2日目昼:裏切りの水槽*3
「……鍵、よねえ」
「鍵だな」
鍵である。バカはしげしげと見つめてみるが、やっぱり鍵である。どう見ても、鍵である。
「鍵……え?どこのだ?」
だが、バカの問いには誰も答えない。……そう。誰も、答えられないのだ。誰もこの答えを知らないのだろう。
「……少し、探してみよう。もしかしたら、この鍵で開く何かがあるかもしれん」
やがて、土屋がそう言って立ち上がる。時計を見てみると、まだ、時間は30分以上あるようだった。少し部屋の中を探すくらいなら、十分に可能だ。
「ミナさんはもう一匹、魚をおろしてみてくれるか」
「え?」
更に、土屋はそんな指令を出した。ミナは首を傾げ、ビーナスも首を傾げ、そしてバカは納得して深々と頷いた。バカは『そっかー、土屋のおっさんも腹減ってたんだなあ』と思ったのである。
「他の魚にも同じようにこれが入っているのか、確認しておきたい。……我々が運よくこれを見つけてしまっただけなのか、我々に見つけられるようにこれが設置されているのかどうか、知りたいんだ」
が、バカの推測は全く当たっていなかった。どうやら、土屋には土屋の考えがあるらしい。バカにはよく分からないが……。
「わ、分かりました!あの、樺島さん!」
「分かった!とってくる!」
ということで、早速バカは動く。命令を出された時のバカの動きは速い。何をすべきか自分で考えるのは少し苦手だが、人に頼まれたことをこなしていくのは得意な方だ。
そして。
「10匹取ってきた!」
「そんなには要らんなあ……」
「ええええ!?多い方が良くないか!?」
バカは、両手いっぱいのゴリアテタイガーフィッシュを抱えて戻ってきた。土屋もミナもビーナスも、それぞれに遠い目をしたり、呆れ返ったり、『こんなにいっぱい捌けるかしら……』と心配したりしていた。
さて。
そうしてミナが頑張って魚を捌き始めたところで、土屋とビーナスとバカは部屋の探索を始めることになる。
「鍵穴とか、鍵がかかっていそうなものを見つければいいんだよな?」
「ああ、そうだ。……樺島君は体格がいいからなあ。天井や壁の高いところなんかもよく見えるだろう。そういうところもしっかり見てみてくれ」
「おう、任せろ!俺、これでも視力はいい方なんだ!」
「……その視力っていうのも多分、1とか1.5とかじゃないんでしょうね……。10とか15とか、桁が違う気がするわ……」
ビーナスが頭の痛そうな顔をしている一方、バカは目をキラキラと輝かせつつ、一生懸命に鍵穴を探し始める。
まずは、土屋に言われた通り、天井から。
「うーん……特にねえなあ」
目を凝らして見てみるが、鍵穴らしいものは見当たらない。続いて、壁も全部、見てみることにするが、やはり、壁にも無い。
天井、壁、ときたら、次は床である。バカは部屋中をうぞうぞと這いまわって床を確認した。だが、やはり鍵穴は無かった。
「無いなあ……」
見落としているだけかなあ、と、バカはそのまま壁も這い回り、ついでに天井も這い回り始めたのだが、ビーナスに『虫みたいで気持ち悪いわね……』と言われてしまったので、しょんぼりしながら床に落ちてきた。
「床にも壁にも天井にも、鍵穴っぽいのは無かったぞ」
「でしょうね。はあ……」
報告してため息を吐かれてしまったので、バカは余計にしょんぼりする。……だが。
「あるとしたら、土屋さんが調べてるあっちでしょ」
ビーナスが指差す方には、例の水槽……『人が中に入って水を注がれる予定だった方の水槽』の中を調べる土屋の姿があった。
……そして。
「おーい!あったぞー!」
そう、土屋の声が聞こえてきたのである。
……ビーナスが、『ほらね?』と言ってきたので、バカは『すげえ!』と拍手を送った。
「あったぞ。ほら、ここだ」
見ると、土屋が言っていた通りに鍵穴があった。
……それは、水槽の底。床に当たる部分に、確かに、鍵穴があるのである。
「開けてみるかぁ?」
「そうだな……ふむ、まずはミナさんの方も確かめてからにしてみようか」
だが、開けてみるのは皆で揃ってからの方がいい。土屋の提案に従って、バカは水槽の外に出て、ミナを呼んでくることにする。
「あっ、樺島さん!見てください!このお魚、みんな、お腹の中に鍵が!」
「うわっ鍵がいっぱいだ!」
……そして、そこで魚の腹から出てきたらしい鍵、総数10個が並べられているのを見て驚くことになった!
