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終わった後:空

記憶シリーズは一旦休止です。

何故かって?夏だからだ!

 

「わーい!わーい!空だぁー!」

 青い空。遠くには入道雲。如何にも夏、という景色の中、真っ白い翼をぱたぱたさせるバカと、そのバカに抱えられた海斗が飛んでいく。

「やっぱ晴れてる日に飛ぶと気持ちいいなあ!な、海斗も空、好きか……あれ、海斗?」

 ……が、そこでバカは、気づいた。

 海斗がすっかり血の気の引いた顔で、ガチガチに固まっていることに!

「か、樺島……!降ろして!降ろしてくれ!」

「えええええええ!?もしかして海斗、高い所苦手だったのぉおおお!?」

 ……そう。バカは高い所が大好きだが、海斗はそうではなかったのだ!バカ、びっくり!




 事の始まりは、昨日に遡る。

 バカは、『秋の運動会に向けて飛行訓練したいなあ』という話をした。海斗は『何だ運動会って』と怪訝な顔をしていたが、まあ、あるのである。キューティーラブリーエンジェル建設には、社内運動会があるのである。当然、バカも参加するのだ!

 そこで海斗が、『飛行訓練ってどこでやるんだ』と聞いてきたので、バカは考えた。折角飛ぶなら、どこかお出かけしてもいいなあ、と。

 ……そして、バカは思った。

『どうせなら海斗とお出かけしてみてえなあ』と!


 ということで、バカは本日、このキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部にて、海斗と待ち合わせをし……そして、飛行訓練およびお出かけのため、翼を広げて飛び立ったのである!

 バカは丁度よいと思ったのだ。何せ、運動会の種目には、『50㎏の錘を抱えて行くハーフマラソン(飛行の部)』があるのである。海斗は50㎏よりはちょっと重いがまあ大体そんなもんなので、海斗を抱えて飛ぶ練習をすれば丁度いいのだ!


 ……が、バカには誤算が1つあった。

 それは、海斗が高所恐怖症だったことである。




「そっかー……海斗、高いとこ、苦手だったんだなぁ。ごめんなぁ……」

「い、いや、僕こそ……先に言わなくて、悪かった……」

 ということで、バカは慌てて着陸した。着陸先はバカもよく来る公園の芝生の上である。この公園はキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部から飛行5分程度で来られるので、先輩天使達にも人気のスポットなのだ。

 木漏れ日の下とはいえ、この季節の屋外は暑い。暑いのだが……海斗の指の先はすっかり冷え切ってしまっていた。余程、緊張したらしい。

「……自分でも、いけるかな、と思ったんだ」

「そっかぁ……」

 海斗は少し悔しそうにしていて、バカはちょっとだけ、嬉しく思った。海斗は高所恐怖症を克服しようとしているらしい。友達として、そんな海斗が誇らしいのである!

 だがバカとしては反省事項だ。大事な友達の苦手なものを知らなかったとは。不覚!

「そういや海斗、デスゲームの天秤の部屋でも、なんか緊張してたもんなあ」

 よくよく思い返してみれば、海斗は元々、高い所が苦手なように思える。デスゲームの天秤の上で、バカを殺そうとしていたらしい海斗が足を滑らせて、結局転落しそうになったことはバカの記憶にしっかり残っている。

「僕はそれ、知らないんだが……?」

「あっ、これ、海斗が知らない海斗の話だった!」

 海斗は『やり直しの前の僕は一体何をしていたんだ……?』と怪訝な顔をしていたが、バカは『海斗が知らない海斗の話を俺が知ってるの、ややこしいなあ……』と、やっぱり難しい顔をしていた。

 バカには記憶の整理は難しすぎるのである!


