0日目昼:大広間*1
かくして。
「ひどいよぉおお!どうして俺のこと忘れちゃったんだよぉおお!」
バカは泣いた。
たまに忘れられたのが悲しかったし、何より、このあまりにも分からない状況の中、あまりにも不安だったのだ。
そう。バカはずっと不安であった。そこを、ずっと空元気を出し続けてここまでやってきたのだ。だというのに、たまの、この仕打ち!
だが、泣き出したバカを見て、たまは只々、警戒を強めるばかりだ。まるで、野良猫か何かのようである。そしてバカは雨に濡れた野良犬か何かのようである。
どうしてこうなってしまったのだろうか。バカは只々不安なばかりで、どうしていいものやら分からない。
たまが言ったのだ。『急いで部屋から出て、大広間へ向かって。そこで落ち合おう』と。だというのに、そのたまが、この態度!
……だが、そう思い出したバカは、同時にもう1つ、思い出した。
たまは賢い。バカよりずっと賢い。(大抵の人間はバカより賢い。)
たまは賢いから……バカに、こうなった時のことも、教えておいてくれたではないか!
「なあ!たま!」
「え、たま、って何……?」
「俺、時を巻き戻してここに来たんだ!それで、それで、えーと……お前に、言われたんだ!『つぐみと光から伝言だ。協力しろ』って言え、って!」
……そうして。
「……全然、信用できないけど」
「うん……」
しょぼん、としたバカに、たまは呆れた顔をしているばかりである。
これで信用してもらえないなら、もうダメだ。万策尽きた。バカは只々しょんぼりと項垂れるばかりである。
「……でも、辻褄は、合うね」
だが、たまは賢いので、バカには分からない何かを考えたらしい。それに希望を見出して、バカはうるうるとした目でたまを見つめる。
「あなたが私と光の名前を知っている理由は、それで説明が付く。挙動が不審なのも。それから……もし本当に私が『時が巻き戻る前』にあなたと話をしていたんだったら、『巻き戻った後』の私に対して、『つぐみと光から伝言だ。協力しろ』って伝えさせるのは、まあ、納得がいくっていうか……」
「よく分かんねえよぉ……」
たまの話は難しくてよく分からない。そうでなくても、バカは今、いっぱいいっぱいだというのに!
「ただ、それを信じるには1つ、必要な前提があるんだけど……」
が、たまは勝手に1人で何かを納得し、思い至ったようで、ゆるり、とバカを見上げて、聞いてきた。
「……あなた、バカ?」
「うん!俺、すっげえバカ!あ、名前、樺島剛っていうんだ!バカって呼ばれてる!よろしくな!」
バカは嬉しくなって、そう答えた。
そう!バカはバカなのである!それを分かってもらえていれば、なんとなく大丈夫な気がする!親方にも、『お前はバカだから、早目にバカだって分かってもらっておいた方がいいぞ』と言われているのだ!
「成程。バカだね」
「うん!バカだぞ!」
かくして。
バカは、バカであるという理由で何か、とりあえず一定の信頼を得た、らしい。
……まあ、バカにはよく分かっていないが!
「じゃあ、時が巻き戻る前のこと、話して」
「おう!分かった!……ええと、陽が死んじゃったんだ……」
「……陽って誰?あと、最初から話して」
「あ、うん。最初……最初……えーと、自己紹介してぇ、それから、天城のじいさんが1人で部屋に入っちゃってぇ……あ、その前に、陽とヒバナが天城のじいさんに呼び出されてなんか話しててぇ……」
……そうして、『前回』の話を説明するのだが、バカはバカなので、説明が下手である。だが、たまは根気強く話を矯正しつつ話を聞いてくれたので、次第にバカはちゃんと話せるようになっていった。たま、すごい。
「成程ね……そっか、光は、死んだんだ」
「なー、光って、誰だ?陽のことか?」
「多分、そう。……私の恋人のこと」
「こいびと……」
バカは、たまから実際にそう聞いて、『きゃー』と両手で頬を押さえた。なんとなく、こういう話はこそばゆい!くすぐったい!恥ずかしい!お年頃のバカには刺激が強い!
