1日目夜:大広間
「そう。そうだ。じゃあ次はまたそっちの皿に戻って、右の皿にコインを積むように宣言しろ」
「うん!わかった!」
……ということで。
バカは海斗に助けてもらって、なんとか天秤を攻略していた。
ルールのカードをバカが拾って海斗の元へ運び、海斗が上の安全地帯から指示を出し、バカが天秤の皿と皿とを跳び回ってコインをどんどん積んでは皿から落としていくのだ。
コインを天秤の皿から落とす、というアイデアは、前の海斗から貰ったものだ。それを覚えていたバカは海斗にちゃんと提案して、『それができる筋力があるなら確かにそうした方がいいな』と承諾を得たのである!
……だが。
「お、おい、樺島。何故コインを持ってきた?」
「うん?ああ、これ、お土産にしたくて!」
バカは時々、『あっ!このコインの模様かっこいい!』と思うと、それを落とさずに担ぎ上げて海斗の横に積んでいくのである。当然、本来は筋力で運搬することなど一切考えられていないコインも、バカの手にかかればこれである。
「へへへ、これ、かっこいいよなあ……」
ドラゴンみたいなのの模様が掘り込まれているかっこいいピカピカ巨大コインをまた1枚積み上げて、バカはにこにこしている。
「この部屋のルールを理解していないことといい、僕の指示をまるで疑わずに従うことといい、コインを集め始めることといい、……もしかして、お前、本当にただのバカか……?」
「うん!?やっと分かってもらえたのか!?やったあ!」
海斗は訝しみ、バカは喜んだ。バカはバカだと分かってもらえてからが本番なのである!
……ということで。
「おーい、樺島くーん。そっち、何してるのー?」
「あっ!たまー!陽ー!こっちなー!ビーナスの人形とお土産手に入れたー!」
暫く頑張って、バカはようやくビーナス人形を手に入れた。そこで丁度、様子を見に来た陽とたまを見つけたので、手を振っておいた。
「そろそろ戻って来てほしいんだ。そろそろ夜になるし、そうなったら30分で木星さんの『無敵時間』が解けるし」
「あっ!忘れてた!じゃあすぐ戻るなー!」
バカは『よっこいしょ』と木星さんを担ぎ、木星さんで出口のドアを粉砕してから、木星さんをコインの上に積んで、木星さんごとコインをよいしょよいしょと運び始めた。
「……そろそろ、それが人間だという感覚がなくなってきたな」
「うん。ちょっと木星さんとも喋らねえと、木星さんが木星さんだってこと忘れちゃいそうだよなあ……」
バカは『大変だ大変だ』と慌てつつ、せこせことコインと木星さんを運んで大広間へ戻った。海斗は『運ばれているのを見るといよいよ人間ではないな……』と憐みの目で木星さんを見ていた!
そうしていると、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。1日目の夜である!こんばんは!
「……樺島。そのコインは一体」
そうして天城が唖然としていた!土屋もぽかんとしていた!若者達はもう慣れてきちゃったのか、そんなかんじの呆れた反応をくれた!
「お土産にするんだ!持って帰ったら先輩達、喜んでくれると思う!」
「天使さんはおっきなコインが好きなんですか?」
「うん?えーと、天使全員好きなわけじゃねえと思うけど、でも俺は好き!」
「バカ君もしかして、剣にドラゴンが巻き付いてるキーホルダーとか好き?ほら、修学旅行先で大体売ってるような奴……」
ビーナスの言葉にバカは『あれかっこいいよなあ……』とにこにこして、ビーナスに何とも言えない顔をされた。
「さて、井出亨太はどうする?」
「さっきと同じでいいんじゃないかな。壁抜けの制限回数が鐘と共に戻っていたとしても『無敵時間』のせいで回数制限が残り0回のまま保存されているとしても、樺島君が抱えた状態からスタートすれば、木星さんにできることはもう何も無いし」
さて。
バカ達は早速、木星さんの処遇について話し始めた。つまるところ、あと30分程度で木星さんの『無敵時間』が切れてしまうので、その対処が必要なのである。
「いっそのこと、『無敵時間』の効果を1週間とかにしてもらった方がいいんじゃないかな?井出亨太は樺島君が職場に連れて帰るらしいからなあ。ヒバナとビーナスと一緒に……」
土屋がそう言って木星さんとバカとを代わりばんこに眺めている。……のだが、バカは木星さんを持ち帰ることよりも、ヒバナとビーナスも一緒だということの方が嬉しい!
「あっ!ヒバナとビーナス、うちの会社に入ってくれるのか!?ほんとにか!?」
「……まあ、うちの組を解体した後の働き口なんて、そうそう無いしね……。だったら私達、バカ君のところに就職しちゃってもいいかしら、って土屋さんが言ってくれたし、丁度いいかしら、って思って……早まったかしら」
「ううん!早まってない!やった!やったぁ!これで事務と営業が増える!」
ビーナスは『やらかした気もするけれど、悪魔に頼らないなら天使に頼るのは十分アリよね……?』とぶつぶつ呟きながら、それでも『いややっぱり早まったかしら……』を何度か繰り返している。
「……俺、事務も営業も向いてるとは思えねえんだがよ……お嬢ならどっちでもいけるだろうが……」
「ならヒバナも現場出るか!?それでもいいぞ!人間の人も一緒にやってるぞ!」
「テメェみてえな筋肉バカと一緒になんざ働けっか!まだ事務のがマシだわ!」
そしてヒバナはヒバナで、今後の生活には不安があるようだ。なので、バカは『この2人が来たら俺の後輩になるんだもんなあ。俺が今まで教わったこと、今度は俺が教えてやる番だ!』とにこにこした!
