2日目昼:風呂
ということで卓球が始まった。
卓球台は大広間の立派なテーブルである。ラケットは箱ティッシュの底面である。陽は『俺はこれがいいな』と、正方形のちっちゃな箱ティッシュみたいな奴の箱を使うことにしたらしい。『キムワイプ』と書いてあった。バカは『なんか強そう!』と思った。
……そして卓球の球は、例の解毒剤である。
「これ、弾むのかなあ……あっ、弾んだ!」
「触ってみたかんじ、軽くて丈夫でピンポン玉に近かったからいけるかと思ったんだ」
「……本来なら僕らの命綱だったものだよな、これは……」
海斗は何とも言えない顔をしているが、陽はにこにこるんるんである。
「陽は卓球好きなのか?」
「うん?いや、まあ、ははは……正直なところ、然程得意じゃないよ」
これだけうきうきと卓球の準備をしているのだから陽はさぞかし卓球が好きなのだろうと思って聞いてみたが、陽は苦笑しているばかりだ。おや、とバカが首を傾げて頭の上に?マークを浮かべていると……。
「でも、可愛い恋人のお願いはできるだけ叶えてあげたいから」
「……そっかぁ!」
陽がちょっと照れながらそんなことを言い出したので、バカはまたにっこりした!
多分、たまが卓球好きなのだ!バカはそう、間違った方向に理解した!実際のところはどうせ、たまが好きなのは卓球ではなくて『デスゲームの破壊』である!
それから男性陣は楽しく解毒剤卓球を行っていた。陽と天城はキムワイプの箱、海斗と土屋は箱ティッシュの底面、ヒバナはそこらへんに落ちてたかまぼこ板、そしてバカは木星さんをラケットにして卓球に勤しんだ。
「……卓球のラケットには不向きじゃないかな、それ」
「うん!めっちゃ振りにくい!」
「振りにくいくらいでいいだろう。こいつが全力で打ったら僕らが死ぬ」
「ビジュアルが最悪だけどな……。んだよこれ。卓球の絵面じゃねえんだよ……」
バカは皆から色々言われつつ、『木星さん、卓球のラケットにするにはもうちょっとちっちゃい方がいいなあ!』という学びと気づきを得た。やってみないとこれしきの学びと気づきも得られないのがバカのバカたる所以である。
それから少ししたら、女性陣がお風呂から上がってきた。
「はー、いいお湯だったわ。生き返る、生き返る。ふふふ……」
「さっぱりしましたね!」
「入浴剤、いい香りだったよ」
ほこほこ温まった彼女らは……何故かその手に牛乳瓶を手にしている!よく冷えているのか、瓶の表面が結露していた。
「あの、たま。その牛乳は?」
「うん。牛さんの奥さんがくれた」
「牛さんの奥さん!?」
なんと!牡牛の悪魔の奥さんが牛乳を持ってきてくれたらしい!バカが牡牛の悪魔の部屋の方を見ると、なんとそこには、ぺこ、と頭を下げる牝牛の悪魔の姿があった!牡牛の悪魔は茶色っぽいが、牝牛の悪魔は白黒の、よくある牛柄である!
「つ、つまり……その、その牛乳の製造元は……いや、やっぱりなんでもない……」
海斗は何とも言えない顔で、そっと牛乳から視線を外した。バカはバカなので『わー!風呂上がりの牛乳、うまそー!』と目を輝かせた!
「お風呂は良い文化……」
「良い文化……」
それから、双子の乙女も出てきた。ちゃっかり双子の乙女も入浴してきたらしい。ほこほこしながらにこにこしている。よかったね。
「あっ、ヒバナ。異能でドライヤー出せる?」
「あー……?ドライヤー、ってどうすりゃいいんだ、んなもん」
「分かんなかったらヘアアイロンでもいいけど。ぱふ、って挟むやつ」
「ぱふ、ね。へいへい……」
ヒバナはビーナスにいいように使われている。が、ヒバナも案外それが楽しいのか、『これでいいか?』とヘアアイロンっぽいのを出した後も、『ドライヤー……こうしたらできるか?』と試行錯誤していた。物を作るのが好きな奴はキューティーラブリーエンジェル建設に向いている!バカはにこにこ顔である!
