3日目昼:
「……光?」
たまは、呆然と呟いた。
だが、陽は動かない。
「光!」
たまが叫ぶのを、バカは茫然と見ていた。
現実味が無い。どんどん人が死んでしまう。現実味が無い。本当に、現実味が無い。
……だが、そんなたまに向かって、影が動く。
それは、深紅の甲冑を着込んだ騎士であった。顔は見えない。兜までしっかりフルフェイスなのだ。
だが、その騎士がたまを狙っていることは、分かった。
そして短剣が、投擲される。
だからバカは動いた。
「うぉおおおおお!」
それは、猛烈なタックル。職場でも沢山褒めてもらっているキレと破壊力のあるタックルだ。バカは、まるで闘牛か何かのように、愚直に一直線、騎士に向かって突っ込んでいく。
そう突っ込んでいけば、短剣はたまではなくバカに当たることになる。……だが、バカが走れば風が巻き起こる。その猛烈な風圧によって軌道を逸らされた短剣は、バカに突き刺さることなく、ただバカの拳を刀身の真ん中に受け、叩き落されるに至った。
いよいよ慌てた騎士は、咄嗟に深紅の盾を構えた。反対の手には剣が握られている。
だがそんなものはいよいよもって関係ない。
キューティーラブリーエンジェル建設名物、樺島剛のタックルは、盾も剣も甲冑も、全てを破壊する最強のタックルなのだから!
ドゴッ、と鈍い音と共に、騎士が吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ騎士は壁に叩きつけられて、メシャッ、と厭な音を立てた。
「たま!」
バカはとどめを刺しに行くことより、たまを優先した。
……たまは、無事であった。
だが、陽は……。
「……即死か」
たまの反対側に膝をついて陽を見ていた土屋は、そう呟いて、後悔と疲れの滲む表情でそっと、首を横に振った。
それからしばらく、誰も動けなかった。
ミナは放心したようであったし、土屋も疲れ切ってしまっているようだった。
そしてたまは、倒れたままの陽の傍らから、じっと動かない。
だからバカも動けないまま、茫然と立ち尽くすことになる。こういう時、どうしていいのか分からない。バカはバカなので、上手い行動なんて、全く思いつかないのである。
「……一応、見ておこうか」
それから最初に動いたのは、土屋だった。
土屋はのろのろと立ち上がると、バカが先程タックルで吹き飛ばした騎士の元へと赴く。
……騎士は、身にまとっていた鎧も、持っていた剣も盾も、全て失っていた。鎧の残骸が燃えているのを見る限り、最初の槍のように、燃えて無くなってしまったのかもしれない。
そして、そんな騎士の顔は……。
「……彫像か何かか?」
バカのタックルによって半ば砕けてはいたが……それは、白大理石の彫像のようにも見える。そして、その顔立ちはビーナスに似ていた。
「これは、ビーナス……?いや、しかし……彫像、が、動いて、襲い掛かってきた、のか……?」
土屋は何か考えようとして、しかし、首を横に振るとその場にまた座り込む。
「ああ、駄目だ!もう何も分からん!くそ、どうしてこうなる……!」
バカも同じ気持ちで、座り込んだまま俯いた。ミナはすすり泣いていて、そして、たまは……。
……たまは、まだ、動かない。
たままで死んでしまっているんじゃないか、と思うくらいに、たまは動かなかった。
そんなたまを見ていたら、バカまで胸が苦しくなってくる。
どうにかして、たまを元気にしたい。強く強く、そう思う。
……だが、バカにはどうすることもできない。
見ていたら、分かった。多分、たまと陽は、元々知り合いで……仲の良い友達か、あるいは、恋人、だったんじゃないかとバカは思う。
たまのことを『つぐみ』と呼んだ陽の表情も、今、動かない陽を見つめているたまの表情も、とても優しくて、悲しくて、そして、愛おしげだった。
