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終わった後:社員旅行*2

 キューティーラブリーエンジェル建設の社員旅行は、規模がデカい。参加人数のスケールもデカけりゃ、やることもデカい。

 ……その結果、旅館が増築された。


「成程。空を飛ぶ天使が造ると足場要らずな分、早いんだな」

「土屋さん。絶対にそれだけじゃないと思うわよ」

 キューティーラブリーエンジェル建設初心者は慄いているが、それもそのはず。旅館ができてしまったのだから慄くのも已む無しである。

 ……出来上がった旅館は、和風の落ち着いた建物だ。

 部屋は大体、2人部屋から4人部屋ぐらいまでの大きさに区切ってある。床は廊下などは板張りで、部屋の中は畳敷きだ。尚、畳は先日行われた『キューティーラブリーエンジェル建設畳職人コンテスト』で作られたものである。尚、今年の優勝も親方であった。親方はかれこれ20年間、チャンピョンベルトを保持しているのだ!

 また、それぞれの部屋には広縁があるのは親方の趣味である。親方の部屋には、若い衆が熊狩りをしていた間に親方が作った籐椅子が設置されているので、親方は今晩は広縁で籐椅子に座って、窓から月を眺めつつ、一杯やるのであろう。

 そして今、それぞれの部屋にはお布団が運び込まれているところであった。

「お布団運びって楽しいよなあ!」

「……楽しくはねえだろ、別に」

「そうかあ!?俺、お布団運びの時の、こう、ふかふかだし、ほわほわだし、いっぱいあるかんじが好きなんだ!」

 バカは元気にお布団を10人前運んでいる。ヒバナも自分の分は運んでいる。枕が2つあるのは、海斗の分である。……そして、海斗は自分の掛布団と敷布団でいっぱいいっぱいであった。まあ、仕方がない。天使の布団はほんわり軽いが、それでもかさばって大変なのだ。バカのように、筋肉圧縮運搬を行わない限りは。

「えへへへー、俺達一緒の部屋だもんなあ!なあ、なあ、寝る前何する?枕投げか?」

 バカはウキウキそわそわと楽しそうだ。何せ、バカはヒバナと海斗と同じ部屋でお泊りなのだ。これが楽しみだったのである!

「お前が枕を投げ始めたら僕らは死にかねないからやめてくれ」

「えっ……!?わ、わかった!やめる!」

 が、バカの浮かれ方につき合おうとすると、普通の人間は命が危ない。海斗が『こいつの枕投げで壁ぐらいは砕けかねないし僕らも死にかねない』と青い顔をしていたところ、バカはそっと、枕投げを封印することに決めたのだった。

「バカは1人でババ抜きでもしてろ。俺は寝るからよ」

「えっ!?ババ抜きって1人でできるっけ!?」

「お前マジでバカだな、おい……」

 ……ヒバナは何とも言えない顔でバカを見ていたが、バカがあまりにも頭の上に『?』マークを浮かべているので、ババ抜きに1戦ぐらいは付き合ってやろうか、と考え始めていた……。




 寝床の準備が整ったら、次はお風呂である。

 増設されたばかりの旅館の脇には、元々こぢんまりとしつつも素晴らしい温泉が湧いていて、ほこほこと湯気が立っていたのだ。

 が、旅館を増築した都合上、今日中にお風呂回りまで整備するのは流石に難しかったので、『源泉かけ流し!美肌効果抜群!ただし適当に自分達で温度調節して入れ!の湯!尚、露天風呂!』となっている。

 ……そして当然、そんな温泉に天使達が全員入れるほどの広さは無いので、温泉は時間ごとに使える人が区切られている。

 夕食後すぐの早めの時刻は女性陣のための時間で、それ以降、ご飯の片付けを終えた男衆が順次入浴していくことになるのだ。

 バカと海斗とヒバナは部屋番号が後ろの方なので、比較的遅めの時間、ということになるだろうか。まあ仕方がないのでそれはよし。

 早速、たまとかにたま、ミナやビーナス、それに事務のおばちゃん達等々、女性陣がわらわらとお風呂へ向かったのを見送って、バカ達は元気にご飯の片づけを進めていく。

 ……尚、ここでの『ご飯の片付け』は、主に余ったご飯をもりもり食べることと、使用した重機があれば整備しておくこと、そしてかにたまビームによってできているキャンプファイヤーにゴミなどをくべてどんどん燃やしていくことである。

