1日目夜:風呂
「ああ、なるほどね。CとEとNとUを混ぜると『無毒だけれどいい香りの物質』ができるのか」
「そういうわけだ。……よし。これなら柚子に似た香りになるからな」
「ああ、つぐみは柚子好きだよね」
……ということで、バカは天城と陽、そしてついでに海斗を連れてこの水瓶の部屋へやってきた!
何をやっているのかと言えば毒物と毒物と毒物と毒物を混ぜて『入浴剤』を作っているところである!
「岩塩、ちょっと入れようか。確か体を温める作用があるよね」
「塩なら鍋の部屋にあったからな。ついでにレモンも調味料の中にあっただろう。あれも使うか」
……陽と天城は随分と楽しそうである。
この部屋の毒物に最も詳しいのが、何度も何度もシミュレーションして毒物の効果を全て覚えたという天城なのだが、天城の元であるだけあって、陽もこの手の作業が得意であったらしい。
「すげえなあ、2人とも……」
「そもそも毒物で入浴剤を作るという発想はどこから出てくるんだ……?」
バカと海斗は、部屋の隅っこで陽と天城を見つめている。バカは目をキラキラさせつつ。海斗は呆れ返って一周回って、遠い目をしつつ。
「そもそも入浴しようという発想はどこから出てきた……?」
「うん?お風呂入りたいって言ったのはビーナスだぞ!」
バカは『ビーナスもやっぱすげえよなあ!』とにこにこしているが、海斗は『そうか、ここからか……』とバカを見つめていた!
「元々、この部屋の毒物って部屋の外に持ち出して使う前提なんだろうね」
陽は毒物の瓶を眺めながら、少し楽し気である。『前提』が今ここで別方向に向かって崩れている様子が楽しいのかもしれない。
「だろうな。……私も、本来ならここの毒物を使って他の参加者を殺すつもりでいた」
「もしかして毒ガスは天城のじいさんの仕業だったのか!?」
「恐らくはそうだろうな」
そしてバカは、『新事実!』とびっくりしていた。陽は『えっ、気づいていなかったのか……!』とびっくりしていた。どうやら陽は、バカや天城の話を聞くだけでバカよりもバカが体験したことを理解しているらしい!バカはまたびっくりした!
「本来ならば、これを使って殺し合うことが想定されていた、か……。なら、僕もこれらを利用していたのかな」
海斗も興味深そうに毒物の瓶を眺めていく。そして、『ああ、これとこれとか』と瓶を指差し、天城に『そうだな。私ならその2つを組み合わせる。手軽だからな』とお墨付きを貰っていた。やっぱりこの3人は頭がいいのである。バカには何も分からないというのに!
「全く……それがどうして、こんなことになった?」
「まあ、樺島君のおかげだよね。あはは……」
じと、と海斗がバカを見つめ、陽と天城はなんとなく楽し気にバカを見ている。バカは見つめられて、頭の上に?マークを浮かべていたが、やがて、『よく分からないけど楽しそうでよかった!』と笑顔になった。
「やれやれ。悪魔も井出亨太も、間違いなくこのバカの存在は計算に入れていなかったのだろうな」
「だろうな。……こいつが天使だというなら猶更そうだろう」
「えーと、樺島君はこのデスゲームを壊すために派遣されてきた天使、っていうことなのかな」
「ええー、俺、派遣されたのぉ……?出張の予定はあったけどぉ……」
どうだったっけなあ、とバカは思い出してみるが、何も思い出せなかった。何せ、バカはバカなので!
「その出張先がここだったということは?」
「うーん、うーん……でも、起きたらいきなりここに居たしなぁ……出張先に攫われるってこと、あるかぁ……?」
「……忘れたのか。これは悪魔のデスゲームだぞ?当然、僕も意識が無い間にここへ連れてこられているんだが?」
「えっ!?えっ!?じゃあもしかして俺もそお!?」
バカは慌て始めた!もしここが出張先だったらどうしよう!場所だけ大まかに調べてから寝たが、後は明日、移動中に詳細を読もうと思っていたのだ!寝る前のしょぼしょぼしたバカの頭では、読んだってどうせ何も理解できないので!
「……樺島、お前、戻ったら大目玉なんじゃないか……?」
「大目玉?」
「上司に怒られそうだな、と言っているんだ」
「ええええええええええ!?俺、俺、怒られちゃうのぉお!?」
バカは『やだー!やだー!』とじたばたしているが、仕方がない。最早、親方や先輩に怒られることはどうしようもないのだ……。
バカは暫くじたばたしていたが、その内『ま、まあ、今考えても仕方ないんじゃないかな』と陽に取りなされて、『おっそれもそうだな!』と元気になった。色々と忘れた、ともいう。
色々忘れて元気になったら、さあ、いよいよお風呂の準備だ。
入浴剤はできたが、肝心のお風呂をどうにかこしらえなければならないのだ!
「で、お湯はどこに張るつもりなの?」
ビーナスが『お風呂ができるっていうけれど、それ本当に大丈夫なんでしょうね』とやってきたので、バカは早速、お風呂候補を紹介する。
「あの水槽使えばよくないか?駄目か?」
……それを見て、ミナは『わあ……』と呟き、たまは『うーん』と唸り、そしてビーナスは……。
「嫌よ!透明じゃないあれ!」
ビーナスは、怒った!どうやら水槽をお風呂にするのは駄目らしい!
