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終わった後:食堂

 その日も、湊芽衣子……通称ミナは、キューティーラブリーエンジェル建設へやってきた。

 ここへやってくる方法は、至極簡単である。いつも手帳に大事に挟んでしまってある金色の羽……ミナの先輩の羽を、ふりふり、とやるだけなのだ。そうするといつの間にか、ここへ辿り着いている。不思議なものである。

 これについて仕組みを尋ねてみたところ、一応、説明してはもらえた。だが、『そもそもこの場所はミナの世界とはまた別の空間であり、ご近所さんと繋がってはいるものの、例えばご近所A、B、Cが隣り合う中でBにキューティーラブリーエンジェル建設がくっついていたとしても、その隣のAやCとくっついているとは限らず、しかし、遠く離れたXやYと繋がっていることもあり……』といった説明が続いたため、ミナの理解に収まらなかった。

 まあ、結局のところ、ここはどこでもあってどこでもない、というようなことなのだろう、とミナは理解している。

 場所なんて、どうだっていいのだ。ミナは、尊敬する先輩が……理不尽に死んでしまった彼が、今もこうして食堂を開き、毎日楽しそうにしてくれている、というだけで、幸せなのである。理屈なんて、どうだっていいのだ!


 さて。

 ミナが今日もやって来た理由は至極単純。アルバイトのためである。

 ミナは大学2年生まで、先輩の小料理屋で働いていた。だが、そこが例の事件で燃えてしまったため、アルバイト先が無くなってしまい、かといって、どこか別の場所でアルバイトする気にもなれず……ずっと、塞ぎ込んでいたのだ。

 ところがどっこい、幸運に幸運が重なって、再び先輩が経営する食堂でアルバイトできるようになったのだ!

 おかげでミナは、今までの塞ぎ込みようが嘘のように晴れやかな顔で、毎日大学とアルバイト先であるこのキューティーラブリーエンジェル建設社員食堂とを行ったり来たりしているのである!

 今日も元気にアルバイト。ふんふんと『キューティーラブリーエンジェル建設社歌』を鼻歌で歌いつつ、ミナはてくてくと歩いて食堂へ向かう。

 途中で、かにかにかに、と歩くかにたまと、その後ろをてくてくついて歩くたまの姿を見かけて、挨拶しておいた。

 ……たまも、陽と一緒に時々遊びに来ている。未来の自分達と話すことで得られるものが中々大きいらしい。また、単純にたまはかにたまを気に入っている様子だ。ミナは『かにたまさん、かわいらしいですもんね』と納得している。ミナもかにたまを見かけると、『わあかわいい』と思ってしまう性質なのだ!

 たまとかにたまに挨拶したら、その後ろを少し離れて歩いていた天城と陽にも挨拶して、更に空を飛んでいく樺島にも挨拶して、鉄パイプ細工のプードルを持ってはしゃいでいる子供には『前を見て歩かないと危ないですよ』と注意してやりつつ……。

「先輩!お疲れ様です!」

 からん、とドアベルの音も軽やかに、食堂の扉を開くのだ。


 食堂に入ってすぐ、床のモップ掛けをする主催の悪魔が『ああ、どうも』と挨拶してくれたし、仕入れの話をしに来ていたのであろう牡牛の悪魔が『やあ』と挨拶してくれた。そして……。

「ああ、芽衣子さん!お疲れ様!今日もよろしくな!」

「はい!よろしくお願いします!」

 ミナの敬愛する先輩は、今日も黄金色の翼をぱたぱたさせながら、元気に厨房に立っているのである!