「……それで、多分、その内『陽』が来るんじゃないかと思う。彼だって、あの程度の仕掛けはすぐ解けるだろうし……。或いは、得意な人が居たら、その人が先かも」
それから、たまはそう言って階段の方をじっと見つめた。
……そう言われてみると、全てを筋肉で破壊してきたバカはさておき、たまはあの部屋の仕掛けを事前の知識なしに解いてあの速さだったわけだ。とんでもないことである。バカには絶対にできない。バカは『たまってやっぱすげえなあ』と感嘆のため息を吐いた。
「……ところで、樺島君はどうやって個室の仕掛けを解いてきたの?」
バカが『たまってすげえ』を反芻していると、たま自身も、バカが異様な速さで脱出していることに気づいたらしい。ついでに、『この人、本当にあの仕掛け突破できたのかな……』というような不安も見て取れる。
だが。
「え?素手で。こう……首輪引き千切って、それから、ドアぶち破って、ここまで……」
心配することなど何も無い。
バカはバカ。それだけなのだ。種も仕掛けも無い。ただ、バカはそのパワーによって全てを破壊する。破壊して何ともならないものは解決できない。それだけなのだ!
「……アッ!?」
が、珍しくもバカはそこで気づいた。気づいて奇声を発したため、たまはびっくりしていた。
「な、何?」
「そうだ!たま!俺、お前の首輪、千切っておいた方がいいか!?」
バカはたまに構わず、そう、問いかける。
「その首輪から、毒薬?なんかよく分かんねえけど、注射されちまうらしいんだよ!だからそれ、千切っておいた方がよくないか!?」
そう。
バカは、破壊できるものなら破壊できるのだ。それは、他人の首輪でも同様である。
だが、たまは目を瞬かせた後、複雑そうな顔をした。
「……それなら、もうダメかな」
「え?」
「多分、私、もう注射されてるから。この大広間に入った時、何か刺さったような感覚、あったんだ」
「そ、そんなあ……」
バカはがっかりした。同時に、『俺がもっと早く気付いていれば、たまを助けられたのに!』と自分のバカさに腹が立つ。
「でも、ゲームとやらをやればいいってことでしょ?それで、一周前の私は、それをクリアした」
「うん」
「なら、別に大した問題じゃないし。一度できたことなら、またできるはずだから」
「うん……」
だが、バカは知っている。あのゲームは怖いのだ。いきなりライオン出てくるのだ。でも魚は美味しかった。やっぱり怖くないかもしれない。
……それはともかくとして、あのゲームをやる必要が無かったら、他の皆も、争ったり、不安になったりせずに済んだんじゃないかとバカは思うのだ。
それに何より……バカにはよく分からないが、人形。あれは、それぞれの部屋にあるらしい。あれが見つからなければ、ビーナスは死ななかった、のだろうか。そう考えると、やっぱりゲームの部屋に入らなくて済む状況になるのが一番いい気がしてきた。
「でも、人間を殺してでも願いを叶えたい人が居ることを考えると……うーん」
たまは何か考えながら、ちら、と、大広間の門の方を見た。
そこにはカンテラがぶら下がっている。今は全部、空っぽだが……。
「……じゃあ、樺島君」
バカがカンテラを眺めていたところ、たまが横から、そっとバカの袖を引っ張った。
「うん?」
バカが首を傾げてたまの方を見ると……たまは、にや、と笑って言った。
「ここから先、大広間に来る人が大広間に入る前に捕まえて、全部、首輪、引き千切ってくれる?」
……そう。
たまは駄目でも。他はまだ、駄目じゃないのである。バカはようやく、それに気づいた。
ということで。
「陽!陽が生きてるー!やったー!」
「はい!?な、何のことだ!?君は誰!?」
「じゃ、首輪引き千切っとくな!よっこいしょ」
「え、ええええええええ!?」
ということで、最初に犠牲になったのは陽の首輪だった。
「ちょ……えっ、えっ、あの……え!?」
「あ、光。来たんだ」
「つ、つぐみ!?これは一体どういう状況なんだ!?」
「なんかすごいのが一人紛れ込んでる。そういう状況。それでいてそのなんかすごいのは、とりあえず私達に好意的。あと、すごくバカ」
「すごくバカ!?」
陽は全く理解の追い付いていない顔でわたわたしている。ので、バカは笑顔で、陽に首輪の残骸を差し出した。
「あ、千切った首輪、返しとくな。どうぞ」
「あ、ありがとう……?」
真っ二つに千切れた首輪を渡された陽は、『もう意味が分からない』とばかり、途方に暮れた顔をしたのだった。




