2日目昼:会議室
ということで。
「じゃあ、俺、これから蟹出すから!」
「意味が分からない!」
バカの宣言に、海斗が愕然としていた!
「えーと、まあ、俺はさ、できる限り不確定要素を潰してからここを出よう、っていう意見には賛成だよ。樺島君なら天井を壊すことも、その後に出てくるらしい蟹を倒すのも、まあ、できるんだろうし」
陽が話すのを、皆が真剣に聞いている。バカもよく分からないながら、ちゃんと正座して聞いている!
「ただ……まあ、蟹を出す前にここを出ちゃうのも、悪くないと思うんだけれど、どうだろう、樺島君」
「俺は蟹と戦いたい!」
「うん、そっか。えーと……だそうだけれど、皆はどうかな……」
バカの主張に陽が皆の様子を見ると、皆、それぞれに顔を見合わせたりなんだりして……。
「僕は御免だぞ!そんな、人を殺すための機械にわざわざご登場いただくのはな!」
そして海斗が反対した!
「大丈夫だよぉ、俺、秒殺するからさぁ」
「信じられるか!大体、本当に秒殺できるかどうかは分からないんだぞ!?もしお前が失敗したらどうするんだ!」
海斗は蟹を出してほしくないらしい。バカは『そんなあ』としょんぼりした!
「うーむ……私は賛成だな」
だが土屋は賛成してくれるらしい!バカはびっくりした!しょんぼりは吹き飛んだ!
「ここに殺人ロボを置いていくよりは、破壊してから出たい。未来の参加者など、他の人達に対して使われる可能性もあるからな」
「ああ……そう、ですよね。うん……なら私も賛成です。その、樺島さんはとってもお強いですし!こうなることはきっと、悪魔さんにだって想像できなかったはずです。なら、今のうちに、できることをやるべきなんじゃないかしら、って……」
更にミナまで賛成してくれたので、バカは非常に嬉しい!バカが考えていなかったところから賛成してくれる2人を見て、『やっぱり頭いいなあ!』とバカは感心した!
「私も賛成。私の目的は元々、悪魔のデスゲームを破壊することだから」
「まあ……俺も賛成だな。かわいい恋人の願いはできるだけ叶えたいし、そうでなくても、まあ……悪魔のデスゲームに思うところは、あるし」
たまと陽も賛成してくれた。バカは『そうだよなあ、陽とたまは悪魔のデスゲームに色々思うこと、あるよなあ……』と、ちょっとしんみりした。
「……そうだな。死者を取り戻すことはできないが、これからの死者を減らすことはできる。ならばそうすべきだろう」
天城もそう言って、いよいよ賛成多数になってきた。
バカは『どうかなあ』と思いながらヒバナとビーナスを見つめてみる。すると……。
「……まあ、私はミナに協力するって決めたから。私は彫像出すくらいしかできないけれど、いい?」
「俺は武器作るぐらいしかできねえが、いいんだよな?」
なんと!2人とも既に協力する気でいてくれたらしい!……ミナが嬉しそうに笑っているのを見て、バカはいよいよ嬉しくなった!
……と、いうことで。
「……あの、海斗ぉ」
「……う」
バカが海斗を見つめると、海斗はなんとも嫌そうな顔をした。だがバカは止まらない。
「いいかなあ、蟹、出しても……。蟹出しても海斗の方に行かないようにするからさあ……あと、あの、蟹出しても、ここ出た後、小説読ませてくれるか……?」
バカは海斗をじっと見つめる。
……結局、海斗とバカは暫し見つめ合い、そして。
「……ポケモン貸してくれたらな」
海斗はそっぽを向いて、そう言ったのだった!
「うん!貸す!貸す!それで読む!やったあああああああああああ!」
「うるさいな!少しは静かにしろ!」
怒られてしまったのでバカは黙ったまま海斗の周りを飛び跳ねて喜びを表現した。『動きがうるさいわね……』とビーナスに言われてしまったので、最早どうすることもできずバカはその場でゴロゴロ回転するローリングバカになった!
そうしてバカが一頻り転がって床が削れた後。
「じゃ、蟹出す!」
「いや、なら木星さんの『無敵時間』をやり直してからにしようか……。これが脱出前最後の木星さんの起床になるだろうし、彼の話も聞いておいた方がいいかな……」
「言ってやりたいことはいくつかあるけれど……まあ、皆、悔いのないようにしようね」
「うん!じゃあ木星さん待ってから蟹出す!」
木星さんの『無敵時間』の効果切れを皆で待つことになった。バカはしっかり木星さんを抱えた状態での待機である。やる気と気合には満ちている!