「……さて。少し休んだし、もう大丈夫だ。行こう」

 バカが頭を抱えていると、ふう、と息を吐いた海斗がそう言って立ち上がった。

「えっ、海斗、大丈夫かぁ……?」

「もう大丈夫だ。大丈夫。意識して自らを律していれば、そう高所など怖いものではないさ」

 海斗はそう言うが、バカは『海斗、無理してねえかなあ……』と少し心配になってきた。海斗も『大丈夫だ。大丈夫だ……』と何やらぶつぶつ言っているが、それが余計にバカの不安を煽る。

「……あの、海斗ぉ」

 なのでバカは、おずおずと海斗の様子を見ながら、おずおずと申し出るのである。

「やっぱポケセン、電車で行こうぜ?な?」

 尚、本日のバカ達のお出かけ先は、ポケセンである。ポケセンだ。バカはブースターのぬいぐるみを買うのだ!ふわふわで可愛いから!

「いや、しかし……」

 海斗はバカの申し出に、おろ、としていたが……やがて、深々とため息を吐いて、項垂れた。

「……すまない。助かる」

「ううん!すまなくない!一緒にお出かけしてくれるだけでも嬉しいし!な!行こ!」

 ……ということで、バカはるんるんと、海斗も先程よりは元気な様子で、駅に向かって歩くのだった。


「ところで駅ってどっちだぁ?」

「ちょっと待て、調べるから」

「あっちの気がする!なんかいいにおいするし!」

「反対だこのバカ!」

 ……まあ、歩くとなると、色々と大変なのがこのバカなのだが。海斗は再び、ため息を吐いた!




 そうしてバカは海斗に連れて行ってもらって、なんとか駅に到着し、なんとか電車に乗り、『俺、電車乗るのすげえ久しぶり!たのしい!』とひそひそそわそわしては、周りの人達に温かい視線を送られ……。

「うおおおおお!東京だあああああ!」

「煩いぞ樺島」

 東京だ。東京である。バカはバカなので、ここが渋谷でも新宿でも八王子でも全て『東京だあああああ!』になるのだが、まあ、とにかく東京である。

「すげええええええ!東京!すげえええええ!ビルでっかい!俺もいつかああいうの建てたいなああああああ!」

「だから!煩いぞ樺島!」

 バカは高い建物に大興奮である。バカは煙同様、高い所が好きなので、高層ビルいっぱいの通りも大好きなのであった。

「……海斗、あんまし驚かないんだな?」

 そして一方の海斗は、バカではないので然程高い建物に興奮しない。当然である。

「……いや、まあ、僕の家、都内だからな」

「えええええええ!?そうなのぉおおおお!?」

「まあ、うん……」

 バカは『海斗の家、都内だった……!』と慄いた。海斗はなんとなく居心地悪そうにしている!

「え、じゃあ、海斗、東京来てもあんまり楽しくなかった……?」

 バカとしては、『東京行くと建物がデカくてそれだけで楽しい!』となるところなのだが、海斗からしてみれば見慣れた東京は別に物珍しくも無いだろう。バカはバカだが、それくらいは分かる。

 よってバカは、『あわわわわわわ』となっていたのだが……

「いや……その、誰かと遊びにどこかへ行くこと自体が、無かったから……」

 海斗はまたなんとも気まずそうにそう言う。が、気まずさの種類が、さっきとちょっと違う。

「……じゃあ、楽しい?」

「……まあ、うん」

 海斗が耳の端を赤くしながらこくりと頷いたので、バカは『おずおず』から『にこにこ』に変わり、そして、元気に海斗の手を引いて歩き出す。

「じゃあポケセン!ポケセン行こー!」

「ああうん……お前のその、元気のジェットコースターはどうにかならないのか?全く……」

 海斗はため息を吐きながらもバカについてきてくれるので、バカはまた嬉しくなるのだった!あと、嬉しくてちょっと浮いた!『浮くな!』と海斗に怒られたが!