 早速、ミナは仕込みの手伝いをする。

 大量のピーマンや玉ねぎや人参をフードプロセッサーで刻み、大きな鍋で炒めて、トマトケチャップ業務用を丸ごと一本ダッと入れて、軽く煮詰めて、少し焦がして……。

 ……そうして、『ご飯に混ぜて炊くとケチャップライスになるやつ』を大量に作っていくのだ。

 そう。今日の日替わりメニューは、『とろとろ卵のオムライス~グリルチキンを添えて~』である。とりあえずやたら食べる天使達のお腹をいっぱいにすべく、当然のように大盛りがデフォルトだ。

 尚、この食堂では『小盛り』『大盛り』といった概念は存在しない。普通に普通の大盛りなのである。先輩にとっての『普通』は、人間一般で言うところの『大盛り』なのである。

 が、それでは事務の人達が『流石に私達そんなに食べないんだけど!?』とのことでお困りの様子であった。また、『これでも足りない!おなかすいた!』という天使も出てきた。

 ……というわけで今は、『キューティー盛り』と言われたら人間の世界の並盛ぐらいにする。『ラブリー盛り』は大盛りだ。デフォルトである。そして、『エンジェル盛り』は超大盛り!天使達も満足の、超重量級モリモリオムライスになるというわけなのだ!

 尚、ミナはキューティー盛りもちょっと厳しいことがある。なので……『あの、まかないはキューティー盛りより更に少な目でお願いします!』と言ってみたところ、『キューティー以前か!?なら……キュ盛りだな!』と先輩の一声によって、『人間の世界でいうところのSサイズ』に『キュ盛り』と名前が付いてしまった。

 それ以来、ミナは客としてこの食堂を利用する時も、『キュ盛りでお願いします』と注文するようになった。

 一緒にご飯を食べることが多いビーナスには『キュ……?』と怪訝な顔をされているが、仕方がない。だって、敬愛する先輩のネーミングだ。キュ盛り。キュ盛り。……ミナはこっそり、『ちょっとかわいいですよね、キュ盛り、って……』と思っている!


 天使達がドカドカとエンジェル盛りを注文していくことが予想される今日、ミナの仕事はとても多い。

 とにかくケチャップライスの素を大量に仕込む。何せ、天使達は大体皆、オムライスが好きなのだ。ミナは以前、大きなどんぶりに作られたオムライスを見て『わあ』と驚いたことがある。

 また、グリルチキン用の鶏もも肉も、片っ端から下味を付けていく。何せ天使達は1人で鶏もも1枚は簡単に食べるのだ。2枚食べる猛者も居る。ミナはそんな光景を見て『わあ』といつも驚いている。

 そして、サラダ用にレタスを千切ったり、プチトマトを洗ったりするのは主催の悪魔の仕事だ。彼の仕事は大体、サラダである。が、メインが揚げ物の時には揚げ物係になることが多い。主催の悪魔は揚げ物を揚げるのが上手なのだ。

「デミグラスソースよし。お米よし。ドレッシングよし。……ふふふ、今日も完璧だ!」

 そして先輩は、オムライス用のソースやサラダ用のドレッシングなどを調整して、更に、超大量のお米を超巨大炊飯器で炊き上げていた。これがまた、重労働なのである。何せ、大量の米が必要になるので、先輩は毎日、その筋肉で稲刈りをし、脱穀をし、精米して、それを研いで炊いているのだ。

 ……そう。ここの炊飯器は10升炊きである。10合ではない。10升だ。つまり、100合だ。

 だが、これ1台ではご飯が足りないのがキューティーラブリーエンジェル建設社員食堂の常である。ご近所に豊穣神がお住まいでなかったらお米が毎日収穫できるようなことにはなっていなかったはずで……つまり、大変なことになっていただろう!


 ということで、仕込みを大方終えて、卵を倉庫から運んでおいたり、調味料のストックを確認したり、といった仕事を軽くこなしておく。

 卵は、『昨日の仕入れで良い卵が届いたんだ!』と先輩自慢の逸品である。ダチョウの卵より更に大きいそれは、ライチョウの卵らしい。が、ミナが知るライチョウよりも大きな卵なので、多分、このあたりにお住いのライチョウはとんでもなく大きいのだろう。

 いや、もしかしたらライチョウではなく、サンダーバード、とでも言うべき鳥の卵なのかもしれない。ミナは『わあ、神話の卵……』とちょっとびっくりしている!

