2日目昼:談話室
それから30分くらいして、バカは元気に目を覚ました!おはよう!
「おはよう!」
「ああ、起きたか。おはよう」
バカが目を覚ますと、そこには土屋と海斗とミナが居た。
……バカが『こいつらお昼寝しなかったのか?』と首を傾げていると。
「いや、そんな顔をされてもね、樺島君。流石に我々はこの状況で寝付けるほど神経が太くはないのでね……」
「あ、そうなのか。ごめんな、俺だけ気持ちよく寝ちゃって……」
「本当に腹立たしさすら覚えるほど気持ちよさそうだったな……」
海斗はなんだかじっとりした目でバカを見ながら、手慰みにそこらへんの羊をふわふわ撫でている。ふわふわである。
「でも、樺島さんだってあんなに働いて、疲れちゃいましたものね!休憩するのは大事ですよ!それに、実は私はちょっと寝ちゃったんです。えへへ……」
「ミナさんは中々肝が据わっているなあ。はっはっは」
どうやらこの中でミナはお昼寝していたらしい!今も羊に埋もれているが、羊に埋もれてちょっとうとうとしていたのだろう。
……そして多分、土屋と海斗はすやすやのバカとミナのために、見張りをしていてくれたのだろう。一応、ここはバカに制圧されているとはいえ悪魔のデスゲーム会場なのだから。バカは2人に感謝の念を覚えた!
「えーと、他の皆は?」
バカは、きょろ、とそこらへんを見回してみたが、ここには陽やたまや他の皆の姿は無い。どこだろ、と首を傾げていると。
「たまさんと陽と天城さんは3人で昼寝してるらしい。お前が個室をたくさん作っていったからな……」
「ヒバナとビーナスも一緒のようだ。あの2人も少し疲れていたようだからな。休憩中だろう」
どうやら、特別仲良しさんが居る者達は、それぞれお昼寝しているらしい!それぞれに羊を連れ込んでいるようなので、羊達はいい迷惑かもしれない!
「ちなみに木星さんはここですよ!」
「あっいっけね、俺、木星さん枕にしてた!だいじょぶかなあ!」
尚、木星さんはバカの枕になっていた。なんか適度に薄くて丁度良かったのだ。ライオンよりも寝心地が良かったのだ。ライオンはちょっぴりじっとりした目でバカと木星さんを見つめている。『枕にしておいて、結局別のやつを枕にするなんて……』といったところだろうか。バカはライオンに『ごめんなぁ』と謝った。
そしてやっぱり、『無敵時間』中とはいえ、木星さんにはなんだか申し訳ないことをした。バカは『ごめんなぁ……』と木星さんに謝っておいた。木星さんには聞こえていないだろうが……。
「はー、すっきり!」
だがまあ、ひとまずこれでバカは元気になった。
食べて話して風呂に入って昼寝して、最高の目覚めである。全くデスゲームではないが。全くデスゲームではないが。
「他の皆は……お昼寝中かなあ」
「そうだろうな。さっき、ミナさんがこっそり見に行ったら、陽とたまさんは羊に埋もれて寝ていたらしい」
海斗の報告を聞いて、バカは『じゃあまだ起こすのかわいそうかあ』と頷く。ヒバナとビーナスもきっと、2人で過ごしているのだろうし……。
「じゃあ、ちょっとお喋りしようぜ!」
バカは小さな声でそう申し出て、にま、と笑った。すると海斗は『ああ、そういうことか』と、呆れたような顔をする。
「俺、まだ『今回の』皆とはそんなにお喋りできてねえからさ。だから、ちょっとお喋りできたら、嬉しい!」
「ふふ、そういうことならお喋りしましょう!」
「まあ、もう少々休憩時間があってもいいだろう。海斗も、いいかな?」
ミナと土屋もお喋りに賛同してくれたところで……海斗は、わざとらしくため息を吐いて、答えた。
「仕方ないな」
それからバカ達は、お喋りした。
ミナは家政学を勉強している大学生で、もうすぐ卒業なんだそうだ。大学を出た後、どこかの食堂で働きたい、と教えてくれた。バカは『ならうちの社員食堂に来てくれねえかなあ……』とわくわくした!
バカの目標は目下のところ、天使の本免許試験の合格である。バカは早く羽が欲しい!
土屋は趣味の釣りの話をしてくれた。バカは『一緒に釣り行こうぜ!』と誘ったのだが、『歌わないならいいぞ』と言われてしまった!どうやら土屋の釣りは社歌漁ではないらしい!テクニカルである!バカには難しいかもしれない!バカは素潜りとか手掴みとかの方が得意そうだ!