 キャンプファイヤーと残りものの美味しいごはんを肴に、酒が進んで先輩達が元気に社歌を歌い始めている。バカもそれに混ざって社歌を歌い始めていたのだが……。

「ところで、樺島はお酒、飲まないのか」

 そんな折、丁寧に洗い物をし終えた海斗がそう聞いてきたので、バカはきょとん、とした。

 ……尚、ヒバナは先輩天使達に囲まれて、既に一杯どころか二杯三杯とやっている。いつもバカに対してはツンケンしがちなヒバナだが、先輩天使達に囲まれて可愛がられていると、それはそれで可愛がられてしまう性質らしい。それなりに楽しそうにやっているので、バカは『よかったなあ』とにこにこしていたところだ。

 それだけに、海斗がなんとなく不安そうな顔をしているのは気になるのだが……。

「お前はもう20歳になってるんだろ?だから、その……僕に遠慮して飲まないんだったら気にしなくていいんだぞ」

 ……口籠っていると思ったら、海斗がそんなことを言うものだから、バカはここでようやく、『あっ、気ぃ遣わせちゃってた!』と気づいて、慌てて弁明する。

「あ、うん……そうなんだけどさあ。俺、あんまり酒、強くないみたいで……飲んだら寝ちゃうんだよぉ」

「……そうなのか」

「うん。で、寝ちゃったら折角の社員旅行、勿体ないからさあ……」

 そうなのだ。バカは酒に弱い。美味しいなあ、と思わないでもないのだが、ちょっと飲んだらすぐにぬくぬく体が温まってきてしまって、そしてそのまま、ねむねむ眠ってしまうのである!

 バカが20歳になった時、先輩達がお祝いに酒を持って駆けつけてくれたのだが、祝われたバカが誰より先に寝てしまったのはバカの中でも苦い記憶なのだ!あれは勿体なかった!

「ま、まあ、そういうことなら、いいんだが……」

 海斗は海斗で、『僕が気にすることじゃなかったか』と少々気まずそうな顔をしている。……海斗は遠慮しいなのだ。バカは海斗のそういうところに、『頭いい人ってこうだよなあ』と、ちょっと憧れないでもない。


 ……そして同時に、バカはちょっぴり嬉しいような気分になってくる。

「海斗はまだ19だもんなあ。えへへ……俺の方がお兄ちゃんだ」

「僕はお前が年上だという気は全くしていないんだが?」

 1歳年下の友達相手に、バカも普段は年下だなんて気にしていない。何せ海斗はバカより頭が良いことだし。それによってバカは助けられてばかりだし。

「あのな、あのな、海斗。海斗も20歳になったら、一緒に酒飲もうな!」

 でも、ちょっとだけ海斗より先を行っていることがある、というのは、バカにとってちょっぴり嬉しいことなのだ。他がほぼ全て、海斗に先を行かれているような気がするので、余計に。

「……ああ。あと半年もしない内に僕も20歳になるから、まあ、その時にでも」

「うん!約束!約束だからな!」

 バカは、『たのしみ!』とにこにこ顔である。海斗もなんとなく、少し嬉しそうにしていた。




 そうしてバカが『たのしみ!たのしみ!』とその場でゴロンゴロンしていると、ヒバナが『地面の耐久試験でもやってんのか……?』とぼやきながら戻ってきた。どうやら、酒のみ相手だった先輩達に風呂の順番が来て、ヒバナだけ取り残されてしまったらしい。