「あっ、そういえば、さっき牡牛さんがいらっしゃってたのは乳製品の仕入れですか?」

「ああ。いつもの如く、牛乳とバターとチーズを納品してもらったんだ。ありがたいことだ」

 仕入れついでに、先程会った牡牛の悪魔のことを思い出して、ミナはにこにこした。

 牡牛の悪魔が融通してくれる乳製品は、とても美味しいのだ。ここのところ、定期的に卸してもらっているので食堂は大助かりである。同時に牡牛の悪魔一家の重要な副収入になっているらしく、第三子が生まれたばかりの彼らの助けになっているそうだ。

 また、天使達の中には『1日に1度は牛乳を飲まないと元気が出ない……もう自分で牛乳を出すしか!』と思いつめていた者も居たので、そんな天使達の救世主となっている。

「今日も、オムライスの卵を調理する時にバターを使うからね。ありがたいことだ」

「ああ、牡牛さんのところのバター、とっても美味しいですものね!」

 牡牛の悪魔が持ってきてくれるバターが美味しいのは、ミナもよく知っている。……デスゲーム中に作ったゴリアテタイガーフィッシュのバターソテーの味は、今も忘れられない!


「ただ……1つ、困ったことになっているらしくてなあ……。俺達に助けられたらいいんだが……」

「え?」

 だが、先輩は表情を曇らせた。ミナが心配していると……からららん、と軽やかにもほどがあるドアベルが鳴り、同時に、『今日はオムライス!オムライス!オムライスだー!』と元気に天使達がやってきた。開店時刻である。

「ああ、来たか。なら戦闘開始だな……この話はまた後でにしよう。いいかな、芽衣子さん」

「は、はい!」

 ……ということで、ミナは早速、気合を入れることになった。

 そう。キューティーラブリーエンジェル建設社員食堂の厨房は……毎日、とっても忙しいのだ!




 そうして厨房では、『戦闘開始』という言葉が相応しい様相で色々なものが飛び交った。

 注文は当然飛び交うし、先輩の指示も飛び交う。

 それに伴って、フライパンから飛び立ったオムレツが飛び交って、それぞれの皿やどんぶりの上に着地していく。ミナはそれらを配膳したり、厨房の方を手伝ったり、と忙しい。こういう時、ミナも天使だったなら、ミナも食堂を飛び交うことができたのだが!

 ……が、天使の『ごちそうさま!美味かったー!』という挨拶も飛び交っているので元気が出る。だからミナは、この食堂が大好きだ!


 そうして、本当に戦場いくさばのような食堂のピーク時間帯を越えて、お客さんもまばらになって来たところで……さて。

「それで、先輩。先ほどの、困ったこと、というのは……?」

 ミナは、ずっと気になっていたそれを、恐る恐る聞いてみる。怖いことだったらどうしましょう!とは思うのだが、それでも聞かないわけにはいかない。それに、デスゲームを経て、ちょっぴり勇気が出るようになったミナは、こういうことにもちゃんと自ら踏み込んでいけるようになったのだ。

 すると先輩は、ぽいん、とフライパンから飛ばしたオムレツを見事、お皿の上に盛り付けられたケチャップライスの上に着地させ、とろっ!と完璧なオムライスに仕上げ、主催の悪魔に『これよろしく!』と配膳を任せてから……ミナのところにやってきて、困り顔を向けてきた。

「それがな。どうも、牡牛さんの奥さんだけでなく、ご友人方も何名か乳製品を扱ってらっしゃるらしいんだが……そこで牛乳が大幅に余ってしまっているらしい」

「えっ……ああ、そういうことでしたか」

 先輩の話を聞いて、ミナはちょっとだけ、ほっとする。いや、困っている人……いや、人じゃなくて悪魔、が居るので、ほっとするのは申し訳ないような気分なのだが。でも、先輩の身に何かがあったわけではなかったので、やっぱり、少しほっとしてしまうのだ。