……そして、海斗も話してくれた。小説を書くのが趣味だ、と。それで生きていきたいわけではないが、他に上手い生き方も思いついていない、とも。
あの時、バカが聞いたような話を、海斗は幾分躊躇いがちに話した。それをバカ達はのんびりと聞いた。……こういう会話ができたことは、バカには、とても嬉しいことだった。そして多分、海斗にとっても。
「……はあ。僕はついさっきであったばかりの人に何を話しているんだろうな……」
それから、一通り話し終えた海斗はふと我に返ったようにそうぼやいてため息を吐いた。海斗としてはちょっと複雑な気分らしい。だが、それに土屋がくつくつ笑う。
「いやいや。案外、そんなものなのかもしれないぞ。人生、思わぬところで生涯の友人ができるものだ」
「生涯の友人……」
「ああ。……まあ、私は今後、ヒバナやビーナスや井出亨太とはやり取りすることになるだろうが……折角の縁だ。皆ともう少し交流したいな」
土屋がそう言って笑えば、海斗はぽかんとして、『今後……』と何やら不思議そうな顔をしていた。ここを出た後の話が、ようやく海斗にも実感できるようになってきたのかもしれない。
「そう、ですね……。私、まだ皆さんとお話ししたいこと、あるんです。いつか、先輩のことも、お話しできたらいいな。今はまだ、ちょっとその元気が無いですけれど……」
「うん!皆で集まってお喋りしようぜ!まずはミニストップのソフトクリームな!皆で食べに行こうな!美味いから!すっげえ美味いから!元気もちょっと出るから!」
ミナももじもじしながら賛同してくれたので、バカもそれに乗っかる。バカは皆でここを出て、ソフトクリーム食べるのだ!そう決めているのだ!
「だから、海斗も一緒に!な!」
バカが海斗にも笑いかけると、海斗はぽかん、とした顔からようやく戻ってきて……ふ、と口元を歪めた。
「……本当にこれは悪魔のデスゲームなんだな」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
海斗は照れたような、拗ねたような、そんな顔でそっぽを向いた。……だが、引き締めようとしていたものの、ちょっとだけ口元が緩んでいた。
まるで、願いが叶ったみたいに。
そうしてたっぷりお喋りを楽しんだバカ達だったが、そろそろいい時間である。
「さて。そろそろ他の皆も起こしてくるか」
「うん……あっ!あと、木星さん人形!木星さん人形も回収しなきゃ!」
眠ってスッキリ、喋ってワクワクしたところで、起床が決定した!
バカはてけてけと部屋を駆け出していき、皆に『起床ー!起床ー!』と声を掛け、その声で羊を驚かせてしまってメエメエと大変にうるさくなり、そんなこんなで木星さん人形の在り処を見つけて、矢を分解して、木星さん人形を手に入れた。
と、いうところで……。
「これで全員分のお人形、揃ったな!」
バカは集合してきた皆と一緒に、人形を並べてにこにこしている。
そう。ここには全員分の人形が集まったのだ!これは初めてのことである。バカはなんだか達成感に満ち満ちて、嬉しくなってきて、嬉しくなったので宙に浮いた。
「えーと、ライオンの部屋、双子の乙女の部屋、天秤の部屋、牛さんの部屋、お鍋の会場、この迷路部屋、ヤギさん人形と銃の部屋、入浴剤の部屋、お魚の部屋……これで全部の部屋を開いた、ってことだよね」
たまが指折り数えていくのを見て、バカは『俺、もう最初の頃入った部屋忘れた……』とぼやいた。隣に居た海斗が何とも言えない顔をした。
「それで、樺島君以外のメンバーの人形が手に入った、っていうことになるけれど……やっぱり、樺島君の人形は無いのかな」
「無いだろうな。ここに天使が居るということは、こいつの『出張先』がここなのだろうとしか考えられない。あの文体の違う異能の説明書にしてもそうだ。このバカが本来参加者ではなかったという根拠足り得るだろう」
そしてどうやらやっぱり、バカの人形は無いらしい。バカとしてはちょっぴりがっかりである。
「俺の人形、あったら楽しかったのになあ……」
「……どうするんだ、こんなものあったとして」
「うん……ちょっとくすぐってみたかった……」
バカがしょんぼりしていると、海斗がまた、何とも言えない顔をした。多分、海斗は慎重派なので『こんな危ない人形、無いなら無いに越したことはないだろうに……』と思っているのである!
「ところで、樺島」
「うん?」
そんな折、天城がバカに声を掛けてきたので、バカは天城を見て首を傾げた。
「井出亨太の人形は、どうする」
天城は、木星さんの人形を指差していた。そう。木星さん人形は、確かにここにある訳だが……処理には、ちょっと困る!
