1日目夜:いきものふれあいコーナー
「木星さん、寝ちゃった……」
バカは、ぽかん、とした。木星さんに状況を報告したら、なんと、木星さんは倒れてしまったのである!
「えええ、これ、どうしよぉ……」
「……きっと眠かったんだよ。寝かせておいてあげようか」
「あ、でもこのままだと危険だから、『無敵時間』は使っておこう」
が、バカのおろおろはたまと陽のてきぱきとしたコンビネーションによって霧散してしまった。
成程。木星さんは眠かったのだ。ならしょうがない。木星さんの分の焼き魚は……冷めちゃうので、バカが食べておくことにした!ごめん、木星さん!
さて。
「で……えーと、どうする?一応、当初の目的……目的だったっけ?まあ、一応、鍋は食べたけれど……この後、もう脱出する方向に動いた方がいいかな?」
鍋も食べ終わって1日目の夜も30分以上経過した。そんなところで陽が皆の顔を見回すと、皆、『どうしようね』という顔をするしかない。
だが。
「もっとデスゲーム破壊しよう」
たまはやる気である。
ものすごく、やる気である。
さっきの木星さんの反応を見たたまは、いよいよやる気に満ち溢れてしまったらしい。バカはよく分からないながら、『たまはすげえなあ』とにこにこしている。実態はよく分かっていないだけだが!
「そっか。ならまあ俺はそれに賛成するけれど……あー、他の人は?」
「破壊……うーむ、まあ、うん、そうだな……悪魔のデスゲームを人間の法で裁くことが難しい以上、被害者遺族には、その、まあ、心残りの無いようにしてもらいたい、というのが私の意見だが……」
「あ、なら、私も……。その、たまさんや天城さんのご意見を尊重したいです」
「つまり、あれか?僕らはそれに付き合わされるっていうわけか?」
海斗やヒバナはちょっと嫌そうな顔をしていたが、他の皆はおおむね賛同しているようだ。そして、ヒバナはビーナスが『いいじゃない。折角なら楽しんでから出ましょうよ』と提案したことで折れた。海斗は周りが全員『デスゲーム破壊しよう』に賛同してしまったので、折れた。
「……まあ、全員分の人形は回収したいところだしな」
「あっ!ビーナスの人形見つけたからこれな!はい!」
「あら、ありがと。ところでさっきのお鍋の部屋からヒバナの人形見つけたから報告しておくわね」
ビーナスは笑ってバカから人形を受け取ると、ヒバナの人形と並べてみた。『案外かわいいわよね、これ』と中々ご機嫌である。
「となると、残っている部屋は……ええと、何かな、樺島君、天城さん」
「うん?後は……えーと、ライオンとかぁ、迷路とかぁ……なんだっけ」
バカは、『えーと、天秤の部屋だろ?鍋だろ?お魚だろ?牛だろ?あと双子のおねーちゃんだろ……?』と指折り数えた。多分、残り4つである。バカは引き算ができるバカなのだ!
「そうだな。ライオンが居る鉄格子の迷路と、矢が飛んでくる石壁の迷路。それから毒物調合の論理パズルがある水瓶の部屋と、ロシアンルーレットの山羊の部屋か」
そして天城はバカより賢いので、残りの部屋が何か、全部覚えていたらしい!すごい!
さて。
そうして、残っている部屋が分かったところでどの部屋で何をするかの相談が始まる。
「ライオンの迷路と矢が飛んでくる迷路は……それぞれ壊せそうだね。手始めにそこからかな」
「あっ!俺、ライオン持って帰る!持って帰って飼う!貰っていいか!?」
「……まあ、いいけど」
バカの頭は既に、お土産選定フェーズに突入している。バカは如何にお土産を持ち帰るかで頭がいっぱいなので、ライオンのこともそういう対象としてしか見ることができない!
「ライオンを持ち帰る……?ど、どうやって……?」
「うん?担いで……?あ、でも他のお土産もあるしなあ。じゃあ、ライオンには歩いて付いてきてもらうかぁ……」
「ライオンを手懐けるのか!?」
「え?うん……駄目?」
海斗は『ライオンって人の言うことを聞くのか!?』と混乱していたが、バカは『多分いける!』と根拠のない自信を胸に、ライオン部屋を壊すべく木星さんを振りかざした。
だが。
「いや、待つんだ樺島君!」
そこで土屋のストップがかかる。バカがピタッと止まって振り返ると、土屋は非常に言いにくそうに、言った。
「その……天使の間ではどうか分からないが、人間の間では、ライオンを一般で飼育することはできないぞ」
「樺島君、元気出しなよ」
「うん……」
「ほ、ほら!飼えないなら、ここで遊んでから帰りましょう!ね!」
「うん……」
……ということで。
バカは、しょぼ、しょぼ、としながらライオンの部屋に入った。どうやらライオンはお持ち帰りできないらしいので……バカはかなりしょんぼりしているのだ!
「おい、あっちにライオン居るぞバカ」
「うん、ライオン……」
だが、皆に励まされて、バカはちょっと元気が出てきた。何より、ライオンが居るので。
「……あのライオン、少し怯えているように見えるが」
「そりゃそうでしょ。だってドアぶち破って入ってこられたんだから」
海斗が訝しむ先で、ライオンは毛を逆立てて威嚇のポーズである。……まあ、今は夜だ。夜なので本来ならばドアが開くことは無かったはずなのだ。あのライオンもくつろぎモードだったのかもしれない。
ところがどっこい、マスターキーもとい木星さんハンマーを手に入れてしまっているバカにはドアなんてあって無いようなものなので、今、あのようにライオンは『来るはずが無かった来訪者』にびっくりし、怯えているのだろう!
