1日目昼:おかわり
「うめえええええ!めっちゃうめえええええええ!」
ということで、バカは食べた。ひたすらに、食べた。
ゴリアテタイガーフィッシュの身は、確かにちょっと臭みがある。だが、それを打ち消すため多めのパセリが投じられていたし、出汁がたっぷり溶け込んだトマトベースのスープで煮込まれれば、ほとんど気にならない。これはやはり、湯引きをしたおかげで、大分臭みが減じているということだろう。
塩焼きは塩焼きで美味しかった。ぱりっと焦げ目のついた魚の身は、その香ばしさが臭みをすっかり消している。やっぱり火は偉大である!
更に、土屋が作ったゴマ味噌焼きもよかった。味噌は魚とよく合うのだ!ゴマの香ばしさと味噌の濃厚な味わいが、力強く魚の身に焼き付いて、これがまた美味いのだ!
そして、ミナがついでに作ってくれたバター揚げ焼きもおいしかった!バターでじゅんわりと揚げ焼きにされた魚は表面カリカリ、中はホクホクの素晴らしい食感!そして何より、バターの香りと濃厚な旨味がたまらない逸品なのである!こちらには炒めてカリカリになったパセリが散らされて、見た目にも美しかった!
「幸せ……えへへへ……」
「よかったな……」
天城には呆れられているが、バカはにこにこほくほく、沢山の美味しいものをお腹に収めて幸せいっぱいである!ああ、どうしてこうも、美味しいと幸せになれるのだろう!
「……お前を見ていると、その、私の覚悟が間抜けなものに思えてくるな……。デスゲームとは、なんだったのか……」
「ん!?天城のじいさんも食うか!?」
天城はちょっと途方に暮れたような顔をしていたが、バカは只々、幸せいっぱい満面の笑みである!美味しいものをたっぷり食べているせいで、あらゆることがどうでもよくなってしまっているバカなのであった!
……そして、美味しくて幸せで、そんな状況は皆にとってよい効果を生むようだ。
「このバター美味しい……パンにつけて食べたいね」
「そうだね。俺はジャガイモにのせたい」
「なら、パンとお芋、要る……?」
「要るなら部屋から持ってくるけど……」
いつの間にやら双子の乙女はたまと陽と仲良くなっていて、いつの間にかバタートーストとじゃがバターを食べていた。
「ねえ、あなたも」
「い、いや、私は……」
「じゃがバター、好きでしょ?ね?」
……そしてそこには、天城が連れてこられてしまった。天城はたまに対して戸惑いの表情を浮かべていたが、双子の乙女が『レンチン終わったよ』と持ってきたジャガイモにバターが乗せられて、塩がぱらりと振りかけられて……その皿がたまの手から差し出されたなら、天城は受け取らざるを得ない。
「食べたらいいよ。このバター美味しいし。折角なら、楽しんでからこのゲームを終わりにしたっていいんじゃないかな」
更に、自分自身である陽からもそう言われてしまった天城は……黙って頷くと、一緒にじゃがバターを食べ始めた。
バカはなんとなくこれが嬉しい。ずっとずっと頑張ってきた天城が、こうやって陽とたまに挟まれて美味しいものを食べているのが、バカにはとても嬉しいのだ!
「そう……あなたの先輩が、あの火災で……ごめんなさい」
「……やっぱり、ビーナスさんも、ご存じだったんですね」
「あれは……いや、すまねえ。あれは、俺のせいなんだ!お嬢は何も……」
それから、いつの間にやら、ミナはヒバナとビーナスと一緒に何か、話していた。
バカは気になってそちらをちらちらちらちらずっと見ていたのだが、ミナは穏やかな様子だったし、ちょっと見ている間に、ビーナスとミナは手を握り合って、そして微笑み合うようになっていた。
ヒバナも気まずげにミナに頭を下げ、ミナはヒバナに何か話しかけ、そして涙の残る顔で笑い……3人は、どうやら、仲良くなれたらしい。
これも、バカは嬉しい。只々、嬉しい。
やっぱり皆、いい人だ。格好いい人達だ。バカの尊敬する彼らは、辛くて苦しくて、けれどお互いを思いやる道を選んだのだろう。だからバカは嬉しくて嬉しくて、ぷわぷわ浮かび始めた!
