても、何かを害するのには不向きだ。……これで、女性陣の安心材料になればいいんだが」
土屋はそう言って、『どうだろうか』と少し笑いながら、女性陣を見る。
「そうだね。盾の能力があれば、ドアを守ってもらうことはできそう。勿論、土屋さんが裏切らないっていう前提においては、だけれど」
「まあ、それにもし裏切ったとしても、攻撃には向かない異能じゃない?これなら、それだけでもそれなりに安心材料になるわよねえ」
「はい……少し、安心できました」
どうやら、土屋は女性陣の信頼を得ることに成功したらしい。となると、ヒバナと天城については、まあいいか、ぐらいのかんじなのだろう。この2人も、ちゃんとドアを開ける案に反対してたもんなあ、とバカは深く頷いた。
……そうして。
「昼に、なったね」
昼を知らせる鐘が鳴る。
それと同時に、ドアに光が灯った。これで、昼のドアを開けて、ゲームに挑めるようになるわけなのだが……。
「じゃ、海斗。あんたはさっさと行ってきなさいよ」
ドアの1つを背後に、海斗が追い詰められていた。
「い、いや……待て。陽と天城さんが居るから、安心なんじゃ、なかったか?なら、僕は……」
海斗はどうすべきか考えあぐねているようで、その目は忙しなく、全員の間を行ったり来たりして……。
「だな!よし!じゃ、海斗!行くかぁ!」
「は?」
そして、海斗の目が、バカに向かった。
海斗の目に映るのは、満面の笑みのバカである。そしてバカは、特に躊躇なく、ドアを開けた。
「……な、何を、するつもりなんだ……?」
「え?だって、ついていきたい奴は海斗についていっていいんだろ?……え?違ったか……?俺、間違えたか……?」
茫然とする海斗と、周囲。海斗だけでなく、他の皆もびっくりしているのを見て、バカは『俺、何か間違えたっけ……?』と真剣に悩む。
「ご、ごめん。俺、間違えてドア、開けちまった……」
そして、間違えちゃったなら皆に謝らねば!とバカがまごまごし始めたあたりで。
「……いえ、いいわ。丁度いいし、バカ君と海斗君にその部屋に入ってもらいましょうよ」
ビーナスが、呆れたようにそう言った。
「流石に、首輪を引き千切れる人が大広間に居たら、ねえ……?安心、できないじゃない」
バカは『そうなのか?』とばかりに皆を見回してみるが、天城とヒバナは深々と頷いていた。土屋とミナは何とも言えない顔でそっと目を逸らしてきた。陽とたまは、『がんばれ……』とばかりにちょっと頷いてみせてくれた。ので、バカはがんばる!
「そっか!なら俺、海斗と一緒にこの部屋入っていいんだな!」
「ここまで素直だと一周回って心配になってくるわ」
ビーナスがちょっと複雑そうな顔をしていたが、とりあえず『俺の行動は取り返しのつかない失敗じゃなかった!』とバカは喜んでおり、気にしていない。
「あの、言っておいてなんだけど、本当に大丈夫?」
「へーきへーき!俺、海斗と仲良くなりたかったし、一緒なら丁度いいよな!」
ということで。
バカは、海斗に満面の笑みを向ける。
一方の海斗は、恐怖と緊張に引き攣った表情で、バカを見上げていた。
「い、いや、僕はこんな奴と一緒に部屋に入りたくな」
「よっしゃー!行こうぜー!じゃあ皆、また後でな!」
「人の話を聞けぇえええええ!」
が、喜んでいるバカは人の話をあんまり聞かない。
バカは海斗をひょいと小脇に抱えると、そのままドアを元気に開けて、スタスタとゲームの部屋へ入っていく。
……そうしてドアが閉まり、海斗の悲鳴は聞こえなくなったのだった。
ぱたん、とドアが閉まるとほぼ同時、海斗はなんとかバカの腕から抜け出して、今しがた閉まったばかりのドアへ向かっていった。
そしてドアを開こうとして、あえなく失敗する。
「く、くそ!開け!開け!」
「それ、一回閉まると開かねえんだってさっき言ってたぞ」
「うるさい!くそ……なんで、こんな……!」
海斗はしばらく、ドアを開けようと頑張っていたが、やがて力を失ったようにそのまま座り込んでしまった。
バカは、何と声を掛けていいものやら考えあぐねてしばらく海斗の後ろに立ち尽くしていたのだが、やがて、海斗はふらり、と立ち上がると、そのままバカの横を通り過ぎて、部屋の奥へと向かっていく。
「お、おーい、海斗ぉ。もう行くのか?」
バカは海斗を追いかけて声を掛けてみるのだが、海斗は答えることなくどんどん進んでいってしまう。
バカは『どうしようかなあ』と困り果てつつ、海斗の周りをうろうろする。……海斗はそんなバカに気が散る様子であったが、それでも頑なに、バカを無視して進んでいった。
……やがて。
「うわ、でっけえ……なんだこれ?」
2人が進んだ先に見えたものは、巨大な吊り天秤であった。
そして、吊り天秤の天秤皿の下には、ぼこぼこと沸騰する熱湯風呂が設置してある。




