終わった後:取調室
……これは、バカこと樺島剛が悪魔のデスゲームを脱出したその日に皆で集まってソフトクリームを食べて、その後キューティーラブリーエンジェル建設へ戻ってきた時のことである。
バカは普段、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の社員寮に居る。1Kの狭い部屋だが、これが中々どうして住みよいお家なのだ。1Kとはいえどもバカやその他、ガタイの良い社員達に合わせた広めの造りをしているところがよいのかもしれない。
そんな部屋へ帰ってきたバカは、ぼふん、とベッドに倒れ込む。そのまましばらく、心の弾むままにごろごろと転がっていた。
皆との約束を果たせたし、やっぱりミニストップのソフトクリームは美味しかった!それに……海斗の連絡先を貰った!
バカはもう、嬉しくて嬉しくて、海斗に貰った連絡先のメモを大事に大事に見つめて、早速、海斗に連絡を、と、ベッドサイドで充電されっぱなしていたスマッチョフォンを手に取り……。
……その時だった。
「樺島ー、まだ起きてるかー?」
こんこん、とドアがノックされて、それから続いて、先輩の声がする。
「あっ、うん!起きてる!起きてるよぉ!」
先輩がこうしてやってきてくれる時は、食事のお誘いであることが多い。バカは『そういえば腹減った!』と元気にドアを開け……。
「すまないな、樺島。ちょっと来てくれるか。取り調べが難航しているみたいなんだ」
……そこで、先輩が困った顔をしているのを見て、バカは頭の上に?マークをいっぱい浮かべて首を傾げるのであった!
「だから!そもそも何なのだ!?『やり直す』とは一体何のことだ!?」
「とぼけんじゃねえ!テメエいい加減に……」
バカが連れてこられたのは、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の事務所の一室。通称『取調室』である。何故建設会社の事務所に『取調室』などがあるかといえば、まあ、取り調べをする機会が多いからである!
今も、今回のデスゲームを主催していた悪魔を囲んで親方や先輩天使達、更には事務所で一番怖いパートのおばちゃんまでもが集まっている。大変に豪華な面子だ。これはバカが『生コンを生コンデンスミルクのことだと思い込んで食べちゃった事件』をやらかした時に勝るとも劣らぬ厳戒態勢である。
バカが『怖いよぉ……』と思いながらそっと部屋に入ると、ちら、とバカの方を見てきた親方が、そっとバカを手招きしたので、バカは『怖いよぉ!』と思いながらも親方の横に並んだ。
「よく来たな、樺島。で、悪いんだが……」
親方はそう言うと……何とも言えない顔で、バカの両肩に手を置いた。
「報告だ。今回の仕事で何があったか、説明してみろ」
……それからバカは、ものすごく頑張った。
だってもうバカはデスゲームで何をやったかなんて、ほとんど忘れているのである!
だが、なんとかかんとか絞り出すようにして断片断片を報告して、それを先輩達が繋ぎ合わせて形を整えてくれた。バカは『そこでたまが陽の人形くすぐっててぇ……』など、どうでもいいところばかり覚えているので、先輩達は難儀していた!
そうしてバカが一生懸命に報告を終えると。
「どうだ。これで大体のところは分かったか?」
親方はそう、悪魔に尋ねたのである。
バカは『ん?この悪魔が主催なんだから当然知ってるよな?』と思っていたのだが……。
「い、いや……まあ、理屈は分からんが、ひとまず、こいつが『やり直し』をしているらしい、ということは信じよう……うむ……」
主催の悪魔は何やら顔色悪くそう言って『信じられん……』とぼやいていた。どうもこの悪魔、今までバカが『やり直し』をしていたことを把握できていないようである。
更に。
「し、しかし、こいつが『やり直し』をした時、世界はどうなるのだ?平行世界を無限に生み出しているのか……?天使の技術か?一体何がどうしてこうなる!?」
主催の悪魔は何か、腑に落ちないことがあったらしく、机から身を乗り出さんばかりに親方へ必死の形相を向けた。
……すると。
「それなんだがな……どうも、それは無いらしいぜ」
「な、何故!?」
「それはな……」
親方はなんとも生暖かい顔で、ぽん、とバカの頭を軽く叩いた。
「……こいつがバカだからだ!」
……主催の悪魔は、口をあんぐりと開けてぽかんとしていた。
バカは意味が分からないながらもとりあえず、『そう!俺はバカ!』と、胸を張っておいた!満を持しての、バカ!
