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終わった後:応接室

 その日。キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の倉庫には、ちょっとした人だかりができていた。

「……では、そろそろ時間だな」

「っし!来い!」

「俺達が壁になってやるぜ!」

「樺島が壁だっつうんなら、先輩である俺達は!絶壁!になってやるぜ!」

 天使達が意気込み、スクラムを組んで、文字通り『壁』になっているその後ろでは、かにかにかに、と、鋏を動かすかにたまが天城を応援しており、やじ馬に来たヒバナとビーナスが食堂に居たミナを引っ張ってきて見物をしていたり、土屋が身構えていたりする。


 ……そう。この日この時間。

 木星さんの『無敵時間』が、一か月ぶりに切れるのである!




 木星さんが『無敵時間』によって工具になってから、もう3か月が経過した。早いものである。

 その間、木星さんの活躍は目を瞠るものがあり……最近だと、空から降ってきた隕石を1つ、木星さんを使った親方が破壊した。木星さんは間接的に、道具としてだが……世界を救ったのである!

 世界の危機以外にも、色々と救っている。何せ、無敵の木星ハンマーだ。手入れしなくても、サビたり壊れたりしないと評判の優秀な工具だ。岩を砕いて砂利にするのに使ったり、用水路のつまりを解消するために側溝に突っ込んでゴミ溜まりをつつくのに使ったり、素振りに、トレーニングに、と、毎日引っ張りだこである!

 ……だが、まあ、そんな無敵の木星ハンマーであるが、流石にずっとずっとそのまま、という訳にはいかない。

 ということで、天城が担当して、月に一度、木星さんの無敵時間が切れるようにしてあるのだ。その瞬間、天使達が木星さんを囲んでわーわーやったり、怯える木星さんを安心させるべく、彼が工具としていかに優秀かを語って聞かせたり、まあ、色々とやっている。

 それから……その時には土屋も同席して、事情聴取を行うことにしている。要は、木星さんは例の連続不審死の情報を全て知っている、唯一の人なのだ。当然、悪魔からも一通り話は聞いているが、人間側の話も聞く必要があるので、こんな形になっている。




 ……ということで、カウントダウンが始まった。

「10!9!8!7!」

「6!5!4!3!」

 天使達が大いに盛り上がって肩を組み、木星さんを見守る。この光景は1か月前にも繰り広げられているのだが、毎度毎度、『なんでこんなもりあがってんのよ』とはビーナスの談である。

「2!1!……0ーッ!」

 そうしてカウントダウンが無事に終わり……木星さんが、目を覚ました!

「ひぃいいいい!や、やめろぉおおお!あっ、あ、あれ……?」

 恐らく、前回『無敵時間』を使われる直前で意識が止まっていたのであろう木星さんが悲鳴を上げ、そして、彼を囲む天使達は、わっ、と盛り上がった。

「おはよう!おはよう!」

「おめー体調悪いとかねえか?腹減ってねえか?」

「昨日もお前、大活躍だったんだぜ!明日もコンクリ廃材砕くのに使うからよろしくな!」

 ……そして、一斉に笑顔で話しかけるものの、その内容が内容なので……。

「う、うわああああああああああ!」

 ……木星さんはまた悲鳴を上げて、逃げ出そうとする。

「おっ!駄目だぞ、急に動いたら危ないぞ!」

「壁だ!壁になれ!」

 そして天使達はしっかりと肩を組み、壁になった。

 天使達の壁を3枚通り抜けたところで、木星さんは壁抜けを使えなくなり、いよいよ、抵抗の手段を失ってしまう。

「あ、あ、あああああああ……」

 そして絶望の表情を浮かべる木星さんを遠巻きに眺めて、食堂からやってきたとんかつ職人の悪魔は『うーむ、あの絶望顔……絶対に魂が、美味!』となんとも物欲しそうな顔をしていたのであった!


「よし。じゃ、事情聴取な!俺達、見学させてもらっからよぉ!よろしくな!おーい!土屋さーん!事情聴取始められますよー!前回みたいにぐるぐる巻きにして応接室においときますねー!」

「あ、ああ。ありがとう……うーむ、毎度のことだが、こう、樺島君がいっぱいになったような感覚だな、ここは……」

「えっ!?俺がいっぱい!?俺がいっぱいってどういうことだぁ!?」

「そういうことよ。そういうことよバカ君」

 ……さて。

 そうして天使達は『壁になる』というイベントを終えてある程度満足したらしく、『じゃあ次は事情聴取だ!』『本物の事情聴取だ!』と楽し気に、木星さんの全身を縛り始めた。これから土屋による事情聴取が始まるので、また楽しみなのだろう。

 ……土屋は、本名を『安藤正』というのだが、樺島があまりにもバカで、『えっ、だって、土屋のおっさんは土屋……安藤……土屋……?』と混乱してしまうので、このキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部においては、『土屋』で通してくれている。やさしい!




