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火星の記憶

 飛澤翔也は、人に誘われたから悪魔のデスゲームに参加した。

 その他に理由など無い。生憎、自分自身の願いなど、碌に持ち合わせてはいない。

 ただ……翔也に『悪魔のデスゲーム』の話を持ち掛けたのが彼女でなかったならば、翔也は間違いなく、こんなクソッタレなゲームになんか、参加しなかっただろう。

 他ならぬ彼女が参加すると言ったからこそ、翔也はこのデスゲームに参加した。

 彼女を、自由にするために。




 翔也の生い立ちは、これまたクソッタレなものであった。

 詳しく語るほどのものでもない。ただ、翔也はあまり家に居つかない母親と、時々消えたり増えたりする『母親の彼氏』と共に安アパートで暮らしていて、殴られたり、放っておかれたり、構われたりしながら、まあ、それでも生きてきた。

 学校には行かない日もあった。気が乗らない日には、通学路を外れてぶらぶらと散歩して、そのまま適当に一日、外をふらついて過ごした。警察に見つかると面倒なので、隠れることを覚えた。

 それでも家よりは学校がマシだったので、学校には通っていた。とはいえ、まともな生活環境でもなかったので、勉強は碌にしなかった。

 唯一、小学生の頃、図書館に誘ってくれる先生が居て、当時、小学校の図書館にあった漫画を勧めてくれ、それから徐々に『こっちも面白いぞ』と簡単な児童文学を勧めてくれて、多少、本を読んだことは良い経験だったように思う。

 おかげで今も翔也は、本を読むのが然程苦痛ではない。


 そんな翔也は、中学生の頃にはより一層、クソッタレな生活を送るようになった。

 母親の彼氏から貰った数百円ぽっちの小遣いで平日の昼間のゲームセンターへ行き、学校にも行かず遊び歩く碌でもない高校生達とつるむようになり、喫煙を覚えた。

 その時につるむようになった高校生達は、そのまま、翔也が高校に上がった時に同じ高校の先輩となる者達であった。つまり翔也は、高校入学以前からして、既に碌でもない人間とつるんで不良になることが決まっていたのである。

 それはさておき、家庭環境もやはり、クソッタレであった。

 母親の彼氏が消えたな、と思っていたら、ある日、見慣れないバイクが安アパートの前に停まっていた。新しい彼氏か、と思いながら家に帰ったら、珍しく家に居た母親が、見知らぬ男を示して『翔也のパパだよ』と言った。

 ……まあ、翔也はこうして、実の父親というものを、生まれて15年になる日にようやく知ったのであった。


 母親の歴代彼氏もまあ、碌でもない男ばかりであったが、実の父親は輪をかけて酷かった。

 酒に溺れて機嫌よく翔也を殴るか、酒が切れて苛々としながら翔也を殴るか。

 母親はますます家に居ないようになった。後で知ったところによると、他所に男を作って、そちらの家に住んでいたらしい。

 今更、母親のことを母親だとも思っていなかった翔也だが、それでも、ほぼ見ず知らずの他人に殴られるために帰宅するのも馬鹿らしくなり、地元でも有名な底辺高校に入学した後は、不良仲間の家か夜の街かで夜を明かすようになった。

 酒を飲んで、喫煙して、深夜の町を先輩のバイクや原付に2ケツして……とにかく、時間を潰した。

 ……そんな日々だったので、翔也はどうも、このあたり、半年分の記憶があまり無い。

 はっきりと、覚えていないのだ。あまりにも何も無く、薄っぺらで、ただ時間を潰すばかりの日々だったから。




 そんな翔也の記憶がはっきりしているのは、高校1年の夏のあの夜からである。

 その日、翔也は珍しく帰宅した。その日、翔也は高校を中退していたのだ。

 保護者の同意は無かったが、判子を引き出しから適当に持ち出して書類を作って無理矢理提出してきた。学校に置きっぱなしにしてあった荷物を持ち帰り、それをどこかへ捨てることもできないので帰宅するしかなかった。

 運よく誰も居ないことを祈りつつ帰宅したが……案の定、運悪く父親が居た。

 ……そして、何か言われて、何か言い返したのだったと思う。その後、いつものように殴られて……だが、翔也はここ半年で成長期を迎え、めきめきと身長を伸ばしていたのである。

