終わった後:女子寮の前
その日、飛澤翔也……通称『ヒバナ』は資格試験の勉強をしていた。
……現在勉強中の資格は、『異能解体資格』である。これがあると、人間でも異能を用いた解体を行えるようになる。
ヒバナが持っている異能は、『火炎武装』である。炎を用いた武器や防具を作ることができるものだ。これを解体に用いることができれば、炎の熱で鉄骨を焼き切るようなこともできそう……と先輩の筋肉共が言っていたので、ヒバナは昇給のためにも、柄にもなく勉強しているのである。
「なー、ヒバナー、そろそろ飯いかねー?俺、腹減ったよぉ……」
「先行ってろ。鍵置いてけ」
尚、ヒバナが勉強部屋として使っているのは、樺島剛、通称バカの部屋である。
……バカに会いに来なければならないのはなんとなく癪なのだが、こいつはヒバナが勉強するとなったら一緒に勉強するし、勉強し始めればそれなりに静かに勉強しているので、一緒の空間に置いておいても邪魔にならない。そして時々、こういう風に腹の音をタイマーにしてくれるので、まあ、その点も悪くない。
また、ヒバナより1年弱先輩であるこのバカは、それなりに現場を見ているので、ヒバナが知らないことを知っている。『おいこれどういうんだ』と聞けば、『ああ、これはこういうの!』と教えてくれる。まあ、説明は下手だが……。
そして何より……ヒバナとしては、自分の敬愛する蛇原瞳、通称『ビーナス』に、自分がこういう風に柄にもなく勉強しているところを見られたくないのである。なんとなく、ビーナスには格好つけたいヒバナなのである!
惚れた女に格好つけるためだ、と思えば、やる気も出るというものだ。よってヒバナは今日もバカの部屋で、勉強に勤しんでいるというわけである。
さて。
そうしてバカが『そっかぁ?なら俺ももうちょっと頑張る!』と勉強し始めたのを横目に、参考書と向き合うヒバナだったが……。
「おいバカ。これどういうのだ」
「ん?あー、指示書?」
ヒバナはまだ、下っ端である。当然だ。新入社員も新入社員、まだ入社して半年も経っていないぺーぺーである。
よって、指示書、なるものを見たことが無い。だが、参考書にはそれに関する問題がいくつか載っているので、これも勉強しておかなければならないのだ。
「うん……うん……えーと、指示書っていうのはぁ……依頼主からの依頼書と、施工の指示書いてある紙がセットになってる奴だ。どういう風に施工してほしいか書いてある紙だ、って親方言ってた!」
だが、バカに聞いてもバカな答えが返ってくるだけなのである!様式とか、法定のあれこれとか、そういうものまで説明してくれるバカではないのだ!
「実物とかねえのか」
「事務所行くとあるぞ!行くか?」
「……事務所行くとお嬢居るだろうが」
「ええー、別にいいじゃねえかよぉ、ビーナス居たってよぉ……」
ヒバナとしては、このバカにこれ以上説明させると益々分からなくなりそうなので、実物を見ながら勉強したい。だが、書類関係は基本的に事務室で全て管理されているので、ヒバナが勉強していることが、ビーナスに、バレる!
ヒバナは頭を抱えた!
……だが。バカでも天使。バカはヒバナに救いの手を差し伸べてくれたのだ。
「あっ!でもコピーなら1枚、持ってた!」
バカは元気にそう叫ぶと、机の引き出しからクリアファイルを取り出した。
「はい!これ!」
「……おう」
受け取って中身を確認してみると……。
「……これ、俺達が参加したデスゲームの指示書とテメエの出張命令じゃねえか!」
「うん!俺、これしか持ってねえもん!」
なんと!そこには、ヒバナにとってもかかわりの深いデスゲームの解体依頼書があったのである!
