天王星の記憶
町田真里奈は、ごくごく普通の女子高生である。
ただ、1つ何か、他の子と違うことがあったとすれば……悪魔のデスゲームなんかに参加することだろう。
町田真里奈には、望みがある。
それは、幼馴染である駒井燕の死の真相を知ることだ。
真里奈と燕は、幼馴染である。町田家と駒井家は、家族ぐるみの付き合いだった。燕のお姉ちゃんのおさがりの服を貰ったこともあるし、作りすぎた夕飯のおかずをシェアし合うこともあった。
そんな家同士の、同い年の幼馴染同士であったので、真里奈と燕は同じ幼稚園に通い、同じ小学校に通い、同じ中学校に通って、何かと一緒に居ることが多かった。
小学生の低学年ごろまでは真里奈の方が体が大きく、持ち前の明るさと気の強さがあったため、大人しく小柄だった燕を引っ張って駆け回ることが多かった。……今になって思い返してみると、燕のアレは、大人しかったのではなく、思慮深かった、ということなのだろうが。
小学生の中学年になると、真里奈の母は『燕君を見習ってもうちょっとあんたも本とか読みなさいよ』と言ってきたこともあり、真里奈は燕と一緒に学校の図書館で過ごすことも増えた。……相変わらず駆け回ることも多かったが。
その時から、燕は既に秀才としての才覚を発揮していた。彼が読んでいる本は大人が読むような本ばかりで、真里奈は燕の隣で子供向けの本を読んでいるのがなんとなく恥ずかしかった記憶がある。
……なので、『読んでいて退屈じゃなくて、かつ、そんなに恥ずかしくない本』として、図鑑ばかり見るようになってしまった真里奈である。
まあ、図鑑は面白かったし、図鑑を横から覗き込んだ燕が『ワカメは海外ではかなり厄介者扱いされてるんだよ』『青いダンゴムシはウイルスに感染したやつらしいよ』などと話してくれるのが楽しかったので、図鑑を見るのは悪くなかったのだ。
そして、小学校の高学年ごろになると……流石に、男女の友達同士で一緒に居ると、揶揄われるようになってきた。
が、揶揄う男子に飛び蹴りをかまして『すみませんでした』と謝るまで殴るのを止めないくらいの行動力と短慮に満ち満ちた真里奈と、『そもそも俺、他に友達居ないから別にいいよ』とアッサリした燕は、それでも一緒に居たのである!
……実際、燕には他に友達が居なかった。というのも、『あいつが言ってること、なんだかよく分かんないんだもん』とクラスの他の男子達から疎遠にされていたからである。
そして真里奈も、その頃には燕が見ているものが自分とは異なるのだということを、なんとなく理解していた。真里奈だって、燕が話していることはよく分からなかった。
……だが、真里奈は他の子供達とは違って、そんな燕に『それ分かんない!何!?』と尋ねる好奇心があったのである。そして燕もそれに返す忍耐力を持っていたので、真里奈と燕の友好関係は続いていた。
燕から知らないことを聞くのは、楽しかった。燕も真里奈の反応を見て、それなりに楽しそうにしていた、ように思う。燕は燕で、『これ、真里奈はどう思う?』などと、聞いてくることがあった。あれは恐らく、『普通の感覚』を知るためにやっていたのだろうな、と思われる。今になって思うことではあるが。
そんな風に、釣り合わない2人ではあったが、それなりに仲は良かった。
しかし、そんな仲良し幼馴染同士でも、高校からは別の学校に通うことになった。……というのも、当然のことながら、燕は真里奈よりよっぽど頭の出来がよかったからだ。
燕は塾になど行かずとも、県内トップの成績を修めていた。燕のお姉ちゃんのつぐみさんも、ものすごく頭がいい。
一方の真里奈は、頭の出来はまあ、平々凡々といったところであるので、母と一緒に『燕君すごいわねえ』『すごいよねえ』と話すくらいで、段々と疎遠になっていく幼馴染の後ろ姿を眺めているばかりであった。
……だが、幼馴染である。それも、男女で一緒に居ると揶揄われることも多い小学校高学年ぐらいになってもまだ一緒に遊んでいたくらいの、仲良しの幼馴染である。
道で出くわせば雑談に興じていたし、互いの家に『作りすぎたおかずです!』『実家から送られてきたお菓子のお裾分けです』と使い走りに出されることも多かったため、やはり、その度に顔を合わせて、顔を合わせれば多少は喋っていた。
だから、仲は良かったはずだ。
……尤も、そう思っていたのは真里奈だけだったのかもしれない。燕の方は、真里奈のことは特にどうとも思っておらず、真里奈が1人、勝手に仲良しだと思っていただけだったのかも。
燕は頭のいい人間であったので、真里奈には見えていないものが沢山見えていたのだろう。真里奈のように、『今まで仲良しでやってきたんだからこれからも仲良し』と信じられるほどバカではなかった、ということなのかもしれない。
今となっては、それもよく分からない。
ただ……1つ確かなことがあるとすれば、燕は死んだ、という、ただそれだけなのだ。
駒井燕の葬儀は、非常にこぢんまりと執り行われた。
真里奈の通う高校とは違う高校の制服を着た燕の遺影が飾られていて、なんだか現実味がなかった。真里奈の知らない人の写真みたいだった。