それからミナも合流して、水槽の前で鍵を確認する。
最初にバカが吐き出した鍵が1つ。そして、今しがたミナが魚を捌いて取り出した鍵が10。……合計11個の鍵がここにあるのだ!
「全てのお魚に鍵が入っていたことを考えると……『どのお魚を捌いても鍵が出てくるはずだった』ということになりますよね。つまり、この鍵を見つけるのは、そう難しいことではなかった、ということだと思うんです。つまり、見つけることを想定して、設置されている、というか……」
「そうかしら?本来だったら、この魚を捌くことなんて無いんじゃないかと思うけれど。魚を仕留める。更に、捌く。……普通にゲームを攻略していたら、やらないわよね。まあ、今回はバカ君がお腹を空かせていたから、わざわざ魚の腹を開いたわけだけれど……」
ミナの言葉に、ビーナスが反論する。確かに、どちらの意見も尤もなように聞こえる。バカは大いに頷いた。理解はあまりしていない。
「……まあ、普通はやらないことではある。だが、何かの拍子に魚を切り開いたら比較的すぐ見つかる、ということは確かだな。『普通やらない行動を取ったら鍵が見つかるようにできている』とは考えていいと思う」
土屋はミナとビーナスの意見を集約して、難しい顔をする。
「言ってしまえば、『おまけ』のようなものだろうか」
「おまけ?」
バカが首を傾げていると、土屋は力強く頷いてくれた。
「ああ。見つけなくても、ゲームはクリアできる。だが、例えば、異能を使えば、ヒバナ君にもこの魚は倒せたんじゃないかな。まあ、そうやってこの鍵を見つけることがあったら……何かが、手に入る」
「何か、ってなんだよぉ」
更にバカが首を傾げると、土屋は笑って……それから、水槽の中に踏み入ると、床の鍵穴の前に屈みこむ。
「それを今から確かめるのさ」
カチャリ、と鍵が回る。皆が緊張しながらそれを見守っていると……。
「……これは」
「あっ、かわいいですね!」
土屋が床の小さな扉の中から取り出したのは、人形だ。
「海斗に似てるなあ。へー、なんかかわいいなあ」
人形は、海斗に似ている。人形であるのでどこか可愛らしい姿ではあるのだが、背格好や服装、『むっ!』としたかんじの表情までもが、海斗に似せてあるのだ。
本物の海斗は神経質でちょっと厭味ったらしいあんちゃんだが、こうやってデフォルメされてお人形になっているとなんとなくかわいい、というのはバカにも理解できる。
……だが。
「……これはまずい、か……?」
「ん?ん!?食うのか!?」
「いや、違う。味の話じゃあない!ええと、なんだ、その……」
土屋は歯切れ悪く言いつつ、人形をじっと見つめて……。
「……呪いの人形、じゃ、ないだろうな、これは」
呪いの人形。
そう聞いたバカの頭の中には、もわもわ、とイメージが固まっていく。そして、バカはピンときた。
「呪いの人形……あっ!神社の木から採れる奴!」
「と、採れる……?」
「おう!職場の先輩が神社の木からいっぱい採ってきて、それで納豆作ってた!」
「どこから何を言ったらいいのか分かんないわねもう」
バカは、あの時先輩からごちそうになった納豆が美味しかったことを思い出してにっこりした。
同時に、先輩の言葉も思い出す。
先輩は言っていた。『いいか?樺島。本来、この人形ってのは、人間の恨みつらみが籠ってるもんだ。だが、それに大豆を詰めて発酵させたら、そういうのが全部吹き飛びそうな気がしねえか?だから俺はこれで納豆を作り続ける。この世に人の恨みつらみと藁人形がある限り、ずっとな……』と。そう言いながら大豆を茹でていた先輩の横顔はかっこよかった。
「ま、まあ、納豆は置いておくとしても……うむ、藁人形には五寸釘を打ち付ける、というイメージがあるが、これもその類なんじゃないかと思ってな。悪魔のデスゲーム、というくらいだ。そういう非現実的な効果の人形があってもおかしくはないだろう?」
