運動会*1
~の記憶シリーズは一旦お休みです。(あと2つあります。)
何故かって?体育祭シーズンだからだ!
「うおおおおおおお!運動会だ!運動会!だああああああああ!」
「煩いぞ樺島!」
その日、いつにも増して樺島剛は煩かった。当社比1.7倍くらいは煩かった。
それもそのはず、今日は待ちに待った運動会。『キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部、秋の大運動会』なのである!
「職場で運動会っていうのも珍しいよね」
「そうなのか!?これ、普通じゃないのか!?」
「普通じゃないと思うよ、樺島君。俺もつぐみも聞いたこと無い」
「一昔前はあったかも。でも最近は聞かないよ」
ジャージに着替えてすっかり準備万端のバカの横では、今回『バイトの子も運動しろ!』ということで招集されてしまった陽とたまが居る。彼らは赤いハチマキを装備して、すっかりやる気である。尚、やる気なのはたまの方で、陽はかわいい恋人とお揃いにしておきたいだけである。
「ところで陽とたまは紅組なんだな」
「うん。蟹は茹でると赤くなるから」
「えっ?」
「えっ!?」
バカは何のことかと思って聞き返した。陽は『そんな理由だったのか!?』と思って聞き返した。それらを受けたたまは、胸を張って自慢げな顔をした。バカはよく分からなかったのでとりあえずぱちぱちと拍手しておいた!
「ってことは、天城のじいさんとかにたまも紅組かー……」
「そうだね。蟹は茹でると赤くなるから」
バカが全く理屈を理解していない一方、陽も理解はしていない。が、それはそれとして、天城とかにたまはそれぞれ、ちゃんと赤いハチマキを装備しているのであった。
「……かにたまを茹でる気じゃないよね?」
「うん。彼女を茹でるのは天城さん」
「嘘だろ……?あ、いや、そっか、そういうことか……?」
皆の視線の先で、かにたまを抱き上げていた天城が何やらかにたまに言うと、かにたまは何やら、かにかにかに!と天城の胸をぽこぽこ叩き始めた。天城は楽しそうにしているが、かにたまは湯気を出さんばかりの様相である。
「……じゃあつぐみを茹でるのは俺だね」
「茹でられるものならやってみてよ」
陽とつぐみは見つめ合って、互いに不敵な笑みを浮かべる。
バカはバカなので、それを見て『2人とも対抗意識バッチリだな!……ん!?紅組同士で対抗してもしょうがねえんじゃねえのか!?』と1人混乱していた。まあ、これはバカのバカたる部分であり、美点でもあるのだ。
「おいお前ら。さっさと整列しろって親方が」
「あっ!もうそんな時間か!教えてくれてありがとな、ヒバナ!」
そんな皆を、ヒバナが呼びに来る。尚、ヒバナも紅組だ。『名前負けするんじゃないわよ』とビーナスに言われちゃったからである。尚、そんなビーナスはバカと海斗と一緒の白組なので、ヒバナがかわいそうなんじゃないだろうか、とバカははらはらしている!
「準備体操始まるってよ」
「そっかぁ!準備体操かぁ!楽しみにしてたんだぁ!」
「……準備体操が楽しみなのか?」
海斗とヒバナが不思議そうな顔をしているが、バカは満面の笑みである。
「うん!楽しみ!がんばってついてこ!」
……バカの言葉に、海斗とヒバナは青ざめた。
バカが『頑張ってついていく』と宣言しているものは……つまり、人類には早すぎる、という意味である。
そうして。
「ラジオ体操第101-!まずは、床をめり込ませる屈伸ー!はいっ!」
始まった準備体操に、天使達はメコメコとグラウンドを凹ませていき、人間達はできるだけ離れた位置で普通の屈伸をやっていた。
「次は、伸脚30回/秒ー!はいっ!」
土ぼこりが上がり、凄まじい速度でカサカサカサカサと脚を動かす天使達を横目に、人間達は更に離れて普通に運動した。
「地上でトリプルアクセル3回転ー!はいっ!」
天使達が一斉に脚力だけで空中へ飛び上がり、そしてグリグリグリッ!と回転して地面に戻ってきた。人間側では、ミナが『えいっ!えいっ!』とがんばって一回転するのを、ビーナスが楽しそうに見守っていた。
……こんな調子の準備運動だったため、天使の中でも事務のおばちゃん達は『やってらんないわね』と観客席で呆れ返っていたし、『俺、2回転半しかできねえ!』と頑張ろうとするバカがいたし、『これ、グラウンドが削れた分はどうするんだろう』『大きい方のかにたまで整地するって言ってた』と陽とたまが話していた。
つまるところ、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の運動会は、準備運動の時点で既にグラウンド整備が必要になる程の、過酷なものだったのである!
