1日目昼:初めてちゃんと喋った場所
「じゃあまずは海斗の人形取ってこようぜ!」
ということでバカはお魚水槽の部屋に来た。海斗を小脇に抱えたままだったので、そっと床に下ろした。すると……。
「お、お前、さっきから何なんだ!」
なんと、床に下ろした途端、怯えたような海斗に怒られてしまった!まあ当然と言えば当然である。人は、突然持ち上げられて突然運ばれたら、怯えるものである。バカは忘れているが。
「さっきから!他人のことを勝手に運ぶわ、デスゲーム中に鍋を作るわ、それに悪魔を誘うわ……一体何を考えているんだ!?」
「えっ、ごめん……」
怒られてしまったので、バカはしょんぼりする。なんとなく、海斗に怒られるとじわじわ効くのだ。バカはじわじわしょんぼりを増していく!
「……ああ、そうだ、お前、僕らを騙そうとしているんじゃないのか?未来が分かるだの、やり直しだの、全部、本当は嘘で……」
「違うよぉ……俺、皆無事にここを出るつもりでいるだけだよぉ……」
「なら鍋はどういうことだ!ここを出るならさっさと出口を開ければいいだろう!」
「だって、俺、皆と仲良くなりたくて……うー」
バカはいよいよ、しょんぼりしてきた。海斗はすっかりバカを警戒してしまっているようである。
……まあ、唐突に海斗を攫うように運んで2人きりになってしまったので、海斗としてはバカを警戒してしまうのも已む無し、なのである。なにせこの海斗は、バカと出会ってまだほんの3時間程度なのだから!
そしてバカが困ってしまうのも已む無しである。バカはバカなので……こういう時、どうすれば人と仲良くなれるのか、全く分からないのである!
「……あの、えーと」
結局、バカは考えて、考えて、海斗をじりじりと警戒させ続けた。
というのも、バカは全く無意識の内に、出入り口を塞ぐような形で陣取ってしまったので、海斗は逃げるに逃げられないのである!
「俺、2回目の時、海斗と仲良くなったんだけど……」
「信じられるか、そんなもの。僕が信じられるのはお前がバカなことか、お前がバカを装ったとてつもない知能犯かのどちらかだということだけだ」
「えええええええええ!?海斗、俺のことバカかどうかも疑ってるのぉおおおおおおお!?」
バカは早速、海斗に驚かされている!なんと!海斗はバカのことを単なるバカだと信じ切っていないらしい!
海斗がバカが『バカを装ったとてつもない知能犯』である可能性を捨てていないことに、バカはものすごく驚いた!目ン玉飛び散るほど驚いた!
「……警戒するに越したことは無いからな」
海斗はじりじりとバカから距離を取りつつ、そう言ってバカを警戒し続けている。まるで、懐かない野良猫か何かのようだ!
「そんなあ……俺、俺がバカだって信じてもらえないと色々説明できねえよぉ……俺、バカだもん……」
バカは困ってしまった。いよいよ、どう説明したらいいのか分からなくなってしまった。
かつての『やり直し』の話をしても、海斗は信じられないらしい。バカがバカであることすら信じられないらしいのだから、まあ当然、あらゆるバカの言動を信じられないのだろう。
思えば、海斗はあんまり鍋を食べていなかったかもしれない。ゲームのルールを見ていたから、天城よりは食べるようにしていたが、それでも警戒が滲んでいるのは確かだった。
どうしたらいいのかなあ、とバカは困る。只々、困る。
バカは海斗と仲良くなりたいのだ。絶対にポケモン貸すし、海斗の小説読ませてもらうのだ。あと、一緒にメロンパン食べるし……海斗が最初の3匹に何を選ぶのか見てみたいし、バカ向けの短いやつじゃない小説も、いつか頑張って読んでみたい。
色々とやりたいことはあるのだ。だが、どうにも、バカの考えは空回りして、海斗はどんどん警戒を強めていくようである。
「もしかして、全員、グルなのか……?お前ら全員、悪魔で……」
「ええええええええ!?俺、天使だよぉ!悪魔じゃないってぇ!あと他の皆も多分違うよぉ!」
更に、海斗はどんどんと疑心暗鬼を深めていってしまっている!バカは只々びっくりしながら、『どうしよう!どうしよう!』と慌てるしかない!
……こういう時、他の誰かの助けを求めた方がいいのだろう。バカは常々、そうしてきた。
分からないことは他の人に聞くし、アドバイスを貰って、或いは一緒に考えてもらって、解決方法を学んでいく。バカはそうやってここまですくすく育ってきたのである。主に親方によって。
だが……今、バカは、この海斗と、なんとか自分1人の手で仲良しになりたいな、と思った。
それが賢くない選択だということは分かっている。だが、バカはここで誰かの手を借りるべきではないような気がしたのだ。
……海斗と、自分の力で友達にならなければ。もう一度。
「海斗ぉ!」
ということでバカは、意を決して海斗を呼んだ。
「俺、もっかい海斗と友達になりたい!俺、頑張る!」
「は、はあ……?」
決意を宣言すれば、海斗はちょっと毒気を抜かれたような顔をした。だが、バカは意気込んで……『まずはこれ!』と、水槽の中へと突入していった!
