0日目夜:大広間
バカは困った。状況が全然わかんねえ。ついでに、とってもアウェーな雰囲気だ。どうしてだ。自分がバカだからか。バカだからだろうなあ。
……そんな風に、バカは困っている。だがひとまず、バカが只々困るバカであることだけは伝わったらしい。周囲の人々は、『こいつは何だ!?』という目から、『こいつバカか?』という目に変わってきていた。
「……じゃあ、詳しく説明するけど」
「おう!ありがとう!」
「あなた、理解できる……?」
「自信ねえけどがんばる!」
猫っぽい雰囲気の少女は、そっと溜息を吐いた。そして遂に、周囲の人々の目は『こいつバカか?』から『こいつバカだ』へと変わっていた。正解である。彼はバカ。
「……まあ、頑張って理解して。じゃあ、まずは『時間』について説明するね」
「時間?」
「ええ。……左腕の時計、見た?」
バカは少女の言葉につられて、自分の左腕を見る。そこには例の時計があり、針は『夜』の初めの頃を指している。
「今は『夜』。言ってしまえば、休憩時間」
「そっかー」
休憩時間ということなら、なんとなく気が楽だ。バカは働くのも好きだが、休憩も好きである。
「……そして、昼が来る。昼になると、昼の扉が開けられるようになって……私達は、あれらの扉の先で『ゲーム』をして、『解毒』する必要がある」
「げどく……?」
「正確には毒物じゃなくて悪魔の呪いだ、とか言ってたけど。……要は、私達には今さっき、鐘の音が響いた瞬間に首輪から毒物が注射された。その毒は、次の鐘の時が来ると私達を殺す。けれど、『ゲーム』をクリアした先にある装置を使えば、首輪から解毒剤が注射されて、毒の効果を遅らせることができる。その日じゃなくて、翌日の夜の鐘まで死なないように延命できる……というわけ」
少女は嫌そうに、自分の首についた首輪を指で示す。バカは、『ほええ、怖ぇー……』と呟いた。よく分からないが、『昼の間に働かないと、夜になった時に死ぬ!』ということは分かった。
そんな時だった。
「……ねえ」
少女が、ぴく、と反応した。
「樺島君、って言ったよね」
「おう!俺、樺島剛!」
名前を覚えてもらえた!とバカが喜んで胸を張る一方、少女の顔には、何か焦燥が満ち始め……。
「首輪、どうしたの?どうして、あなたには首輪がついてないの?」
……そして、バカは思い出した。そういや自分、首輪無かったな、と。
「あー、俺、バカだから外し方わかんなくて千切っちゃったんだよぉ……」
8人がそれぞれ、悲鳴を上げたり目を見開いたり、はたまた理解が追い付かなくて気絶したりする中、バカは只々、しょんぼりしていた。
……彼の心には、ついでに思い出してしまったドア2枚と首輪1個の損害賠償のことが重く圧し掛かっていたので……。
「ち、千切っただと!?どうやって!?」
しょんぼりしたバカも、しょんぼりしてばかりいられない。
いつの間に来たのか、神経質そうなあんちゃんがバカの前で目をかっ開いて、首輪の無いバカの首を見つめていた。
「え?手でつかんで、こう……?」
こう、とジェスチャーしてみせたのだが、今一つ伝わらなかったらしい。『あり得ない!』とヒステリックに叫ばれてしまった。バカはしょんぼりした。俺の説明が下手なばっかりに、ごめんな……と。
「こ、これ……金属なのよ!?素手で千切ったって、正気!?」
「おう!俺、丈夫なのが取り柄なんだよ!」
セクシーなおねーさんにも化け物を見る目で見られつつ、バカは元気に答えた。職場でも『おめーは本当に丈夫だよなあ!』とよく褒められていた。筋肉と頑丈さはバカの誇りである。
「なあ、皆。つまり、樺島さんの『異能』がこれ、ってことじゃないかな」
だが、そこで人当たりのよさそうなあんちゃんがそう言い出す。
「いのー?」
「ああ。俺達にはそれぞれ1つずつ、『異能』が割り当てられているらしいんだ。君の場合はそれが、『怪力』なんだろうね」
いのー、いのー、とバカは口の中で繰り返す。まあ、聞いたことのある言葉だ。意味も分かる。
「そっかー。じゃあ、お前は何の異能なんだ?」
「えーとね、それは……」
だが、目の前の人当たりのいいあんちゃんは、バカの問いに対して、そっと目をそらしてしまった。おや、とバカが首を傾げていると……。
「言うわけ無いでしょ。バカじゃないの?」
「あ、うん。俺、バカってよく言われる。で、なんで教えてくれねーんだよ」
横から出てきたセクシーなおねーさんが、バカを見る目でバカを見てきていた。
「いい?私達がこれからやるのは殺し合いなのよ?手の内晒すバカがどこにいるってのよ」
「こ、殺し合い……?」
バカは困惑した。確かにさっき、『昼の間に働かないと夜になった時に死ぬ!』というルールは分かったが、殺し合いなんて聞いていない気がする!
