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終わった後:バカの部屋

 その日、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の樺島剛の部屋には来客があった。

 そう!辰美開斗が遊びに来て、ポケモンをやっているのである!

「そっかー、海斗はやっぱりなんかさあー、グレイシアってかんじしたんだぁ!」

「……まあ、かわいいよな、グレイシア」

「うん!かわいい!グレイシアもかわいい!あっ、俺はな!イーブイの進化はブースターが好き!ふわっふわなんだ!首んとこが!ふわっふわ!ふわっふわ!」

 海斗のプレイ画面を覗き込みながら、バカはにこにこ満面の笑みである。

 それはそうだ。だって、バカのずっとずっとの夢が叶ったのだ。バカはこうやって、海斗と一緒にポケモンやるのが夢だったのだ!

 ……海斗はあれからすぐ、ポケモンを自分で買った。バカは『俺の貸すのにぃ!』と嘆いたのだが、海斗が『それだと対戦できないだろ』とぼやいたため、一気にご機嫌になった。海斗はバカとポケモンバトルしてくれるらしいのだ!バカは大いに喜んだ!喜びすぎてちょっと空を飛んでしまった!楽しかった!

「えへへ……あっ、そういえば、海斗がバイトしてくれて助かるって親方言ってたぞ」

「……そうか。ま、まあ、多少は事務の真似事もできるさ。できて当然だ」

「うん!海斗は頭いいもんなあ!えへへへ……事務のおばちゃん達優しいだろ?困ったことあったら何でも言うんだぞ!」

「ああ。早速お世話になってる。……それにしても、事務の皆さんが全員筋骨隆々というわけではなくて安心した」

 海斗は先日からキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部でアルバイトをしている。海斗の父は『ならばうちの会社でアルバイトすればいい』と言っていたらしいのだが、社会勉強、という名目で父親を説得したらしい。『父に何かを主張したのなんて初めてだ』と海斗は少し嬉しそうだった。

 そして海斗だけでなく、バカも当然、嬉しい。海斗がバイト帰りにこうしてバカの部屋に寄って、一緒にゲームしたり、小説を書いていったり……とやるのが楽しいのである。

 そう。小説については、約束通り読ませてもらった。バカが理解できるように、と、ごく短いものだった。『3匹のバカ』というタイトルのその短編は、とりあえず3匹のバカが悪魔をボコボコにする内容なのだが、分かりやすくてバカは大喜びだった!




「ところでミナさんは元気か」

「うん?うん!ミナも社食でバイトしてる!」

 海斗がついでとばかりに気にしているのは、ミナのことだ。

 ミナはあのデスゲームの中で、『願いが叶わなかった』人の1人だ。……まあ、ある意味叶ったのだが。『先輩が天使になっていたため』に色々と解決してしまったのだが……まあ、環境が大きく変わった1人ではあるので、海斗も心配しているらしい。

 が、心配は不要である。何せミナは、実に生き生きと……先週から始まった社員食堂でバイトしているのだから!

「なんかさー、最近は夏のメニュー?考えるのに先輩と一緒に頑張ってる!」

「そ、そうか。元気ならいいんだ。うん……」

「えっとな?梅干し挟んだとんかつが今、人気なんだ!美味いのにサッパリしててガッツリしててぇ!あっ、ほら、主催者やってた悪魔居ただろ?あいつとんかつ揚げるの上手いじゃん?だからあいつが活躍するメニュー、って」

「ま、待て!ちょっと待て!あの悪魔も社食で働いているのか!?そ、そもそもあのとんかつは!あの時のあのとんかつは悪魔が自ら揚げたものだったのか!?悪魔の力で生み出したものではなく!?」

 ……そう。ミナのついでとばかり、例の主催の悪魔も社食で働いている。

 なんでも、『茶と酒どっちがいい!?俺のおすすめは自家製納豆!』とやられて例の藁人形納豆を飲み物として与えられたところ、『この飲み物は魂の旨味に近い味わいだ!これは一体……!?』とその美味さに心を奪われ、しばらく社食で働くことにしたのだとか。

 そして例の悪魔は、今日も元気にとんかつを揚げている。揚げ物が上手な悪魔は最近、とんかつ代として天使達の来歴や愚痴を聞くことで『簡易的に絶望を摂取できる……。まあこれはこれで……』と満足しているらしい。