この周のバカは、浮いてばっかりである!
「おおい、樺島君。ちょっと降りてきてくれるかな?」
そうしてバカがぷわぷわ浮いていると、土屋に呼ばれてしまった。なんだなんだ、とバカが下りると、土屋は、ずりずりと木星さんを引きずってやってきた。
「こいつについて相談したいんだが……」
「あ、うん。木星さんかあ」
バカは『なるほど!』と頷いた。確かに、木星さんについての相談は大事である。特に……土屋は、警察なのだ。木星さんを人の法で裁くためには必要な相談だろう。
「私としては、こいつを殺人未遂で逮捕したいんだがね。……現状、君の方が余程殺人未遂なもので、どうしたものかと……」
「ええええええええ!?俺そうなのおおおおお!?」
「まあ、少なくとも牡牛の悪魔に対しては、そうだな……。まあ、悪魔に対するものにまで法を適用しなくていいだろうし、何より、私が口を噤めばいい話だからな、そんなに深く考えなくてもいいんだが……」
バカはびっくりして『どうしよう!』と部屋を駆け回りかけたのだが、土屋が『深く考えなくていい』と言ってくれたので、考えるのと走るのをやめた。
「あー、その、樺島君は、井出亨太をこのまま会社に持って帰る……のだったね?」
「うん!持って帰って工具にすれば皆の役に立てるし!」
バカは早速、土屋にはっきり頷いてみせる。
そうだ。バカは木星さんを職場に連れて帰る!そしてハンマーとして働いてもらって世のため人のためになってもらいたいし、親方に説教の1つでもしてもらいたいのである。
だが。
「……天城さんや陽の『無敵時間』は、ここの外に出ても続くんだろうか」
「あっ」
……よく考えると、木星さんをハンマーとして使い続けるのは難しいのではないだろうか!バカはようやく気付いた!
「ど、どうしよ……木星さん、ハンマーにできないんだったら俺の職場に連れて帰るの、駄目だよなあ!?」
「いや、ハンマーにできたとしても人道的な問題はちょっぴり残ると思うがね……ううむ」
あわわわわわわわ、とバカが慌てる一方、土屋は『まあ、そんなちょっぴりな問題には目を瞑ることもできるし……』とちょっぴり笑ってから、改めてバカの方を見た。
「それからもう1つあるんだが」
「うん?」
「この井出亨太を、天使の法で裁くことは、できるだろうか」
「天使の、法……?」
バカが、ぽかん、としていると、土屋は笑って頷いた。
「ああ。こいつを人間の法で裁ききれるか、あまり自信が無くてね。何せ、悪魔との共謀だ、などと言っても信じてくれる人がどれくらいいるのやら。証拠を集めるのも一苦労だろうし……いや、そもそも、証拠など残っていないかもしれない。となると、逮捕はあまりに難しい」
土屋の言葉は、半分ぐらいバカにも理解できた。要は、木星さんを逮捕してちゃんと処罰するのは難しい、のだろう。理屈はよく分からないが……。
「だから、天使に裁いてもらえたら、と思ったんだが、どうだろう」
「ええと、うーんと……」
バカはまた考える。
天使にも、法はある。まあ、概ね人間の法律と一緒だと思う。人間の法律とは違って、『道交法』の他に『飛行法』とかがあったりするが……。
だから、確かに木星さんを天使の法律で裁くことは、できると思う。思うが……。
「……分かんねえから、親方に相談したい……俺、バカだから難しいこと分かんねえんだよぉ……」
ぷしゅう、と頭から湯気が出そうなほどに悩んだバカは、結局、そういう結論を出すことになる。
自分で分からなかったら誰かに聞いて誰かに助けてもらうのだ。バカは親方に、そう習った。自分1人で焦って結論を出してはいけないのだ!特に、この状況では、天使はバカしか居ないのだから!