 尚、バカのゴロンゴロンによって地面には穴が生じている。バカは埋まっている。このまま頑張れば2mぐらいまではいけそうである。

「何話してたんだよ」

「ん?俺が酒、あんま飲めねーって話!あと、海斗が飲めるようになったら一緒に飲もうな!って約束してた!」

「へー。酒か」

 バカが元気に答えると、ヒバナは幾分、興味があるような顔をする。……いつもぶっきらぼうなヒバナにしては珍しい。

 これは酔っぱらってるからかなあ、とバカはヒバナの顔を覗き込んでみるが、幾分機嫌の良さそうな笑顔を浮かべているヒバナは、あんまり酔っているように見えない。……見えないだけで、酔っぱらっているのだろうが。

「なら、酒飲む時に俺も誘えや。バカ相手じゃどれが何だか分かんねーだろ」

 更に、ヒバナはそんなことまで言い始めたのでいよいよ珍しい。バカだけでなく、海斗もまた、びっくりしている!

「ヒバナ、お酒詳しいのか!」

「へっ。お前よりは飲むからな」

「そっかぁ!すごいなあ!あのさ、俺、あんまり飲めないんだけど何がいいのかなあ!」

「好きな味のあったら似たようなのでそれの弱めなの教えてやるよ」

 ヒバナは珍しくも親切だ。否、ヒバナはこれで案外、普段から親切なのだが、酔っぱらっていると素直に親切にしてくれるようである。

 バカは満面の笑みでヒバナにあれこれ聞いて、ヒバナは上機嫌でそれに答えてくれた。……海斗もちょっと質問していた。バカは心の底からヒバナを尊敬しつつ、そのまましばらく、珍しいヒバナとのお喋りを堪能するのであった!




 そうしてバカが元気にやっていると……ミナとビーナスがやってきた。

「わあ……もう綺麗になっちゃってる!皆さん、お片付け早いんですね……!」

 ミナが驚いているが、それもそのはず。バカは片付けを頑張ったのである!まあつまり、食べる方向に。

「片付けご苦労様。で、これはどういう状況よ」

「ヒバナが寝ちゃった!」

 ……そして、バカは、バカにもたれて眠っているヒバナをビーナスに『ほらこれ!』と見せることになった!

 そう。ヒバナは眠ってしまったのである。慣れない旅行での疲れもあったのだろうし、何より、酔いがしっかり回っていたようだ。

「あー……翔也、結構強い方だし、吐いたりなんだりはしないけど、寝るのよね。そういえばそうだったわ」

 ビーナスは寝ているヒバナを見て呆れたような、懐かしそうな顔をしている。バカは『ほえー』と感心している。

「まあ……ほら、ね?蛇原会ではお酒飲む機会、多かったし」

「ああ……多そうだな、確かに」

 言い訳のようにビーナスが言えば、海斗が『ヤクザだったんだもんな……』と何とも言えない顔で頷いている。ミナも『そうなんですよ』と頷いているところを見ると、ミナは既にビーナスから色々と話を聞いているのかもしれない。

「俺さー、酒、弱くってさあ。でもヒバナは強いんだってさ!ミナとビーナスは強いか!?」

「私はあんまり得意じゃないですね」

「まあ、ミナはそんなかんじするわよね。……私は『ウワバミ』って言われてたわ」

「ウワバミ!?……えーと、俺、それ知ってる!ハート形の葉っぱの!黄色い花の!」

「多分それはカタバミだ、このバカ」

 バカは海斗に、すぱしん、と後頭部を叩かれつつ、『そう!それぇ!』と満面の笑みを浮かべた。

「蟒蛇……つまり大蛇だな。大酒飲みのことだ」

「へー……海斗は物知りだなあ」

「私としてはカタバミ知ってたバカ君にびっくりしてるけどね……」

 ……尚、バカがカタバミを知っているのは、食べてみたら酸っぱかったからである。すっぱくてびっくりしていたら、先輩が『それはカタバミだよ』と教えてくれたので覚えているのだ!