「はい!海斗の人形!」
「あ、ああ……」
バカは水槽の床から海斗の人形を持ってきて、海斗に渡した。尚、鍵はミナがお魚を捌いた時点で手に入っていたので大丈夫だった。もしミナから鍵を貰っていなかったら、今ここで余っているゴリアテタイガーフィッシュを丸かじりすることになっていただろう!
「あの、えーと、こうやって海斗の人形を海斗に返した、ってことで、俺が海斗のこといじめないって信じてくれる……か?」
「……は?」
「えーと、前のどっかで海斗がミナにミナの人形返してあげたんだ。そしたら、ミナは海斗のこと信じてたみたいだったから……なんかそういう仕組みなのかと思って……」
海斗は只々ぽかんとしていたが、バカはバカなのでこういうことになってしまうのである!バカ!やっぱりバカ!
「……そもそもこの人形は何なんだ?」
「え?くすぐるとくすぐったくなる人形……?あ、あの、そのお人形に酷いことしちゃだめだぞ!絶対に首とか千切っちゃダメだからな!」
バカが説明すると、海斗は『な、成程……ブードゥー人形のようなものか……確かにここは悪魔のデスゲームの会場なんだな……』と緊張感を露わにした。
「えーと、それで、その人形、心配だったらまた元の場所しまっとくか……?鍵かかるけど……」
バカが、『はい』と海王星の鍵も一緒に海斗に渡すと、海斗は少し迷ったようだったが、鍵も人形も、どちらもハンカチに包んでポケットにしまった。持ち歩くことにしたらしい。バカは、『海斗のポケットのあたり、強く触っちゃダメだな!よし!』としっかり覚えた!
「で……えーと、俺のこと、ちょっと、信じてくれたか?」
そしてバカはバカだが忘れない。バカがものすごくバカだということと、バカが海斗のことを決していじめないということは、信じてもらわなければならないのだということを!
「俺、理屈分かんないんだけどさぁ……」
バカが、『どうしようかなあ、これ、こういう聞き方でいいのかなあ』と困りつつも海斗にそう、尋ねてみると……。
「……ま、まあ、少しは」
海斗はそう言って、なんとも困惑の強い表情を浮かべた。
……まだ、海斗はバカを警戒しているようだが。だが、それでもバカを少しは信じてくれる、らしい!バカは嬉しくなって、またちょっと浮いた!
「じゃ、ビーナスの人形も取りに行こうぜ!」
「い、いや、行くならお前1人でああああああああ」
さて。
ちょっと嬉しくなってしまったバカは、早速次の部屋へ行く。
海斗はバカと一緒に行くのはちょっと嫌そうだったのだが、バカは海斗を小脇に抱えててけてけと走っていったので、海斗はバカから逃げられなかった。
……そうして天秤の部屋へやってきたバカは……。
「……あれっ、ここ、どうやって鍵取るんだっけ……?」
バカが見上げる先には、天秤。それから、天秤を支える女神像の横のコインケースには、巨大なコインがたくさん。あのコインは是非お土産に持って帰りたいが、それはそれとして、鍵だ。鍵は最後のコイン……コイン型のアクリルケースの中なのだ。
バカは一生懸命に思い出す。思い出して、思い出して……。
「わかんねえ!」
思い出せなかった!
「な、何が分からないんだ!?」
「うん!?ここのクリアのやり方忘れた!」
「は、はあ!?何を言っているんだ!?」
バカはバカなので思い出せないし、考えても仕方がない。バカなので。バカなので!
なのでバカはちょっと天秤とコインと女神像とを見つめて、うーん、と唸って……。
「分かんねえ!いいや!とりあえず上行こ!」
バカは海斗を抱えたまま、てけてけと壁を駆け上り、てけてけとそのまま、ゴール付近に到着した。海斗は唖然としていたが、その内『ああ、こいつ確かに人間じゃないな……』と諦めたような顔をした!