「……つ、つまり?こいつがあまりにバカであるが故に、平行世界の存在を認識できない……?それ故に、平行世界が生まれることが無い……!?」
「ああ。多分こいつにとって『やり直し』は1つの世界の一続きの話でしかねえんだ」
「だ、だからといって、そうはならないだろう!」
「でも実際なってんだからよぉー、しょうがねえだろぉがよぉー」
悪魔は絶句していた。まあ、仕方ないことである。
戦いは、同じレベルでしか発生しない。つまり、悪魔より遥かに低レベルに居るバカのことなど、悪魔はどうすることもできないのだ!そう!バカがバカすぎるあまり!悪魔はバカに勝てない!戦うことすらできないのである!
「で、では、宇佐美光が同時に2人存在することについてどう解釈しているのだ!?」
「多分『よく分かんねえ』で終わってるぞ」
「そんなことが!?」
「あるんだな、これが……」
それからも主催の悪魔と親方のやり取りが続き、その度に主催の悪魔は衝撃を受けている様子であった。バカは『なんかよく分かんないけど大変だなあ!』とだけ思ってにこにこしていた。
「信じられん……こいつがバカであるが故に『やり直し』の能力を与えるなど……その利点は存分に思い知っているが、だからといって、まさかこんなバカに……」
「その結果が大成功だろうがよ」
「信じられん……」
悪魔は只々しょんぼりしていた。『まさかこんなバカに……いや、バカがバカであるが故に、我が策略が全て台無しになるとは……』としょんぼりしている。バカはよく分からないので、ぽけらん、としている!
「ま、そういうわけだ。今回、俺がうちの樺島1人に任せたのは、こいつがバカだからだ。こいつ以外の誰も、『やり直し』なんざ使いこなせねえだろうからなあ」
親方はしみじみとそう言って、バカの頭をぽふぽふ叩くように撫でた。バカは状況がまるで分かっていないが、とりあえず撫でられたということは褒められているか、かわいがられているかどちらかであるはずなので、にこにこ笑顔になった!
「そうだよなー。もし樺島じゃなくて俺達がやってたら……え、どーしてただろうな、俺ら……。俺ならしょっぱなからブルドーザーで全部壊してるなあ」
「あー、だよなあ。とりあえず全部の壁ぶち抜いて被害者全員回収して、後は縦穴掘って地上に脱出するよなあ……」
「いやいやいや、普通に!普通に全部の部屋1人で回って、解毒剤を保存しながら分配して、参加者のカウンセリングしながら脱出を目指すべきだろう!力業で解決しようとするな!天使が全員脳筋だと思われるだろうが!」
「俺なら毒蛇捌いて食ってた!かばやき!」
先輩達が横の方でひそひそと『俺ならこうデスゲームを攻略していた!』を話し合っているのだが、バカは『とりあえず先輩達はすごい!』と目を輝かせるばかりである。
悪魔は只々、『ああ、天使が紛れ込むと全てが台無しになる……!』と頭の痛そうな顔をしていた!
……それからも、親方達から悪魔への質問は続いた。悪魔は最早抵抗の意思が無いのか、しょんぼりとしょげ返りつつも返答してくれる。
『木星さんとはどうやって知り合った?』という質問に対しては、『あいつが我らを召喚したのだ。そして我らも召喚される前にそやつがどのような人間かは把握できるのでな』と答えてくれた。バカは『俺も悪魔召喚できるかなあ』と思ったのだが、多分難しくてできないだろうなあと諦めた。
『あのデスゲーム会場って誰がどうやって作ったの?』という質問に対しては、『人間の夢を掻き集めてきて作った。ちょっと借金しているのでなんとか返済しなければ……』と答えてくれた。バカは『借金、大変だなあ』と他人事のように思った。が、悪魔の借金の原因は9割がた、このバカのせいである!