その遺影をじっと見つめるつぐみの姿を見て、真里奈はどこか怖いような、そんな気持ちになった。……彼女もまた、少し経つ間に知らないお姉さんになっていたような、そんな気がしたのだ。
焼香を済ませて、お経を聞きながら……改めて、真里奈は思った。
どうして、燕は何も教えてくれなかったんだろう、と。
それから、真里奈はぼんやりしながら日々を過ごした。
しばらくの間、駒井家へお裾分けに走ることも無かった。何も無いまま、何も無かったかのように、ただ空虚に時間が流れていく。
……そんなある日。もしかしたら雪が降るかもしれない、という寒い夕方……町田家の家のチャイムが鳴って、真里奈の母が『はーい』と返事をして、そして外に出て……それから、母が『真里奈ー!ちょっとー!』と呼ぶ声が聞こえた。
何だろう、と思って外に出ると……そこには、駒井つぐみが居た。
燕と疎遠になると同時に、つぐみとはもっと疎遠になっていた。だから真里奈は、自分がいつの間にか『近所のお姉さん』の身長を追い越していたことに、ようやく気づいた。
それでもつぐみの、どこかミステリアスなかんじのする猫のような目は相変わらずであったし、『久しぶり』と少し気まずそうに発された声に、『つぐみ姉さん、変わってないねえ』と少し笑って返すこともできた。
『つぐみ姉さん』という呼び方は、小学校高学年になった燕が『お姉ちゃんのことお姉ちゃんって呼ぶのは世間一般ではどうなんだろう』と真里奈に訊ねてきた時、『じゃあ、姉さんにしとく?私も一緒に変える!』と真里奈が決めて、それ以来ずっと『姉さん』『つぐみ姉さん!』になったものの名残である。そんなことをなんだか懐かしく思い出し……思い出すと、燕のことが思い出されて、どうにもやりきれない。
……そんな真里奈を見て、つぐみも何か、思うところがあったのかもしれない。少しばかり、2人の間には沈黙が流れて……そして。
『私、燕の死の真相を探してるの』と。
つぐみは、そう言った。
『突然のことで悪いんだけど、真里奈ちゃんが知ってること、何かあったら教えてほしい』と。つぐみにそう問いかけられて、真里奈は必死に燕との会話を思い出し、1つ1つ、つぐみに伝えた。
……どれが燕の死の真相に関係するものなのか、真里奈にはよく分からない。真里奈は燕みたいに頭の良い人間ではなかった。だが、その分、真摯であれとは思って生きてきた人間である。だから、自分が知っていることは全て、丁寧に、つぐみに伝えた。
つぐみはそれら1つ1つを、静かに聞いていた。2人とも、寒さの中だというのに、ずっと、玄関前で話をしていた。
……そして、ようやく真里奈が伝えられることを全て伝えた後。つぐみは、1つ頷いて、言ったのだ。
『燕は悪魔のデスゲームに参加したらしいんだ』と。
……真里奈は『悪魔のデスゲーム』なんてもののことは知らなかった。だが、その存在をつぐみから初めて聞いて……ああ、確かに、頭のいい燕ならばそういうところでもやっていけるだろうなあ、と、思った。
そう。燕ならば、悪魔のデスゲームでだって、勝ち残れるだろうと思ったのだ。……あれだけ頭のいい燕が、そこで死んだ理由が分からない。
……だから、知りたい。
いつしか真里奈は、つぐみには内緒で、燕の死の真相を追いかけるようになった。
駒井家へのお届け物を率先して行い、つぐみからそれとなく情報を聞き、自分が独自に手に入れた情報があればそれと照らし合わせて考え……。
……だが、平々凡々とした真里奈の頭では、考えても考えても、真相は分かりそうになかった。ただ、悪魔のデスゲーム、と呼ばれるものの存在だけは、少しずつ、分かっていって……。
……だから、真里奈は悪魔のデスゲームに参加することにした。
知るために。……考えたって、分からないから。だから、飛び込んだ。
そして。
真里奈は目を覚まして、自分の首に嵌められた首輪と、その首輪から延びる鎖が壁に繋がっているのを確認して……さてどうしようかな、と考えたところで、ドアから、すり抜けてくる人影があり、そして、その手に握られたナイフが……。
「あれっ」
ふと、真里奈は目を覚ました。
悪い夢を見ていたような気がするが、記憶はぼんやりとしていて、思い出そうとしても何も掴めない。
まあ、そういうこともあるか、と真里奈は首を横に振って起き上がり……。
「えっここどこ?」
……そして、自分が薄暗い部屋の中に居ることを知る。
「町田真里奈で間違いないか」
「えっあなた誰!?あっ!?悪魔!?」
更に、部屋の中に悪魔が居ることにも気づき、真里奈は即座に警戒した。
自分が悪魔のデスゲームに参加するにあたって、悪魔と取引をしたことはあるが……警戒するに越したことは無い相手だ、ということは、真里奈にもよく分かっている。
「……そう警戒するな。連絡を伝えにきただけだ」
だが、そんな悪魔は少し困ったような顔でそう言ってきたのである。
「えーと、連絡……?」
「お前が参加するはずだったデスゲームだが、お前の枠を希望してきた者が現れたのでな、お前は参加できなくなった」
「……えっ?」
そして悪魔が発した言葉に、真里奈は只々、目を点にするしかなかったのである!