 そうして、バカは海斗と一緒に、楽しく遊び倒した。

 当初の目的であったポケセンへ行ってぬいぐるみを買い、それから昼食を摂った。海斗は未だに、チェーン飲食店が新鮮に感じるらしい。バカがポークカレーのライス800gにとんかつ乗っけて食べる傍ら、海斗は『よく食べるな……』と呆れつつ、バカと同じメニューを普通サイズにして食べていた。

 昼食後には水族館も見た。水族館では海斗が『歌うなよ?いいな?歌うなよ?』としっかり念押ししていたが、そんなのなくともバカは歌わなかっただろう。大丈夫である。流石のバカも、社歌漁をやっていいのは外来種がいっぱいいる川と海と池だけ!と分かっているのだ!

 が、バカはバカなので、クラゲを見て『なんか美味そう』と思ったし、イワシを見て『めっちゃ美味そう!』と思った。流石にペンギンを見た時には、『かわいい!』となったが。

 それから海斗の要望で書店にも寄った。海斗は何やら、小説を2冊と、経営学の本を1冊、購入していた。バカは資格の本があるかどうか探したが、そもそも地上の本屋に天使資格の参考書など置いてあるはずがないのだった!

 ……と、バカはそのようにしてしっかりおでかけを満喫した。先輩と一緒にお出かけする時とはまた違う、友達とのお出かけは、バカにとって最高の楽しみだったのである!


「えへへ、ブースターやっぱり可愛いなあ……俺の部屋に置いとくんだぁ。それで時々撫でるんだぁ……えへへ」

「そうか、よかったな」

「海斗はグレイシアにしたんだよな!グレイシアも可愛いよなあ!」

「……うん」

 太陽が沈んでいく時刻、バカと海斗は帰路についた。お互いの鞄の中には買ったぬいぐるみが入っている。よってバカは只々ご機嫌である!

 ……そんな折。

「わあ」

 ふわ、と風が吹いて、バカは空を見上げる。

 高層ビルの陰に削り取られた空。鋭角的な空が、その端から燃えるようにグラデーションになって、雲が金色で、茜色で……。

「……綺麗だなぁ」

 バカは思った。思ったまま、口に出した。バカなので、特に何も考えずに。

 ほわあ、とため息を吐きながら、バカは暫し、空の美しさに見惚れた。


「……樺島」

 すると、海斗が少し強張った表情でバカを見つめていた。なのでバカは、『あっ!海斗待たせちゃった!』と慌てる。

「うん?あ、ごめん、空見てた!帰ろ!ええと、駅、どっちだっけ?」

「ちょっと待ってくれ。その……」

 バカは慌てて歩き出そうとしたのだが、海斗はそんなバカのタウンリュックの肩紐を掴んで引き止める。

 ……そして。

「その、飛行訓練、しないか?」

 そんなことを言い出したのである!




「え……だ、だって海斗、高いとこ、嫌いだろ?」

「ああ嫌いだ」

 バカがおろおろしながら確認すると、海斗は迷うことなく頷いた。だが、少し強張った渋い表情で、空を見上げる。

「……けれど、空が、綺麗だから」

 海斗が空を見上げているのを見て、海斗の言葉を聞いて、バカは、ぽかん、とした。

「綺麗……だけど、その、怖く、ないのか……?」

 バカがそう、おずおずと尋ねると、海斗は空からバカへと視線を移して、苦笑する。

「まあ、怖い。……だが、怖いのと、綺麗だと思うのは、両立するだろ」

「……そっかぁ。そうかも」

 バカは納得して、じんわりじわじわ、嬉しくなってくる。

 自分が綺麗だと思ったものを、綺麗だと思ってくれることも。高所恐怖症を乗り越えようとしているその強さも。バカの訓練に付き合おうとしてくれる、その優しさも。……全部、嬉しいのである!


「そういう訳だ、樺島。やってくれ」

「……うし!分かった!じゃ、行くかぁ!」

「ちょっと待て。ここで飛ぼうとするな。それからまず、猫を運ぶ時のような抱え方はやめてくれ!」

 そして、意気込んで、海斗の後ろから脇の下に両腕を差し入れたバカは、海斗にストップをかけられてしまった。

 ……猫ちゃん運びは駄目らしい。バカは『そっかぁ……もしかして海斗、運ばれ方が怖かったのかな……』と、ちょっと反省した!