早速、ヒバナは依頼書の実物を見てみる。
これはつまり、このバカによってボコボコに破壊された例のデスゲームをボコボコに破壊するための依頼書、ということになるのだろう。
依頼者の名前には、『駒井つぐみ』とある。つまり、たまの名前だ。……まあ、かにたまの名前、と言った方がいいのかもしれない。ヒバナは、今日も事務所で働いていたのであろう小さな蟹ロボがかにかにやる様子を思い浮かべて……そこで、はた、と気づいた。
「……ところで、かにたまはどうやって依頼してきたんだ?」
そう。
あのデスゲームにバカが参加するきっかけとなった、この依頼書だが……これはどうも、未来のたまことかにたまからの依頼らしいのだ。
かにたまが未来から現在にやってきた理由は、どうも、『天城を過去へ送った悪魔が、折角なら、ということでたまも連れてきた。そして天城にかにたまを殺させるつもりだった』というところにあるらしいのだが……それはさておき。
「手、ねえだろ」
「ん?うん」
「依頼書、どうやって書くんだよ!」
ヒバナは、ばん、と机を叩きつつこの謎に混乱した!
依頼書には綺麗な文字が並んでいる。いかにも、たまが大人になった頃に書きそうな文字であるが……これをたまが書けたとは思えない!何故ならたまは、かにたまだからだ!かにかにハンドでは、ペンなど握れるはずがないのである!
……だが、謎はすぐに解けた。
「うん?ああ、それはかにたまが、っていうか、親方が受注してきたんだって聞いたぞ」
「は?」
ヒバナの目の前では、バカが、ぺかーっ、と眩いほどの笑顔である。
「親方はすごいんだぞ!動けない人とか、魂だけになっちゃってる人とか、喋れない人とか、そういう人からも依頼獲ってくる凄腕なんだぞ!」
「どうなってんだそれ」
「うん!?俺も分かんねえ!でも親方、困ってる人がどこにいるか分かるらしくてさぁ、それで俺も拾って貰ったんだけど……多分、かにたまの場所も親方には分かったんじゃねえかなぁ」
……バカが『親方』と呼ぶ天使については、ヒバナもよく知っている。とりあえず、とんでもなく優秀な天使であることは確かだ。
また、現在、ヒバナもお世話になっているところなので、ヒバナも親方には頭が上がらない。ヒバナは『うちのお嬢も親方みたいなとこあんだよな……』と思っているが、これはビーナスにも親方にも内緒である。
「で、つまりこの依頼書は親方が代筆した、ってことかァ?」
「うん!字が親方のだもん!そうだと思う!」
……ヒバナは、少し親方の見方を改めることにした。あの親方、結構綺麗な字を書くようである。
依頼書の出所は分かった。依頼書は請負側が代筆することもできるらしい、ということも分かった。
案外真面目なヒバナは、このあたりをノートにメモしながら依頼書の欄を1つずつ見ていく。
「っと……まず、この件の請負人の責任者は親方で、施工は……お前だったんだな」
「うん!俺、施工担当者だったんだ!ここの欄に名前書かれるの、初めてだったんだ!えへへへ」
バカはにこにこと嬉しそうである。まあ、嬉しいのだろう。そりゃあもう、嬉しいのだろう。ヒバナはそんなバカを見ていると、『おうおう、よかったなあ、ったくクソが』という気分になってくるが、バカは只々嬉しそうで幸せそうなのであった!
「で、デスゲームの参加予定者は……あー、成程な。本来なら天城のジジイじゃねえ奴が天王星の枠だったんだよな」
依頼書を読み進めていく内に、色々なことが分かってくる。
天城は悪魔の力を未来で使うことによってこの時代へ戻ってきたらしいが、その代わりに本来なら天王星だった人がはじき出されているのである。
「あー、なんか親方、そういうの言ってた気がする」
「なんかって何だよ。なんでテメエが把握してねえんだよ」
「読むの忘れてた!」
バカは『そういえば俺、この依頼書ちゃんと読んでねえ!』と気づいたらしい。遅い。気づくのが遅い。そこが、バカのバカたる所以である!