 つまるところ、父親に一方的に殴られるのではなく、殴り返すことができるようになっていた。


 初めて父親を殴り返した翔也は、『自由だ』と思った。

 自分には力があった。このクソッタレな生活を変えるだけの力が。薄味で、自分が何を思って何を考えているのかさえ分からないような日々から飛び立つだけの力が。

 人を殺す力が。


 ……そう気づいた翔也は、アパートの外階段から突き落とした父親が、コンクリートの上に倒れて動かないのを見下ろして、『こんなもんか』とだけ思った。

 街灯の光に照らされて、じわじわと広がりゆく血だまりが光っていた。

 人を殺した恐ろしさが、無い訳ではなかった。『この後どうするんだ』という思いもあったが、それ以上に、ただ……『自由だ』と。そう思った。




 そうして翔也は父親のバイクを盗んで、そのまま夜の街へと走り出した。

 大したものも無い町。つまらない日々の背景でしかない町。だが、翔也が初めて自分の意思で、自分の力で駆ける町だ。

 自由だ。自由だ。自由だ。

 ようやく解放されたような、そんな気持ちで翔也はバイクをとばしていく。

 赤信号だろうが、無視してつっこんだ。こんな町の、こんな時間だ。どうせ交通はほとんど無かったし……別に、このまま死んだってよかったから。




 だが、そんな翔也も流石に冷や水を浴びせられたようになった。

 接触事故を起こしたんだな、と気づいた後で、接触した車と、その車からわらわらと降りてくる男達を見たので。

 アスファルトの上に放り出されてぶつけたあちこちが酷く痛んだが、それ以上に、『お嬢が乗ってる車によくも』という怒声と共に降ってきた拳や蹴りが、効いた。

 ……ヤクザの車にぶつかってしまった、ということは、すぐに理解できた。

 自分の手に負えないものだと分かった。途端にかんじたものは、恐怖である。

 ここまでツケにしておいた諸々の恐怖が、一気に襲い掛かってきたような、そんな気分だった。死んでもいい、とは思ったが、痛い思いをする想像が足りてなかった。

 一際派手なシャツを着た男が、『工具持ってこい』と指示を出した。何をする気なのかは、ぼんやりと分かった。翔也だって不良少年である。こうした世界のことを、全く知らないわけでもなかった。

 だが。

「ねえ」

 涼やかな女の声が聞こえた。

 自分を殴る手が、蹴る足が止まって、翔也もまた、顔を上げて、その声の主を見た。

 車の窓から身を乗り出していたその若い女は、薄く笑って、続けた。

「そいつ、積んで。折角だし、私の子飼いにするわ」




 それから翔也は、車の後部座席に突っ込まれた。

『お嬢』と呼ばれた若い女が、そう指示したのである。周りの男達は戸惑っていたが、結局は、若い女の言いなりのようだった。

 こいつヤクザの娘か何かか、ということは、なんとなく分かった。同時に、何故自分が拾われたのかは、分からなかったが。

「名前は?」

 その女に聞かれて、翔也は少し迷った。正直に名乗ってよいものか、と。

 ……だが、翔也と女の間には1人、ガタイの良いのが座っていて、翔也をギロリと睨んでいる。

「飛澤翔也」

 結局、翔也は正直に話すことになった。女はそれを聞いて、『ふーん。なんかピッタリな名前ね。軽そう』と、軽薄な感想を述べていた。

「齢は?」

「高1」

「へー。一個下なんだ。高1からもうグレてんの?早いね」

 1個下!?この、肝が据わった女が!?と慄きながら、翔也は咄嗟に『うるせえ』と口にしていた。こういう時、咄嗟に何と言えばいいものやら、翔也には分からなかったのだ。

 女はまるで気にした様子がなく、楽し気に笑っていた。隣のヤクザは翔也をやはり睨んでいたので、少しばかり、身を竦める。……殴られるのは御免である。父親ならともかく、こいつに殴りかかって勝てる気がしないので。