 ミナはもう二度と、この優しい人を喪うようなことにはなってほしくない。

「それでな。乳製品をうちで使ってくれないか、という話を持ち掛けられたんだよ。できれば、牛乳か、生乳状態のやつでそのままドカドカ卸したい、ってことだったんだが……」

 だがまあ、これはこれで深刻である。ミナはすぐに意識を切り替えた。

 食品が余ってしまうのは、大変なことだ。生産者さんの利益が無くなってしまうこともそうだが、何より、食べ物が捨てられてしまうというのは、とても悲しいことなのだ!

 ミナは、自分に救える食品があるなら、是非救いたい。……かつて、先輩がミナを救ってくれたように。まあ、ミナは別に、食品ではないのだが……。

 ということで。

「成程!では、近々クリーム煮込みやクリームシチューの定食が続く、というわけですね!」

「ああ……。クラムチャウダーとか、グラタンとか、そういうのが続くわけだ!」

 ミナと先輩は、揃って闘志を燃やす。

 救われぬ牛乳が生まれないように。

 余ってしまいそうな牛乳は全て、このキューティーラブリーエンジェル建設社員食堂の名に懸けて、ここで消費してやるのだ!




「ということで、芽衣子さん。うちでもできそうな牛乳消費メニューを考えるのを手伝ってほしいんだ。あと、生乳が直に来ちまった時にどうするかも考えたくてだな……」

「はい!分かりました!ええーと、生乳で来ちゃったら、もう、生クリームを掬い取るところから始めて……どうしようもない部分は全部まとめてベイクドチーズケーキというのはいかがでしょうか……」

「ああー、混ぜて焼くだけだもんな。寝かせる時間があるから、ピークタイムにオーブンを使う必要も無い。確かにチーズケーキはいいアイデアだ!ある程度はベシャメルソースにして冷凍保存か、と思っていたんだが、チーズケーキにして冷凍してもいいかもしれない!」

 ……ということで、ミナと先輩は終業後も顔を突き合わせて、牛乳消費メニューを考え続けることになった。

 チーズにベシャメルソースに、と乳製品たっぷりのドリアもいい。

 ミルクたっぷりのクリームシチューもいい。

 ジャガイモや鶏肉、或いは鮭やホウレン草なんかと合わせてグラタンにしてもいいし、クリーム煮だってある。

 クリームをたっぷり使ってクレームブリュレのようなものを焼いてもいい。天板一面に生地を注いで大きく焼き上げるチーズケーキは美味しいし、何より効率的だ。

 ヨーグルトにしてしまえば、乳酸菌の力で多少日持ちするようになる。カスタードクリームは案外牛乳をたくさん使う。生クリームと合わせてシュークリームに詰めてしまえば、きっと天使達が底なしに食べてくれるだろう!

「ふふふ……いける、いけるぞ!どんな量の牛乳が来ようとも、必ず打ち勝って見せる!俺と一緒に戦ってくれるか、芽衣子さん!」

「はい、先輩!お供します!」

 勝算は大いにある。ということで、先輩は早速、牡牛の悪魔に『牛乳の受け入れOKです!よろしくお願いします!』と念話で直接脳内に連絡を入れた。

 ミナはその様子を見ながら、牛乳大量消費週間のことを思って、今から楽しみになるのだった!