……陽が死んでしまった。これが、たまにとって、如何ばかりの苦しみなのか。それこそ、量りきれないくらいの苦しさなんじゃないだろうか。
そんなことを考えていたら、バカは居ても立っても居られない。どうしようもないことをどうにかしたくて、何ができるだろうか、と必死に考える。
考えて、考えて、頭に穴が開くんじゃないかというぐらい考える。脳味噌がとろけてしまうくらいに考える。
バカはバカなので、思考は空回りするばかりだ。だが、気持ちは誰よりもきっと、強い。それこそ、まだ実感が追い付いていないのかもしれないたま自身や、諦めが強くなってしまっているらしい土屋やミナよりも、ずっと。
「……決めた」
だから、バカは立ち上がるのだ。
「皆。さっさと次のゲーム、やっちまおうぜ」
バカが見た腕時計の針は、『昼』に丁度差し掛かるところだった。つまり、ゲームの開始だ。
バカは、座り込んだままの土屋とミナ、そしてたまを見て……ぎゅっ、と握った拳を掲げ、宣言するのだ。
「そんで!悪魔に願いを叶えてもらう!全員生き返らせろ!って!それがダメなら、もう一回やり直させろ、って!」
その時だった。
ぽやっ、と、バカが光る。
……そう。バカが、光った。光ったのだ。
尻だけ光っていれば、蛍のそれだっただろう。だが、光っているのは全身である。全身くまなく、ぽやぽやと発光している!
「ど、どうしたんだ、樺島君」
「ん!?何がだ!?こういう時ぐらい元気出さなきゃダメだろ!」
「元気!?君は元気が出ると光るのか!?」
「光る!?なんのことだ!?」
が、バカは自分が光っていることに全く気付いていない。自分で自分は見えない。何せバカは、真っ直ぐに、気分も目も前向きなのだ。
「……まさか」
ぽや、ぽや、と光るバカの足元で、たまが、はっとした顔になる。そして、腕時計を見て……意を決したように、バカへと手を伸ばした。
きゅ、と、たまの手がバカの腕を掴む。すると……。
「本当に、そうだなんて……!」
たまの目に、光が戻ってきた。
ぽやぽや光るバカに照らされるたまの表情には、希望があった。
「樺島君の異能は、『時を巻き戻す能力』なんだ!」
「へ……?」
バカ本人は、ぽかんとしていた。光り輝きながら、只々追い付かない理解と共に、ぽかんとしていた。
「時を……巻き戻す……?」
「あの、それって、どういう……?」
土屋とミナもぽかんとしていたが、その中でたまは、戻ってきた希望の炎を燃やすように、必死にバカの顔を覗き込んだ。
「樺島君!いい?聞いて!あなたはあと30秒くらいで、このゲームのやり直し……ゲームスタートの時か、更にその前、個室に居た時に戻ると思う!」
「えええええええ!?なんでだ!?」
「そういう異能なんだよ。樺島君の異能は、時を巻き戻す異能!『やり直し』を強く宣言した時から90秒後に時が巻き戻る。そういう説明になってる。なんだか、他のと少し違うけれど……」
混乱するバカは、たまの説明を聞いてますます混乱する。
『他のと違う』とは。『そういう説明』とは。そもそも、『時を巻き戻す異能』とは。一体。
「た、たまさん!私達にも説明を……」
「ごめんなさい、土屋さん。説明してる時間は無さそう」
更に、土屋も話に追いついていないようであったが、たまはそんな土屋を無視することにしたらしい。土屋はぽかんとしているが、たまは変わらず、バカを見つめ続けた。
「いい?樺島君。ゲームが始まったら、すぐに……できる限り早く、個室を出て、大広間へ向かって。私も、急いで向かうから」
「へ?」
「分かった?」
真剣な顔で見つめてくるたまの目を見て、バカは……分からないながらも、ひとまず、たまの要求は理解した。
「よ、よく分かんねえけど分かった!とにかく急いで部屋を出ればいいんだな!?」