「あんたさ、バカだね」

 そんな翔也を見て、女は笑った。

「普通にしてれば、普通に生きられただろうに。かわいそ」

「は?」

 何のことだ、と思って女を見てみれば……女は、車窓から流れゆく景色をぼんやり眺めていた。

 ……その様子が、自分よりずっと大人びて見えた。たった1歳年上なだけであるらしい、この女が。自分よりずっと賢そうで、ずっと恵まれているのであろう、この女が。

 同時に何故だか……彼女がどこか、自分と似ている何かを持っているような、そんな気がした。


「あんたさ、私の子飼いになるから」

「は……?」

 そんな女が、何でもないことのようにそんなことを言う。翔也は戸惑ったが、同時に、隣のヤクザもまた、少々戸惑っている様子に見えた。

「それとも、あそこでボコされて死んでた方が良かった?うちの若いの、普通に人、殺すけど」

 せせら笑う女の顔を見て、翔也は少し迷った。

『俺もさっき殺してきた』と言うべきか、と。

「ま、そういうことだから。死ななかっただけマシだと思ってよね」

 ……だが結局、翔也は何も言わず、女の横顔を眺めることになった。

 ふい、と逸らされた視線の先は、また、車窓だ。ぼんやりと夜の町を眺めるその横顔が……随分と綺麗であることに、翔也は今更、気づいた。

 同時に、どこかぼんやりとしていて……魂がここに無いかのような、そんな印象も受けた。

 気になった。彼女のことが。

 ……そんなことを考える間にも、車はどんどんと進んでいった。

 翔也の知らない世界へと。




 ……それから3日程、翔也にとってあまりにも濃すぎる日が続いた。

 暴力団の仲間入りというのは、そういうことだ。痛い目は嫌というほど見たし、つくづくまた、『想像力が足りなかった』と思うことばかりだった。最悪の下には更なる最悪がある。そういう気分であった。

 だが……それでも、翔也はひとまず、歓迎されたのである。


 翔也の父親については、朝になって遺体が発見されたらしい。だが当時、父親が酔っていたこともあり、『足を滑らせて落ちた』というところで落ち着いている、と聞いた。

 ……そんな情報が手に入ったのも、翔也が拾われた暴力団……『蛇原会』のおかげである。

 翔也の行方については、探されているようだった。だから早々にスマートフォンは捨てさせられた。

 社会から切り離されていく感覚を味わいながら、翔也は『まあ、人を殺してるんだしな』と納得していた。なら、これはこれでいいんじゃないか、と。

 ……碌なことにならないだろう、という気はしていた。碌でもないことの結果を先送りにしているだけで、いつか、もっと酷くなった状況に飲み込まれる日が来るんだろうな、と。

 だがそれでも翔也は、元の生活に戻る気は無かった。

 ……戻れる生活なんて、無かったのだから。




「戻りたくねえ。お嬢。俺をここに置いてくれ」

 そうして翔也は、『お嬢』……蛇原瞳に、そう土下座して頼み込むことになった。

 瞳は、翔也の目の前でぽかん、としていた。『なんでまた、そんなこと』とでも思っていたかもしれない。『あんたバカだね』とも思っていただろう。だが、翔也に迷いは無かった。

 迷うほどの判断力も知識も無かったのだ。愚かだったと言ってもいい。『ここを出たって行き場が無い』という、ただそれだけで選んでしまった。

 何より、他者に暴力を振るうことに抵抗が無かったことが大きい。元々、酒も煙草も、ついでに殺人までやってしまった高校1年生だった翔也には、暴力団というものに対する抵抗が、あまりにも少なかったのだ。本当に、本当に愚かなことに。