海斗とミナは『ついていけるだろうか』と不安そうな顔をし、ビーナスとヒバナは『ついていく気は無い』とばかりに呆れ返り、そして、陽とたまは『まあ、見ている分には楽しい』と開き直った。
……こうして、運動会は幕を上げたのである!
さて。最初の競技は100m走であった。
当然のように4秒切りが多発するので、人間達は基本的に不参加である。
が、バカが出場したので、ミナと海斗はバカを律儀に応援してやった。バカは先輩に勝てず、2着であった。『ぐやじい!』と嘆くバカは慰められつつ、ミナからおやつを貰って機嫌を直した。尚、おやつはコーラ味のグミである!こういうおやつがあると、運動会は楽しいのだ!
続いての競技は障害物走であった。
……が、そこでバカは目をひん剥くことになる。
「嘘ぉ!?土屋のおっさん、出るのぉ!?」
なんと!スタートラインで天使達に混ざっているのは、土屋なのである!
紅組のハチマキも勇ましく、普通の人間であるはずの土屋が、スタートラインに立っているのだ!
「土屋さん……天使に混ざって競技に臨むのは、あまりにも無謀じゃないか!?」
「一応、ムキムキの天使は500㎏の錘を身に着けることになってるところを土屋さんは人間だから免除されるらしいよ」
海斗が慄く横で、たまがルールを解説してくれる。海斗は『500㎏!?』とまた慄いたが、天使にとってこれくらいはまあ、普通である。
「それにしたってよォ、無謀ってもんじゃねえのか?俺ならやらねえ」
「まあ、参加賞、ってことでいいんじゃないかしら?天使とは色々違いすぎるっていうことは土屋さんも分かってるんでしょうし」
ヒバナが苦い顔をし、ビーナスも不思議そうにする中……天使達に混ざった土屋は真剣な顔でスタートラインに立ち……そして、スタートの合図と共に、走り出したのである!
さて。この障害物走だが、高さ2mのフェンスを乗り越え、ブロック塀の上を走り、点々とする足場が突き出た池を渡って、そして網を潜って、クイズに答えて、風船を割ってゴール、というものである。
……当然、天使達は500㎏の錘などものともせず、一度の跳躍で2mのフェンスを飛び越えていくのだが……。
「うわっ!土屋のおっさん、結構速い!すげえ!」
そんな天使達には遅れるものの、土屋はかなり健闘していた。
フェンスに向かって跳躍すると、ガシャ、と音を立ててフェンスにしがみ付き、そのまま数歩分、フェンスをよじ登ってすぐ、フェンスを乗り越えてまた走り出した。
更に、その先のブロック塀の上も、バランスを崩さずスピードを落とさず走り抜けていく。
「……刑事さん、ってかんじね」
「すげえええ!土屋のおっさん、かっこいいいいいい!」
バカは目を輝かせてこの光景を見守った。続く池渡りも、土屋はものともせずこなしていく。一方の天使達は、バランスを崩して池に落ちる者も居たし、『最初から泳いだ方が速い気がする!』と訳の分からないことを考え、そして本当に泳いだ方が速かった者なども居る。
……こうしていくと、土屋は天使の集団に然程置いていかれることなく、実に健闘しているのだ!
応援しているバカはもう、固唾を飲み、手を握りしめて『がんばれ!がんばれ!』と夢中である。……その両隣で、海斗とミナも『がんばれ!』とこの光景に釘付けであった。
……否。彼らだけではない。陽とたまも『土屋さん、すごいね』と注視していたし、ヒバナとビーナスも唖然として見守っていたし……会場中の天使も人間も悪魔も、全員が、土屋の奮闘ぶりを見て興奮していた!
そうして網を潜る時になると……いよいよ、土屋が天使を抜かし始めた。
そう。天使達の最大の特徴にして、今回の弱点!
……それは、羽があること!
羽がある天使達は、どうしても羽が網に引っかかりがちなのである!更に、錘がくっついていることもあって、中々上手く網を抜けられない!