「悪魔までバイトしているのか……。かにたまさんが事務員、天城さんが設計と井出バットの整備をやっているのは知っているが……」

「うん。あとビーナスは営業やってるしぃ、ヒバナは現場の手伝いしてくれてるしぃ……陽とたまは時々天城とかにたまに会いに来てるし、社食使ってくしぃ、土屋のおっさんも社食使うことあるしぃ……あっ、あとさ、牛も最近、現場手伝ってくれてるんだぜ。天使に転職するってさ!」

「転職……?転職できるのか……?」

「まあ、先輩とか俺とかそうだけど、元々人間だったしぃ……。人間が天使になれるんだから悪魔も天使になれるだろ!ってことで、研修中!」

 キューティーラブリーエンジェル建設に取り込まれてしまったのは、何も海斗やミナ、そして主催の悪魔だけではない。

 ヒバナとビーナスは当然のように取り込まれたし、牡牛の悪魔もデスゲーム業を辞めてこっちに転職した。まあ、彼の場合、自分の雇用主であった主催の悪魔が社食のバイトになってしまったので、転職も已む無しだったのである!

 ……牡牛の悪魔は元々、悪魔になった後で奥さんと結婚して、より稼ぎの良いデスゲーム業へ転職していたらしい。だが今回の失業でまたもや転職することになってしまった。大変である。

 だが彼曰く、『異能を持つ人間相手に戦うのも楽しみがあるが、岩石やアスファルト相手に戦うのも悪くない』とのことである。……あと、こっちの方がデスゲーム業より給料が良いらしい。近々第3子が生まれるらしいので、愛する妻と子供達のためにもより稼ぎたいんだと頑張っている。

「……ミナさんの先輩は、まあどういう人だったのか分かるが……樺島は元々、どういう人間だったんだ?」

「え?俺?うーん……別に、普通の人間だったよぉ……多分……」

 バカがもじもじしながら答えると、海斗は何か感じ取ったのか、『そうか』とだけ言って、またゲーム機の画面に目を戻した。

 ……まあ、実際のところ、バカは自分が人間だった頃のことをあまり覚えていないのだ。『お前はちょっと色々大変だったからな、忘れちまったんだろ』と親方は言っていた。なのでバカは『そういうもんかぁ』と思うことにしている。

「で、双子の乙女は自分探しの旅だったな……」

「うん。あ、昨日写真来てた。見るか?ほら、これ」

 それから、双子の乙女は旅行している。『雇用主が居なくなっちゃったから』『折角だし地上巡りしてくるよ』とのことだ。

「……全国のミニストップ巡りか……?」

 ……尚、バカの元に送信されてくる双子の乙女の写真は、大体、ミニストップでソフトクリーム食べてる写真である。

 まあ、全国ミニストップ巡りもきっと楽しい。バカは『いいなあー、楽しそうだなあー』と羨ましがっている!




 ……まあ、そうして皆の近況を確認し合って、冷蔵庫に入れていた麦茶を飲んで、おやつも開けようかなあ、とバカがちょっと考え始めた頃。

「ん……」

 かく、と海斗の首が動く。おや、と思ってバカが海斗を見てみると、海斗の目はとろんとしていて、なんとも眠たげだ。

「うん?どうしたんだ?眠いのか?」

「ああ、うん……ちょっとだけ」

 海斗は眉間を指で揉みつつ、スリープモードにしたゲーム機をそっと脇に置いた。

「昨夜、レポート課題を終わらせるのに、時間がかかったんだ。夜の3時までやってたものだから……」

「3時ィ!?そりゃ眠いだろ!駄目だぞ!そんなに夜更かししちゃ、体に悪いんだぞ!」

 バカは大慌てである!バカにとって夜中の3時とは、絶対に寝て居なければならない時間である。親方にも『夜の10時には寝ろ!』とよく言われている。まあ、『納豆の材料を収穫する時間だ……!』と先輩が大喜びで出かけていく時間でもあるが。

「大変なんだなぁ……」

「……まあ、僕は要領がいい方じゃないからな。こういうこともある」

 バカはおろおろしながら、眠たげな海斗を見て迷った。何せ、海斗は本当に眠そうなのだ。

 このまま海斗を地上に帰してしまうと、ちょっと危ないんじゃないだろうか。ちゃんと家まで帰れるだろうか。バカが海斗を抱えて飛んで送り届けた方がいいだろうか。だが、海斗は『お前を見たら父が卒倒しそうだ……』と言っていたし、海斗のお家にお邪魔しては色々とまずいだろうか!