「で……その天王星の奴を冥王星にして、合計10人のゲームに変える、ってなったのに、その冥王星の枠にテメエが入ってきた、ってことか」
「多分、そう!」
一通り依頼書を読んだヒバナは、色々と納得した。資格の勉強としてもそうだが、それ以上に自分が参加したデスゲームへの納得が大きい。
どうやら、天城によって天王星の枠から押し出され、更にバカによって冥王星の枠からも押し出されてデスゲームに参加できなかった人がいるようなのである。
恐らく、天城は天王星の人が冥王星に繰り下げになることを知らなかったのだろう。そしてそもそも、天王星の人が居ないことは理解できて対応できたかもしれないが、その代わりにバカが入ってきたことについてはあまりにも想定の範囲外だった、という事情がありそうだ。
「ほーん……解体の依頼書なんだから図面くらい入ってるのかと思ったけどな」
「あー、今回は図面分かんねえから図面無し!ぶっつけ本番!って聞いてたんだよ。だから俺も読まなかった……」
「読め」
「うん……これからはちゃんと読むよぉ……」
バカがしょんぼりしている横で、ヒバナはちゃんとノートに『図面があるとも限らない。解体の依頼なのに。』とメモした。
「で……依頼の内容は、『デスゲームの解体』か」
続けて読んだ欄には、依頼主からの要望がいくつか書いてあった。『デスゲームを解体して、宇佐美光を救ってほしい』という内容であったし、その下には『できる限り派手に解体を希望』とも書いてあった。まあ、実際、ド派手であった。
「あれっ!?俺、デスゲームじゃなくて迷路とか解体しちゃった気がする!もしかして俺、依頼間違えた!?」
「今更心配してんじゃねえよ全部まとめてぶっ壊れてるだろうがよ」
バカは『あれ?デスゲーム会場の解体って、つまり、デスゲームの解体……?』と首を傾げていたのだが、その横でヒバナはまたメモを取る。『解体の対象は建物だけとは限らない』。
「必要資材ンとこに『現地調達』ってあんのは、何だ」
「え?そのまんまだよぉ……現地にあるもの使って解体しろ、ってことだろ?ほら、俺、金庫とか土屋のおっさんの盾とか、天城の爺さんとか陽とか木星さんとか使って解体したし、そういうことだろ?」
「んなバカな話があるか!?」
「そんなにバカな話かぁ!?これ、普通じゃねえのぉ!?」
バカが愕然としているのに呆れ返りつつ、ヒバナはまたメモを取った。『ひどい。』と。
……そうして、ヒバナは指示書について、大凡のところを知ることになった。
それと同時に、天使達の施工が如何に天使クオリティであるかもよく分かった。
「ったく、テメエらなんだって今までこんなんでやってこれたんだよ、おい」
「そんなこと言われてもぉ……。相手が悪魔だとぶっつけ本番の解体が増えるって親方言ってたぞ?やっぱそういうもんなんじゃねえかなあ」
「んなわけあっかよ」
深々とため息を吐くヒバナであったが、最早どうしようもない。何せ、ヒバナはもう、このキューティーラブリーエンジェル建設に就職してしまったし、この社風は今後も概ね変わらないだろうと予想されるので……。
「それに、ほら!最近はかにたま無双だし!な!」
「……あれはあれでぶっつけ本番だろうが」
……最近は、かにたまNo.5ことカニドーザーが猛威を振るっている。数々の解体現場をかにかにかに、と解体していくその姿は、今や天使達の憧れである。
カニドーザーは予め持っていかないとかにかにできないので、その点では計画的、と言えるかもしれない。だが、『とりあえずここ全部更地で!何か出てきちゃったらその時考えよう!』というような具合に作業が始まることを考えると、やはり、かなりぶっつけ本番なのではないだろうか。ヒバナは訝しんだ。
結局のところは、まあ、考えても仕方がない。ひとまず指示書の様式も分かったので、勉強はここで一段落とする。
「……おいバカ。飯行くぞ」
「ん!飯!行く!」
そうだ。諸々は考えても仕方がないのである。今のヒバナは、とにかく妙な会社に就職してしまった以上、昇給目指して資格取得するしかないのだ。
