2日目夜:大広間*3
「び、ビーナスさん……!」
誰よりもショックを受けていたのは、間違いなくミナだろう。ミナはずっと、ビーナスと行動を共にしていた。その分、ショックも大きいはずである。
泣き崩れるミナの背を、そっとたまが撫でる。陽と土屋は、痛ましげな表情でビーナスを見つめていた。
そしてバカは、只々茫然としていた。
……人が、3人も一気に死んでしまった。
ヒバナも海斗もビーナスも、皆、いい奴だったのに。原因もよく分からないまま、3人も。
「……な、なんで、死んじまったんだよ」
混乱のまま、バカはそう声を漏らす。
「どうして……ビーナスも、海斗も、ヒバナも……」
理由を知りたいわけじゃない。上手く言葉にはできない。このやるせなさをどう表現したらいいのか、バカには分からない。そして、この気持ちをどう受け入れたらいいのかさえ。
それから少しして、ミナが落ち着いてきた頃。
「……そうだな。何故、死んでしまったのか……それは、考えておく必要がありそうだ」
土屋はそう言って、苦い表情のまま、誰にともなく言った。
「ビーナスを殺害し……海斗とヒバナにも危害を加えることができたのは、誰なのか。ここで一つ、考えてみようじゃないか」
「まず……ビーナスの死因が人形によるものだと仮定すると……樺島君は犯人ではないな」
「へっ!?俺!?」
さて。
唐突に話が自分に向いて、バカはびっくりする。だが、バカ以外の4人……たまも陽も、土屋もミナも、納得したように頷いているのだ。
「ああ。樺島君が最初に入った部屋は、ライオンが居た部屋だったね?そしてそこの鍵は太陽の鍵で、陽の人形が部屋にあった」
さっきのやつだよな、とバカは確かめつつ、うんうん、と頷く。ここまでは理解できているぞ、とアピールするために。
「続いて、樺島君は私とミナさんとビーナスと一緒に、水槽の部屋に入った。……そしてその部屋にあったのは、海斗人形だ」
バカはここも理解した。頷いておいた。だが、結論には至っていない!
「つまり、樺島君はビーナスの人形を手に入れる機会が無かった、と言える。1日目の夜、他の皆が休憩している間も、樺島君はずっとチーム分けでうんうん唸りながら悩んでいたからね……。他のチームが攻略した部屋に戻って何かする余裕も無かっただろう」
「まあ、それは人形が1部屋に1つしか無いっていう前提に基づくものだけれどね。……まあ、ゲームの部屋の数が9つなんだから、1部屋1人、というのは正しいように思える」
土屋と陽の言葉に、バカは『なるほど!』と頷いた。今度は分かった。多分。
「……となると、私かミナ、はたまた、たまさんか陽、ということになるのか」
やれやれ、と土屋がため息を吐く。また少し、部屋の空気が張り詰めた。バカは居心地が悪くしてそわそわしている。
「今……カンテラの中に、魂は1つ、か。つまり、海斗とヒバナとビーナスが死んだのは、鐘が鳴った後、ということになるな……」
土屋が見上げた先には、カンテラがある。そして、そこにある魂の数は、未だに1つだ。
……魂は、1日目の夜の鐘をはじめとして、それから夜の鐘が鳴るごとに更新されていく、と聞いている。
つまり、ヒバナも海斗もビーナスも、全員死んだのは夜の鐘が鳴った『後』なのだ。
「人形が原因で死んでいるであろうビーナスは勿論、海斗君とヒバナ君についても、我々どちらのチームにも、犯行は可能ということになったな……」
土屋が『参ったな』とばかりに頭を抱えて、それから、ちら、とたまと陽の方を見る。だが、たまと陽も、困った顔をしているばかりだ。
「一応……ヒバナか海斗がビーナスさんを、という可能性は、まだ残るけど」
「そう……だね。全ての犯人が同一人物だという決まりがある訳でもない。ビーナスさんのことと、海斗とヒバナのこととは別だと考えた方がいいかな」
「だが、こちらの部屋の前にバリケードが築いてあったことについては、疑いようもなくそちらの誰かの犯行だと思うぞ。そして、それを2人とも知らないはずはないだろう、とも思っている」
「ば、バリケード?初めて聞いたな、それ……あ、このあたりに散らばってる残骸は、もしかして、それなのか……?」
さて。
……こうして、主に土屋とたまと陽が話し始めるので、バカはただ暇になる。暇で、更に、居心地が悪い。
残念ながら、バカは推理なんてできる頭を持ち合わせていないので、こういう時にはなんとなく流れを追って、一生懸命付いていこうとするので精いっぱいだ。それでも、付いていききれずにあっぷあっぷしているのだが。
そんな中、バカはふと、ミナに目を留めた。
ミナも、こういう話し合いに積極的に参加するタイプではないと見える。おろおろしたり、俯いたり。まあつまり、バカと同じくあっぷあっぷしている状態、というわけだ。
そんなミナをじっと見つめていたら、ミナはバカの視線に気づいて、ちょっと微笑んだ。バカはなんとなく安心感を覚えて、にこ、と笑った。
そうして笑い合うと、少し元気が出てくる。そして、バカは少し元気になったので……。
「なあ!なんか探すもの、ねえか?俺、話し合いよりそういうのの方が得意だ!なんかあったら言ってくれ!そっちでなら役に立てると思うから!」
そう、申し出ることにした。
バカはバカだが、ちゃんと働きたいバカなのだ。善良で、健気なバカなのである!