「悔いの無いように、か。……となると、僕はやることが無いな」
さて。そうして待つ間、海斗は真っ先にそう言って椅子の背もたれに体重を預けた。
「そうなのか?」
「ああ。そこの、今お前に抱きかかえられている彼に特段の恨みがある訳ではないし……いや、話を聞く限りでは、十分憎むに値する人物だろうと思うがな。だがまあ、それは血の通った感情ではないから」
バカはちょっと首を傾げて考えてみた。考えて……『海斗は自分がやられたことじゃないことについて自分から木星さんを責める気はない、ってことかなあ』とぼんやり理解した。
「へー。他は?何かこのデスゲームでやり残したこと、無いの?元々はあなたも願い事を叶えたくてここに来たんじゃない?」
ビーナスが興味深そうに覗き込めば、海斗は少しばかり、気まずげな顔をした。
「ああ……その、元々の願いは、もういいんだ。その……うん、もう、いい」
そうぼそぼそ言ってそっぽを向く海斗の耳の端が赤くなっているのを見て、バカは『照れてる!』とにこにこした。その結果、海斗が投げたキムワイプの空き箱が飛んできて、バカの頭にぶつかってもいんと跳ねた!
「で、樺島。お前自身に悔いはないか?」
「うん!無い!やれること全部やったし……」
「本当にな」
海斗が何とも言えない顔をしている。まあそれはそうである。やりたい放題もいいところである。バカもちょっぴりそれは分かっている。ちょっぴりしか分かっていないが!
「それに何より、皆と仲良くなれた!」
だがバカはもう大満足なのだ。反省など全くしていない。だって今ここに皆で仲良く居られるのだ。それが全ての答えだろう!
「あの、皆!ここ出たらさ、皆でミニストップのソフトクリーム食べに行こう!俺、あれ大好きなんだ!」
そしてバカがそう呼びかければ、皆、『何故ミニストップ……?』と不思議そうにしながらも、『まあ別にいいよ』と頷いてくれた。
バカは満面の笑みである!あまりの嬉しさに、またちょっと浮いた!バカは今回、ちょっと浮きすぎである!でも仕方がない!嬉しいことばっかりなのだから!
「ふふ、お二人に悔いが無いようでよかったです」
「ミナは?ミナは何か無いの?」
続いて、ミナにもビーナスが声を掛ける。……ビーナスは、ミナについては思うところがたくさんあるのだろう。そうとは気取られないように振る舞っているが、やっぱり少しばかり、緊張気味だ。
「うーん……私は……その、ヒバナさんとビーナスさんとお話しできて、それだけで、ここに来た意味があったから。だから、悔いはありませんよ」
ミナはそんなビーナスに、にこ、と微笑みかける。心からの微笑みだ。バカはそれが嬉しい!
「そう……なら、いいんだけれど……あの、もし、ミナが望むなら、私達は」
「それに、先輩が言っていたこと思い出したんです。『料理は人を幸せにする』って」
ビーナスが何か言いかけたのを遮るようにして、ミナは幸せそうにそう言った。言ってから、ビーナスとヒバナに、また微笑みかける。
「皆でお鍋を囲んで、あんなに楽しく過ごせて……私、やっぱりお料理が好きなんです。それを思い出せたから、やっぱり私、ここに来て良かった。悔いはありません」
「よかったなあ、ミナぁ。やっぱりミナに鍋頼んでよかった!」
「デスゲームで鍋料理を作る意味が分からないが……確かにあれは、その、美味しかった」
ミナにとってこのデスゲームは、ヒバナやビーナスと話すためだけのものでもなかった。彼女は彼女なりに、他者との交流の中で自分のことを見つめ直すことができたようだ。
バカはまた、嬉しくなった!
「えへへ、ありがとうございます。……あの、ビーナスさんとヒバナさんにも、悔いはありませんか?」
続いてミナがそう問えば、問われたビーナスもヒバナも、穏やかな顔で頷いた。
「ええ。無いわ。あなたと一緒よ、ミナ」
「……あんたと話せてよかった。ケジメ付ける覚悟もできたしな」
2人とも、このデスゲームで人生が大きく変わってしまった人達だ。それが2人にとって良いことだったのかは、分からない。
分からないが……いいことだったらいいなあ、と、バカは思うのだ。心中のつもりでここへきて、人が死んだらそれで良し、としていた2人ではなくて……これから自分達の組織に立ち向かう覚悟を決めて、その上で生きようとしてくれた2人の方が、バカは好きだ!