「えっ駄目か!?透明なのかっこいいじゃねえかよぉ!」
クリアー素材はかっこいいのに!駄目なのだろうか!ビーナスはラメとか入った素材の方が好きなのだろうか!
「ならしょうがないよね」
たまは『まあ、最悪これでもなんとか……』と呟いていたが、ビーナスが嫌がっているのを無理矢理押し通すつもりも無いらしい。ふう、と息を吐いて、にこ、と笑った。
「樺島君。確か、双子の乙女の部屋、蛇を退かしたらいいお風呂になりそうじゃなかった?」
……ということで。
「ちょっと蛇さん、退いてくれな!ごめんな!あっ、こいつら退けちゃうけどいいか!?」
「別にいいけど……」
「お風呂できるならまあいいけど……」
……双子の乙女の部屋では、毒蛇達がバカによってにょろにょろと追いやられてしまっていた!
蛇達は、バカが魚の部屋から持ってきたでっかい水槽の中に移されて、そこでちょっと不服気ににょろにょろしている!
「えーと、でもこれだと深すぎませんか……?」
「水深はお湯の量で調整できるけれど、湯舟に入るための階段が欲しいね」
「だったら、バカ君。さっきのコイン。あれ積んだら階段作れるんじゃない?」
「うん!わかった!持ってくる!」
……更に、さっきまで毒蛇プールだった場所には例の巨大コインが積み上げられ、いいかんじの階段が出来上がる。
そして。
「じゃ、水路引くぞー!」
「うわっマジでやりやがったコイツ!」
バカは、木星さんハンマーを振り回して……天秤の部屋から大広間を横切って、双子の乙女の部屋まで。
水路を、掘り抜いたのである!
それからバカは、陽と天城の指示に従ってあっちを掘り抜き、こっちを削って、頑張った。
……そうして、その結果。
「やっぱり、水路を通ってくる間に程よくお湯が冷めていい温度になるね」
いいかんじのお風呂が出来上がった。
「わー、こっちの洗い場もいい具合ですよ!」
また、お湯がたふたふと落ちる小さな滝のような場所ができている。それをシャワーのように使った洗い場も完備だ。
「入浴剤、いいかんじじゃない。やるわね、あのおじいちゃんも」
そしてお風呂には例の入浴剤が投入され、ほわり、と柑橘類の爽やかな香りが漂っている。
「わーい!お風呂だー!お風呂ができたー!やっぱ建築って楽しいなあ!」
「これは建築か?本当に建築なのか?」
海斗は懐疑的であったが、これも立派な建築である!なんか巨大な彫刻と言った方が近いかもしれないが、それでもバカは『風呂ができた!』という実感に喜んでいるので、やっぱりこれは建築ということにしておいてほしいのである!
「はっはっは、まさかこうも立派な風呂ができてしまうとはなあ!」
「俺もびっくりしてる!楽しかった!」
土屋が楽し気に笑う横で、バカも楽しくにこにこしている。バカはやっぱり、物を作るのが好きである。だからキューティーラブリーエンジェル建設に入社したのだ。
「なあなあ、天城のじいさんも陽も、設計図書く人になったらいいよぉ!な!な!で、うちで働かねえか!?特に天城のじいさん、行くあて無いだろ!?な!」
ついでにバカは、天城の勧誘に勤しむ。
……そう。天城は前回、なんだか不穏なことを言っていたから。
天城は陽とたまを救ったら、後はもうどうでもいい、とばかりにふらりと消えてしまいそうだから。だから……天城には、どうか、キューティーラブリーエンジェル建設に来てもらいたい。そして、バカの居場所になってくれたキューティーラブリーエンジェル建設が、天城の居場所にもなったら、嬉しい。
……そんな風にバカが考えていることが天城にも分かったのだろうか。
天城はちょっと口元を緩ませて、呆れたように……そして少しだけ嬉しそうに、言った。
「……まあ、考えておこう」
「さあさあ!あんた達は退出!ここは暫く女性専用ね!」
さて。
お風呂ができたら、お風呂に入らねばならない。お風呂は人が入ってこそのお風呂なのだから!
……ということで、バカ達男性陣は全員、つまみ出されてしまった。当然のように、双子の乙女の部屋の入口には『立ち入り禁止』と書かれた紙が貼り付けられた土屋の盾がででんと設置してある。
そうこうしている間に、双子の乙女の部屋からは女性陣の楽し気なきゃらきゃらした笑い声が聞こえてきたり、ぱしゃぽしゃとお湯の跳ねる音が聞こえてきたり。……バカはなんとなく落ち着かなくてそわそわする!
そわそわするの俺だけかなあ、と思ってちらちら見てみたら、隣では海斗もちょっとそわそわしていた!あと、ヒバナと陽もなんとなくそわそわしていた!
……そわそわは1人じゃない!バカは連帯感を持って、一緒にそわそわすることにしたのだった!そわそわ!そわそわ!
「……ちょっと落ち着かないね」
やがて、陽はそわそわ、としながら立ち上がって、『確か、さっきちらっと見た気が……ちょっと探してくる』と言うと、羊の部屋へと入っていった。
……そして少しして、陽は、なんと……。
「折角だからこれで卓球でもしようか。お風呂にはつきもの、ってことで、どうかな」
陽の手には、箱ティッシュとピンポン玉っぽいものがあった。
「……ん?その球は……まさか」
天城は絶句して陽を見つめ……そして、けらけらと笑い出した。
「解毒剤か!」
そう!なんと!
陽は、例の解毒剤の光る玉をピンポン玉にして卓球をやるつもりなのである!