バカは、分からないけれど分かったことを必死に伝えた。なんとか、たまを安心させたくて。
「うん。……そこで、落ち合おう」
たまは、バカがひとまず『分かった』らしいことにほっとした様子でそう言うと、それから、ふと、心配そうに続けた。
「それで……もし、私が樺島君のことを覚えてなかったら、『時を巻き戻した』って言ってほしい」
「へ?」
「それでもダメだったら……あー、ええと、『つぐみと光から伝言だ。協力しろ』って、言って」
たまの心配そうな顔に、バカは首を傾げる。
だが、その間にも、バカから発せられる光は次第に強くなっていった。
ぽやぽやとした光はどんどんと強まっていき、そして、ぴかぴか、と眩く辺りを照らす。
「じゃあ……樺島君。『次』も、よろしく」
「へ?お、おーい、たまぁ、それ、どういう……」
そして、バカがたまにもう少し詳しく色々と聞こうとした、その時だった。
遂に、バカから発せられた光は、眩く世界を包み込み、そして……何も、見えなくなったのだった。
……そうして。
「んん……?」
樺島剛は、目を覚ました。ぱち、と目を開けて、大きく伸びをする。
「……なんか夢見てた気がするけど忘れ……」
むにゃ、とあくびもしたところで、さて。
「……てない!」
ガバッ、と立ち上がったバカは、きょろきょろきょろ、と忙しなくあたりを見回す。
「ここ、どこだ!?うわっ!?ほんとに元の部屋か!?」
そこは、自室ではない場所。最近就職したばかりの建設事務所の休憩室でもない。
……バカがこのデスゲームの最初に居た、例の個室である。
そしてバカは、じわじわ、と思い出してきた。
そうだ。たまは……言っていた。
『できるだけ早く部屋を出て、大広間へ向かって』と。
「うおぉおおおおぉおおぉお!待ってろよぉおおおお!たまぁあああぁあぁああ!」
バカは、雄叫びを上げた。
ようやく追いついてきた実感、そして希望を胸に……バカが最初にするべきことは。
「まずはこれだぁああああ!」
バキイ!と、首輪を引き千切った。そして投げ捨てた。
「で、これだぁあああぁぁぁあ!」
続いて、バキイ!と、ドアをもぎ取った。そして投げ捨てた。
ドゴォ、とドアが廊下にぶつかる派手な音が響き、そして、ドスドスドスドスドス!と、バカの足音が響く。
「うおおおおおおおおお!」
バカは走った。バカなので、走った。そんなに急いでも無駄だろう、と言ってやる者が誰も居なかったため、全力で走った。
……そうしてバカは、大広間へと到着したのだった。
が、当然、誰も居ないのであった!
「た、たまぁ……?たまぁ、どこだよぉ……」
バカは、『たまは首輪を引き千切ったりドアをぶち破ったりしないので流石にちょっと時間がかかる』ということをすっかり失念しているため、おろおろ、おろおろ、と大広間の中を歩き回ることになる。
大広間は、ついさっき見た通りの姿だ。とはいえ……バカが散らかしたバリケードの残骸や、それによって折れ飛んだ吹き抜けの手すりなどは、すっかり元通りになっている。
……そうだ。つまり、時間が巻き戻っているのだ。
それを確認しながら、バカは変わらず、おろおろ、おろおろ……と動き回り……。
……そうして。
「たまぁああああああ!」
ようやくそこに現れたたまの姿を見て、バカは全力で喜ぶのだった!
だが。
「え……誰?」
たまは、訝し気な顔でバカのことを見ている。
……そう。
この時間のたまは、バカのことをまだ知らないのだ。
つまり。
よりによって、このデスゲーム中で最もバカであろうこの樺島剛だけが、時の回廊に取り残されているのである!
よりによって!一番のバカが!
バカなのに!
……前途多難である!
<バカカウンター>
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