『あの蛇とか魚とかってどこから仕入れてきたんだ?』という質問に対しては、『あれは双子の乙女が仕入れてきている。今回は本人達のたっての希望でデスゲームのスタッフとしても働いてもらったがあんなことになるとは……』と嘆いていた。バカはちょっぴり申し訳ない気分になってきた。
『あの人形ってどうやって作るんだ?』という質問に対しては、『あれは牡牛の悪魔が内職で作ったものにちょっと細工を施しただけだ』と答えてくれた。バカは牛をちょっぴり尊敬した!
『ところで魂ってどんな味なんだ!?料理に応用できるか!?俺にも食えるだろうか!』というやたら熱のこもった先輩からの質問に対しては、『色々な味がするが、絶望した人間の魂は至高の蜜の味がして、かつ濃厚で非常に美味い。ちょっとしんみりしている人間の魂は秋刀魚の塩焼きみたいな味がする。個人的にはあれも好物だ。あと天使には人間の魂は食えないだろう!何故味を気にする!』と返ってきた。先輩はしょんぼりしていた……。
そして悪魔が『好きなタイプは!?』だの『食パンは何枚切り派!?』だの、『お前の服ダサいな!』だの、散々質問だのなんだのを浴びせられた後……。
「で、お前は樺島が天使だって気づいてなかったのか」
親方が呆れたようにそう言えば、悪魔はなんとも嫌そうな顔をしてバカの方を見た。バカは『俺、天使!』と胸を張った。もらいたての羽も広げて自慢してみた。尤も、自慢しようが何だろうが、白くてふわふわの可愛い羽なのであんまり格好は付かない!
「こ、こんな天使が居ると思うか……?」
悪魔は、そんな自慢げバカを見て何とも言えない顔をしていた。それはそうである。
「まあそりゃそうかぁ。こいつバカだからなあ、見ても天使の仮免だってわかりゃしねえよなあ……」
「うむ……」
先輩達も親方も、皆で納得している。バカだけは『俺、天使っぽくないのかなあ……』とちょっぴり気にしていたが、そんなバカを気にする者は居ないのであった!
そうして悪魔の取り調べが進んでいく中……バカは、落ち着かなげにもぞもぞしていた。
というのも……バカは、ソフトクリーム以来、何も食べていないのである!そしてもう、時刻は夜!バカはもう、お腹が空く時間なのだ!
「おう、どうしたんだバカ島ぁ。お前、もそもそしてんなあ……」
そして、ついさっきまで悪魔と『お前も案外話が分かるやつじゃねえか!』と盛り上がっていた先輩の1人が、バカの様子に気付いて声を掛けてくれた。
「あの、先輩……。俺、腹減ったよぉ……」
なのでバカは正直に申告する。こういう時に遠慮しないのがバカの美徳なのである。
ついでに、バカのお腹がぐう、と鳴る。バカは正直だが、バカの体も正直なのである。
「そうかぁ。お前、燃費悪いもんなあ。何喰いたい?お前の本免祝いだ!なんでも食いたいもん好きに言え!」
「えっ!?ほんとかぁ!?」
「おう!何がいい?」
先輩天使達は皆揃って、にこにことバカを見守っている。親方も、バカに『おう、好きなモン言っちまいな』と促してきた。なのでバカは、何がいいかなあ、何がいいかなあ、と悩んで……。
「じゃあ、かつ丼……その、そいつが出してくれたとんかつ、美味しかったから……あれもっかい食べたい……」
もじもじと、そう、申告したのであった!
「……おい、悪魔。こいつにかつ丼出してやってくれ」
「樺島が食いたがってんだ。当然、出すよな?」
「あ、ああ……出す、出すから近づいてくるな!胸筋が!胸筋が!」
……そうして悪魔は、本日二度目のとんかつのカツアゲに遭うのであった。尚、バカもそうだが天使の先輩達は大体皆、筋肉ムキムキである。彼らの胸筋に囲まれると、圧がすごいのだ!