そうして少しでも立派になって、ビーナスにいい暮らしをさせてやりたいのである。
……まあ、ヒバナが頑張らずとも、ビーナスは随分と楽しそうに暮らしているが。
ヒバナがバカを伴って社員食堂に赴くと、そこはいつも通り、天使や人間や蟹ロボや悪魔、その他よく分かんないのなどで賑わっていた。
「うわー、席あるかなあ……今日も立ち食いかなあ……」
「テメエ立って食ってんのかよ」
「うん……。先輩みたいに飛びながら食うのはまだちょっと難しくてさあ……」
「飛びながら食ってる奴までいんのかよ!」
ヒバナは益々頭が痛くなるような心地であったが、バカは『ホバリングの練習、もっとしなきゃなあ』とバカなりに真剣である。このように真っ直ぐで真面目なところは、バカの美点の1つだ、とヒバナは思っている。まあ、それ以上にバカはバカなので、大分アレだが。
ヒバナとバカが空いている席を探してうろうろしていると。
「あっ、翔也ー!バカくーん!こっち、相席しない!?」
声がかかったので、慌ててヒバナはそちらを見る。聞き間違えることのないその声は、案の定、ビーナス……蛇原瞳であった。その向かいに座っているのは、ミナである。どうやら、2人一緒に食事中だったようだ。
「わーい!ありがとなあ!俺達、立ち食いかって話してたとこなんだよぉ」
早速、ビーナスとミナのテーブルにバカとヒバナもお邪魔する。バカはにこにこしながら、ウェイトレスをやっていた双子の乙女(先週帰ってきた。旅費が尽きたのでここでバイトするそうだ。)に『親子丼定食、エンジェル盛りMAXで!』と注文していた。本日の日替わりは親子丼らしい。
ヒバナは親子丼にタケノコが入っているのが嫌いなのだが、タケノコ抜きをわざわざ注文するのも癪なので、『生姜焼き定食、並盛』と注文した。が、『生姜焼き定食のラブリー盛りですね』と復唱された。ラブリーな飯など食いたくないヒバナの努力が水の泡である!
「なーなー、ビーナスとミナは何頼んだんだ?」
「私は親子丼定食キューティー盛り。ミナは同じのの、キュ盛りよ」
「キューティー盛りだとちょっと多くて……その、頑張れば食べられるんですけれど、頑張らないと食べられないので……」
バカは、『そっかー』と朗らかに返事をしているが、ヒバナは『キュ盛りってなんだよ……』と内心でビビっている。この世界にはヒバナの知らないことがまだまだ山のようにあるのだ!
そう時間を置かずに届いた定食を食べ進めていく間、隣ではビーナスとミナが楽しくお喋りに興じている。
お喋りは互いの近況報告に始まって、『そういえばミナって大学の何学部なの?先輩が今、建設業やりながら調理やってるわけでしょ?』『私は家政学部です。それで、先輩は理学部です!』『なんでよ』というような会話に発展していった。ヒバナは静かに混乱している。
更に、女性2人の会話は楽しく弾んでいき、『私は一応、商学部出てるんだけどね。当時はとりあえず、って気持ちだったけど、おかげで事務仕事も何とかなってるから、人生何があるか分かんないわよね』『ああ、分かります。私も今、この食堂で、かつて基板のはんだ付けのアルバイトをした経験が役立ってて……』と転がっていく。ヒバナはまた混乱している。
そして、『営業の方でもビーナスさん、引っ張りだこなんですってね?ふふふ』『ミナこそ、すっかりこっちのアルバイトが板についてるじゃない?親方さん褒めてたわよ。あの子はいい働きっぷりだ。天使向きだ、って』『ええーっ、私、天使様になるのは流石に畏れ多いですよう……』となったところで、ヒバナはそっと、バカに視線を送った。『天使って、畏れ多くねえだろ』という意図を込めて。
が、バカは『うめえ!うめえ!』と親子丼に夢中であった。幸せそうな食いっぷりである。まあ、バカだ!
……それからもヒバナは黙々と生姜焼き定食を食べ続けた。そしてその横では、ビーナスとミナが、楽しく微笑ましく、そして中々ぶっ飛んだ会話を繰り広げていた。
そう。ヒバナは食べるのに夢中で黙っていたわけではないのだ。ただ……あまりにも、会話が、入りづらい会話だったので、黙っているしかなかったのである!