 そうしてバカは海斗を抱きかかえて、空を飛ぶ。

 夏の空は夕焼け色に輝いて、金色の雲がたなびいて……その中を、風を切って飛んでいくのが、最高に気持ちいい。

 が、その心地よさより、心配が勝る!

「だ、大丈夫か?怖くないか?」

「怖い」

 今も、バカが『怖くないように、怖くないように……』と気を付けて運んでいる訳だが、海斗はやはり、青ざめた顔をしていた。……決意があろうとも、人間の性分は急に変わるものではないのである。

 だが。

「怖い、が……怖いと思うことで、綺麗だと思うことを、塗りつぶしたくない」

「……うん」

 海斗はそれでも、空を見上げていた。バカは、海斗のこういうところを『かっこいいなあ』と思う。バカも、こうでありたいなあ、と思うのだ。

 ……怖いことがあっても、嫌なことがあっても。綺麗なことや、幸せなことが消えてしまうわけではない。

 バカも、それを忘れないようにしたいなあ、と、漠然と思うのだ。

「綺麗だな」

 空を見て、少し表情を綻ばせる海斗を見て……バカは、にこにこと、満面の笑みである!

「うん!すごく綺麗だ!美味そう!」


「……は?」

「多分あれ、マンゴー味!こないだ行ったミニストップのマンゴーパフェ、ああいう色してた!」

 バカは、にこにこと空を見る。

 茜色から金色へのグラデーションや、金色に輝く雲の切れ端は、瑞々しいマンゴーを思わせる。光に染まり切らない白い雲は、バニラソフト。

 ……つまり!マンゴーパフェである!


「……水族館でもそうだったが、お前にかかると美しいものが台無しだな」

「えっ!?ごめん!」

「いや、いい。お前はそういう奴だって知ってる。……で、今のミニストップは何やってるんだ?」

「今!?今はなー、またシャインマスカットやってる!今度食べに行こうぜ!」

 バカはバカなのですぐにお腹が空くが、海斗は海斗でそんなバカにまた少し、緊張が解れたらしい。ほんの少しだけ体の強張りを緩めてくれたのを見て、バカはちょっぴり嬉しくなった。

「あっ、ところで今、社員食堂向かっちまってるけどいいかぁ?夕飯も食ってくだろ?」

「ああ。構わな……いや、ちょっと待て。えーと、ところで社食から羽で戻った時、僕はどこに出現することになるんだ?」

「ん?最後に地上に居たとこ……あっ!?つまり海斗、家に直帰できねえじゃん!」

「……なら、夕食後、家の近くまで運んでくれ」

 どうやら、海斗はまだまだ飛行訓練に付き合ってくれそうである!

 バカは、『夜になったら夜景とお星さま、綺麗なんだよなあー!』とまたにこにこしながら、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部までの帰路を急ぐのだった。




「わあー!夕飯もカレーだ!こんな日があってもいいのか!?いいのか!?わあああー!」

「夕飯もカレーか……まあいいか、こういう日があっても……」

 尚、その日の社食の日替わり定食は、『夏だ!暑さに負けるな!夏野菜カレー定食!』であったため、バカと海斗は2食連続カレーになった。反応は両者でマチマチであったが。

 まあ、人生にはこういう日もあるのである。おお、キューティーラブリーエンジェル建設。ああ、キューティーラブリーエンジェル建設……。

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― 新着の感想 ―
ポーケセーンゴーゴゴー、ポケセンゴーゴー。(姫センの歌) すっげぇいちゃいちゃしとる。
ポケセンにお出かけしてるのかわいいね… おお キューティーラブリーエンジェル建設
私が「かっこいいなぁ……」と思った時に、バカくんも同じことを思っていて、 心がぎゅっとなった数秒後には全てを台無しにしてくる男。 それがバカくん。 そんなバカくんを海斗と一緒に溜息をついて見守りながら…
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