 さて。そうして『何故バカがカタバミを知っているのか』の話をして、『それでさあ!先輩がカタバミ刻んだの入れた納豆作ってくれたんだけど、美味しかった!』というところまでバカが話したところで。

「で、そうだ。海斗。私、あんたに言わなきゃいけないことがあって」

「な、何だ……?」

 急にビーナスが海斗に視線を向けたので、海斗は半歩下がりつつビーナスの様子を窺う。……するとビーナスは、あっけらかん、として言った。

「ここで『リプレイ』使い切っていってよね」


「……何度も言うようだが、僕は他人の風呂を覗くような、そんな卑劣な真似はしないぞ!?」

「そんなの分かんないじゃない」

「誓って!そんなことは!しない!」

「だったらここでリプレイしていったっていいでしょ。何ムキになってんのよ……」

「そもそも疑われることが心外だと言っているんだが!?」

 海斗は怒りながらもリプレイの能力を使っていくことにしたらしい。『リプレイを宣言!対象はそこの焚火の前!ヒバナが酒飲んで寝る40秒前から!』と宣言して、リプレイを消費していた。尚、ヒバナはまだ寝ているので文句を言う者は誰も居ない。

 ……そうして生まれたヒバナのリプレイを前に、ビーナスは『へー』とどことなく嬉しそうな声を漏らして……。

「ふーん……翔也ったら、随分とゴキゲンだったみたいね」

 そんなことを言って、ちょっと口元を緩めるのだ。バカにもたれて眠るヒバナの隣に座って、ヒバナの頭なんかを撫でつつ……。

 ……撫でられているヒバナは、起きなかったが。否、バカの肩にはなんとなく、ヒバナが緊張して硬くなっているようなかんじが、伝わってきていたのだが……。


 何はともあれ、『そろそろ入浴時間じゃないか?』という海斗の助け舟によってヒバナは救助された。そして『ヒバナ、一緒に風呂入らないと寝ちゃって溺れちまいそうだもんなあ』と、バカはヒバナを担いでそのまま一緒に温泉へ向かった。

 ……尚、温泉には先に主催の悪魔が入っていた。『ああ、今日は本当に熊の絶望が美味しかった……』とにこにこしていた。バカも『よかったなあ』とにこにこ顔になった。

 そうして、海斗とヒバナが頭を洗い始めた横でバカが石鹸を猛烈な勢いで泡立て、全身もこもこの羊のようになりつつ5秒で全身の洗浄を終え、さっさと湯舟に突撃していった。その余波でヒバナと海斗も泡塗れになった。だが湯舟には泡は一欠片たりとも入っていない。入浴マナーが良いのか悪いのか分からないバカである。


「ああ、皆も来てたんだ」

「私もお邪魔するよ」

 そして、後からやってきたのは陽と土屋である。土屋は客人枠で入浴は先だったはずなのだが、色々あって遅くなってしまったのだろう。

 ……尚、天城はかにたまのメンテを兼ねて、ごく小さな湯舟を作ってもらって、そこに一緒に入るそうだ。さぞかしかにかにした入浴になるのだろう。

「わー!こうやって皆が風呂で揃うとデスゲームのこと思い出すな!」

「改めて思うが、入浴することで思い出されるデスゲームはデスゲームじゃないな……」

 バカはあの時のことを思い出してはしゃいでいる。海斗は頭を抱えている。だがそんなもんである。天使が関わったデスゲームの末路なんて、こんなもんなのである!

「爺さんは居ないけど……あっ、そういや木星さんの洗浄もしとかなきゃ!思い出した思い出した!」

「ああ、木星さんが目覚めた時、熊の返り血塗れだとまた気絶しそうだもんね。あははは……」

 バカは『木星さんの洗浄、後でもいいかあ……』と諦めて、のんびりと温泉に浸かりつつ、朗らかに社歌を歌い始めるのであった!