 さて。

 そうして、10分もしない内に木星さんはぐるぐる巻きにされ、応接室に『わっしょい!わっしょい!』と運ばれた。その後ろを安藤改め土屋が追いかけ、やじ馬根性の天使達やかにたま、かにたまの付き添いの天城らも付いていく。

 ……なので、事情聴取は皆に見守られる、あたたかなものになってしまう。毎度のことながら、木星さんは『もう嫌だ』という顔をしている!

「まあ、新たに分かった事実もいくつかあるのでな……今日はその確認をさせてもらうよ」

 だが、そんなことは気にしないフリをする土屋は、木星さんが設置された椅子の正面の椅子に座ると、早速、事情聴取を始めた。


「まず、前回聞いたことの裏付けが取れたのでな。それだけは伝えておこうか。えーと、まずは、『デスゲームの図面』がお前の部屋から見つかったので、それを見てもらおう」

 土屋はそう前置きすると、机の上に大学ノートを出して広げた。そこには、木星さんが書いたのであろう、デスゲームの計画書がある。

「では、このページから。これはいつのデスゲームの図面かな?」

「い、いつの……?え、あ、一回目と二回目と、三回目……?」

「成程。そこ3回は使い回しだったんだな?双子の乙女や牛君の部屋、天秤の部屋なんかはそのままのようだが」

「……あ、アルバイトの悪魔を雇うと、安く、安く上がるらしいんだ……」

 ……聞いていくと、色々と、悪魔の厳しいお財布事情が分かってくる。どうも、大規模な仕掛けを使う部屋はコストがかかるので、できるだけ使い回しする方針らしい。あと、双子の乙女や牡牛の悪魔を雇うことで、設備にお金を掛けずに済む部屋が毎回用意されていたようだ。

「ふむ。蜘蛛の糸の綱渡り、か。この部屋は知らんな」

「う、上手くいかなかったんだ。しょ、しょうがないんだ!実験する時間もコストも、な、無いっていうんだから、しょうがないだろう!」

 また、土屋達が挑戦させられたデスゲームには無かった内容のゲームもいくつか散見される。……これらは、コストの都合で継続できなくなって変えたり、或いは、上手くいかなくて交換になったりしていたようだ。

 ……食堂の悪魔に『餌としては優秀!それ以外ではちょっと!』と言われていたのも已む無しである!




「参加者の選び方は悪魔任せなんだったな?」

「そ、そうだ。悪魔は、人間の、人間の絶望が分かる、らしいから……」

「それで、自殺志願者の不審死が多かった、というわけか。全く、おかげで随分な数の事件が『事件性無し』になってしまってね。手こずらされたよ。やれやれ……」

 更に、事情聴取は続く。土屋はため息交じりに確認していき、それから、手帳を開いて『ふむ』と漏らすと、話を切り替えた。

「じゃあ、お前と悪魔が出会った経緯をもう少し詳しく聞こうか。前回は……その、途中で終わってしまったからな」

 ……そう。前回は、悪魔に『契約者としてはかなり頼りなかったが、まあ、餌としてはこんなに美味しそうになってくれて嬉しい限りだ!』と言われた木星さんがいよいよ絶望して取り乱したので、事情聴取が途中で終わってしまったのである。前回の反省を生かして、今回は悪魔を同席させないことにしている!

「そ、それは……悪魔には、適性の、適性のある人間が、分かるらしい、らしいから、それでスカウト、されたんだ……」

 木星さんはそう言いつつ、内心で『でも契約者として頼りないって言われたんだった……』と思い出してしまったのか、少々しょんぼりし始めた。なので周りの天使達に、『元気出せよぉ』『そうだぞ!お前、ハンマーとして滅茶苦茶優秀なんだから自信もっていいぞ!』と斜め下の励まし方をされることになる。

「適性、というと?デスゲームの考案の、か?」

 土屋は天使達に『ちょっと黙ってて』と手で示して木星さんに尋ねる。すると木星さんは、途端に少々元気になって……。

「あ、悪魔の。悪魔の、適性だ!」

 そう、自信満々に言ったのだった!