そうしてヒバナが女性陣のためにドライヤーをこしらえた後。
「じゃあ、海斗。ここで『リプレイ』を使っていって」
「……は?」
唐突に、ビーナスがそんなことを言い始めた。
「当然でしょ?お風呂場で『リプレイ』を使ったら覗けちゃうんだから」
さも当然、とばかりにビーナスがそう言えば、海斗は、ぽかん、としてしまう!ついでにバカも、『どういう意味!?』とぽかんとしている!バカはバカなので理解が追い付いていないのである!
「は……え、あ、いや、ちょ、ちょっと待て!ぼ、僕がまさか、そんなことをするとでも!?」
「しないとは言えないわよね?」
「心外だ!」
海斗は『そんなことするわけないだろう!』と憤っている。なのでバカも『そうだそうだ!』と言っておいた。まるで意味が分かっていないが。
……だが。
「……そ、その、ちょっとだけ不安なので、ここで『リプレイ』を使い切って頂けると、ありがたいです……」
「ね?ミナもそう言ってるわよ」
ビーナスだけでなく、ミナまでそう言い出したので……海斗は、黙った。
「そう、だね……その方が安心か」
「ここで適当に使い切っていけ。リプレイするものは何でもいいぞ」
更に、陽と天城まで同調し始めたので、海斗は……。
「……ならばリプレイを宣言する!対象はそこの卓球台!さっき陽がスマッシュを打とうとして外して転んだシーンの10秒前からだ!」
そう、ヤケクソのように宣言したのであった!
「……陽、卓球下手だね」
「……そうだね。ははは……」
ということで、全員で陽の卓球NGシーンを眺めることになった。
陽は、大きくキムワイプの空き箱を振って、その割にしっかりとスカして、更に勢い余って体勢を崩して転んだ。卓球台の脚にぶつかって、『うわあ痛いなこれ!』とゴロゴロしていたシーンまで再生されて、そこで『リプレイ』は終わる。
「……これで僕への疑いは消えたな?」
「うん。ありがとう。面白いもの見られた」
「俺としては別のシーンを再生してほしかったけどね……」
海斗はなんとも擦れた目をしていたし、たまはほくほくした笑顔だったし、陽は頭を抱えていたし、まあ、平和であった。
……そんな平和の陰で、ヒバナがちょっとだけリプレイの消費を惜しがっていたのだが、土屋にそっと温かな笑顔を向けられて深々とため息を吐くのだった!
「風呂ー!」
「走るな!転ぶぞ!」
「いや、よく見て海斗。樺島君は浮いているから転ばないよ」
「浮くな!」
……そうしていよいよ、男性陣も風呂に入ることにした。
バカは『ひゃほーい!』と歓声を上げて、ざぶん、と湯船に飛び込む……と見せかけて湯舟の上を浮いて飛び越えた。そのまま洗い場に着地すると、楽しくわふわふと体を洗い始めた!
「あれっ、シャンプーある!」
「双子の乙女の私物らしいぞ」
「マジかよ……」
追い付いてきた他の面子もとりあえず洗い場でわしわしやり始める。バカはすごい勢いで体と頭を洗って綺麗になった。全身が泡でもこもこだったため、ヒバナがバカを見て『羊……』と何とも言えない顔をしていた!
「わーい!風呂ー!」
そうしてバカは『俺、一番乗り!』とばかりに風呂に飛び込んだ。
「風呂だぁー!」
ざぼん、と飛び込んでみると、途端にほんわり柚子の香りがする!成程、これがたまの好きな匂いらしい!バカは『ゆず!』とにこにこしながら広い湯舟を堪能した。
「キューティーラブリーエンジェル建設ぅうー!あぁああぁああ!キューティーラブリーエンジェル建設ぅううううう!」
「っるせえ!歌うんじゃねえ!」
……堪能しすぎてヒバナに怒られた。だがバカは元気に『昇るー朝日と共にー!安全第一にー!』と社歌を歌い始めている。さっきの歌い出しは前奏部分だったらしい。
「テメェ!うるせえっつってんだろうが!」
ヒバナには怒られているが、こうなってしまったバカはもう誰にも止められない!バカは元気に社歌を歌い、キューティーラブリーエンジェル建設を讃えるのであった!