 だが。

 翌々日。その時はやってきた。

「こ、これは……!」

「予想以上の量が、来ましたね……」

 ……かにたま用に、と用意してある倉庫を埋め尽くす勢いのミルクタンク。その巨体を聳えさせ、威圧感すら放っているかのように見えるそれは……生乳500リットルであった。


「……流石に多すぎたか」

 生乳をここまで運んできてくれた牡牛の悪魔も、ちょっと罪悪感を覚える程度の生乳の量である。先輩は冷や汗を流しながら、500リットルの生乳を見つめていた。

「くそ……俺は、この量の牛乳を相手に、戦えるのか……?」

 そして先輩は遂に、大量の生乳を前にして、怖気づき始めていた。

 だが。

「先輩!諦めないでください!」

 それでもミナは、立ち上がる。

 デスゲームで得たものは、仲間達や先輩との縁だけではない。ミナ自身の勇気もまた、あのデスゲームで手に入れた宝物なのだ。

「先輩はいつだって、食べ物に真摯に向き合っていらっしゃったじゃありませんか!それに……微力ながら、私もついております!あっ、い、いえ!私だけじゃありません!皆、先輩の味方です!」

 ほらね、と、ミナは先輩に『皆』を見せる。

『なんか大量に牛乳来たらしいぞ』『マジか!』と喜ぶ天使達。

 何事か、とばかりやって来た事務員達。

 そこに混ざる、かにたま。あと天城。そして『なにこれ』という顔をしているビーナスや、その横でやはり『んだこれ』という顔をしているヒバナ。

 ……そうだ。ここには、皆が居る。ミナのことも、先輩のことも助けてくれる、頼もしい仲間達が居るのだ!


「ふふふ……そうだったな」

 かくして、先輩は立ち上がった。そして、ミナの手を握り、満面の笑みを向けてくれるのだ!

「芽衣子さん!どうか共に戦ってほしい!そしてこの生乳を全て……美味しく、食べてしまおう!」

「はい、先輩!」

 だからミナも、輝く笑顔でそれに応えた。

 500リットルもの生乳との戦いは、熾烈を極めるだろう。

 だが必ずや、勝ってみせる。そして……必ずや、皆で美味しく、食べ物を無駄にしない、明るい未来を勝ち取るのだ!




 さて。

 キューティーラブリーエンジェル建設社員食堂では、『生乳がやってきた週間!乗り遅れるな!』と題打って、非常にまろやかなメニューが目白押しとなっていた。

 本日のメインは、カッテージチーズを加えた肉団子のクリームソース煮である。まろやかでありながら、ガーリックバター醤油が隠し味となったパンチのある味わいで、ご飯が進む一品である。

 また、『いっそスープもミルクスープにするか!』と混乱しかけていた先輩だったが、流石にそれはちょっと、ということで、スープはあっさりしつつも旨味溢れるコンソメスープである。それにサラダがついて、副菜はきんぴらであった。

 そしてデザートは……。

「というわけで、かにたまさんVer.11ことソフトクリームメーカニタマさんが導入されました!」

「どういうわけよ」

 ……デザートは、ソフトクリームである。

 ビーナスはミナの話を聞いて『なんでよ。というか何よソフトクリームメーカニタマって』という顔をしていたが、まあ、何はともあれ、ソフトクリームである。

 ……というのも、『話は聞かせてもらった!』とばかりやってきたメカニック天使達がこぞって、新しいかにたまボディを拵えてくれたのである。

 そう。それが、『ソフトクリームメーカニタマ』だ。要は、ソフトクリームを作れるかにたま機体である。

「……まあ、天使達、ああいうの好きよねえー……」

「はい!皆さん、ソフトクリームがお好きなようで……そして、かにたまさんがソフトクリームを作って下さるので、大変に楽なんです!」

 食堂の隅っこでは、天使達が列を作ってお行儀よく待っている。

『ソフトクリーム1つ100円』と看板をぶら下げたかにたまが、かにかにかに、とソフトクリームを作っていくのだが、ソフトクリームがかにかにと巻かれていく度に、天使達の歓声が上がっていた。

 食後のデザートに、とソフトクリームを食べていく社員が多いのだが、その中には、わくわくした顔で並ぶ樺島や、その樺島の後ろで少々呆れ顔をしている海斗の姿もある。そして、テーブル席には仕事ついでに寄ったのであろう土屋の姿もあるのだが……土屋もソフトクリームが気に入ったらしい。にこにこ顔だ!