「悪魔の」

「そ、そうだ!悪魔のだ!ぼ、僕は、人間にしておくには惜しい、って……悪魔に、スカウトされたんだ!」

 木星さんが元気を取り戻す一方、天使達は『それ詐欺だぞ』『割と有名な詐欺だぞ』『レターパックで現金送れともしもしオレオレと悪魔にならないかは詐欺だぞ』とひそひそやっていたが、木星さんはそれに気づいていない!

「そ、そうだ!それで、実績をし、示せば、僕も悪魔として、に、人間を超越した存在になるんだ!お、お前達とは違うんだ!」

 木星さんは、尚もそう主張した。威嚇しているんだなあ、と、天使達はにっこりした。……『そもそも俺達は人間じゃねえよ天使だよ』とは誰も言わなかったが。

 ……尚、実際のところ、これは詐欺である。主催の悪魔改め、今は食堂の悪魔と化している例の彼曰く、『あれは悪魔になるには知能が足りない』とのことである。まあ、それも木星さんに聞かせてしまうときっと、取り乱してしまうので……。




 そのまま、木星さんの取り調べは続いた。続いたが、木星さんが元気を失っては励まし、しょんぼりしては励まし、とにかく励ましておだてて誉めそやしながらだったので、なんとも緊張感が無かった。

 そんな事情聴取中、樺島剛は1人、『俺、なんか木星さんが何言ってんだか分かんねえ!やっぱ俺、バカなんだ!』とショックを受けていた。だが、実際のところ、木星さんの話は支離滅裂かつ、あまりにも己を客観視できていないものであったため、バカ以外も実は内容をあまり理解できていないのであった!

 だがそんなことは知らないバカは、『俺、ここにいるより掃除してきた方がいいかなあ』などとしょんぼりし始め……。

「樺島、居るか?……っと」

 そこへ、がちゃ、とドアが開いて、海斗が入ってきた。海斗は部屋の中の様子を見て、『しまった』というような顔をする。

「すみません。取り調べ中だったんですね」

「ああ、海斗。気にしないでくれ。もうほぼ終わって、今は雑談タイムだから」

 海斗が目を泳がせながらそっと後ずさろうとしたのを、土屋が笑って止める。そしてバカは、『海斗だぁ!』と途端に元気になって、物理的に海斗をそっと捕まえて止めた。

「俺になんか用だったか?あっ、あれっ!?待ち合わせの時間、俺、間違えたか!?」

「いや、まだ早い。僕も丁度バイト上がりだから……ええと、お前宛てにレターパックが来ていたから、これを渡してくるように、事務室から預かってきた」

 海斗はバカを探してここまで来てくれたらしい。確かに、この応接室はたまにバカがお昼寝しているので、ここを探すのは合っているのだが!

「手紙?どこからだ?……あっ、バーニングファイアー支部からだ!」

「……他の支部も全部こんな名前なのか?」

「うん?みんな違ってみんなかっこいいぞ!」

 海斗は何とも言えない顔をしていたが、バカは『バーニングファイアー支部だろ?キラキラサンシャイン支部だろ?フワフワパッション支部、サイレントニンジャ支部……知ってる奴全部かっこいい!』とにこにこしていた。海斗はますます何とも言えない顔になってしまった!




 さて。レターパックが届いたところで、先輩から『現金は入っていないだろうな!?……入ってない!ヨシ!』と指差し確認を受け、それからバカは海斗と一緒に上がらせてもらうことになった。『まあ、こいつ居なくても取り調べは問題ねえだろ!ってことで今日のお前はもう定時!』ということである。

 社員寮までの道をてくてくと歩きつつ、バカはレターパックの中を確認して、にこにこする。

「……何が入ってるんだ?」

「うん?スカウト大天使の資格の勉強の本、バーニングファイアー支部に居る先輩がくれるって言ってたんだ!送ってもらった!」

 海斗が不思議そうにしていたので、バカはにこにこしながら答えた。

 そう。バカは新しい資格の勉強中である。折角、天使の本免許に合格できたので、次は更なるレベルアップを目指してがんばるのだ!

「スカウト大天使……?」

「うん!天使にならないか、ってスカウトする天使の資格だ!」

「天使はスカウト制なのか……?」

「え?うん。多分俺もスカウトされて天使の仮免になったからぁ……あ、あと、悪魔もそうだって食堂のあいつが言ってたぞ。多分、全部そうなんじゃないかなあ」

 バカが『俺、実際に自分がスカウトされた時のこととか、元々人間だった頃のこととか覚えてねえんだよなあー』と、少々しょんぼりする。

 親方は『心配するな。お前は色々大変だったし、元々バカだったからいっぱいいっぱいで覚えてらんなかったんだろ。しょうがねえ』と言ってくれるが、やっぱり少し、しょんぼりしてしまうバカなのである。

「そ、そうか……。まあ、勉強、頑張れよ。その、意味が分からない単語とか、よく分からない計算とかがあったら、僕が教えてやるから」

「うん!ありがとぉ!」

 だがバカはしょんぼりし続けてなどいられない。

 過去のことはまあさておき、バカには明るく楽しい未来があるのだ!そして、その未来のために、バカはがんばるのだ!落ち込んでいる暇など無いのである!