「あ、そっか。木星さんに預けとくわけにもいかないもんなあ」
どうしよう、とバカは木星さん人形を見て困る。放っておいて羊に踏まれたりライオンに食べられたりしたら大変だ。特に、木星さんは何故か、羊には嫌われているしライオンには舐められているようなので……。
「……天城?」
ふと、天城の手が伸びて、木星さん人形を掴み取った。
バカが不思議に思って天城を呼ぶと……。
「……これの首を引き千切ったら、あいつはどうなるのだろうな、と思っただけだ」
天城はそう言って、視線を木星さん人形に落とし続けている。
「だ、駄目だぞ!?そんなことしたら木星さん、死んじゃうかもしれない!」
バカは慌てて天城から人形を取り上げた。……天城も、バカに人形を取り上げさせた。全く抵抗しなかった。それにバカはちょっとだけ拍子抜けする。
……それからバカはようやく、思い至るのだ、『もし、天城のじいさんが本当に木星さん人形の首を引き千切りたかったなら、俺に言う前にさっさとやっちまったはずだよな』と。
天城ならそれができるだろう。或いは、バカを適当に誤魔化して木星さん人形を預かってしまって、それからバカの知らないところで首を引き千切るなり、体に針を突き刺すなり、いくらでもやりようはあった。
だが天城はバカに木星さん人形を渡した。……だからバカも、ちょっと落ち着く。落ち着いて、天城の話を聞ける。
「……樺島」
「うん」
天城は、じっとバカを見つめていた。その目は、幾らか濁って幾らか陰鬱な印象を纏ってはいたが、それでもやっぱり、真っ直ぐな陽の目である。
「私は井出亨太をここで殺していくべきだと考えている。その考えは変わらない」
「……うん」
天城の厳しく現実的な意見を聞いて、バカは『それでも俺は木星さんがここで死んで終わりなんて、納得いかないんだよなあ』と拳を握りしめる。どうにか天城を説得できるように、と、バカは口を開きかけて……。
「だから、この人形は私が預かる。……お前が、井出亨太をお前の職場へ送り届けて諸々の処置が終わるまで、この人形を預かったまま、同行させてもらうぞ」
「……うん?」
天城の言葉の続きに、きょとん、とした。
……それから更に、バカは考えた。天城の言葉の意味を考えた。考えて、考えて、頭の上に浮かんだ?マークは、ふるふる、とやがて形を変えていき……そして、『!』に変わるのだ!
「……つまり、天城のじいさん、一緒にキューティーラブリーエンジェル建設まで来てくれる、ってことか!?」
「……まあ、そうすべきだろうと思ったが」
そう!
天城は……天城は!折れてくれたのだ!井出亨太を殺さず連れ帰ることにも!キューティーラブリーエンジェル建設で引き取るということも!そして何より……天城自身が、キューティーラブリーエンジェル建設に来るということを!
「わあああああああああああああああい!」
バカは吠えた。横の方でヒバナとビーナスが『うるさっ!』と耳を塞いだ。ミナは『わあ……きゅう』と気絶してしまった!
「やった!やったあああああああ!また社員が!増える!」
「ま、待て!入社すると言ったわけでは……」
天城はちょっと困っていたが、バカは『うおおおおおおおおおお!キューティーラブリーエンジェル建設ぅうううううううう!』と叫んでいるばかりで全く人の話を聞いていない。これぞバカ。
「いいんじゃない、入社しちゃえば」
……そして、戸惑う天城に、横からたまがそっと口を挟んでいく。
「他に行くところ、無いんじゃない?」
「……まあ、そうだな」
「それに多分、キューティーラブリーエンジェル建設に居たら、悪魔をボコボコにする機会、増えるよ」
「……だろうな」
天城は『ボコボコの種類が大分違う気がするが……』とぼやいた。まあ、迷路だった場所を羊がめえめえ歩いている光景を見てしまうと、そういう感想にならざるを得ないだろうが。
「それに……」
それからたまは俯き加減に、きゅ、と天城の袖をつまんだ。
「……我儘で申し訳ないんだけれど、やっぱり、私はあなたに幸せで居てほしいよ」
「……そうか」
天城は自分と目が合わない若い恋人のつむじを見下ろして、それから、ふ、と笑うとたまの頭を撫でた。
「あの、たまに遊びに行くね」
「ああ」
たまも、ふや、と笑って、もそもそ、と天城の手に頭を擦り付けるようにして自ら撫でられに動く。そうして……天城はなんとなく、心がちゃんと、決まったようだった。
「さて。そうと決まれば、そろそろ決着を付けなければな」
天城はそう言うと、木星さんの人形をポケットに入れて、立ち上がった。
「ここを出るぞ」
……だが、天城が決意したところ大変申し訳ないことに、バカはちょっとまだ、心残りがあるのである。
「……あの、蟹は?蟹はどうするんだよぉ」
そう。蟹だ。
蟹である。
……3日目の夜になると出てくる、あの蟹のことがまだ心残りなのである!
「いや、無視して出る」
「ええええええええええ!?それは可愛そうだよぉ!なんか……なんか、ちょっと待ってやるとかさあ……」
「……待つか?今、2日目の昼だが……つまりあと4時間半は待機する羽目になるぞ……?」
「えええ……」
だが、蟹を待つとなると時間がかかる。4時間……お昼寝して待つのもいいが、他の皆は落ち着かないかもしれない。
じゃあどうするか。
……待つのが駄目なら、こっちから行けばいいのだ。
「……じゃあ、天井壊して、蟹、出す!」