「それに2人は就職先も見つかったことだしなあ。はっはっは」
「……やっぱり早まったかしら」
「そんなことないぞ!ようこそキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部へ!」
「やっぱり早まった気がするわ」
ビーナスが何とも言えない遠い目をする一方、バカは『なんでぇ!?』とばたばたし始めた。それを横から海斗が宥めてくれた。バカは宥められたので大人しくすることにした!
「ついでに私だが、悔いといえばまあ、無いわけではない」
続いて、なんと、土屋がそんなことを言い出した!バカは『土屋のおっさん、悔いがあるのか!?』とびっくりしたが……。
「……逮捕したかった!」
土屋の腹の底から滲み出したような声を聞いて、瞬時に納得した!
「あー、そっかぁ、そうだよなあ、ごめんなぁ……」
「いや、しかし仕方がない。今の司法ではこいつは裁けないだろうしな……。その点、逮捕して人間の法で裁けなかったとしても、天使の法で裁いてもらえるのだから、多少の悔しさはあっても、それでもこれが最善の結果だろうと思っているよ」
土屋はそう言って苦笑すると、バカの背をぽふんと叩いて笑った。
「だから、よろしく頼むぞ、樺島君」
「うん!勿論!」
「あと、ヒバナとビーナスのことも頼む」
「うん!あと天城のじいさんのことも任せろ!」
バカは土屋と笑い合って、互いにぽふ、ぽふ、と肩と背中を叩き合う。
……警察官とこういうやり取りをしていると、なんだか自分も警察官になったみたいで、バカはちょっと嬉しくなった!やっぱり警察官はかっこいいのだ!
「……私の話までしていたようだが」
「うん!任せろ!」
さて。勝手に処遇を宣言されている天城がちょっと不服そうな顔でやってきたので、バカは満面の笑みでそれを受け入れた。
天城はキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部に連れて帰る。そして事務員か営業か……もしかしたら設計とかの担当になるかもしれない!バカはものすごく楽しみにしている!
「……まあ、そうだな。世話になる。よろしく頼む」
だが天城は少し呆れながらもそう言って、バカに手を差し出してきた。バカは、ぱあっと表情を輝かせて、天城の手を握ってぶんぶん上下に振った!
あの天城が……ずっとずっと、バカを最初から殺そうとしたり、信用してくれなかったりしていた天城が、握手してくれるようになった!バカはとにかく嬉しくて、嬉しくて……涙が出てきそうである!
「さて。それで、我々の悔いだが……」
そうして天城は、若い2人……陽とたまを振り返る。すると、陽とたまはそれぞれに笑って頷いた。
「俺自身には悔いはないよ。つぐみを連れてここを出られそうだから」
「そうだな。私にも悔いはない。……今度はつぐみを死なせることなくゲームを終えられそうだ」
『光』達はそう言って笑う。2人の望みはブレない。たまが無事ならそれでいい、ということなのだろう。
そしてたまは……。
「……私は」
たまはそこで一旦、言葉を途切れさせた。言葉を口に出すのを、少し躊躇うように。
だが皆でじっと待っていると、やがて、たまは口を開く。
「本当なら、弟を、助けたかった」
たまの言葉を聞いて、そうだよなあ、とバカは思う。
たまは弟を救いたくてここへ来たのだ。……そして、皆仲良くここを出てしまっては、弟を救うことができない。
「……天城さんがやったみたいに、悪魔に頼んで時間を逆行すれば、弟を助けられるのかもしれない」
たまはそう言って、ちら、と木星さんを見た。……だが、その視線を逸らして、ふ、と笑う。
「でも、それは望まない。……もう、望めなくなっちゃった。誰かを殺す、なんて」
「……うん」
バカは、悲しくて嬉しくて、胸の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。
たまは、これでよかったのだろうか。これが、たまにとって本当にいいことだったのか。バカはバカなので分からない。
「本当は、井出亨太を殺して願いを叶えたいところなんだけれど……そうするよりも、樺島君の会社に連れていかれた方が良い気がしてる」
「まあそうでしょうねえ……」
「間違いないな……」
だが、ビーナスと土屋がなんともしみじみと深く頷いている。きょとんとしているのはバカくらいなもので、他の皆も天井を仰いだり、頷いたりしている!
「だから、私の悔いは『これから』晴らす。……もうちょっと井出亨太をいじめたい」
「よし!やっちゃいなさい!」
「うん。やっちゃう」
たまはビーナスに煽られて、にっ、と笑う。笑って……バカの方を、真っ直ぐに見た。
「だからよろしくね、樺島君。……このデスゲーム、最後の最後まで、きっちり破壊しつくして。それで……異能にも頭脳にも、悪意にだって、勝利しちゃって!」