「……そうだな。樺島君の言うことも尤もだ」
バカの申し出に、土屋は笑って、それから、元気を取り戻したように顔を上げる。
「まだ出ていない情報を探そう。片方のチームが分かっていることでも、もう片方に証明できないものは見ていかなければな」
そして歩き出した土屋の後を、バカが喜んで追いかける。バカが元気になると、周りも少し元気になるらしい。ミナも、陽とたまもついてきて、5人揃って吹き抜けの上へと上がることになった。
「ひとまず……たまと陽とヒバナと海斗が入った部屋を見ておきたい。人形が見つかればよし、見つからなかったら……まあ、陽とたまのどちらかが嘘を吐いている可能性や、海斗とヒバナがビーナスを殺害した可能性が浮上する」
「そうだね。私としては、最初に土屋さんとミナさんとビーナスさんと海斗君が入った部屋も調べておきたかったけれど……その時間は流石に無さそう」
たまは、ちら、と時計を見ながらそう言った。
「残り、30分ぐらい。1部屋探索して、少し話し合いをして終わるくらいだと思う。でも、手分けをして探すよりは、全員一緒に居た方がいい。それでいい?」
「そうだな……。こちらの無実を証明したい気持ちは山々だが、時間が無いのは確かだ。そして何より、今ここで分断されてはたまったものではないからな。全員、行動を共にしよう」
……ということで。先程、たまと陽とヒバナと海斗のチームが攻略したというゲームの部屋を、探索することにした。
のだが。
「あれ?」
階段を上がって吹き抜けの上に出たバカは、首を傾げた。
「どうしたんだ、樺島君」
「んー……?たま達が入ってた部屋って、どこだっけぇ?」
「ん?それなら、そこの……」
土屋はバカに説明しようとして……やはり、気づいたらしい。
「……なんか、開いてるドア、多くねえ?6つ開いてるぞ?あれ?」
そう。
バカ達が出てきたドアの隣……バリケードの残骸に埋もれかけていたが……『誰も入らなかったはずの部屋の出口』が、開いていた。
「なっ……なんで気づかなかったんでしょう……ああ、私達、すっかり気が動転していて……!」
「それに加えて、バリケードの破片に埋もれていたんだ。くそ、参ったな……」
「ごめん!俺か!?俺のせいか!?始末書か!?始末書なら任せろ!」
全員がショックを受ける中、バカは『始末書……!』と慄きながら、そろり、と、開いているはずの無いドアの先を覗き込む。
……が、誰かが居るわけでもない。
『大丈夫だぞー』と皆に合図して呼び寄せると、全員、おっかなびっくりにやってきて、部屋の中を見回した。
「ふむ……解毒装置が作動した形跡は、ある、が……」
「解毒剤は全部無くなっていますね。これでは人数が読めません……」
解毒装置の椅子の横にあるパーツの中には、本来、解毒剤であろう光る玉が格納されている。期限切れになってしまったものは光を失ってそこに留まり続けるはずなのだが……今、目の前の解毒装置には1つも解毒剤が残っていない。
「……これは大変なことになったな。もしかして、私達以外にも誰か居るのか」
「だとすると全てに説明がつくよね。私達のチームでも、そっちのチームでもない誰かが居た、っていうことなら……」
バカは、うっすらと寒いものを背筋に感じる。全員がきっとバカと同じ思いで目配せし合って……そして。
「……まさか、天城さん、でしょう、か……?」
ミナの呟きが、小さく、空気に滲んでいった。
……最初に死んでしまった天城が、まだ生きていたとしたら。
もしそうなら、確かにこの状況は辻褄が合う。だが……。
「……いや、それは無いだろう。だって、カンテラには魂が入っていたからな。天城さんが生き残っていたなら、魂が入っているとは思い難い」
土屋がそう、否定した。
土屋がそう言う通り、吹き抜けの下……大広間の門の前のカンテラには、燃え盛る炎が1つ、入っている。それは、動かせない事実だった。
もし、天城が生きているとしたら、あの魂は何だというのだろう?少なくともバカには、その答えは出せない。
「よって、私は真っ先に異能を疑うぞ」
そして土屋はそう言って……たまを真っ直ぐに、見つめた。
「たまさん。君の異能は、何かな?」
「……私は、土屋さんの異能も知りたい」
たまは動じることなく、そう言って土屋を見つめ返す。
「まだ、私は土屋さんの異能を知らない」
土屋も黙って、たまを見つめ返す。
「あっ!俺は俺の異能知らない!」
そしてバカも元気に名乗りを上げる。
「……ああ、うん、まあ、そうだな……樺島君という最大の謎が残ったままだが、それはもう、諦めた方がいい気がしているよ……」
が、バカの名乗りは土屋と陽とミナの優しい苦笑によって、そっと流されていった。どんぶらこ、どんぶらこ。
「……ということで、たまさん。私が異能を説明したら、君も異能を教えてくれるかな?」
「うーん……」
そしてたまは、土屋の問いに、答えを言い淀んだ。
「教えられない、と?」
土屋が訝しむと、たまは一つため息を吐いて……。
「私の異能は、1日に1回、相手の異能を」
たまの言葉は、そこで途切れた。
それは、陽がたまを急に突き飛ばしたからだ。
「……え?」
そして、驚くたまの目の前で、陽の体が何かに貫かれた。
陽の胸に突き刺さったそれは、槍であった。その槍は、ぼわり、と燃え上がって消えていく。途端、陽の胸にぽっかりと空いた穴からは、どくどくと血が流れ出した。
「……無事か、つぐみ」
陽は、そう囁いてたまに微笑みかけると、そのまま目を閉じ、動かなくなった。