「うん……えーと、じゃあ、俺、ライオンと仲良くなってくる!」
「お前は誰とでも仲良くなりたいんだな……?」
まあ、何はともあれ、ライオンだ。ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンなのだ。バカは早速、ライオンに向かって全ての鉄格子を薙ぎ倒しつつ、駆けていく。
「ライオンさぁーん!」
ライオンはやっぱりかっこいい。鬣もかっこいいし、牙もかっこいい。あとでかい。『大きいことはいいことだ!』と先輩達も言っていたし、まあ、つまり、ライオンは良いものだ。
が、バカが突進してくるのを見て、ライオンは怯えた。瞬時に自分が勝てない相手であることを悟ったのだろう。
だが、ライオンを囲んでいるものは鉄格子。迷路の素材は確実に、ライオンの行動を阻害する障害物として立ちはだかっていた。
つまりライオンは追い詰められた。背後は鉄格子。前方からはバカ。そんな状況に追い込まれたライオンは、追い詰められて、極限の状態の中で……。
「あっ!懐いた!」
……ライオンは、満面の笑みを浮かべるバカの前で、ころん、と腹を見せて寝転がった。
つまり!降伏である!まあ、賢明な判断であろう!
「えへへぇ……今回はライオン、殺さずに済んだぁ……」
そうしてバカは、満面の笑みでライオンを抱きしめ、すりすりもふもふとライオンを撫で回していた。
「……前回以前は殺したのか」
「うん……殴ったら死んじゃった……」
「お、お前、素手でライオンを殺せるのか……!?」
海斗は慄いていたが、バカはにこにこしながらライオンの鬣に顔を埋めて、もふう!とその柔らかさを堪能している!もふう!
「……私も触ってみていいかな」
「うん!どうぞどうぞ!」
更に、バカは寄ってきたたまにもライオンを差し出した。ライオンは差し出されたことによって、『この女の子はこの筋肉バカより更に上……』と上下関係を学んだ!
「……わ、舐めてくる」
そうして学んだらしいライオンは、ぺろ、とたまの顔を舐めた。懐いている様子である。最早こうするしかないということかもしれないが。
「あ、こ、こら!何するんだ人の彼女に!」
舐められたたまは、即座に陽によって回収されていった。『ライオン相手に嫉妬でもねえだろうによぉ……』とヒバナが何とも言えない顔で陽を見ていた。
「へー、こうして見ると案外かわいいわね。ほら、お手よ、お手……きゃっ、舐めなくていいから!」
「ひゃあああああ!び、びっくり!びっくりしました!」
更に、たまと交代するようにしてやってきた女子2人もライオンに舐められた。ライオンは『この女の子2人も筋肉バカより更に上……』と認識してしまったらしい。
「ふーむ、ライオンというものはこういうかんじなのか……いや、どうなんだ?これはそもそも、本物のライオンなのか?」
「いや、私も家内もそうだが、より高位の悪魔に生み出された生き物である可能性が高いな」
「あの羊さんも多分そう」
「普通の羊はあんなに賢くない」
土屋の疑問には、悪魔達が答えてくれた。どうやらこのライオン、本物のライオンかというとちょっと違うらしい。
バカは『ということはこのライオンなら職場で飼えるのでは!?』と目を輝かせたが、まあ、それはさておき。
「まあいいや!とにかくライオンと遊ぼう!わーい!」
……バカは、今はとにかくライオンと遊ぶことにした!
ここを出たらもうできなくなってしまう遊びだ!なら、今のうちに全力で遊んでおくに限るのだ!
さて。
そうして10分程度、ライオンと戯れた後。
「……ちょっとお風呂入りたいわね」
ビーナスが、ちょっと我に返ってそんなことを言い出した。
というのも、まあ、ライオンは誰彼構わずぺろぺろ舐めてくれたので。
「お風呂かぁ……流石にそれは無いんじゃないかな、ははは……」
陽も『人の彼女に何するんだ』と言っていた割に、たまがまるで退かないので陽もライオンと戯れることになり、そして、舐められていた。風呂に入りたそうではある。
だが、このデスゲーム会場に風呂は無い。水槽はあるが、今も食べきれなかったお魚が浮いているので、お風呂にはちょっと不向きであろう。
……と、皆が考えたところで。
「あっ、天秤のお部屋の熱湯を少し冷ませばお風呂に使えませんか?」
ミナが、満面の笑みで『閃いた!』とばかりに目を輝かせたのであった!
「ええー、嫌よ、だってアレ、お魚茹でた奴じゃない。生臭そうだし……」
だが、ミナの発案は瞬時に棄却される。それはそうである。さっきまでアレは調理器具だったのだから。ビーナスが笑ってそう言えば、ミナも『あっ、そういえばそうでした!』と気づいて一緒に笑い出す。
……だが。
「……あの部屋の熱湯は、小細工できないよう、常に排水と注水が行われている。衛生的には問題なかろう」
「えっ」
天城が、そんなことを言い出した。更に。
「それから、入浴剤なら作れるが」
「えっ」
そんなことを言い出したので、女性陣はぽかん、として……。
「……お風呂、入る?」
そわ、そわ、と嬉しそうに、互いに目配せし合い、そして、こくこくと頷き合ったのであった!
……さあ、お風呂である!