バカは、『そっか、藁人形は人間の恨みつらみが入ってるんだもんなあ』と納得する。だから先輩はあれで納豆を作るのだ。
……それと同時に、この海斗人形にも、そういうのが詰まっているのだろうか、とバカはちょっぴり心配になってくる。
「そうね。皆、ブードゥー人形、って知ってる?」
そんな中、ビーナスがそう、話し始める。
「元々は呪いの道具だったみたい。これを憎い相手に見立てて、針を突き刺すのよ。そうすると、相手に苦痛を与えることができるんですって。でも、現代では身代わりになってくれるお守りだとか、幸運を呼び寄せるグッズだとか、そういう扱いになってるわ。心配要らないんじゃない?」
ビーナスはそう言うと、笑って土屋に手を差し出した。
「それ、私がもらってもいい?結構かわいいし、気に入っちゃったんだけど」
土屋は、じっとビーナスを見つめる。
ビーナスも、微笑みを湛えたまま土屋を見つめている。
「……そういえば、ビーナス。海斗君が私を殺そうとした、と言っていたな?」
「ええ。私、見たもの」
「ならば私がこれを持っているのが一番いい。そうは思わないか?」
土屋の言葉に、ビーナスは少し驚いたような顔をしてみせた。
「あら。それが呪いの道具だ、って言うつもり?まさか、それに針を刺したら海斗が本当に苦しむとでも?」
「さてな。そのあたりは、私より君の方が詳しそうだが」
それからまた2人はじっと見つめ合い……しかし、先に諦めたのはビーナスだった。ビーナスは、はあ、とため息をはきつつ、『やれやれ』とばかりに首を振った。
「そう。なら、それはあなたに預けておくわ。……全く食えないおっさんねぇ」
「そりゃあどうも。生憎、私は頑固オヤジで通っているようなオッサンだ」
土屋は苦笑しつつ、海斗人形をハンカチに包んで、大事に自分の胸ポケットに入れた。ビーナスは呆れたような微笑みを浮かべていたし、ミナは少し、おろおろしていた。
そしてバカは、『そっか、土屋のおっさん、ああいう人形、好きなのか……』と納得していた。
「……ああ、そろそろ時間だな」
それから、土屋が腕時計を見てそう呟く。バカも確認してみると、丁度、昼が終わるところだった。
なので、全員揃って移動して、解毒装置の部屋までやってきた。それとほぼ同時に、リンゴン、リンゴン、と鐘の音が向こうの方から聞こえてくる。
「よし、行ってみようか……ん?」
だが。
「……ドアが、開かないな……?」
何故か、ドアは閉じたままである。
土屋が訝し気にドアに近づいて、ぐ、とドアを押す。だが、ドアは動かないようだった。
「えっ?開かないの?」
「あ、ああ……。む、どうしたものかな、これは」
土屋は更に、ぐぐ、とドアに力を込めているのだが……どうやら、ドアを開けられないらしい。
……と、いうことで。
「えーと、じゃあ、俺のタックルの出番だな!」
「……そうだな。ここには君が居るんだった」
土屋が、にこ、と何とも言えない生暖かい笑みを浮かべる中、バカは元気に挙手した。
バカ、出番である!
ということで、意気揚々とバカが出る。バカは助走の為、ドアから十分に距離を取り、姿勢を低くタックルの構えを取る。一方、他3人はバカとドアからできる限り距離を取った。バカが吹っ飛んできてもドアが吹っ飛んできても何とかなるように、ということらしい。
「よし!じゃあいくぞー!」
「ああ、くれぐれも気を付けてやってくれ」
ということで、バカはいよいよ、ドアに向けて床を蹴り……。
だが。
「うっ……!」
うめき声を聞いたバカは、咄嗟に足を止めてそちらを見た。
……するとそこには、唖然とした土屋とミナ……そして、ごぷ、と、血を吐いているビーナスの姿があった。