「なー、ヒバナぁ。生姜焼き美味いか?」
「……おう」
が、そんなヒバナにもバカはにこにこと話しかけてくる。バカは食事も好きだが、仲間も好きなのだ。本当に、いい奴なのだ。バカだが。
「だよなー!食堂の生姜焼き、美味いよなあ!俺も好き!先輩が作る生姜焼き、世界一うめえもん!」
「先輩の生姜焼きは隠し味に金のリンゴを入れてるんだそうですよ!」
「ちょっと待って。金のリンゴって……神話に出てくる奴じゃないでしょうね」
ヒバナは、食卓でまたやいのやいのと騒ぎ出したバカとビーナス、そしてにこにこ楽しそうなミナを見て……また、黙って生姜焼きを食べることにした。
だが、嫌ではない。
以前の生活からは考えられないくらい明るく笑うビーナスを時々眺めながら食う食事は、とても美味いのである。
くすくす笑うミナも、見ていて快い。この人が笑ってくれていてよかった、と、ヒバナは思う。多分、ビーナスも思っているのだろう。
そして……食べて笑い、幸せそうにまた食べるバカも、まあ、悪くはない。
……ヒバナは柄にもなくそんなことを考えて、また、生姜焼きへ視線を戻すのだった。
社食から帰る時には、4人一緒に部屋を出た。そして、適当な場所でミナが先に別れる。『では皆さん、おやすみなさい!』と挨拶して、ミナは黄金色の羽をふりふりやった。ああやると元の場所に帰れるらしい。ヒバナは何度見ても、これの仕組みが分からない。
その後、男性寮の方が社食に近い位置にあるので、バカと別れる。バカは元気に『おやすみ!』と部屋に入っていった。
「お嬢。送る」
「あら、ありがと」
そしてヒバナは、もう少し歩く。女性寮はもう少し先なので、その前までビーナスを送るのがここ最近のヒバナの常である。
これについてビーナスは『ここでそんな心配要らないと思うけど』と笑っていたが、ヒバナが送ると言えばにっこり笑ってそれを許してくれるので、ヒバナも堂々と、ビーナスを送ることにしているのだ。
夜道だが、それなりに明るい。そんな道を歩いていく途中は互いの話をする。ビーナスは最近、営業でも事務でも引っ張りだこなこと。ヒバナの方は、資格試験の勉強をしている、ということは秘密にしているが、まあ、現場に出てどうだった、という話を。
そんな折、女子寮の入り口に到着、というところで、ふと、ビーナスが言い出した。
「そういえばあんた、資格試験の勉強してるんですって?」
「は?」
何故バレた、と思いながら固まっていると、固まらず歩いていたビーナスは数歩先から振り返って笑った。
「かにたまが言ってたわよ。あんたが真面目に勉強してるらしい、って」
「……は?」
何故、かにたまがそんなことを知っているのか。……その答えは、『かにたまNo.6ことカニコプターなる飛行可能な小型蟹ロボが飛行訓練していたところ、互いの勉強について話すバカとヒバナと海斗を見つけてしまったから!』というものなのだが、そんなことをヒバナが知る由はない。
「……ガラでもねえ、ってのは、自分でも分かってるって……」
ただ、『何故バレた』という混乱と『格好つかねえな』という苦い気持ちとで視線を彷徨わせかけたところで……。
「いいじゃない。ガラじゃないの。だって私達、一回死んだようなもんでしょ?なら、別人になっちゃったって、いいじゃない。私達、もう、別人になれるんだから」
女子寮の入り口からまた数歩分戻ってきて、ビーナスは笑う。
「頑張ってね。応援するから。私にできることあったら何でも言いなさいよ」
そう。ビーナスは、それはそれは嬉しそうな顔で笑うのだ。
それこそ、美の女神に相応しいような、そんな風に。
ビーナスはすぐ、『お休み!』とご機嫌で女子寮へ入っていった。ヒバナは1人、取り残される。
……そして、たっぷり1分後、自分の部屋に向かって元来た道を歩き出しながら、ヒバナは思うのだ。
なんだよ、お嬢に教えちまった方が、試験勉強のやる気出るんじゃねえか、と……。