……バカはちょっぴり、先輩風を吹かせてみたい気分である!
「そういや、木星さんの分、鍋取っとくの忘れちゃったなあ……」
それから木星さんをまたぐるぐる巻きにし直す過程で、バカはふと、気づく。
そういえばさっきの鍋パといい、その後のおかわり会といい、木星さんはずっと固まっていたので何も食べられていないのだ、ということに!
「塩焼きなら残ってるよ」
「そっか!じゃあそれ……えっと」
たまが、『どう考えても食べきれないよねこれ』と差し出してきたのは、こんがり焼けた焼き魚であるが……バカはそれを見て、それから皆の様子を窺った。
「……あの、これ、木星さんに食べさせてあげたいんだけど、いいかなあ」
「……樺島君は優しいね。うん。いいと思う」
たまは大いに賛成してくれた。賛成しながら肩をぷるぷる震わせて、時々『っぷふ』と笑いを堪えきれていない。バカはそんなたまを見て頭の上に?マークを浮かべていたが、まあとにかく、木星さんにも美味しいお魚を振る舞ってあげられそうで、バカはちょっと嬉しくなった!
木星さんのことは気に食わないが、それでもやっぱり、美味しいものはちょびっと分けてあげるべきなのだ!
「そうだね、折角だから、羊さん達に囲まれながら食事を楽しんでもらおうか」
……そうして、30分後。
「な、何をす……また状況が切り替わった!?」
木星さんは慄いた。それもそのはず、木星さんは羊達がめえめえやっている中に居たのだから!
「な、何か悪い、悪い夢を見て……うわああああ!?だ、誰だ!?誰だあああ!?」
「あっ!木星さん起きたぞー!皆ー!木星さん、起きたー!」
そして更に、木星さんはまた、当然のようにバカに抱えられていたのでものすごくびっくりしている!
……そして。
「あっ!またすり抜けた!木星さん、ほんとにすり抜けるの好きだなあ……」
びっくりした木星さんは、咄嗟に『逃げよう』と思ってしまったらしい。そう思ってしまった木星さんは、またしてもバカをすり抜けることになる!
バカは『でっかい魚獲った時みたいだ!』と思いながら、すり抜けて芝生の上に落ちた木星さんをまた拾い上げ、またびちびちと跳ねる木星さんがすり抜けたのを拾い……とやって、無事、3回分、異能を消費させてしまうことに成功した。
「うわあああああ!?うわあああああああ!?な、なんだ!?なんだ!?あああああ!?」
「ほら、落ち着いて。これ食べていいよ」
「あ、あああああ……?」
木星さんは混乱していたが、そんな木星さんの目の前に、こと、とたまが皿を置く。
「焼き魚」
……そこにあったのは、こんがり美味しく焼かれたお魚の切り身である。
木星さんは、只々、固まっていた。
意味が分からないのだろう。それはそうだ。だってまだ、木星さんはただ1人、『デスゲーム』だと思ってここに居るのだから……。
「や、焼き魚……?な、なんで……?」
「うん?水槽の中にいっぱい居たの、もったいねえから食った方がいいだろ?」
「水槽……す、す、水槽!?水槽の魚を、や、焼いた……!?」
木星さんはものすごく驚いている。意味が分からないのだろう。まあ仕方がない。
「よ、よく見たらこのテーブル、な、なんで、コインが……金のコイン……!?」
「あ、それかっこいいからお土産として持って帰ることにしたんだ!」
「も、持ち運べるわけが、わけがないだろう!だ、だってこれは300㎏の……!」
「うん?持てるぞ?あ、位置悪いか?もうちょっと手前の方がいいか?よっこいしょ」
バカは積み上げられたコインをよっこいしょ、と持ち上げて、ちょっと手前にずらしてあげた。
……それを間近に見せつけられた木星さんは、もう死にそうな顔をしている。意味が分からないのだろう。まあ仕方がない。
「ちょっとお醤油を足してもいいかもしれません。お塩、最初に振って余分な水を抜いてから更に湯引きして焼いたんですけれど、そのせいで塩味が薄めになってしまって……」
「ゆ、湯引き……湯引き……?」
「あっ、はい!軽く熱湯にくぐらせて、お魚の余分な脂ですとか、コラーゲンを溶かして落とすんです。そうすると一緒に臭みも抜けるんですよ」
「天秤がある部屋にお湯が沸いてたから、それでやったんだよ」
木星さんは『湯引き』が何なのか知らなかったらしいが、説明されたらされたで茫然としている。意味が分からなかったのだろう。まあ仕方がない。
「魚の味はいいぞ。ミナさんが調理したが、大したものだ。悪魔達にも好評だった」
「あ、悪魔だって……!?」
「うん!皆でさっきまで一緒に鍋食ってたんだ!美味かった!でもごめんなー、うっかり木星さんの分取っとくの忘れて、完食しちゃってぇ……」
「か、完食……!?」
更に、双子の乙女が羊を抱いて『ふわふわ』『ふわふわ』とやっている様子と、牡牛の悪魔がヒバナと仲良く腕相撲している様子を見せられて……。
「あああああああああ!」
……絶叫した木星さんは、気絶してしまった!
全ての意味が分からなかったのだろう!まあ、仕方がない!