「ところで、悪魔もスカウト制なのか……」

「うん!ほら、牡牛の悪魔は牧場でスカウトされた、って言ってたし」

「ま、待て!元は人間か!?人間なのか!?元々牛だったっていうことはないだろうな!?」

 バカは海斗とお喋りしながら、楽しく社員寮へ帰った。シャワーを浴びてからちょっと海斗と遊んで、それから社員食堂でご飯を食べるのである。

 今日の日替わり定食は、冷しゃぶ定食のはずだ。先輩が作るごまだれは大変に美味しいと評判なのだ。とても楽しみである!




「ところで、なんで『スカウト大天使資格』なんだ?」

 そうして、その日の晩。冷しゃぶ定食の『キューティー盛り』を食べる海斗の向かいでバカは冷しゃぶ定食の『エンジェル盛りMAX』を食べていたところ、海斗からそんなことを聞かれて、バカは口いっぱいに詰め込んでいたご飯をすぐ飲み込んだ。

「え?ヒバナとビーナス、スカウトしたいから!」

 そして即答した。それはそうである。バカは、自分の中で答えが決まっていることについては、答えるのが早いのだ!

「だから先輩達にも『スカウトしちゃだめ!』って言ってあるんだ!先輩達、待ってくれるって言ってた!だから俺、がんばるんだ!」

 食堂の中だというのにバカが大きな声でそう言って拳を天井に突き上げるものだから、同じく食堂に居た皆が拍手を送ってくれた。……海斗は居た堪れない顔をしている!

「そ、そうか……。頑張れよ」

「うん!がんばる!」

 バカは改めて、元気を取り戻す。

 そうだ。バカには目指すべき目標が沢山ある。

 憧れの先輩達、そして親方の背中を追いかけて頑張っていきたいし、天使にスカウトしたい友達までできてしまった!だから、苦手な資格の勉強だって、頑張れるのである!

「よっしゃー!飯食い終わったら勉強する!勉強するぞぉー!」

 バカがバカデカい声で宣言すれば、食堂中から『おお!樺島が勉強するのか!』『頑張れ!頑張れ!』『お前、やる気と根性だけは人の10倍ぐらいあるから!あと声のデカさも!』とエールを送られた。バカはこれに益々元気をもらって、勢いよく冷しゃぶ定食を食べ進めていくのであった!

 ……実のところ、バカはヒバナとビーナスだけじゃなくて、海斗のこともスカウトしたい。ミナのことは先輩がスカウトしたいだろうから譲るし、天城とかにたまは親方がスカウトする予定らしいので、バカの出る幕は無い。だが、海斗については……バカがスカウトしたいなあ、と思っている。

 だが、海斗は今スカウトされても困るだろうなあ、とも思うので、まだ言わないことにしているのだ。どうやら、海斗は今、自分の進路について少し前向きになってきたらしいので……このタイミングで、大事な友達を困らせたくはないのである!

 なので……あと50年くらいしたら、海斗のこともスカウトしたい。その時にはベテランのスカウト大天使になっていたいバカなのであった。




 ……尚、実はこの日、この時、食堂の中にヒバナとビーナスも居た。

 それぞれ『お嬢。俺達天使にされるらしいぜ……?』『バカ君のことだから、絶対に、やるわよねえ……?』『怖ぇな……』『怖いわね……』と何とも言えない顔をしていたのだが、そんなことには一切気づかないバカなのであった!

 おお、キューティーラブリーエンジェル建設!ああ、キューティーラブリーエンジェル建設!

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― 新着の感想 ―
バカ君は元々バカというよりは人間だった時は教育すら受けれない境遇か幼い時に死んでて天使に生まれ変わったんだろうな
[気になる点] パッションがふわふわ? パッションと言ったらラブじゃないの??? [一言] 木星さんはハンマーじゃなくてすっぽんになって億のトイレや排水溝詰まり解消に使われるべきだと思います!
[良い点] こんな伏線回収と言う名の、ご丁寧なシリアス撲滅粉砕な物語初めて読みました!!私は最近凹んでたのに笑わざるをえませんでした。 創作ありがとうございます。
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