 バカが興奮しすぎて風呂場がうるさかった以外には特に何も事故なく無事に入浴を終え、バカ達は部屋へ戻る。尚、お隣の部屋は土屋と陽の部屋である。

 ……天城はかにたまと一緒に夫婦用の部屋を貰っているのだ。さぞかしかにかにした就寝になるのだろう。

 一方の陽は、『まだお前には早い!』ということで、たまとの別室宿泊を命じられている。これに陽は、『まあ、焦るようなことでもないしね』と余裕の表情であった。バカは、『これがモテる奴の仕草ってやつだな!』と感心した。尚、そもそも何を焦る必要があるのかは分かっていない。バカなので。

「枕投げ……はできねーから、トランプやろぉ!」

 そしてバカは元気に鞄からトランプを出してきたが……。

「俺はもう寝る」

「えっ!?そんなあー!」

 ……酔っぱらった上、お風呂に入ってぬくぬくしたヒバナは、もう眠いらしい!

 確かに温泉の中で土屋や海斗に何度か起こされていたし、バカの社歌の熱唱によって起こされることもあったようだし……もう眠いのは仕方がないのだろう。

「まあ……そういうことなら僕も寝るかな。明日もあることだし……」

「そ、そっかぁ……うん……そうだよなあ……」

 海斗もいそいそ布団にもぐり始めたので、バカもしょぼしょぼ布団にもぐる。まあ、もぐってすぐ、『お布団あったかい!』と元気になっていたが。

「……トランプはまた明日な」

「……うん!」

 バカに気を遣ってくれたのであろう海斗がそう言ってくれるので、バカはますます元気になる。

 何せ、明日の約束があるというのは……とても嬉しいことなので!




 実に健康的に皆がぐっすり寝静まって、夜は更けていき……そして、朝。

 昨日同様、元気に『おはよう!おはよう!』とけたたましく起きたバカに、海斗がむにゃむにゃ言いながらのっそりと起き出してきて……。

「あっ!海斗寝癖付いてる!」

「……お前ほどじゃないと思うが」

 ……朝から元気なバカを見て、海斗は呆れ顔になりつつ、それでも元気なバカにつられてちょっと元気である。

「えっ!?俺、寝癖付いてるぅ!?どこぉ!?」

「全体的に寝癖だからどこが寝癖とも言えないな……。鏡見てこい」

 そして海斗が自分の寝癖と思しき箇所を手櫛でそっと直している間に、バカが『どだだだだだ』と走って洗面所へ向かい、『うわー!ほんとだー!』と喚き、そしてまた『どだだだだだだ』と戻ってきた。

「海斗ぉー!俺の頭!なんか!強そうになってた!」

「そうだな。直せ」

「うん!濡らせば直るよな!」

 バカはすぐさま半裸になると、広縁の窓から庭へと出ていき、ザーッ!と水を頭から被り、そこで、ブルブルブルブル!と犬か何かの如く身を震わせて水気を払い飛ばした。寝癖は直ったし髪は乾いたが、ぼさぼさの状態である。海斗は化け物か何かを見るような目で、窓から入ってくるバカを見ていた。

「……直ったが直ってない。直してやるからそこに座れ」

「いいのか!?やった!ありがとう!」

 海斗は深々とため息を吐きつつバカの髪を櫛で整えてやって、いつもより幾分大人しめの頭になったバカが生まれた。バカは全く気付いていないが!


 ……そうしているとようやく、ヒバナが不機嫌そうに起きてきた。おはよう!

「っるせえんだよ、朝からよぉ……」

「おはよう!おはよう!おはよう!」

「るせえっつってんだろうがこのバカ!」

 バカは朝から元気にスパシン、と頭を叩かれ、そしてますます元気である。

 ヒバナも最早、バカになど構っていられぬとばかりに無視を決め込み、身支度を始めた。尚、ヒバナはそんなに寝癖になっていなかった。バカはちょっぴりがっかりした!




 さて。

 そうして社員旅行2日目が始まり、近くの川でアメリカザリガニをひたすら取り続け、昼食はザリガニフルコースとなった。

 ザリガニ調理の腕に覚えのある天使達がこぞって調理したザリガニは、大凡のところ、伊勢海老かオマール海老か、といった味わいになった。とても美味しかったので、バカはますます元気になった。

 尚、海斗やビーナスはザリガニを食べることにとても抵抗があったようなのだが、ミナが『美味しいです!流石先輩!』とやっているのを見て食べてみる気になったらしい。ちょこっと食べて、それが美味しいと分かってからは、彼らもまた、ちび、ちび、と料理を食べるようになっていた。バカは笑顔になった!