「成程な。そういうことなら、相談できるような状況にした方がいいだろうな。うーむ、では具体的にはどうしたらいい?この会場を出た後、どうすれば君の親方さんに会える?」
「うーんと、多分、親方も出張、一緒に行く予定だったから、近くに居るんじゃないかと思う……。俺が迷子になっちゃったから、探してくれてるんじゃないかなあ……。もし親方が見つからなかったら、やっぱり一回、職場に木星さん連れて帰る!頑張って抱えていけば多分、いける!」
「……まあ、無敵時間が無効になるならきっと、井出亨太の壁抜けも無効になるだろうしなあ……うむ、それでいくか。その時は私も付いていこう。よろしくな、樺島君」
土屋は大きく頷くと、ひとまずそういうことで、と話を切り上げた。
……のだが。
「あっ、そうだ!そのときはヒバナとビーナスも連れて行かなきゃいけないんだ!うちの営業か事務に人増やすんだ!」
「は?」
バカは忘れていない!
バカには大切な仕事がもう1つあるのだ!
そう!バカは……職場に持って帰らなければならないものがたくさんある!
お土産の数々、木星さん……そして、社員!
「ヒバナー!ビーナスー!お前ら、蛇さん会出たらうちに就職してくれよぉー!」
「は!?か、樺島君!?蛇さん会とは何だ!?」
……ということで、バカは早速、ヒバナとビーナスを勧誘しに、走っていくのであった!土屋は困惑しながらついてきた!
それから、土屋を含めてヒバナとビーナスとミナの話が始まった。
……が、主に、『どのようにして蛇原会を告発するか、そしてその後どう動くか』といった話だったので、バカは蚊帳の外であった!
仕方なしにバカがちょっとそこらへんをぷらぷらしていると……。
「あっ!海斗ぉ!」
バカは、暇そうに座っている海斗を見つけた。少しぼんやりしているようにも見えた海斗の横へ、すぐさまバカは走っていく!
「……何だ」
海斗は少し警戒しながらバカを見上げてきた。なのでバカは海斗の隣にちょこんと座って、笑顔を向けておいた。……余計に警戒された気がする!
そうだ。この海斗は、バカが知っている海斗とは少し違う海斗だ。バカが経験したことを経験していない海斗で……バカとまだ友達ではない海斗なのだ。
「えーと……その」
バカは、警戒心を強めている海斗の隣でちょっとまごまごした。仲良しになったはずなのに相手はバカのことをよく知らない。こういう時、どう振る舞ったらいいのか、バカは分からないのだ。
……だから、バカはちょっと考えて、考えることを止めた。
バカはバカなので、考えたってしょうがないのだ。バカはバカらしく、海斗に話しかければいいのだ。そう、バカは開き直った!
「な、海斗!この後、海斗とビーナスの人形も回収しとこうぜ!」
「は?」
「お魚の部屋に海斗の人形あるんだ!あと、天秤の部屋にはビーナスの!あっ、鍋の下にヒバナの人形あるはずだから、それも回収して……ええと、ええと」
バカはとにかく、海斗に話しかける。バカが知っている海斗だったら、呆れながらもバカの話を聞いて、そして『やれやれ』と言いながら付き合ってくれるだろうから、バカはそう、話しかける。
「……あと、あのでっけえコイン!あれ、お土産にしたいんだ!持って帰る!まだあるぞ!矢とか!あとライオン!」
「ら、ライオン!?土産に!?」
「うん!あ、やっぱりライオンは難しいかなあ……じゃあ羊でもいいんだけど……でもライオン、かっこいいしなあ……」
海斗がとにかくぽかんとしている横で、バカは、にまっ、と満面の笑みを浮かべた。
お土産なんて、どうだっていいのだ。沢山持って帰りたいけれど、何よりもバカが持って帰りたいお土産は……物じゃないのだ。
「ってことで、海斗!行こうぜ!」
「は!?お、おい!僕は危険なゲームなんかに参加する気は無いんだが!?聞いているのか!?」
バカは、海斗をひょいと担いで、てけてけ走り出した。
……バカが一番持って帰りたいお土産は、皆との思い出であり、皆との友情なのだ!
だから、海斗と一緒にあちこち回ってみたい!バカはそう決めちゃったのであった!