「……そういうことも、あるんだ……?」
「正確に、他のゲーム参加者の名前を複数挙げた上で、『そのゲームの天王星の枠を寄越せ』と言ってきた人間が居たらしい。更に、他の悪魔からの強い要望もあったものだから……詳しいことは言えんのだが……うむ」
悪魔はもごもごと言い訳がましくそう言うと、一つ咳払いをしてから、改めて真里奈に向き直った。
「そういう訳で、お前が参加するのはまた別の悪魔が主催するデスゲームということになった。もう暫し、待つように」
「えー……うん、まあ、しょうがないけど……」
真里奈は、折角決めてきた覚悟がぐずぐずゆるゆると崩れていくような気分になりつつ、ため息を吐いた。
アクシデントがあったということなら仕方がない。それに、そもそも真里奈はデスゲーム自体にこだわりは無い。『天王星の枠』だったらしいが、それを強く希望する人が居たというのなら、まあ、その人に譲ってあげたい。真里奈にはこだわりが無いので。それどころか、デスゲームの知識すら、碌に無いので。
「……次のデスゲームでの希望の枠などはあるか?」
「え?それって何かに関係あるの?」
「……関係あると言えばあるが、無いと言えば無いようなものだな」
「あー、どれでも大して変わらないのかぁ……」
真里奈は悪魔のなんとも気まずそうな言葉を聞きながら、『多分、気まずいんだろうなあ。だから希望聞いてくれてるんだろうけれど……』と、また気まずく思う。
だが、悪魔があんまりにも気まずそうなので、可哀想になってきた。だったら、悪魔の気まずさは解消してあげた方がいいだろう。情けは人の為ならず、ということであるし……。
「えーと……あー、じゃあ、次は太陽とかがいいな。なんかあったかそうだし」
なので真里奈は、とりあえずそう言ってみた。こだわりは無いものの、折角ならなんとなく馴染みのあるものの枠がいい。真里奈は、『天王星よりは太陽の方が馴染みがあるし』と、至極単純にそう思ったのだ。
「太陽、か。ふむ、分かった。ならば……与えられる数字は6、か」
そして、真里奈が出した適当な希望を聞いて、悪魔は少々嬉しそうにした。
……真里奈は、『太陽、って、6……なの?』と頭の上に疑問符を浮かべていたが、悪魔は『これで一安心』とばかり、頷いている。
「よし。ならば楽しみにしているがよい。お前の望みは叶えられるだろう」
悪魔はそう言って、小さなチケットをその場で書いて、手渡してきた。……それには、次のデスゲームの日時が記されている。真里奈が先日、悪魔から貰ったものと同じようなものだ。
「では……幸運を祈る」
「え、あ、ちょっと」
真里奈としては、もう少し悪魔に色々と聞いておきたかったのだが、悪魔の姿はふっと掻き消え……同時に、薄暗い部屋も、まるで幻影か何かだったかのように消え失せてしまった。
「……消えちゃった」
気づけば真里奈は自分の部屋の中に立っていた。まるで、何事も無かったかのように。
だが、その手には確かに、『次の』デスゲームのチケットが握られている。
……夢では、なかった。真里奈は確かに、悪魔のデスゲームに参加するのだ。
そうして真里奈は、『筋肉によって破壊されたデスゲーム』となるところのデスゲームから逃れることとなったのである。
真里奈の知らないことではあったが、『天王星』の枠には真里奈の代わりに宇佐美光という老人が入ることとなり……そしてそのデスゲームは、徹底的に破壊されることになった。
無論、繰り返すが真里奈はそれらを全く知らない。樺島剛というとんでもねえのが一人紛れ込んじゃったせいで何もかも滅茶苦茶になっちゃったことなど、真里奈は何も知らないのだ!
……そして何も知らない真里奈は、『次のデスゲーム』に参加することになる。
そこで、己の運命を大きく変えることになるとも知らずに。
『頭脳と異能に筋肉で勝利するデスゲーム2』は12月5日(金)連載開始予定です。よしなに。