 ……だが、翔也はあの日を振り返っても、後悔は全く無い。

 なるべくして、そうなった。そして、少なくともそれからの10年は、翔也にとって、幸福な時間だったのだ。

 死んでいないから生きているだけだったような日々に、ようやく意味が生まれたのだから。

 ……蛇原瞳。

 彼女こそが、翔也に生きる意味を与えたのである。




 始めは、『まあ、俺の雇い主だから』という気持ちであった。

 翔也は翔也で、上下関係には敏感であった。上下関係に反発する気も特に無かったので、瞳に対して何か不服に思うことも無かった。

 ……だが、蛇原会に馴染むにつれて、翔也は気づくようになる。

 時折、瞳は空虚な目でぼんやりと遠くを見つめていた。それは、翔也が拾われたあの日、車窓の外を眺めていた表情に似ていた。

 疲れてんのか、と聞いたこともあった気がする。その時瞳は、『別に?慣れてるし』と笑って答えたのだったか。

 慣れてるって、何に。

 ……そう思ってよくよく瞳を見ているようになって、翔也は気づいたのだ。

 どうも、瞳は翔也が思っているよりも、『普通の』人間だったのである。

 暴力に、犯罪に、抵抗感を持つ、ごく『普通の』。

 ……同時に、翔也は気づく。

 瞳は、翔也を救うためにその『普通』を捨ててしまったのではないだろうか、と。




 一度気になり出すと、ひたすら気になった。

 元々、翔也の忠誠を疑う兄貴分達には、『お嬢に拾って頂いたんで』と、言い訳がてら言ってみせていたのだが、次第にその言葉が本心に成り代わりつつあった。

 蛇原会を出る気などなかったが……元々は『他に行き場が無いから』であったはずなのに、いつの間にか、翔也は『お嬢が居るので』蛇原会に居るようになった。

 瞳が何を考えているのか、知りたかった。あの空虚な目をした人に、少しでも笑ってほしかった。彼女が見ているものと同じものを、見てみたかった。

 ……恋、というには、歪であったように思う。まるで、親鳥を慕う小鳥のような、そんなものだったかもしれない。

 だが、熱情ではあった。

 ……そして、翔也はどうも……翔也自身ですら、生まれて初めて知ったことだったが……やる気さえ出れば、何でもできる性質の人間だったらしい。

 即ち。


「……は?勉強?」

「おう」

 翔也は、勉強を始めることにしたのである。

 少しでも、『普通の』人間になりたくて。

 元々は『普通の』人間だったであろう、瞳に少しでも近づきたくて。




 始めは惨憺たるものだった。

 瞳が『はあ!?分数の割り算できないの!?小学生の内容じゃない!』と愕然とするのを見て、只々、己の今までの人生を悔いるばかりであった。

 もうちょっと、真面目に勉強しておけばよかった。こんなことになるなら!

 ……だが、そんな翔也のやる気は、何故か消えなかった。結果、黙々と『さんすうドリル』をこなすようになり、分数の四則計算も、小数の四則計算も、問題なくできるようになった。

 金勘定はできた方がいいな、と思った翔也は、そのまま数学の勉強を始めた。

 碌に出席しなかった中学校の授業の内容を、今更勉強し直すのも馬鹿らしかったが、それでも『実際、馬鹿なんだから仕方ねえだろ』と、真面目に勉強した。

 幸いにして本を読むのは苦ではなかったので、その点は助かっていた。そして何より……瞳と一緒に勉強するのは、そう悪くなかったのだ。


 そうして一緒に過ごしていると、少しずつ、瞳のことが分かってきた。

 ……蛇原会から大いに期待を寄せられている瞳だったが、彼女はやはり、『普通の』人だった。

 時折、それが見え隠れしていた。何故か、翔也以外の人間は誰も気づいていないようだったが……瞳がどこかぼんやりと空虚な目をしている頻度は増えていた。

 なので翔也は、『俺のせいだ』と思った。

 ……翔也は既に、蛇原会の兄貴分達から聞いていたのだ。

 どうも、翔也を拾ってからの瞳は、『前向きになった。賢くなった。』との評であった。

 翔也はそれを聞いて、瞳の様子を見て……『ああ、俺を拾ったせいで、お嬢はお嬢の一線を越えちまったんだ』と気づいたのである。




 翔也は蛇原会の一員として、色々な経験を積んだ。

 当然、碌でもない経験である。表立って人に言えるようなものではない。社会のクズが、許されないことを積み上げていく。そんな経験だった。

 だが、そうして暴力団に染まりながらも、翔也は勉強を続けていた。

 瞳が大学3年になった頃には、高卒認定資格も取った。いつの間にか、翔也はそこまでバカではなくなっていた。

『お嬢の隣に立っていても恥ずかしくないように』という思いだけで、翔也はここまで来ていた。瞳はそんな翔也を不思議そうに見ていることもあったが……それでも翔也は、身に付けられるものは全て身に付けようと、必死だった。

 瞳の傍に居られなくなったら、困る。そしてもちろん、傍にいるだけでは駄目だ。

 あの日、只々自由なだけだった翔也を拾い上げてくれた天使に降りかかるものを、少しでも、払いのけたかった。

 ……いつの間にか、瞳は翔也が生きる理由になっていた。




 それでも閉塞的な日々は続いていた。

 蛇原会は相変わらずだったし、翔也も相変わらず、社会のクズとして生きていた。

 そして瞳は嫌だっただろうに、大学卒業後は蛇原会の経理を担当するようになった。

 これについて、『それ、嫌じゃねえのかよ』と尋ねたことがあったが、瞳はぼんやりとした瞳に光を宿らせて、『うん。嫌じゃないわ。これが私のやるべきことだもの』と、何か吹っ切れたように笑ってみせていた。

 強がるような笑顔が、どうにも痛ましかった。瞳が暴力の世界に不向きであることは、とっくに分かっていた。

 だから翔也は、『やっぱりこの人だけは、なんとか助けられねえか』と、そう、思っていた。




 ……そんな折、他の組との抗争で、翔也の手下が下手を打った。

 火災を発生させてしまったのだ。カタギを巻き込む事故になった。

 元々汚れていた手がますます汚れた。否、そんなことはどうでもいい。翔也自身の手など、これから幾ら汚れたって問題のないことだ。人を殺しておいて、今更もう1人2人巻き込んだからって、何があるというのか。