「……ま、よかったわ。ミナが楽しそうで」

「はい!ありがとうございます、ビーナスさん!」

 ビーナスは食堂の様子を見て、呆れつつも少し楽し気だ。

 ……どうやら、ビーナスは『食堂がなんか大変なことになってるらしいぞ!』という話を聞きつけて様子を見に来てくれたようなのだ。その実態は『ソフトクリームメーカニタマの導入によって生じた天使の行列』だったので、事件性は何も無かった訳だが。

「是非、食べていってくださいね!今日のも明日のも、とっても美味しいですよ!」

「そうね、そうするわ。じゃあ、今日の日替わり、キューティー盛りでお願い」

「はーい!キューティー盛り1つ!」

 ……こうして、ミナは楽しく厨房へ戻っていった。

 厨房では先輩も、他数名の天使達も、主催の悪魔も一緒に働いている。ホールでは、駆り出されている双子の乙女も一緒だ。楽しいことこの上ない!

 ……楽しい。そう。楽しいのだ。

 先輩も笑顔だ。皆に囲まれて、料理をしながら、先輩が楽しそうにしてくれている。ミナはこの光景を見ると……幸せな気持ちになる。

 こうなってよかった、と。心の底から、何者かに感謝したくなるのだ。

 何者か……神、というのもなんとなく違う気がして、ミナは結局、樺島に感謝することにする。

 あのデスゲームを解体してくれた、優しく、ちょっと(とミナは思っているが実際のところ、他の追随を許さぬ勢いで)バカなあの天使に、ミナは感謝したくなるのだ。


「さあ……頑張りましょう!」

 ミナは、残る6日程度……生乳が無くなるその時まで、楽しく戦い抜くことを胸に誓い、元気に配膳していくのだった!




 ……尚。

 翌日のメニューは、ヨーグルトやバター、そしてミルクを案外たっぷりと使うバターチキンカレーと、こちらも牛乳たっぷりラッシーのセットであった。

 翌々日のメニューは、ごろごろ野菜のクリームシチューとハンバーグの定食であった。デザートはみかんの牛乳寒天であった。

 翌々翌日のメニューは、パセリをたっぷり使って爽やかに仕上げた豚肉のチーズピカタ定食であった。デザートはシュークリームであった。

 翌々翌々日のメニューは、ベシャメルソースとチーズ、そして酸味と旨味のミートソースにピラフを合わせたドリアの定食であった。デザートはベイクドチーズケーキであった。

 そして最終日は、平安貴族定食であった。……牛乳を煮詰めに煮詰めて作った『蘇』を取り入れた、平安貴族なりきりメニューであった。案外、好評であった。

 ……そうして乳製品と戦い抜き、見事、全ての生乳を食べ終えるか、加工して冷凍・冷蔵保存し終えたミナと先輩は、勝利の美酒ならぬ勝利の密造カルピスで乾杯した。

 ミナは、仲間達……そして誰より、先輩と共に戦えたことを誇りに思う。そして、今、こうして幸福にあることを、心の底から、喜ぶのだった!




 尚、翌週、今度は『出張先で大量発生してた鹿、駆除がてら狩ってきたぞ!』と『害獣駆除の依頼で熊狩ってきたぞ!』と『魔界のイノシシが出てきてたから狩ってきたぞ!』が被ったせいで『肉だらけだ!食って消費しろ!週間』が発生してしまうのだが、それはまた別の話である。

 おお、キューティーラブリーエンジェル建設。ああ、キューティーラブリーエンジェル建設……。


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夜中に読むべきではなかった生乳尽くし!!! 先輩とミナさんにお伝えしたい……蘇のアイスクリームは……美味しいぞ!!!!!(某観光地のアイスクリームが美味しくて美味しくて、蘇が流行った時に自分でミルクア…
なまちち
ライチョウの卵があるってことはぽやぽや怪奇譚に出てきた天使の羽枕ってやっぱり……? くさそう
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