 ……と、色々考えていたバカだったが。

「……すまない。ちょっとだけ、仮眠を取らせてくれ」

 海斗がそう言って、もそもそ、と床に横たわり始めたので、『そっかぁ!この手があった!』と笑顔になった。

 眠い時には昼寝するに限る!その通りだ!キューティーラブリーエンジェル建設でも、『シエスタの時間!』と皆で昼寝することはある。

 昼寝することで眠気をきっちり解消し、改めて元気に働けるようになるのだ。バカもよく知っていることである。『なーんだぁ、こうすりゃよかったんじゃん!』とバカはにこにこしつつ、バカも海斗の横で床に寝そべり始めたが……。

「あー……これ、丁度いいな。ちょっと借りる……」

「えっ、あっ、か、海斗ぉ!?」

 バカがにこにこしている横で、海斗は……半分寝ぼけながら、バカの羽を引っ張る。バカは引っ張られるままに動いていたのだが……。

「うん……」

 ……そして海斗は、バカの羽を被って眠り始めた!


 バカは、『俺の羽ぇ!お布団にされてるよぉ!』と混乱した!

 だって、羽である!バカに生えてるのである!それが、何故か、お布団に!

 ……だが、混乱していたバカも、少し落ち着いたら『まあこれはこれでいっかぁ』と納得した。

 海斗はよくよく見れば、目の下に隈を作っている。大学の課題にこっちの事務のバイトに、と大変なのだろう。だから、バカの羽が布団に丁度いいというのなら、布団の任をしっかり全うして、海斗を健やかに寝かしつけたい。バカはそう決意して、にへ、と笑った。




 ……そのまま30分程度、バカは海斗のお布団の任を全うした。と言うよりは、バカもそのまま爆睡していたので、自動的にお布団になっていたというだけだが。

「す、すまない……お前の羽を使っていただなんて……」

「いいよぉ、別に気にしなくったってさあ」

 海斗は『肌触りの良いぬくいブランケットがあると思ったんだ……』と頭を抱えていたが、バカとしては人の役に立てたので嬉しいばかりである。

 ……それに。

「へへ、俺さあ、この羽生えてきて、なんか真っ白だし、ふわふわだし、ちょっと女の子みたいで恥ずかしかったんだけど……」

「ま、待て。羽にそういう美意識の基準があるのか……?」

 バカが説明し始めると、早速海斗がまた頭を抱え始めてしまった。だがやっぱり、天使としては羽のカッコよさは重要である。

 親方の羽はほんのりと青みがかったグレーで、風切り羽がシャープな形をしていて、嵐の前の空をスッと流れていく雲のような、そんな羽なのだ。バカのみたいにふわふわじゃないのだ。かっこいいのだ。

 一方のバカは、真夏の快晴の真昼間にふかふか浮かんでいる雲のような真っ白さとふかふか加減だ。そんなバカとしては親方の羽が憧れなのである。

「でも、ふわふわで触り心地よくっていいお布団になるんだったら、俺、この羽でよかったなあ。へへへ……」

「……そ、そうか」

 海斗はなんとなく釈然としないような顔をしていたが、バカは『俺の羽も悪くないじゃん!』とにこにこ顔である。

「だから今後も俺の羽、お布団にしていいぞ!」

「……まあ、そういうことなら……うん」

 満面の笑みのバカの一方、海斗は只々何とも言えない顔をしていたが、まあ、それはそれである。バカは元気に『俺、お布団業とかもやってみようかなあ!』などとしょうもないことを考えていたが、まあ、それもそれである。




 そんなこんなで、海斗が帰路に就くまで、2人は雑談したり、ゲームを再開したり、ついでに『夜飯社食で食ってく!?食ってくよな!?』とバカが海斗をずりずり引きずっていって、主催の悪魔が揚げたじゅわっとサクッと美味しい梅肉とんかつを食べたり、そこでバイト中のミナに『えっ!?海斗さん、樺島さんの羽でお昼寝したんですか!?いいなあ……きっとふわふわで、幸せな夢が見られるんでしょうね……』と羨ましがられたのでミナにもバカ布団レンタルの約束をしたりして、まあ、楽しく過ごすのだった。

 今日もキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部は平和である。

 おお、キューティーラブリーエンジェル建設。ああ、キューティーラブリーエンジェル建設……。


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― 新着の感想 ―
まじでキューティーラブリーエンジェルじゃん……納得の所属
みんな取り込まれてしまった……(ニッコリ)
[一言] 大変楽しませて頂きました
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