 昼過ぎからは近くの食品工場へ見学に行った。バカはもちろん大喜びだったが、特に大喜びだったのミナである。やはり、食品に興味がある人にとってはより一層楽しいらしい。

 また、そんなミナを見たビーナスもにこにこしていたし、にこにこするビーナスを見たヒバナもにこにこしていた。広がるにこにこの輪である。

 それから、工場ではお土産を買った。バカは『おいしかった!これおいしかった!』と菓子類を箱で買ってウキウキしていたし、海斗は『家族に……あと社員の方にも……』と、やはりバカと同じく菓子類を箱で買って、ちょっぴりそわそわしていた。

 ……ミナとビーナスとたまは、お揃いのストラップを色違いで購入していた。……そんなたまとビーナスを見た陽とヒバナが何とも言えない顔をしていたので、バカは『俺達もお揃いにするか!?』と提案してみたのだが、やんわりと断られてしまった。

 ……ちょっぴり残念に思ったバカであった!




 そうして夕方になったら、地元の美味しい食材を沢山仕入れてきて、また大量野外調理である。今回もかにたまが熱源および光源として役立ってくれた。

 そんなかにたまの横に座りながら芋の皮を剥いたり野菜を刻んだりしている天城と、陽とたまとを見ていると、何とも不思議な気分になるバカである。

 元々は同じ人間なんだもんなあ、と思いながら『ほええ』と彼らを見つめていると……。

「樺島剛よ。味を見ろ」

 そこへ、主催の悪魔がやってきた。……その手には、野菜とお肉たっぷり、美味しそうな豚汁のお椀がある!

「味見!?やった!嬉しい!いただきまーす!」

 なんと、悪魔がお味見を依頼してきたらしい!バカは味見が大好きである。先輩天使にも、納豆や漬物や何やら、色々なものを味見と称して分けてもらっては美味しい思いをしているので、バカの頭の中ではもうすっかり、『味見=美味しくて幸せ』なのであった。

 バカは早速、豚汁を頂き、案の定おいしかったそれによって、輝かんばかりの笑顔になってしまった。悪魔は『よし』と満足気に頷いていた。


 そして、悪魔はふと、かにたまの方を見る。

「……宇佐美光と駒井つぐみを見ていたのか」

「ん?……うん!そう!」

 バカは一秒ほど『誰のことだ?』と首を傾げていたのだが、『宇佐美光は陽のことで、駒井つぐみはたまのこと!』と思い出したので、すぐに満面の笑みで頷いた。バカの中では、彼らはもうすっかり、『陽』と『たま』、そして『天城』で『かにたま』なのである。

「……樺島剛。お前の中に、奴らが同時に存在していることへの疑問は無いのか?奴らは異なる世界、異なる時間における同一人物なのだぞ?」

 悪魔はふと、そう聞いてきた。が、バカはバカなので、こて、と首を傾げるばかりである。バカには『パラレルワールド』の話はちょっと難しいのだ。

「うーん、俺、バカだからよく分かんねえけどよぉ……」

 なのでバカは一生懸命考えて、考えて……そうして、答えるのだ。

「……でも、こうなってよかったなあ、って、思うよ。だって皆、楽しそうだし!俺も楽しいし!」

 焚火とかにたまの光に照らされながら、バカは笑みを浮かべて見せる。

 難しいことは分からないが、今、ここに居る皆が楽しくやっていることは、バカにも分かる。そして、『こうでよかったよなあ』と納得してもいる。

「正しいか、については考えていないのか」

「え!?難しいこと言われても分かんねえよぉ!皆が楽しくやってたらそれがいいんじゃねえのぉ!?」

 悪魔としてはバカの感覚はよく分からないらしいが、バカからしてみると悪魔の感覚が分からない。バカの正誤の判断基準は『泣いている人が居ないか』『皆が楽しめているか』といったところにあるので。