さて。
バカがコインの出し方も思い出せないままここに来たのには、理由がある。それは、ひとまず海斗と喋りたかったからだ。
「俺、ここで初めて、海斗とちゃんと喋ったんだ」
天秤の女神像のすぐ傍は、バカにとって、ちょっぴり思い出の場所なのである。初めて、海斗とまともに喋れた場所だからだ。
「俺、バカだからどうしてそういう風になったのか覚えてねえんだけど、でも、ポケモンの話してさぁ……えーと、イーブイ何に進化させたか、って話してぇ……でも、海斗、ポケモンやったことねえっていうからさあ。だから俺、海斗にポケモン貸す約束したんだ」
あの時のことを思い出しながら、バカは海斗ににこにこ話す。
バカにとっては大事な約束だ。今ここにいる海斗が知らない約束でも、バカにとっては大事な約束だ。
「それから、海斗が小説書くのが好きって聞いて……海斗さ!俺にも分かるくらい短くて簡単なやつ書いてくれるって!だから俺、滅茶苦茶楽しみにしてるんだ!」
「ぼ、僕は小説のことまで喋ったのか……!?」
「うん。大事なことなんだろ?でも、教えてくれた。小説書くのが好きだ、って。で、賞が欲しくてここに来たけどやっぱり後悔してる、っても言ってた」
そうだったよなあ、と思いながらバカが話すと、海斗は戸惑いながらも警戒が少し解れたらしい。だがバカはそれに気づかず、とりあえず『そういえばあの時言えなかったなあ』と思い出した。
「えーと、その今の海斗が言われても困るんだろうけどさあ、そのぉ……大事なことなのに、教えてくれてありがとな!」
バカがあんまりにも何も考えずににこにこしていたからか、海斗も毒気が抜けてしまったらしい。なんとなく気まずげに、まだちょっとバカのことは怖い様子で……それでも、緊張の解れた顔になった。
「……まあ、『やり直し』とやらの中で僕が小説のことを喋ったなら、その時の僕はお前のことを信頼していたんだろうな」
「えへへ、そっかぁ」
呆れたようにそう言う海斗を見て、バカはまた『信頼されてた!』とにこにこした。やっぱり、人の信頼を得られるというのは得難く、嬉しいことなのだ!
「……ところで、何故お前は僕のことを『海斗』と……?それも、かつての僕に教えられたのか?そう呼ぶようにと?」
それから、ふと、海斗がそう尋ねてきた。
……そしてバカは思い出す!
今回、自己紹介してない!と!
「えっと、海斗が海斗ってことにしたんだ。自己紹介の時に……」
「……自己紹介?」
そう!今回の海斗は自己紹介していない!バカが海斗のことを最初から海斗海斗と呼んでいたせいで、皆が海斗を海斗と呼ぶようになってしまっただけなのである!
「あ、うん。あのな、最初は、えーと、海王星だから、海で、えーと、へみ……へみ……なんだっけ」
「……ヘミングウェイか?」
「それぇ!それとかの名前にしようとしてたんだよ!でも俺がバカで覚えらんなくってぇ……だから海斗は『海斗』でいい、って言ってくれたんだ!」
海斗は賢いし優しいよなあ、とバカがにこにこしていると、海斗は……。
「……成程な。実に僕らしい、賢明な判断だ……」
そう言って、はあ、と深い溜息を吐いたのである。
バカは頭の上に?マークをいっぱい浮かべて首を傾げていたが、海斗は『気にするな』とでも言うかのように手をひらひら振って、それからまた、深々とため息を吐いたのだった!
それからバカは、ふと思い出す。
そう!バカは一番大事な目的を、すっかり忘れていたのである!
あわわわわ、とバカは慌てながら、海斗に向き直る。急に動いたのでちょっと海斗を怯えさせてしまった。ちょっと申し訳ない!
「で、海斗は俺とまた友達になってくれるか!?」
だがバカにとってこれはとても大切な問題なのだ!勢いよくそう尋ねれば、海斗は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった!
「いや……まだ知り合ったばかりなのに何を言っているんだお前は」
「ええー、そんなぁー!」
そして海斗にフラれてしまった!バカは泣きそうである!折角!折角友達になれたのに、友達じゃなくなってしまった!
……だが。
「その……せめて、もう少し互いに知ってからでないと、気が合うかどうかの判断もつかないだろう」
海斗はそう言って、なんとも気まずげにバカから目を逸らした。
「だから、話すのに付き合ってやってもいい。対話は互いを知る何よりの手段だからな」
「うん!いっぱい喋ろうな!いっぱい!喋ろうなぁ!」
バカは喜んだ。喜びの余りまたぷわぷわ浮かびつつ、海斗の手を握ってぶんぶん振った。
……友達じゃなくなってしまっても、やっぱり、これから友達になることは可能なのだ!
そうだ!バカは『やり直し』が無くったって、やり直せるのである!
「うるさい!もう少し静かに喋れ!いや、そもそも喋る前にそろそろ皆のところへ戻った方がいいだろう。ああ、その前にアレをなんとかするんだったか?」
「あっ、ビーナス人形、忘れてた!やっべ!やっべ!えーと、じゃあちょっと皿に乗ってくるから!」
……こうして元気になったバカは元気に天秤皿の上に乗っかり、『これからどうするんだっけ!』と困り果てた。
……そう!バカはやっぱり、この部屋のルールをすっかり忘れているのであった!