「うめえ!すげえうめえ!めっちゃうめえ!」
「そ、そうか。それはよかった……」
そうしてバカはかつ丼を食べることになった。
取調室で、取り調べを受けている者が出したかつ丼を、本来取り調べする側であるはずの天使達が食べている。なんとも不思議な光景だが、この状況を疑問に思う者は悪魔しか居ないのであった!
「何故、天使にかつ丼を出してやらねばならぬのだ……」
「今回の工賃ってことで諦めな」
親方もちゃっかりかつ丼を食べつつ、悪魔相手ににべもない。悪魔は『工賃……』としょんぼりしつつ、バカの『おかわり!』に応えるべくまた次のかつ丼を取り出し始める。
「……ところで悪魔よぉ。うちのバカに邪魔されちまったわけだが、今、どういう気分だ?」
そんな悪魔に、親方がニヤリと笑って尋ねる。すると悪魔は当然、むっとした顔をした。
「いや、最悪だが……こんなことになるなど、まるで予想だにできなかったが……」
悪魔はそうぶつぶつと言って、バカが『うめえ!うめえ!』と幸せそうにかつ丼を食べ続ける様子を見て……深々と、ため息を吐いた。
「いや、しかし……まあ、今は、『最早どうしようもなかった』という諦念だけがある……」
「……まあ、そうだよなあ、うん、うん……」
先輩天使達も『だよなあ』『あの顔見ちゃったらそうなるよなあ』と、悪魔の肩をぽふぽふ叩く。悪魔も『うむ……』と肩を落としつつ、すっかり諦めの境地であった。
……そんな中、バカだけが只々、元気いっぱい幸せいっぱいのお腹いっぱいなのであった!
主催の悪魔の処遇は、『とりあえずもうちょいウチで面倒見てやるか』というところに落ち着いた。『工賃分、もうちょっと働いて返してもらうぞ』ということらしい。
また、主催の悪魔としても、『いつか井出亨太の魂を食べる機会が来るかも……』という淡い希望を捨てずに居るようなので、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部への残留を受け入れた。
……その内、主催の悪魔は社員食堂の従業員にされてしまうのだが、それはまた別の話である。
ということで、バカは寮へ帰ってきた。ちゃんと風呂に入って、風呂の中ではご機嫌で社歌を歌い、風呂から出た後もふんふんと鼻歌交じりに、ベッドへ寝転ぶ。
「えへへへ、俺、天使の本免だもんなあ……えへへ」
背中でふわふわしている羽を見て、バカはにこにこ満面の笑みである。ちゃんとドライヤーで乾かしたので、羽はふわふわのぬくぬくだ。
今日は色々あったけどいい日だったなあ!とにこにこ顔で就寝しようとして、『あっ!羽があると寝づらい!』ともそもそ体勢を変えて……。
「あ」
バカは、そこで思い出したのだ。
「……あああああああ!海斗!忘れてた!」
バカは、海斗への連絡を忘れていたことに気付いて大慌てで飛び起きたのだった!危ないところだった!
……バカはすぐさま、海斗に電話を掛けた。通話ボタンを押してから『夜遅いし、海斗もう寝ちゃってるかなあ』と気づいたが……。
「……はい、辰美です」
「海斗ぉおおおおおぉおおお!」
5コールもしない内に海斗が出てくれたので、バカは大喜びであった!海斗には『うるさい!』と怒られたが、バカはちゃんと海斗に電話が繋がったことに安心してしまって話を聞いていないのであった!
……と、バカはそのまま海斗と電話でお喋りしながら、少々夜更かしすることになった。こうして楽しい一日は終わっていく。
翌日以降、またバカは忙しい日々を送ることになるのだが、それでも日々が楽しいことには変わりがないのであった。おお、キューティーラブリーエンジェル建設、ああ、キューティーラブリーエンジェル建設……。