 ……だが、瞳に、そんな自分を見られるのは嫌だった。


 どうも、瞳は翔也のことを『巻き込んだ』と思っている節がある。

 バイクと車の接触事故があったあの日……翔也が父親を殺したあの日に、瞳が翔也を連れて行かなかったなら、翔也はもっとマシな生き方をできたのだ、と、本気で思っているらしいのだ。

 そんなことはないだろ、と翔也は思う。自分はクズだった。蛇原会に来たことも、今もこうして暴力に頼って生きていることも、良いことだとは思わないが……ここへ来なかったら、もっと碌でもない人間になっていたんじゃないかと、思う。

 ここへ来たからこそ勉強をして、高卒認定資格を取って、生きる意味を見つけて……そんな翔也が、どうして『今よりマシな生き方』など、できていたと言えるのだろうか。

 むしろ、翔也が巻き込んでいる。瞳がこの世界で生きていくために割り切ってしまえた理由の一つは、翔也への責任感だと思うから。

 ……だから、翔也はせめて、瞳だけでも、と思った。

 瞳だけでも、この蛇原会から逃がしてやれないだろうか、と。




 そんな翔也に、瞳が『悪魔のデスゲーム』の話を持ってきた。

 ……『悪魔のデスゲーム』の話は、実は、翔也もその時には知っていた。多少、その筋で話題に上ることがあったからだ。実際に、悪魔のデスゲームの勝者になって富を手に入れた、と話す者も居た。

 瞳は、それに参加するつもりだ、と言っていた。『あんたも来なさい』とは言われなかった。それには少しばかり、腹が立った。どうせなら俺も連れて行ってくれよ、と。

 なので翔也は、『なら俺も参加する』と言った。瞳は少しばかり、嫌がってもいたが……翔也とて、愚かではあっても鈍くはない。瞳が自分のことを憎からず想ってくれていることはなんとなく分かっていたし、『2人で生き残って足抜けしよう』と誘えば、瞳は翔也の参加を許した。

 ……狡いか、とは思ったが、翔也は、2人で生き残れなくてもいいと思っていた。ただ口実として、瞳に許させるために『2人で』と言っただけだ。

 翔也は最初から、瞳だけ生き残ってくれればそれでよかった。元々、死んだような命だったのだから。今更、と。……だが、自分が死んだら優しい瞳はきっと悲しむだろうな、ということも分かってはいたので、生き残れるなら生き残るか、という程度には考えていたが。

 それでもいざとなったら、瞳を生かして自分は死ぬ心づもりだったのだ。最初から、そのつもりで『悪魔のデスゲーム』に参加した。




 だが、瞳を庇って死ぬのでもなく死ぬことになるとは、思っていなかった。

 ゲームを終えて、解毒も終えて、さあ、これで大広間に戻れば瞳と合流できる、と思って……翔也は、夜が明ける鐘の音が鳴るその瞬間、誰よりも大広間に近い位置に居たのだ。すぐにでも大広間へ出て、瞳の無事を確認するために。

 だが、そこで翔也は死ぬことになった。

 唐突に息が詰まり、体は痙攣し、天地も分からなくなって倒れて……陽、と名乗った男が、何か、瓶を持っているのを見たきり、何もかも、分からなくなった。


 ……せめてあんただけは自由でいてくれ、と、翔也は願った。

 ここで翔也が死ぬなら、その分の魂とやらは、悪魔の手に渡るのだろう。ならば、瞳はその魂を使って、自由になれるだろうか。

 できることなら、自由になる彼女の姿を見たかった。そしてやはり、できることなら……その時の彼女の傍に、立っていたかった。

 クズには過ぎた望みである。受けた恩も返せずに死ぬような碌でもない人間には、決して手が届かない願いだ。

 分かっていた。分かっていたが……それでも願わずにはいられなかったのだ。

 翔也は瞳に幸せになってほしかったし、幸せになりたかった。

 クソッタレな人生に、それでも意味があったのだと思いたかったのに。

 ……瞳にも、『あんたの人生には意味があったんだぞ』と、言ってやりたかったのに。




 そうして翔也は死ぬ。意識は消えて、魂はカンテラの中、燃え盛ることだろう。

 だがそれもそう遠くなく、全てが巻き戻り、『やり直し』に巻き込まれていくのである。死も、後悔も、何もかも無かったことにして。

 ……それでも翔也の魂は燃え盛る。巻き戻しても、何度でも、死んでも、燃え続ける。

 空虚だった体に宿った灯は、決して消えることが無い。


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バカが、どうして天使に生まれ変わったのか、が気になります。
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