「よいしょ、と……ふう」
そうしてバカが元気に歌っていたところ、天城が湯船に入ってきた。
天城はやっぱり陽と似ているのだが、それはそれとしてご老体だ。……それから。
「うわっ、天城のじいさん傷だらけだ!」
バカは天城を見て、『わあ!』とミナのような驚き方をしてしまった。……そう。天城は背中だの腕だの、あちこちに傷痕が残っているのである。
「ん、ああ……まあ、50年の間に色々あった、ということだ」
天城はそう言って、ふう、と落ち着いた笑みを浮かべた。ついでにのんびり湯船に浸かって、ちょっと気持ちよさそうにしている。陽もお風呂でちょっと嬉しそうにしているのを見る限り、どうやら天城も元々お風呂が好きなようである。
「うわ、俺すごいな……50年で何があったんだろ」
そして、天城を見て驚いていたバカを見て気づいたのか、陽もさぷさぷと湯船の中を進んでやってきて、天城を見て『わあ』とやっている。天城は自分自身に見られて、ちょっと居心地の悪そうな顔をしていた。
「まあ……この状況を見るに、50年分の努力にも、この傷にも、意味はあったということ……だろうな」
「うん!天城のじいさんは頑張った!えらい!」
天城は『いや、私が居なくともこのバカが居れば済んだ話か……?』とちょっと考え始めていたが、バカは特に考え無しに『天城はすごい!えらい!』と褒め続けるのであった!
さて。
そうしてお風呂で温まったり、『俺もいいだろうか』とやってきた牡牛の悪魔を歓迎したり、土屋が手ぬぐいでくらげを作るやつをやってくれたりしながら過ごした。バカはお風呂でつくる手ぬぐいくらげを大変に気に入ったので、職場で流行らせようと胸に誓った。
海斗は服を脱ぐのに抵抗があったようで足だけお湯に浸かっていたが、バカがうっかりバシャバシャやったせいで頭からお湯をかぶってしまい、服の洗濯乾燥ついでに諦めて入浴していた。服はヒバナが乾かしてあげていた!
そうして温まってすっきりさっぱりしたところで風呂から上がって……。
「牛乳ー!」
「たくさんあるぞ。是非飲んでいってくれ」
……用意されていた瓶牛乳をごちそうになったのだった。
「……やっぱり、この牛乳の出所は……い、いや、やっぱりなんでもない……」
複雑そうな顔の海斗の隣のバカは、特に迷うことなく牛乳を飲んで、『うめえー!』と歓喜の声を上げた。うまい!
男性陣も風呂から上がったら、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。2日目の昼だが、最早時間など関係無い。いや、やっぱりちょっとはある。木星さんがそろそろ目覚めるのだ。
「えーと、木星さんもお風呂入れてやった方がいいかなあ……」
「まあ、いいんじゃない?入れてあげれば」
「そうだよなあ……あれっ、『無敵時間』中って服も脱がせらんねえのかぁ……」
「……気づいたら全裸、という事故は防げるんだな。良心的だ……」
バカ達は木星さんをぐるぐる巻きにし直しつつ、『まあ、縛っている以上、足湯ぐらいで我慢してもらうか』『着衣入浴でよくない?』といった相談を続け……。
そして。
「う、うわああああ、うわああああああ……あっ、ま、また……!?」
木星さんは気絶および無敵時間から目覚めた。なので……。
「あっ、木星さん!風呂、入るか!?」
……パンツ一丁、湯気がほかほか、つるんと綺麗さっぱり風呂上りのバカが満面の笑みを浮かべて覗き込んでいるのを間近に見ることになったのである!
「うわああああああああああああ!」
……なんと!木星さんは異能を使う間もなく気絶してしまった!