「……まあ、お前はそうなのだろうな。全く……」

 悪魔はため息を吐きつつ、なんとなく複雑そうな顔をして……ふと、零した。

「一つ、忠告しておこう」

「うん?」

「お前は近々、また別のデスゲームに呼ばれることになるだろう」




 バカは少々、ぽかん、とした。だが同時に何故だか、『ああ、そうだよなあ』という気もする。

「その時、お前は今のままでは居られないだろう。おそらくは、な」

「……うん」

 バカは素直に頷いて、また、『そうだよなあ』と思う。

 ……バカは、今のままではいられない。難しいことを考えるのも、知らないことを知ろうとするのも、バカがバカだからといって止めていいことにはならない。

 多分、バカはまたデスゲームに参加することになる。何故ならバカはキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の社員であり、解体が得意なバカだからである。そしてきっと、その時には……成長したバカになっていなければならないのだ。きっと。多分。そういうことなのだ。

「俺、頑張るよぉ……」

「……頑張るのか」

「うん。……うん?そういう話じゃねえのか?」

 バカが決意するも、悪魔はなんとなく呆れた顔をしていたのだが、バカはなんだかじんわり元気が湧いてきてしまったので、悪魔の呆れ顔には構わず、『旅行から帰ったら資格試験の勉強、頑張る!』と意気込む。

 ……そんなバカを見ていた悪魔はひっそりとため息を吐きつつ……同時に、ちょっぴり、笑った。

 なんとなく、『次』のデスゲームの末路が見えた気がして。




 さて。

 そうこうしている間にも楽しい社員旅行は3日目の朝となり、そして、バカ達が帰る時がやってきた。

「お家に帰るまでが社員旅行だもんな!油断大敵だよな!」

「一体何に対して警戒しているんだ……?」

「ん!?最後まで楽しまなきゃってことだろ!?ババ抜きやろうぜ!」

「ああ、そういう……いや、それもどうなんだ……?」

 帰りの新蟹線の中でも、バカはすこぶる元気である。元気にトランプを出して、元気に皆でババ抜きをやったり、大富豪をやったりして過ごした。

 ……バカはババ抜きがとてもヘタクソだったのだが、あまりに分かりやすいバカを見かねた陽が、『樺島君はもう、相手に心を読まれたくない時にはとにかく、自分の手札じゃなくて相手の目をじっと見続けるのがいいんじゃないかな……』とアドバイスしてくれた。その結果、海斗がじっと見つめられる羽目になってしまった。海斗は気まずそうだった。


 そんな楽しい旅行も、無事に新蟹線が到着したことによって終了する。

 皆で荷下ろしを手伝い、新蟹線ボディの整備を行い、沢山走ってお疲れのかにたまが、早速小さな蟹ロボに乗り換えては、かにかに、と天城に甘えて抱っこされている様子を微笑ましく見守り……。

 ……そうしてバカ達はまた、明後日から業務に戻っていくのだ。

 泊まる場所は増築したての旅館ではないし、部屋に海斗やヒバナが居てくれるわけでもない。……それをちょっぴり寂しく思うバカであった。




 とはいえ。

「あっ!樺島さん、海斗さん!いらっしゃいませ!今日の日替わりはザリガニのグラタンと熊ハンバーグ定食ですよ!」

 ……社員食堂に入ったバカと海斗を出迎えたミナの笑顔と、メニューボードにあった『帰るまで?否!食べきるまでが社員旅行だ!食え!』という文言を見る限り、まだ社員旅行は終わらないようなのだが。

 おお、キューティーラブリーエンジェル建設、ああ、キューティーラブリーエンジェル建設……。


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― 新着の感想 ―
さぞかしかにかにした○○になるのだろう。のくだり好きすぎて、繰り返されたときにはペンライト振りたくなりました。
主催の悪魔から次のデスゲームについて言及があるとは。
もちもちさんのお話し、やっぱり好きだなぁ
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