そんな中を、土屋が駆け抜けていく。人間の同年齢の者達と比べたらがっしりとして身長も高い土屋であるが、天使よりは痩躯である。天使が『羽引っかかっちゃった!』とじたばたしている間を、どんどん匍匐前進で突き進み、ついに中間にまで踊り出た。
歓声が上がる中、土屋はクイズを出題され(尚、出題役をやっているのは双子の乙女である。)、『アから始まる国名を3つ答えよ』というクイズに『アルゼンチンアゼルバイジャンアルジェリア!』と素早く答え、さっさと通過。バカは『今の呪文、何……?』と首を傾げていた。
他の天使達が『イウエから始まる国、3つもあるぅ!?インドとウクライナしかわかんない!……あっ!エジプト!』とやったり、『カから始まる支部名!カラカラデザート支部!カラメルナッツプリン支部!カンブリアモゾモゾ支部!』と素早く答えたりしている中、遂に土屋はトップ集団に紛れ込み……そして。
いよいよ最後の風船割りだ。これは、力の強い天使であっても、人間と然程、条件が変わらない。
『躊躇なく風船を割れるかどうか』。これは運動能力ではなく……覚悟と度胸の問題なのである!
……そして、土屋は覚悟も度胸もある人間であった。
大歓声が上がる中、土屋はなんと……天使達に混ざってのこのレースで、1位になってしまったのである!
照れくさそうにしながらも誇らしげな土屋に、会場中が惜しみなく拍手を送っていた。バカは手が千切れんばかりに拍手をしすぎて海斗に『煩い!』と怒られていたが、そんな海斗も沢山拍手をしていたので、バカの耳には忠告が届かないのであった!
「明日は筋肉痛だな」
バカ達のレジャーシートにやってきた土屋は、少し照れたように笑いながら、たまからお茶を受け取った。尚、お茶はミナが準備しておいてくれた麦茶である。よく冷えた麦茶がでっかい水筒に入っているので、バカ達はそれを各自のカップに各自で勝手に注いで飲んでいるのだ!
「土屋のおっさん、かっこよかった!かっこよかったぞ!」
「ははは、ありがとう。ま、頑張った甲斐があったよ」
カップから麦茶を一気に飲み干した土屋は、にやりと笑う。バカはそれを見てまた『かっこいい!』と満面の笑みである。
「さて、私を褒め称えてくれるのは嬉しいんだが、そろそろグラウンドに注目しないとな」
土屋は笑ってグラウンドを指差した。そこは既に、次の競技に向けた準備が進んでいる。
「次の種目は二人三脚だぞ。ビーナスがミナさんと一緒に出るらしい」
「おおおー!」
そして、グラウンドの待機列には、ビーナスとミナが並んでいた!
「そっかあ、ビーナス、ミナと一緒に二人三脚するために白組になったんだな!」
「そういえば、夕方時々2人一緒に走ってたもんね」
たまと並んで感心しながら、バカはふと思う。だったらヒバナも一緒に白組に誘ってやればよかったのに、と……。ほら、ヒバナがしょんぼりしているではないか、と……。
ちょっとしょんぼりしているヒバナを前の方へ連れてきてやって、バカ達はビーナスとミナの二人三脚を見守ることとする。
第一走、第二走、とレースが進んでいき……そしていよいよ、ビーナスとミナの出番だ。
「がんばれえええええええ!がんばれえええええええええ!」
「うるせえんだよこのバカが!」
「こいつを黙らせるより僕らが耳栓をした方が早い」
バカは力を振り絞って応援し、ヒバナは耳を塞ぎ、海斗は悟りを開いたような顔でそっと耳栓をした。このバカはかつて、水槽の魚を声だけで仕留めた者である。ヒバナと海斗も、バカの応援で仕留められかねないのである!
海斗とヒバナがひやひやしている横で、バカはちょっとだけ大人しくなりつつ二人三脚を見守ることにした。
……二人三脚は、天使達が組むと凄まじいことになる。息ピッタリで『どどどどどど』と土煙を蹴立てて全力疾走する有様なので、『わっせ、わっせ』感が全く無い。
おまけに、天使同士のペアだと、片方が万一転んだとしても、もう片方が『じゃあもうこのまま引きずっていくね!』と走りを止めず、もう片方も『あっ!ころんじゃったのでお世話になります!』とばかり大人しく引きずられるため、怖い。非常に、怖い。海斗は『怖い……』と少し震えていた!ヒバナも流石に表情が引き攣っている!
……が、女子の部になった途端、競技は大分大人しくなった。
とはいえ、女性天使の中にはやっぱりムキムキの女性天使も居るのだが……まあ、それでも事務のおばちゃんや経理のお姉ちゃん達が混ざった方が、怖さが薄れるのである!