それとも、バカがバカであるが故に聞き逃したり、理解し損なったりしているのだろうか。バカは不安になった。
「……説明がまだ途中だったね」
すると、不安そうなバカを見上げて、猫みたいな少女が何とも言えない顔で説明してくれる。こいつ優しい!とバカは嬉しくなった。
「ええと、昼の間にゲームをクリアしないと、夜を迎えた途端に死ぬ……っていうところまでは説明したっけ」
「おう!ちゃんと覚えてるぜ!」
バカはバカだが、物覚えのいいバカである。職場でも『お前、筋がいいじゃねえか!バカだけど!』とよく褒められる。
「そこに、ぶら下がっているカンテラが見える?」
「おう。俺、視力いいんだよ」
ついでに、バカは視力のいいバカである。大体100m先の新聞ぐらいまでなら読める。が、ここではそんな視力は必要ない。この大広間の最奥、大きな立派な扉の周りに堂々と、カンテラが9個もぶら下がっているのだから。
「あれに死者の魂が入るんだって」
「……え?」
「そして、あれの数だけ、悪魔は願いを叶えるらしいよ」
「え?え?」
死者の魂が、カンテラに。それはまあいい。多分人魂が入るんだろ?となんとなくバカは理解した。
だが……。
「今日を1日目として、明日、明後日……3日間の朝と夜が繰り返された後、4日目の朝に、あの扉が開く。その先に悪魔が居て、そこで、生き残った者の願いを、死んだ者の数だけ叶えてくれるんだって説明された」
「だから、『誰も死なない』なんてこと、信じられないよね、っていう話。だって私達は全員、願いを叶えたくて、ここに居るんだから。それこそ……悪魔に誘われて、このゲームに参加しちゃう奴らなんだからさ」
少女の暗い瞳を見た時、バカは何と言っていいのか、もう分からなかった。
「……お前も、叶えたいことがあるのか?」
「あるよ」
少女は頷く。バカは、そっかあ、と頷いて……。
「で、それ、何だ?」
「言わない」
歩み寄ろうとした途端にバッサリ切って捨てられて、バカは『俺、まずいこと聞いた!?』と慄く。だが、少女はそれにも溜息を吐いて付き合ってくれる。優しい!
「……考えてもみてよ。例えば、死者が1人で、生存者が8人。だとしたら……8人で喧嘩になるでしょ」
「うん」
「でも……死者が5人で、生存者が4人。そうなったら、1人1つは願いを叶えられるわけ。勿論、誰かが裏切るとか、ありそうだけど……1人1つ願いを叶える、っていう条件で、『協定』を結ぶことは、できそうじゃない?」
協定、という言葉の意味は分かる。だが、バカには今一つ理解が追い付いていない。
「なら、『こいつが叶えたいのはどんな願いか』っていうのは、手を組むための交渉の材料にできる可能性が高いし、逆に言えば、『こいつの願いはコレだから、こいつが手を組みそうなのはコイツ』とか、バレちゃうってこと。或いはもしかしたら……願いがバレることで、誰かに敵対されるような人も、居るのかもね」
はて、とバカはまた首を傾げる。勿論、理解は追いついていない。
「だから、願いが何かは言わない方がいいんじゃない?っていうこと。そうじゃなくても、ここに居るほとんど全員、素性の分からない他人だし」
「うーん、分かんねえけど分かった!とりあえず、どんな願いを叶えたいのかはナイショ、ってことだな!」
バカはバカなりに理解して、『そういうことなら!』と笑顔で頷いた。
……少女にはため息を吐かれた。
「で、えーと……俺、聞きてえんだけど、いいか?」
さて。
なんとなくここのルールが分かったところで、バカは8人全員を見回し、提案する。
「そろそろ皆の名前、知りてえんだけどさあ。自己紹介とか、しねえ?」