そして、そんな中にビーナスとミナの姿もあった。
「がんばれー!がんばれー!」
バカが腹から声を出すと人が死にかねないので、多少遠慮しつつ応援する。バカは学んだ。さっきから隣の海斗が耳栓を装備しているのは自分のせいなのだと、流石に学んだ!
遠慮しつつ出しても十分に大きいバカの声は、スタートラインに立つビーナスとミナにも届いたらしい。2人はバカの方に手を振ってくれた。バカは大喜びで手を振り返し……『位置についてー!』の掛け声に、きゅっ、と緊張する。
『よーい』の合図と共に、バカはまた、きゅっ、と緊張を強め……パァン、とピストルの音(ちゃんとピストルの音である。声じゃなくて。)が響いた直後に、わっ、と歓声を上げて2人の姿を見守ることにした!
ビーナスとミナは、速かった。流石、練習していただけのことはある!
事務のおばちゃん達を次々に抜き、女性天使2人組のチームが『お互いにお互いの羽が邪魔ぁ!』とやっている所を追い越して、どんどん走っていく。
「……あれっ!?ビーナスとミナって、あんなに身長、近かったっけ!?」
「お嬢がヒール履いてねえからだろ」
珍しいことに、ビーナスは踵の高くない靴を履いている。バカは『そっか!女子の身長って靴のかかとでめっちゃ変わるんだ!』と学んだ。
それでもビーナスはミナより少しばかり身長が高いが、2人で肩を組み、2人3脚で走っている様子は正に息ピッタリなのである!
「……お嬢、楽しそうだな」
「な!ビーナスもミナも笑顔だな!」
……なんだか、バカは嬉しくなった。
ビーナスとミナが、こんなに仲良く走っているのだ。かつて2人の間にあって、今も無くなった訳ではない色々なものを、2人が乗り越えて、消化して……そうして2人の笑顔があるのだ!
バカは、『よかった!よかった!』と笑顔で2人を見守った。ヒバナも、なんだか感慨深そうに笑っていた。普段の彼からしてみたら、ちょっと珍しいくらいの優しい笑顔だった。
そんなヒバナを見て、バカは『おや』と思いつつ、土屋と顔を見合わせた。……土屋もなんだか、嬉しそうな顔をしていたのできっとバカと同じ気持ちでいるのだろう!バカはますます嬉しくなった!
「どんなもんよ!」
「すごい!すごい!」
「えへへ、私、走って一等をとったの、人生で初めてです!」
そうして、ビーナスとミナが一等賞の景品であるふかふかタオルを持って戻ってきたので、バカ達は拍手でそれを出迎えた。拍手は控えめである。海斗の耳がぶっ壊れてしまうので!
「ところで、私はてっきり、陽とたまは二人三脚に出るんだと思ってたんだけど」
ビーナスがたまから冷えた麦茶を貰いつつそう尋ねると、たまは神妙な顔をし、陽は苦笑した。
「あー……検討はしたんだけどね。つぐみと俺とで、身長が違いすぎるから……」
「私達は勝てない戦いには挑まない主義なんだよ」
「そっかー!よく分かんねえけどかっこいいな!」
バカとしては、陽とつぐみの競技も見てみたかったのだが。ちょっぴり残念である。
……と、思っていたら。
「次のパン食い競争には、私も出るよ。……勝負だね、樺島君」
「俺も出るよ。確か俺は、海斗と同じレーンじゃなかったかな。よろしくね」
たまと陽は、闘志に満ち溢れた目でそう言ったのである!
……ということで。
「じゃあ、白組として一緒に頑張ろうぜ!海斗!」
「あ、ああ……」
バカと海斗は、陽とたまの後を追いかけて、パン食い競争の選手待機所へと向かう。バカはうきうき、海斗はちょっと緊張気味の歩き方だ。
「皆さん、頑張ってくださいね!これが終わったらお昼休憩ですよ!お弁当作ってありますからね!」
だが、ミナの声に、海斗も少し元気を出したらしい。それもそのはず、ミナが作ったお弁当だったら絶対に美味しいことは間違いないので!
「へへへ、頑張ろうな、海斗!楽しもうな!」
「……まあ、勝利ではなくメロンパンを目指して頑張るよ」
こうして、楽しいパン食い競争が始まるのである!バカは、トラック上にセッティングされていく数々のパンに目を輝かせるのであった!
まだまだ運動会は続く!おお、キューティーラブリーエンジェル建設!ああ、キューティーラブリーエンジェル建設!
後編は10月10日予定です。
また、筋肉デスゲームシーズン2は10月連載開始予定でしたが、11月ぐらいにずれ込みそうです。




